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LETTER*GIFT  作者: 友樹みこと
8/8

その手の先に

 最終章 「その手の先に」


 幼い日。明確には、小学四年生の秋ごろ。

真理が、私達と遊ぶようになってから半年が過ぎたあたりに、あの約束をした。


一、ゆうちゃんに勝つため、何か特技を一つ身に着ける

二、特技を全員極めるまで正体を隠して精進する。

三、特技は、他の人と同じものではいけない。

四、ゆうちゃんの目の前で必ず「自分の勝ち」だという。

五、この約束は必ず守らないといけない。


 最初は、そんなに大切な約束じゃなかった。

遊び半分冗談半分だった。

でも、真理が芸能事務所のオーディションに受かったと言い出して、そこからみんな張り合うようになった。

 文香は、絵を描くのが好きだからと絵の勉強を独学でし始めた。

 傑君は、将来日本から出たいからと英語の塾に通い始めた。

 健は、学校の同級生に誘われてドラムをやり始めた。

私も何かしなくちゃいけない。

そう思ったけど、どうしても好きな事ややりたいことが見つからない。そんなとき、ヴァイオリンの道に進むきっかけを作ったのは、やっぱりゆうちゃんだった。

 

「そう言えばさ、お前もうヴァイオリン弾いてねぇの?」

「ゆうちゃんが来てくれたから、もう弾く必要ないし…」

「そうなのか? 俺は、お前のヴァイオリン好きだし、ちゃんと弾いてるとこ見てみたいけどな」

「ほんまに? うちがヴァイオリン弾いてたらゆうちゃん、うちの事好きなってくれる?」

「おう! お前がヴァイオリン弾いてるところ見たら、もっと好きになれると思うぜ!」

「そっかぁ」

「それにな、お前のおじいちゃんもヴァイオリン聞きたがってると思うぞ」

「…あっ……」


 この言葉で私はヴァイオリンを弾こうと決意した。

 お母さんに事情を説明して、地下室を作って貰い、家には聞こえないようにする。

 正直やりすぎかなと思ったけど、約束のこともあるし、みんなには負けたくない。

 私は、地下室に籠ることが多くなった。

 

 ゆうちゃんにはばれないように励まし合いながら、私たちは頑張った。

 歳月が過ぎていくうちに計画はどんどん明瞭になって行った。

 突然手紙を送って驚かせよう。一人、一人手紙を書いて次の人へ案内しよう。そこにゆうちゃんへの気持ちをちゃんとかこう。

 そして、ゆうちゃんが走れなくなったとき私たちは、この計画を元気付けるための物にした。仕事で稼いだお金で、チケットを買って、みんなの会場にゆうちゃんを送り、全てのパフォーマンスを見せる。そして、元気になって貰おう。

 お金を稼ごうと思うと、練習量はどんどん増えていき段々遊べる日数が減って行って、去年の夏休みは、みんな地方に行っていてほとんど会えなかった。

 その代り結果を出した私達は、計画を今年の冬休み実行するはずだった。

 しかし、真理がこんなことを言い始めた。

「私、キスシーンを演じることになったんだけどファーストキスはゆうちゃんがいい」

 私たちは、相談に相談を重ね、何とかそれを許した。

 でも、本音は嫌だった。だってそんなのはずるい。自分が女優の道へ進まなかったことを悔やんだ。

 監督に相談すると、「恋愛経験も無いのに、この役は演じれない。半年やるから付き合って来い」と言われたらしく、真理はゆうちゃんと付き合うと言い出した。

流石にそれには、みんなキレた。なにを言っているのか分かっているのか。本気で言っているのか。恋愛と仕事をいっしょくたにするな。とにかくやめさせようと必死になった。

「ごめん…仕事だから。あくまでも、形だけで…」

「そんなん…そんなんずるいわ! 仕事利用してゆうちゃんと付き合うとか! 恥ずかしくないんか真理! こんな形で抜け駆けして恥ずかしくないんか!?」

「なら…そんなに言うなら…鈴音も告白すればいいじゃない…」

「なっ…」

「鈴音も告白すればいいじゃない! 私はあくまでも、この仕事を上手くやるために付き合う、恋愛することの意味を知るために告白するって言ってるの! だから、これはノーカウント! 私は絶対に期限が来たらゆうちゃんを振るし、ちゃんとあの時の『約束』を果たす! 約束する! だからお願い! みんな我慢して!」

