重なりの現れ
地球歴122年3月2日。
ソラーク星人との戦いが始まって、20年余りが過ぎさった。
戦争開始当時、僅か千程しかいなかった軍人は急激に増え、今では地球人の半数近くが軍人、またはそれに関わる仕事に就いている状態となった。
そのため、戦争開始数年後、政府陣は戦争指揮権のほとんどを軍隊側に与えなければならなくなり、アルステーは、軍事国家としての道を歩むこととなったのである。
多くの地球人は力で解決しようと軍人を目指した。
そしてこの日、運命の輪が回り始める。
日差しが照り、春先だというのに少し動いただけで汗ばむほどの陽気だ。
それなのにもかかわらず、上から下まで軍服できっちりと身を固めた壮年の軍人が、ものすごい形相で廊下を闊歩している。
もともとが厳つい顔つきで、なまじガタイがよい、いわば軍人の鏡のような人間で尚且つ、大佐という身分を授かっていたので、多くの人間は慌てて道を譲ると、彼が通り過ぎるまで、敬礼をして見送っていた。
しかし、彼の形相を見れば、どんな人間でも彼の前から退きたくなると思われた。
彼の名はジントー・バルザック。
特殊任務隊の隊長であり、地球軍きっての人型戦闘機乗りのエリート達を纏める強者である。
そんな彼がここ、政府館と軍隊館を繋ぐ唯一の渡り廊下をものすごい形相で闊歩しているのである。
また、政府陣と揉め事があったに違いない。
誰もがそう思った。
大佐がこのまま通り過ぎるのを、嵐が過ぎ去るかのように固唾を飲んで見守っている者達にとって、この時間が少し長く感じただろう。
しかし、この嵐は素直に去ってはくれなかった。
何を思ったか、フッと彼は自分の後ろを振り向いたのだ。
途端に眉間に寄った皺がさらに深く刻まれ、彼は今来た道を戻っていったのである。
不幸だったのは、嵐の過ぎ去るのを今か今かと待ち望んでいる渡り廊下にいた人間である。
この苦行がいつまで続くのか。
まったくもって心臓に悪い出来事である。
引き返したバルザックは、政府館と廊下の入り口で足を止めた。
そこには、この場にはあまり似つかわしくない、華奢な少女が真新しい軍服に身を包み立っていた。
「ここで何をしている?」
低く唸るような声を上げたバルザックを、廊下の人間達はそれこそ冷や汗を流しながら見守った。
少女の身が危険に晒されている気がするが、自分の身の安全の確保が最優先である。
ここは、固唾をのんで見守るしかない。
だが、廊下にいる者達の心配をよそに、少女は淡々とその厳つい軍人に答えたのである。
「ここから先は、踏み込んではならないと命令されています」
淡々と答えた少女は、まったくの無表情で、10代にしてはやや冷めきった印象がある。
青く澄んだビー玉のような瞳と、真っ白な肌が赤い軍服によく映え、少女をより一層異質な存在へと見せていた。
「ここから先に行くためには、命令の上書きが必要です」
バルザックは、ため息をつきたくのを必死で堪えた。
「それは、今後もイチイチしなきゃならんのか?」
「はい、私はヒューマノイドです。命令の上書きが必要です」
またも淡々と答えられ、この少女が決して悪いわけではないのだが、殴りたくなったバルザックだった。
「とりあえず、そこから出ていい」
しかし、一気に面倒臭くなったのだろう。今度はため息を隠さずそう答えると、今度こそついてくるようにと念を押して少女と共に渡り廊下を突っ切ったのである。
やっと緊張から解放された軍人たちがホッとしたのは、また別の話である。
特殊戦闘任務専任隊、略して特務隊は、実用化されたばかりの人型戦闘機乗りのためのいわば特別チームだ。
実用化されてまだ間もないながらも、宇宙域戦闘においては大いに役立ち、大きな功績をあげており、軍人たちの憧れになりつつあるチームでもある。
小精鋭ため、チームには隊長であるバルザックを含め五人。
しかしながら優秀ながらも何故か集まるのは変人ばかりの部隊で、一部では特殊人隊と揶揄される程である。
さて、自隊の隊員たちはこの少女型ヒューマノイドをみて、どんな反応をするのだろうか。考えるだけで怖い。
怖いので、彼は考えるのを辞めた。
後ろからついてくる少女は、さすが機械だけあってまったく気配を感じることが出来ない。たまに確認しないと、不安になってしまう。
それも腹立たしい限りだが、相手は機械である。これも考えるだけ無駄なことだと割り切った所で、特務隊専用に与えられているブリーフィングルームに到着した。
「あ、たいちょーお帰りなさい」
一番に隊長を出迎えたのは、特務隊唯一の女性隊員であるアネリア・ファゼット。
女性ながらも180センチと大柄な彼女は、男性に引けを取らないほどの戦闘能力を持っている。
「お偉方は何と?」
一番奥に置いてあるリクライニングソファーから、読書を続けたまま尋ねる青年がいた。
頭から足のつま先まで全身漆黒で固められた彼は、オニキス・アイラズ。
軍人としては細身ながらも優秀な戦闘機乗りであり、この隊のブレーンでもある。
全身が漆黒に纏められているせいか、切れ長の冷めた色の瞳のせいか、全体的に冷たい印象を醸し出している。
「たいちょー、腹減ったー」
バルザックが答える前に、オニキスが座っているソファーに対して対角線上に置いてある長ソファーから違う声が聞こえてきた。
寝そべっていたのだろ。のそりと起き上がってそのままくるりとひっくり返ると、自隊の隊長を見上げながらうつぶせになる様は、まるでライオンである。
彼の名前はアサド・L・サート。癖のある長い髪を弄び、猫のようにゴロゴロとしているこの青年も、縦横無尽に人型戦闘機を操る優秀な人材で、この隊唯一の大型戦闘機を操っている。
「お前らな、いくら任務がないからと言って、少しだらけすぎじゃないか?」
腕だけは優秀な彼らなのだが、いかんせん集団行動にまったく向かずどの隊の隊長も、三か月で投げ出してしまう地球軍きっての落ちこぼれでもあるのだが、彼らは一向に気に知る様子もない。
「ベルンはどうした?」
だらけきった彼らの中に残り一人の隊員の姿が見えず、近くのアネリアに尋ねると、彼女は両手を挙げて首をすくめた。
「怠いから、散歩だって」
「またか!」
勘弁してくれと、つぶやくも今はそれどころじゃないことを思いだす。
「新しい隊員が増えることになった。面倒を見てやってくれ」
そう言って、左手の親指で後ろを指した。
「たいちょー、もしかしてお疲れです?」
バルザックの後ろを覗き込んだアネリアは、ソロッと隊長の顔を窺って遠慮気味に尋ねた。
「はぁ~・・・」
嫌な予感はしてたさ。そう呟いて、ブリーフィングルームの自動開閉扉を開けると、途端にガックリと肩を落とす羽目になった。
自分の後ろをついて歩いていた少女は、自動開閉扉の目の前に静かに佇んでいたのである。
「頼むから、自分で考えて動いてくれ・・・」
「命令の上書きが必要です。それは最優先事項ですか?」
オニキスが思わず読書を止めたほど、彼女の発言は異質に聞こえたのだろう。
「また変なのがきた」
「お前、自分が変だって自覚、あんだな」
イヒヒっと笑いながらアサドの手がオニキスの肩に置かれたが、彼は不快そうに眉をひそめると、持っていた本でパシリと彼の顔面を叩いた。
「お前よりはまともだ」
そう一蹴すると、漆黒の青年は静かに隊長と新人の元へと近づいて行った。