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LETTER*GIFT  作者: 友樹みこと
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恋人

第四章「恋人」


 教室は大混乱だ。

そこらじゅうで、悲鳴や怒号が飛び交っている。

なんせ、こいつは今デートって言ったんだ。

急展開過ぎる。誰も付いていけていない。


 俺が教室の扉を開けると待っていたかのように、彼女が駆け足でやって来て飛びつき、デートをしようと言った。言葉で表せば簡単なのに、もっと大変なことが起きてるんじゃないかと思ってしまう。

 クラスが困惑する中、健や傑、そして女子二人は真剣な眼差しで俺を見つめている。

とりあえず俺は頭の中を整理することにした。

(えっと、今日は何日だっけ、確か四月十日だ。なんか新人アイドルが映画の主役に抜擢されたとか。いやいや、そんなことどうでもいいだろ! と、とりあえず何か返さねぇと!)

「こ、断る理由はねぇしな…。いいぞ?」

「ほ…ほんとに?」

「あ、ああ…。俺でよければ」

固唾を飲んで見守っていたクラスメイト達は一斉に湧いた。

「おめでとう! 真里!」「うわぁあああ! 俺らの真里ちゃんがぁあああ!」「くそっ、結局滝川かよ!」

「真里ちゃん、凄いですね…。私にはこんな大勢の前で言うなんて…」

「あーぁ…ついにこうなってもうたなぁ…」「うぅ…二人とも…幸せの桃色…ぐすっ…真里だから……約束だから……でも…でも……」「すげーな。真里があそこまではっきり言うなんて。」「僕も驚いたよ。…なんだか、複雑な気分かな。」「なんでお前が複雑な気分なんだよ傑。」「いや、なんか二人が遠くに行っちゃうみたいでさ。」

「…ちょっとわかるな。それ。」「うん…。」

クラスメイト全員の声が聞こえたわけじゃなかったけど、みんなのお祝いムードは痛いほど伝わってくる。一部、妬みや怨みが含まれてる気がしなくもないけれど。

「あれ、これ…俺達付き合うみたいなことなのか?」

「ち、ちちちちがうよ! まだ、デートに誘っただけ! 付き合うかどうかは!」

「「「それはもう告白と一緒だ!」」」

「「えぇー!」」

その後新妻先生が教室の騒ぎを聞いて駆けつけ、よりややこしいことになったあと、予鈴が鳴ってそわそわした一日が始まった。


朝、妃那さんと話していたことが本当になった。俺は傑と付き合うことになったのだ。

…違う違う。冷静なれ。真里とデートすることになっただけだ。傑と付き合うことになったわけじゃない。大丈夫だ。大丈夫。

時々左の前よりに座っている真里が振り返って、目が合うと真里はハッとなって目を逸らす。

その仕草が可愛くて、俺はその意味を知って、妙に恥ずかしかった。

もし、今回のデートで付き合うことになったらどうしよう。っていうかデートってどこ行けばいいんだろう。何すればいいんだろう。あれ、俺やばくね?

俺は授業中、必死に考えた。

ここは無難にサンフランシスコ通りを歩くか。いや、あえてゲームセンターなんてどうだろう。カップルはそんなことしないか。じゃあ、世間のカップルはどうしてるんだ。映画とかか? それも結局はサンフランシスコ通りの中だし、ありきたりじゃ…

そこで、俺は気付いた。

「なんだよ…俺達が行くところなんて一つしかないじゃないか。」

妙に納得した俺をちらりと真里は見て、顔を赤くしながら微笑んだ。


噂は学校中に広まっていた。

昼休みはクラスメイト達に二人で食堂に行けと言われ、すれ違う生徒達は少し浮ついた目線を送ってきた。

なんだか、気恥しい雰囲気が常に漂っていて、そわそわとしてしまう。

それは放課後が来ても変わらなかった。

真里と一度帰ってから学校の校門で待ち合わせにしようと約束をしていたから一度別々に帰るつもりだったけど、俺が先に教室を出ていくと「ダーリンが行っちゃうよー! 真理!」「どうせなら一緒に帰っちゃいなよ!」といつも真理と一緒にいる女の子たちが言って、真理は顔を真っ赤にしながら「ま、待って! ゆうちゃん!」と俺のそばにやって来た。

クラスが拍手に包まれる。

真里が手さげの鞄を持ち、近づいて来てきゅっと俺の服の袖を掴んだ。

「…一緒に帰ろう?」

「わ、わかった」

恥ずかしそうに上目遣いの目を向けてくる真理を見て、またどきどきとしてしまう。

クラスメイト達に、見送られて俺らは帰路についた。


帰り道の商店街を二人並んで歩いていく。

そう言えば真理と二人で歩くのはいつぶりだろう。小学生…いや、あの日以来なんじゃ…

「…ねぇゆうちゃん」

「ど、どうした?」

考えごとをしていると突然真理が話しかけてきて、緊張と驚きで言葉が詰まる。

「迷惑じゃ…なかった?」「えっ…何が?」

「その…あんな大勢の前で誘っちゃって…」

「…あっ! あれのことか! 別に気にしてない気にしてない! 寧ろ少し誇らしいというか…」「えっ! ほんとに!? なら良かった!」

「お、おう!」

真理は嬉しそうに、胸に手を置いて鼻歌を歌っている。

真理は普段と変わらない。こんな状況なのに緊張しないのだろうか。

「真理は…緊張とかしないのか?」「そんなことないよ! 今も心臓ばっくんばっくんいってるもん!」「そうなのか? いつもどおりにしか見えないけど…」「そうだよ! いつもどおり!」「えっ?」