「そんなん、うち…耐えられへん…耐えられへんよ…」

 私たちが、真理と距離を置いたのはそれが原因だった。

 健や傑君も、「気持ちはわかるけど、確かにやりすぎだ」と真理と距離を置くことにした。

 文香は言うまでも無く、見ているのが辛いと私と同じ理由で、距離を置いた。

 思ったよりも真理とゆうちゃんが一緒にいる時間が長く、ゆうちゃんとも喋れなくなって、私は凍った時間を過ごしていた。

 でも、それを割りに来たのは真理だった。

「お願い、今までの事は全部水に流して、海の旅行、行こう」

「ふざけんな! こんなん納得できるわけないやん! 一番後から来た真理がなんでゆうちゃん取っといて、どのツラ下げて言うとるんや!」

「だから、言ってるじゃない! これは、仕事のためだって!」

「やからって、はいそうですかならいいですよ、なんて言えるわけないやん! なんでそんなこともわらんねん!」

「わかってないわけないじゃない!」

「はぁ!?」

「そんなこと全部わかってる…私がどんだけ酷いことをしてるか…一番早くゆうちゃんと仲良くなった鈴音よりも先に私が告白するなんて、付き合うなんて酷いことはわかってる、文香ちゃんも傑君も健君にも悪いことをしてるって…でも私の目指した道は…私の願った夢が叶いそうなの! お願い…許して…ごめんなさい…」

「なんやねん、それ…そんな言い方ずるいわ…」

「ごめんなさい…」

「…旅行の夜に、別れる。それは守るんやな」

「も、もちろん」

「なら、まぁ…考えたるわ」

「ありがとう! ごめんね、鈴音! ごめん…ごめん…」

「うちも悪かった、ごめんな酷い事いっぱい言うて…」

 その後、文香、傑君、健の所にも行ったらしく、真理は全員を説得した。

 私達が真理の事を許せたのは、真理の存在もゆうちゃんくらい私達にとって大きかったからかもしれない。 

 確かに、真理は一番最後に私たちの友達になった。

 でも、私たちにすぐ馴染んで、いるのが当たり前になっていて、いない毎日は正直退屈だった。それは私だけじゃなかったはずだ。

 あれだけ賑やかだった毎日が突然、ゆうちゃんと真理が抜けた途端、静寂に包まれた。

 真理が頭を下げれば、多分みんなすぐ許したと思う。私はどうせ文句を言っただろうけど。

 

 真理は、その夜私達にメールを送った。

『私がメール送信したら、タクシーで自分の家に帰って。そうすればきっとゆうちゃんを驚かせられる。あとね…ちょっとゆうちゃんこらしめちゃおう! だってね、将来の事も何も考えてないみたいだし、陸上と向き合おうことから逃げてる。このままじゃ、本当にゆうちゃんは変われないまま! お願いみんな! 協力して! ゆうちゃんの目を覚まさせよう!』

 この発想に私は大賛成だった。最近ぱっとしないゆうちゃんを懲らしめる。初めはそれだけの気持ちだったけれど、だんだん感化されて…あんな恥ずかしいことをいっぱい言ってしまった。

