白雪姫はリンゴの栄養素に不満がありました。
王妃が継母ということをすっかり失念してました。
いろいろチグハグですがどうかお手柔らかに。
~冬の童話祭テーマ~
猟師の助けで王妃から逃れ、7人の小人と暮らしはじめた白雪姫のもとに魔女に化けた王妃がやってきて、毒のはいったりんごを差し出しました。
おいしいりんごをあげよう。
魔女からそれを受け取った白雪姫は、けれどそのりんごを渋い顔でみつめるだけで、いっこうに口にしようとはしません。
なんせこの白雪姫は、りんごが世界中のなによりも一等きらいなのですから。
「りんごを食べるくらいなら、いっそ死んでしまったほうがいいわ」
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「りんごを食べるくらいなら、いっそ死んでしまったほうがいいわ。……大嫌いだもの」
りんご売りこと、王妃は白雪姫の言葉にびっくりして、目をぱちくりさせました。
(……あとはこの毒リンゴさえ食べさせれば私が世界一の美女に)
そう悪だくみしていただけに、拍子抜けでした。
「……嫌いっておっしゃった? どうして?」
「言いたくないわ」
白雪姫から返ってきたのは、冷たい言葉でした。
確かに容姿はこそ「世界でいちばん美しい」と鏡が言ったとおり。
けども性格は少しキツイ人だったようです。
しかしなんとか、食べさせなければなりません。王妃は必死に頭を使いました。
「でも、好き嫌いって良くないわ。栄養バランスなんかも考えないと……」
食い下がる王妃に、白雪姫はいらだちを隠せないように口を開きます。
「ふっ、だからね、理由はそれよ」
「あ、わかってるなら、ほら食べ……」
「私は今、徹底的な栄養管理で、筋肉の発達を急がなくてはならないの」
「え」
王妃はポッカリと口をあけました。
一瞬、こんらんしてしまいました。
どうも、聞き間違えだったにちがいありません。
そうだ、そうにちがいない、と王妃は自分に言い聞かせます。
それを知ってか知らずか、白雪姫はとうとうと語り出しました。
「最近、私ね、命を狙われているの。きっとこの美貌のせいね。……猟師に襲われたかと思ったら、今度は紐で絞められて、この前なんか櫛で頭を刺されちゃった。さんざんよ。ねえ分かる? だから……私、鍛えることにしたの。誰にも負けないぐらい、強く。だから今は一刻もはやく強靱な筋肉が必要なの」
「……」
王妃の開いた口はさらに大きく広がりました。
たった今、王妃はたしかに聞きました。聞きまちがえではなかったのです。
白雪姫はたしかに、「筋肉増強」の道へと進んでいるようなのです。
「だから、余分な水分と糖分は不要なのよ。我慢してるの。特にリンゴって見た目が美味しそうな分、ホントにタチが悪いわ。大嫌いよ」
「……でも、」
王妃はなんとか反論のことばを探そうとしました。
しかし、どこにも見当たりません。
……そうです。ひたむきにトレーニングをして筋肉をつけることは、凄いことです。目的にむかってコツコツと努力を積み上げるのは良いことなのです。
それでも、必死に頭で考えます。
なにせ自分が世界一の美人になれるかどうかの瀬戸際でした。
「で、でも、筋肉って、そういう厳密なものじゃないと思うの。どんな食べ物でも、いっぱい食べて、身体を大きくした方が、強く……」
白雪姫は、あきれたように肩をすくめました。
「あら、なにも分かっていないようね。人間の胃の容量は決まっているの。ほら、あそこをごらん」
指さす先には、なにか大きな肉の塊がぶら下がっていました。
そうです。あれは……
「あれは、血抜きされたイノシシ……!」
「今日はアレを、食べる日なの。私の胃に、無駄が介在する余地なんて微塵もないわ。人間の消化能力は決まっているし、なにより一つ甘えたらストイックな意識に緩みが生じるの」
「……どうしてそこまで」
「すべてはヤツを倒すためよ」
王妃は内心、ふるえあがりました。
「ヤツ」とは、きっと自分のことを指しているのだと悟ってしまったからです。
そしてこの恐怖に直面してようやく、自分がしたことの意味に気がつきました。
「で、……でも、ヤツってどこのだれか知ってるの?」
「知らないわ。でも」
「でも?」
「ココを使えば範囲は絞れるわ」
白雪姫は得意げな顔で、こめかみの辺りを指先で叩きました。
「狩人を雇うだけの財力があって、その後も情報収集し、追跡できる。まず社会的地位が高いのは確実よ。それに私の美貌に嫉妬しているんだから当然、女ね。この諦めの悪さからも、かなりプライドが高いように思える。……あ、そうだ。リンゴ売りのあなた、ここに来る途中で不審な人見なかった?」