「ゆうちゃんの前だといつも私心臓ばっくんばっくんだもん! 今日が特別なわけじゃないよ!」

「な、なに言ってんだよ!」

「今まで言わずに我慢してたんだもん、我慢してた分全部言っちゃうもんね~!」

真理は少しいたずらっぽく笑うと、少し早足に歩いて、二つくくりの髪を揺らし振り向く。

「そう言えばさ」「なに?」

「今向かってるのって、私達が出会った場所?」「…うん。他の場所が良かったか?」

「ううん。私達がデートに行くならとりあえずはあそこを考えるもんね。じゃあ、行こっか」

真理は少し懐かしむような表情を見せてから、俺の隣を歩いた。


マスターの店を森の中で見つけたあの日、マスターの店で出会った女の子。

それが、真理だ。

幼い日の真理は店の片隅でつまらなさそうに体育座りをしていた。

俺は同い年くらいの女の子がどうしてこんな所にいるのか疑問に思って話しかける。

「どうしてこんなとこで体育座りしてんの?」

「…ここ私の家だから。」

真理は顔も上げずに暗い声で言った。俺は無神経にも、陽気に話しかけ続ける。

「ここに住んでんのか!? いいなぁ!」「いいの? こんな場所が?」

「いいだろ! だって、色んな遊びできそうじゃん!」「遊ぶ相手がいないもん…」

真理はずっと下を向いたまま、地面に向かって話す。

「そうなのか?」

「うん。友達いたけど、みんな『真理はなんでも出来てつまらない』って」

「…えっ? どういうこと?」「だから、『真理が強すぎて勝てないからどっか行って』て言われたの…。何度も言わせないで。」

じとっとした目を、俺に向けて言う、真理。

俺はこいつおもしれぇなと思って話を持ち掛けた。

「…へぇ。ならさ、俺と勝負してみねぇか?」

「…どうせ無駄だよ。だって真理は…天才だもん。」

依然動く期のなさそうな真理を、俺は腕を掴んで無理やり立たせる。

真理は驚いた目を俺に向けてすぐにそっぽを向いた。

「やってみなきゃわかんねぇだろ? とにかく外出ようぜ! 勝負だ!」

「…一回やれば満足する?」

めんどくさそうに真理はつぶやく。

「えっ?」

「一回勝負すれば、一人にさして貰えるの?」

「…お前が勝てばな」

「わかった…なら、勝負してあげる。」

真理はそう言った時でさえ、無表情のままだった。

俺は幼馴染みに事情を話し、小学校のグラウンドへ向かった。

種目はドッチボールをすることにした。チーム分けは、俺と健、真理と鈴音。文香と傑には審判をしてもらい、内野で俺と真理が勝負して先に当てられた方が負け。外野にいる健と鈴音に当てられても負けだ。