 でも、いろいろ言えたしすっきりしたし、手紙でお互いを繋いでいく、私たちの計画は成功した。

 なのに、ゆうちゃんは、後ろ向きにとらえて音楽の道に走ったと真理から聞いた。あきれ半分で全国ツアーコンサートをし、二ヶ月くらいで終わった。

 帰って来て様子を見に行ったら、もうわけのわかんないメイクしてるし、変な音楽やってるしで、見ていてイライラした。

 その日、見ていられず真理に相談すると、妃那ちゃんの話を聞いて驚いた。

 だって、妃那ちゃんがあんな格好してるなんて思わない。

 真理も何とかしたかったらしいけど撮影の終盤で忙しいみたいで、どうにも出来ずにいたみたいだ。

「私が本当はやりたいんだけど、鈴音、任せてもいい?」

 私があの地下室に乗り込んで、観客をボコボコにしたのは全部真理の差し金だ。

 妃那ちゃんにも事前に話していたし、知らないのはゆうちゃんだけだった。

 それでようやくゆうちゃんは、走ることと向き合う覚悟をして、私達の思いは遂げられた。


 ゆうちゃんと私は陸上部の関係者に頭を下げて回り、陸上部に復帰することができた。

 あとは、ゆうちゃん自身が走れるかどうかにかかっている。

 ゆうちゃんはこれで、大丈夫だろう。

 今度ピンチなのは、真理の方。

 アイドル活動を本家の当主が許していないらしい。

 映画化が決まって、名前も顔も公表され、そのことに本家の当主が気付き、物凄く怒っているらしい。名前を変え縁を断ち切った今、そんなことを言われる筋合いはないと真理のお母さんは言ったけど、全く耳をかさず、今すぐに辞めろと言ってきた。

 真理は「音楽の力で納得させるしかないよ!」とメルヘンなことを言っているけど本当にそれで大丈夫なのだろうか…

その勝負の日は、陸上の大会と同じ日でもあり文化祭二日目でもある…今週の土曜日。


               *


 コート上。ここに立つのは一年ぶりだ。先輩の引退試合。今度こそミスをするわけにはいかない。練習では走れた。今の俺なら走れる。みんながあそこまでやってくれたんだ、答えて見せる。

 ピストルが鳴り、先頭集団が走しりだす。強豪校がひしめく中うちは負けてない。

 二巡目へのバトンパスが成功し、遂に俺の番だ。

 二巡目の先輩が徐々に近づいて来る、差はほとんど空いていないが一応三位。バトンパスで失速せずに順位を変えたいところだ。先輩がパスゾーンに入る少し前に助走を始める。トップスピードに入り、左手を差し出す。だがすぐにバトンは渡されず後ろを振り向く、その直後にバトンを渡されたがテンポが狂い失速。そこまで、過去の再現をしなくていい。

「くそっ!」

 俺は、足が引きちぎれるほどに足を回し、大地を削る。差を縮めることは出来ても、抜くことは出来ない。思いつくとすれば、健の時にやったギリギリでのバトンパス。あれを、健じゃない人にやるしかない。

 でも、俺に出来るだろうか。脳裏によぎるあの時のイメージ。同じ失敗をするわけにはいかない…。…いや、違う。そうじゃない。俺の良いところはそこじゃない。大人たちがほめてくれた部分はそこじゃない。俺本来の無鉄砲さ。考えなしに突っ走り、後の事は考えない。

大人になるのは後でもいい。先の事なんてわからなくていい。今を大切に生きよう。子どもの今だからこそ出来ることをやろう。子どもだから未来がある。未来があるからこそ、お婆ちゃんは俺達子どもに託したんだ。なら、今の俺に出来ることは…

「先輩! トップの先で渡します! 初めからそのつもりで!」

「お前、吹っ切れたな! わかった!」

 先輩はにやりと笑って、いつもより早く助走を開始する。

 何も考えなくていい。ただただ走れ、 ただただ動かせ。目の前の先輩の手に!