王妃はぶるんぶるんと首を横に振りました。
「ああ、そうなの。そろそろ来るかと思ったけど。……まだ仕留められないようね」
「で、でも、あの。やり返したらあなたも悪い人になるのよ? 同じになって、いいの?」
「へえ……その辺をほっつき歩きながらリンゴを手売りしているようなアナタには、少し分かりづらい話かもしれないわね。耳の穴かっぽじってよく聞きなさい。……誰も守ってくれないなら自分で守るしかないの。良いとか悪いじゃない。当たり前の話よ。それにね、私は処刑されることになろうと覚悟の上よ!」
「ひっ、そんな、こと」
「……ん、なにその反応?」
「あの」
「怪しいわね。まさか、ターゲットのことを知っているの?」
白雪姫の身体が、膨張したように思えました。
筋肉に力が入って、大きくなったのです。
王妃の足が、震えはじめました。
「私も、たぶん、そのヒトに、殺されかけて」
「ふふふ。あら私と同じ境遇? それは奇遇ね。なにをされたの?」
「ど、毒で、ころ、殺されかけて!」
「あら、まあ! でも安心なさい。代わりにこの私が徹底的にぶちのめしてあげるわ。他にも被害者がいるようならいよいよ容赦はいらないみたいね」
王妃にはもう、まっすぐに白雪姫をみることができませんでした。
おびえながら視線をさげると、たくましい白雪姫の足が視界に入りました。
「興が乗ったわ。あなたになら特別に見せてあげる」
白雪姫は、おもむろに洋服をたくしあげました。
「こ、これは……!」
割れた腹筋に、鍛えあげられた傾斜筋。
無駄のない絞りきった肉体。
まるでトップアスリートのような身体でした。
そして王妃にとってこれは、これから、自分を追い詰めるモノに他ならないのです。
「見せかけじゃないわよ。よ~く見てなさい。――フンッ!!」
ばん、と空気が爆ぜるような音がしました。
王妃はびっくりして身体をこわばらせます。
見ると、白雪姫が拳を突き出したまま止まっています。
今の音は、拳を繰り出した音だったのです。
「……10000回」
「え」
「私が一日に正拳突きをする回数よ」
「……」
「どう? これであなたの分の恨みも晴らしてあげるわ。ここまで仕上げるのも大変だったけど……でも安心して。まだまだ、もっと凄くなるんだから」
「たったひとりでここまで……」
「いいえ、小人が手伝ってくれるの。言ってみればトレーナー役ね。七人もいるの。ときにはダンベルの代わりも務めてくれる働き者よ」
白雪姫には、なんと大勢のトレーナーまでいるのでした。
王妃は、とうとう震えをかくせなくなりました。
ガタガタと腕がふるえ、手に持ったカゴのなかから、リンゴが一個、こぼれ落ちてしまいました。
しかし、白雪姫は人間離れした速さで、空中のリンゴをキャッチしました。
「落としたわよ?」
「な、なんてこと……!」
「ふっ、良い動きでしょう? 怯えていた今までと違ってね、今は出会って、その顔を見るときが楽しみよ。でも、簡単には楽にしてあげないわ。私を何度も殺しかけたその意味を、ちゃんと教えてあげるのよ」
「…………」
「ふふふ。人間の恨みの恐ろしさってやつを、自分もゆっくりと味わうべきだわ」
そう言いながら、白雪姫はついついエキサイトしてしまったようです。
力強く握るあまりリンゴが、ばんっと勢いよく破裂してしまいました。
汁が、王妃の顔面にかかりましたが、王妃には気にする余裕はありません。
「ああ、私ったらゴメンナサイ。買い取らなきゃならないわね。お代はええっと」
「ひ、ひぃいいい!」
「あら?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
王妃は脇目も振らず、逃げ出しました。
「――あの女、怪しいわね? ……ふふふ。猟師を捕らえて尋問する手間が省けたかもしれないわ……! あははははは」
白雪姫はさっそく七人の小人を呼びつけて、尾行役、連絡役、偵察役などに振り分けて、跡を追わせました。さらに残った小人たちに、ニッコリと笑いかけて命令を下します。
「さあ残ったあなたたちは、皆、ダンベルになりなさい。……今日も限界まで筋肉を追い込むわよ!!」
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数日後、心痛により、げっそりとやつれた王妃のもとに現れたのは、元来の美しさに加え肉体美すら手に入れて、いっそう美しくなった白雪姫でしたとさ。
その後、王妃のゆくえはしれない。
悪い王妃によって人生観をねじまげられてしまった、白雪姫さんでした。
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