 パシッと小切れの良い音が聞こえ、先輩の手にしっかりとバトンは繋がれた。

 スタートの助走が完璧だった先輩はトップスピードを維持し、一位に躍り出る。

「よっしゃあああ! いけぇえええせんぱぁああああい!」

 アンカーのキャプテンにバトンが渡り、一位を独走。誰もいない白線を切り、俺らは一位を勝ち取ることが出来た。

「やったじゃないか! 滝川! よくやった! よくやったな!」

長谷川部長は終わったと見るや走って来て、泣き笑いながら俺に抱き付いた。

「あ、ありがとうございす!」

「よっしゃ、この後は祝杯だ! 打ち上げ来るよな、滝川!」

「ご、ごめんなさい! 俺行かなきゃいけなくて! 失礼します!」

 俺は、長谷川部長に謝って、走って会場を出た。

「なんだよ、あいつノリわりぃな」

「そう言うな、長谷川。ほら、例の彼女が今日、ライブやるらしくてな」

「あー…それでか、それで今日あんなに早かったんだな~」

「「青春だな~」」


 急いで制服に着替え、三十分くらいの道を駆け抜け、学校に着いた。

 予定時刻に少し遅れてしまった。急いで体育館にいく。ひょっとしたら演奏は始まってるかもしれない。

 バッと体育館の扉を開けると、舞台の上でうずくまる真理の姿が見えた。


             *


「こんなん…酷いわ…」

 私は、後ろの席に座る老人を睨む。

 緊急事態が起きた。真理と一緒に全国ツアーを回っていたバンドメンバーが全員来ない。

 それを知った、真子さんは老人に怒っていた。

マスターも会場のどこかでこの様子を見ているはずだ

「なぜ、こんなむごいことをするんですか! ここにいるみんなは真理の歌が聞きたくて集まってるんですよ!? お母様も歌が本物なら、条件を飲むって言ってくださったのに!」

「私は、だまされませんよ。他の家がどんな得体のしれない妖術であんなことを言っているのか分かりません。罠が避けられないなら、仕掛けられる前に殺す。それが木箱屋のやり方ですからね」

「あなたって人は、なんて身勝手なんですか! 私達の人生をめちゃくちゃにして、真理までも! 酷い…!」

「とにかく、演奏もできないようですし、この話はなかったことに」

 婆さんは席を立って、体育館の外に出ようと開け放たれた扉に向かって行く。

「まっ…」「まてよ、婆さん。」

逆光でよく見えない。誰かが婆さんの肩を掴んだ。

 でも、この声は。この、堂々とした勇ましい態度。間違えようもない。

「ゆう…ちゃん」

「おやおや、私を誰か知っててその言葉使いなのかい」

「そんなことはどうでもいい。俺たちは、真理の演奏者だ」

「…そんなはずはないはず……」

「そんなことがあるんだよ、婆さん。おい! 鈴音! 傑! 健! 文香! 舞台袖に行け! 準備だ!」

ゆうちゃんは拳を高く上げてそう言った。

「それでこそ、うちらのゆうちゃんや!」

 私もそれにこたえて拳を上げる。

「流石ゆうだぜ! うし、いっちょやってやるか!」

 離れた場所にいた、健も高く拳を上げて叫んだ。

「僕に何かできるでしょうか!?」

「大丈夫…すぐちゃん…それ…わたしも」

 二人は入り口付近で戸惑っていた。

 みんなのやり取りを舞台の上で見ている制服姿の真理は口を開けてポカーンとしていた。

「大丈夫、俺に考えがあるからよ、おい、真理! なにしょぶくれた顔してんだよ! 俺たちがいるんだ安心しろ! 何とかしてやるよ!」

 ゆうちゃんにそう言われた瞬間、真理の目から大粒の涙が零れた。

「うん…うん! 任せたよ! ゆうちゃん!」

 真理は安心した笑顔を浮かべる。

 私はとても安心した。何もできずに、立ちすくんでしまっていた自分が少し情けない。

「演奏で挽回せなあかんな!」

 私は意気込んでステージに昇った。


「まず、真理楽譜見せてくれ! あんまり知識ないけど、ここにヴァイオリンを入れれるかどうかの判断を鈴音に頼む! 真理は俺とツインギター! 傑は何か楽器出来るか!?」

「一応、僕低音に憧れてベースを」

「なら、楽譜に目通しといて! 文香にはキーボードをやってもらおうと思ってる!」

「ふぇ?」

「「「えぇえええ!」」」

「わ、私…楽器…触ったこと…ない…よ?」

「大丈夫! 俺が色塗ってやるから!」

 ゆうちゃんは、文香とキーボードの前で何やらやり取りをしている。

 音楽をしたことがない人間が、本番でいきなり演奏なんてできるのだろうか。

「ゆうちゃんなら、大丈夫だよ鈴音」

 ギターを持った真理に、ポンッと肩を叩かれる。

「そ、そうやな。うちも余裕ないし」

 私は、必死に楽譜に書き込みをしながらヴァイオリンを入れる箇所を考える。

 ギター二つにベースが一つ。ドラムが一人にキーボードそして、ヴァイオリン…私たちはどんな演奏をすることになるのだろう…。不安だらけだ。


               *


 あんなこと言っちゃったけど、俺ちゃんと演奏できるかな。こんな即興バンドで上手くいくだろうか。普通は行かない。

「考えずに、楽しむぞ! 俺達にはそれしかない! 子どもは子どもらしくめちゃくちゃやろうぜ!」

「「「「「おお!」」」」」

 俺たちは、舞台袖で円陣を組み、ステージに上がった。

 それぞれ、楽器の準備をして深呼吸する。

 一呼吸置いたら、真理がマイクに向かって頭を下げた。

「ごめんなさい、皆さん。楽しい文化祭の時間に私の事情で不快な思いをさせてしまって。でも、面白くないことはここまでです! こっからは、私達が最高の時間をみなさんに届けます! みんな盛り上がっていくよ~! せーの!」

「「「「ロックオン!」」」」

 曲名を会場が叫び、ドラムスティックが鳴る。遂に演奏が始まった。

 ロックオンは真理の大切なデビューシングル。使われている楽器はベース、ドラム、ツインギターのみだけど、俺たちが本家の歌手の横で演奏させてもらえることはとても光栄だ。

 俺は音楽に乗り、指の動きが付いて来ていることに安心する。

「ロックオン君の瞳に、ロックオン君の心に、ロックオン、ロックオン! 届けに行くよ!」

 間奏に入った途端、鈴音がヴァイオリンの音を入れた。ボーカルが消えるこの部分は、ギターのコードが難しく、楽器だけで曲を盛り上げるためどうしても技術がいる。でも、そこを鈴音が入ることによって、多少のミスは目立たなくなるし、曲全体に弾みが出て、明るくなる。会場のボルテージも一気に上がっていく。手拍子する人がどんどん増えていく。

「やるじゃねぇか鈴音! イタリア代表は伊達じゃねぇな!」

「当たり前やろ! あんたにばっかええとこ取られてたまるかいな!」

 鈴音はにっと笑い、そこからずっとヴァイオリンでギターのコードと重なるように演奏する。

「ロックオン! 掴んで見せる! 夢も! 希望も! 愛も! ロックオン! 届けに行くよ!」

 真理の力強い高音が響き、一曲目が終わった。

「「「わあああああ!」」」

 観客の声援は、今まで立ってきたどのステージよりも大きかった。

 これが、こいつら…いや、俺たちの力だ。

「皆さん、もう一度こんにちは! 花崎真理です! 今回、ボーカルとギターを担当します! よろしくお願いします! 次は、鈴ちゃん! はいっ!」

 真理は、ぺっこと頭を下げたあと、鈴音にマイクを投げた。

「わ、わっと! う、うちもやるん!? え、え~と、並河鈴音です! ヴァイオリン担当します! なんか、よおわからん感じでここにいるんですけど頑張るのでよろしくお願いします! 次はじゃあ~健!」

「おうよ! おっす! みんな元気してるか、盛り上がってるか~!? SODのドラム、今日はここのリズム番長、川勝健だ! よろしくな! 次は、文香!」

「わっわわわ…ピーン! ごめんなさい、落としちゃいました…落としちゃった女、森津文香でーす…キーボードやりまーす…よろしくね~…はい、つぎ、すぐちゃん」

「はい! えっと、四方傑です! 最近は声優業をメインにやっています! 今日は力不足かも知れませんがベースを担当します! よろしくお願いします! 次は、ゆうちゃん!」

 傑からマイクを受け取り、自分の口に向ける。

「どうも! 滝川ゆうです! 普段は陸上部ですけど、今回はここでギター弾かしてもらいます! 楽しんで行ってください!」

 真理にマイクを渡すと、真理は満足そうに笑って会場の方へ向く。

「さて、次は皆さんお楽しみのこの曲! 桜並木の誕生日」

 桜並木の誕生日は、ピアノ演奏だけの静かな歌だ。

 つまり、文香がキーボードを上手くたたけなければ終わりだということになる。

文香もそのことの意味は分かっているはずだけれど、いつもと同じ調子で突然弾き始めた。平然と難しいメロディーを弾く文香を見て、あからさまにバンドメンバーが驚いている。

 俺が、文香にしてやったことは、キーボードと楽譜に色を塗ること。あとは、「気持ちいいように叩いてやれ」と言ったこと。この二つだけだ。これは、文香の作品を見た人にしか分からないはずだ。文香の才能を直に感じ、その世界に触れたから、俺は行けると確信した。

「桜が咲くころには、きっと私は、もういない。桜が散るころには、きっとあなたは、忘れてる。だから、今ここで、さようなら」

 最後まで、一つのミスもなく弾ききった文香は満足そうに微笑んでいた。

 会場は静かな静寂に包まれた。

 みんなの俺達に向ける視線からは、期待の色以外感じない。

「最後の曲は、私が作った曲です。聞いてください、LETTRGIFT」

 真理が言い終ると、健のドラムがリズムを取って、真理と俺がギターを同時に鳴らす。

 レターギフトは、真理が書いたアップテンポの曲だ。ギターの爽快感のあるメロディーとドラムの早いリズムが鍵聞いてて心地いい。途中、ピアノメインの部分があり、そこだけ静かな印象。一見、明るく楽しい曲なようだけど、静かで綺麗な一面もある。

 複雑な曲調はまるで、真理そのもののようだ。


「君に伝えたいこと、悩む日々。紙に綴る、昔の気持ち。

 瞳の先には、いつも君がいて。その背中に手は、届かない。

 遠い遠い世界へ、遠い遠い未来へ、私は全てをかけた。

 変わらない日々にさようなら。

 いままでのありがとうも。

 これからのありがとうも。

 全部全部、届けるよ。伝えるよ。

 だから、君に、手紙を――――贈る。」

 一曲目のサビまで歌いきると、圧倒的な歌唱力に会場は、釘づけだった。

 もはや、椅子に座っている人など、ほとんどいない。ただ、一人を除いては。

 (届け! 届いてくれ! 真理の夢を叶えさせてやってくれ!)

 この曲の特徴的な部分はもう一つある。間奏が長くて、楽器のソロパートが多い。

 俺たちは、弾けるようにギターを弾き、流れるようにベースを鳴らして、感じるままにキーボドを叩き、落ち着いた音色を弦から奏で、叫ぶようにピックを走らせる。

 そして、キーボードソロになって、曲調が突然静かになる。

「走れない体、変わった瞳。守れない掟、動かない足。閉じこもった過去、不自由な今。」

 真理が、静かに泣くように、音色に合わせ、呟いていく。

 これは…

 幼馴染みの視線が真理に集まった。

 真理は、頷き、俺達は涙を浮かべながら、楽器に手を付ける。

 そして、曲はリズムを取り戻し、一気に駆け上がった。

「全部全部ぶつけて、全部全部薙ぎ払って、もう過去を振り返らない! 

 変わらない日々にさようなら!

 今までのありがとうも!

これからのありがとうも!

全部全部、届けるよ! 伝えるよ!

だから! 君に! この想いを――――贈る!」

 汗が頬を伝う。腕の筋肉は、プルプルと震え限界を訴えている。体の力はふっとどこかに消え、瞳はスポットライトを捉える。

 終わった。終わってしまった。本当に最高だった。今ままで一番の時間が幕を閉じた。

「「「「ア…―ル!」」」」

 はじめ、観客が何を言っているのか分からなかった。あまりにも声が大きくて、自分の耳が言葉に変えてくれなかった。

「「「「アンコール! アンコール! アンコール!」」」」

 俺たちは、顔を見合わせた。

 文香は、キラキラとした笑顔で、こくりと頷く。傑は、子どもっぽい顔で「いいですね」と俺に口パクをした。健は、ニヤッと笑って、親指を立てていた。鈴音は、いつもの堂々とした笑顔で「やろうや」と言う。真理は、にこっと笑った後、「少しだけ私に時間もらえる?」と、俺達にそれぞれジェスチャーで伝えると、真理はマイクを握った。

「みんなありがとー! アンコールにお答えして! と行きたい所なんだけど…真理はもう歌うことが出来ません」

「「「えええええ!」」」

「ちゃんと、伝えなくちゃ歌えないから! ごめんねみんな! 少しだけ、時間もらうね!」


               *


「お婆ちゃん! お願い! これが私の夢なの! これが私の手に入れた宝物なの! お願い私から歌を奪わないで!」

 私は大きな声で、マイク越しに一人だけ座っていたお婆ちゃんに叫ぶ。

 その隣にいたお母さんは、頬を濡らし、膝を地につけ、頭を下げた。

「お願いです! 娘の私がわがままを言って、迷惑をかけたことは百も承知です! それでも、あの子の夢だけは奪わないでください! お願いします!」

 お母さんのこんな姿を見るのは初めてだった。

 お父さんも何か言いたいことがあるようだったけど、お母さんの様子に圧倒されて、動かずにいた。

「…何を見せられようと、何を言われようと、私の意見は変わりません」

「そんな!」

 顔色一つ変えず、変わらず厳しい表情を浮かべるお婆ちゃんを見て、お母さん顔に、絶望の色が浮ぶ。

「その辺にしてやったらいいじゃないですか。木箱屋」

「滝川…」

 椅子に座っていたお婆ちゃんの後ろから、突然声をかけたのは緑色の着物を着たお婆さん。

 その姿を見たお婆ちゃんの表情が僅かに曇る。

「あなた達が賭けたものはこの程度のものなんですか? この程度の存在に心打たれ、未来を託そうと? 冗談はやめてください。あの子達も所詮は若者。そこの若造のように過ちを犯すでしょう」

 ちらっとお父さんを見て、鋭い言葉をお婆さんに投げかける。

 お父さんは、ぐっとこぶしを握り目を背ける。

「ええ。そうですよ。私が未来を賭けたのはあの子達です。私たちの溝を飛び越え繋ぎ合わせたあの子達。木箱屋と今話しているのも全部あの子たちのおかげじゃないですか。」

「だからと言って、うちまであなた達と合わせる義理は無い。家は家、よそはよそ」

「なぜ、分からないの。私たちのやり方じゃ、時代に取り残されて行ってしまうと。」

「その時代の多くを作るのは、あの若造たち。だからこそ、私たちが正しい道を示さなくては行けない。わかっていないのはあなたの方ですよ、滝川」

 らちのあかない話だと思った。けど、私達の頼みは滝川のお婆さんだけだった。

 祈るような気持ちで、真子さんとお父さん、そして会場中の誰もが見守った。

 そんな中、会場から一人飛び降りた。

「あんな子供たちに何が作れ、何を守れるというのです? 過ちを侵し、未熟さを言い訳に甘え自分を正当化する哀れな子どもに何を期待しろというのです? 大人が正し、導く。それが昔からの、正しいやり方ですよ」

「だから、あんたにはこの歌が届かねぇんだ!」

 観客をかき分け、一人の少年が大人の前に立った。

「僕たちは、確かに子どもかもしれない」

 また一人。

「間違いを起こすこともあれば、失敗することだってあるかも知れねぇ」

 次々と、お婆ちゃんの元に行くみんな。

 私も必死に追いかける。

「それでもうちらは、その時々を精一杯に生きてるんや」

「誰にも…文句…言われない…くらいに」

 そして、最後にゆっくりとお婆ちゃんの真前に立った。

「私達は、お婆ちゃんの言う通り子どもかもしれない。それでも、子どもなりに頑張ってるんだよ。今の私達に出来ることを精一杯やってるんだよ。」

 私は、儚い表情でそう言う。すかさず、ゆうちゃんはお婆ちゃんに訴えた。

「俺は、いっぱい間違えた! みんなにも大人にも沢山迷惑をかけた! でも、だからこそわかった事がいっぱいあったんだ! 大人の言うことは確かに正しい! でも、その通り生きるのが正解なわけじゃない! 正解かどうかを決めるのは自分自身だ! あんたは、自分で正解を減らしてるだけなんじゃないのか!?」

 みんなの言葉を聞いた、お婆ちゃんは静かに俯く。

「どうです? あなたの言う下らない若造は。馬鹿かもしれませんが、私達の子どものころよりずっと未来に溢れているとは思いませんか? 木箱屋さん」

「…いいでしょう。いったんはこの件を保留にします」

「やった!」

 私は大きな声で喜び、会場は拍手に包まれる。

「ただし! あくまでも保留だということを忘れないように…」

それだけを言い残し、お婆ちゃんは去って行った。

「ま、待ってください!」

お父さんが大声で叫ぶ。

「…なんです」

 お婆ちゃんんは、不機嫌そうに振り向いた。

「その…ありがとうございました。真理の夢追わせてくれて。あと一度も挨拶に伺えず申し訳ありません。また後日お伺いしますお母さん。…それと、あの子達に何か感じましたか?」

「あなたにそんなこと言われる筋合いはありませんよ。…若造は所詮若造。感じることなんて何もありません。……ただ、分が悪くなったから引いたまでです。家の名が下がるのは不本意なので。」

 そう言うとお婆ちゃんは、難しい顔のまま歩いていった。


               *


 アンコールの演奏も成功し、俺たちのライブは大成功で終えた。

 打ち上げで、いつものファミレスに行き、特技の話や、俺の陸上の話、次の旅行の話なんかをして、夜遅くに別れた。

 家に帰ると、白い手紙が三つ玄関に落ちていた。

『あなたを待っています。   誰か一人を選んで来てください。』

 全ての手紙に短い一文と小さな地図。宛名が全員違った。

俺は、二人にこれから言う予定の事を伝え、一枚の手紙を手に取って、地図の示す場所へ行った。


 真理が指定した場所は、河川敷だった。

 川を立ったまま眺める、短いスカートにセーターを着た女の子を視界にとらえる。

 俺より先に、真理が気付いて、話しかけて来た。

「もう、何度目のごめんねだろうね。傷つけてごめんね、ゆうちゃん」

「いや、真理がああしてくれなかったら、俺多分二度と走れなかったと思う。」

「それは、そうかもね。感謝したまえ、ゆうちゃん!」

「はいはい、ありがとうな」

 真理は、あははと笑ってから、少ししんみりとした口調で俺に質問をした。

「ゆうちゃん…私の事好き?」

 その瞳は、不安で揺れている。俺は、なるべく早く返事をした。

「…わからない」「えっ?」

「今までが嘘ってわけじゃないんだ、ただ俺は、真理に告白されて適当な理由をつけて、好きが正解だって決めつけようとしてた。本当は真理と同じくらい鈴音も文香も健も傑も、みんな好きだ。それに気付けたのは真理が色んなみんなに合わせてくれて俺にいろいろ考えさせてくれたたおかげだよ」

「そっか…そうだよね。うん、ゆうちゃんらしい答えだよ、それ」

 どこか辛そうな笑顔の真理に、白い手紙を渡されながらそう言われた。

「ありがとう」

俺はお礼を言いながら、ライトを当てて手紙を読んだ。


ゆうちゃんへ

 私はゆうちゃんを沢山傷つけてしまいました。でも、もう一度走る姿を見るためには仕方がない事だと思って、約束を果たしました。だから、ゆうちゃんが走ってくれたと聞いたときには、自分のライブそっちのけで喜んでいました。

 私が好きだったのは、あの頃のゆうちゃん。走ってるゆうちゃん。それは、全部嘘です。

私が好きなのはゆうちゃん、あなたです。あなたそのものが好きなんです。どんなあなたでも、私を助けてくれないあなたでも、走れないあなたでも、かっこよくないあなたでも。

私はゆうちゃんが大好きでした                      


                                   真理より


「真理。」

「なに? ゆうちゃん」

「最高の贈り物をありがとう」

「ふふ、どういたしまして」


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