傑の「はじめ!」という凛とした合図で試合が始まる。

俺は、全力勝負を挑むつもりで男子を相手にするように剛速球を投げた。

「うおぉおおおお!」

「…!」

真理は少し驚いた顔をしたが、胸の中にきっちりボールを収めた。

「流石、天才って言うだけはあるな! さぁ、お前の番だ! 全力で来い!」

俺の挑発を聞いた真理の瞳が、微かに引きつる。

無表情だった真理の顔に少しだけ感情が見えた瞬間だった。

「………シッ!」

真理は、大きく振りかぶって俺に対抗するようにボールを投げる。

少年野球のエース並の速度で。とても避けられたものではない。

取ろうとするも、腹が抉れるかと思うほどの威力でボールをつい取りこぼしてしまう。

「ぐはっ!」

「え、えげつないわぁ…うちでもあれは止められんで…」

「う、嘘だろ…あいつほんとに女子なのかよ…」

「…もう、満足? じゃあ帰るね。」

「ま、まてよ!」

俺は腹の痛みを堪え、言葉を詰まらせながら真理を呼び止めた。

「なに? もう終わりのはずでしょ?」

「次はバスケで勝負だ!」

「…はっ?」

「だから、バスケで勝負だ!」

「いや、日本語はわかるわよ。言ってる意味がわからないって言ってるの。」

「えーと…バスケットボールで…ツーオンツーをする…」

「そういうことじゃない。約束と違うってこと。」

「あっ、なるほど! 確かに約束とは違うな!」

「なら、約束通り私は帰るわ」

「でもよ、たかが男子一人ドッチで当てたくらいじゃん。天才ってそんなもんか?」

「えっ?」

「天才ならどんな競技でも勝てるだろ?」

「うん。だから、やっても無駄。」

「いいや、やってみないとわからないね! 俺はこの小学校で最強の男だからな! ぜってぇに負けねぇんだ!」

「それ、誰が決めたのよ…」

「俺だ! 今決めた!」

「…はぁ。付き合ってらんないわ。」

真理が振り向いた瞬間、俺はボールをバスケのゴールに投げ入れる。

パスッという刻みのいい音がグラウンドに響いた。

真理は睨むように俺を見る

「…まさか、今の有効なの?」

「当たり前だ! 敵に背を向けたお前が悪い!」

「…ほんと、あんたムカつくわね…。いいわよ、ボコボコにしてあげる」

俺達はそこから、いくつもの競技をした。

負ける度に真理を煽り、真理はそれに見事に乗り続ける。

真理が百年に一度現れるかどうかの負けず嫌いで良かった。

やった種目はドッチ、バスケ、サッカー、ボーリング、チャンバラ、かるた、こま回し。

何一つ勝てない。健や鈴音、文香や傑までも最後まで付き合ってくれていたが、日もすっかり落ちて時間的にも体力的にも限界が来ていた。

俺は最後の賭けに出た。

「はぁ、はぁ…まだだ…100m…100mで勝負だ!」

「はぁ、はぁ…まだ…やるの? もう…わかったでしょう? 君は私に勝てないって」

「でも俺は、この県で一番足が早い!」

「また、君が決めたルール? 聞き飽きたわ、それ。」

「いいや、これは大人が決めたことだぜ!?」

「どういう意味?」

「俺は、全日本大会で優勝した!」

「なっ…!」

「情けない話だけど、お前に負けて自信無くすのが嫌だったんだよ。これで、お前が勝てば、俺はもう何も言わねぇよ」

「…わかったわ。これで本当に最後よ」

ハッタリだった。この頃に大会の経験などない。

でも、足の早さには自信があった。

自信を無くすのが嫌なのは本当で、俺が最初に100mをしなかったのはそれが理由だ。

「…ねぇ、なんでそこまで私に勝ちたいの?」

「その理由は走りきった後に話してやるよ」

健が町中に響きそうな声で「位置について!」と言った。

俺達は、クラウジングスタートの構えをとる。

当たりが一瞬静まった。嵐の前のしずけさ。

風が吹き、月が照らし、土が舞う。

俺はこの時初めて、スタート前の心地よさを感じた。

「よーい!」

足をあげ、

「どん!」

地を蹴る。

「うわっ!」

砂がすべり俺の足を奪って行った。

真理は迷うことなく風を突っ切っていく。

「くそっ!」

俺は遅れを取り戻すため全力でかける。足の早さはほぼ互角だと感じた。

女子とは思えない異常な速さだ。俺は勝負を諦めかけた。

その瞬間、

「「「「がんばれー!」」」」

傑、文香、鈴音、健が大声で叫んだ。

それを見た俺は「こいつらの前で、かっこわりぃとこばっか見せられねぇな」と、最後の力を振り絞った。

ラスト20M付近。真理が一瞬後ろを振り向く。

だが、真理がその瞳に俺を捕えることはなかった。

驚いた真理は、すぐに前を向き直す。そこで初めて俺の瞳と目が合う。

俺は笑って言った。

「天才、お疲れ様」

真理の瞳に涙が浮かぶのが見えた。そこから、真理の速度も急激に上がる。その瞳には、何かに追い詰められているかのような鬼気迫る色が浮かんでいた。

俺はこのままでは抜かれると判断して、とっさに全体重を爪先に乗せ、転がるようにしてゴール。頭一つ分、真理より早くテープを切った。

幼馴染み達が、歓声半分、悲鳴半分といった声をあげて駆け寄って来る。

俺は、「大丈夫大丈夫!」と立ち上がって、ガッツポーズをすると健に頭を叩かれた。

「…私、負けたの?」「ああ、お前の負けだ。」「天才の私が…負けた?」「いや、それは違う」「えっ…?」

「俺が天才だから、お前が負けたんだよ!」

「…そっか。そうなんだ…。君、天才だったんだね…」

「おう、お前よりずっと天才なんだよ! 勉強とかできねぇけどな!」

「そっか…。じゃあ私、天才辞めてもいいよね?」

「よくわかんねぇけど、いいんじゃねぇか? 辞めたいならさ」

「そう…だよね。うん…うっ…」

「お、おいどうした?」

「うっ…うわぁああああああん!」

「な、泣くなよ! そんなに負けたのが悔しかったのか? ご、ごめんな!」

「うわぁあああああん!」

真理は、しばらくずっと泣き止まず、しばらくことあるごとに健や鈴音に「ゆうちゃんが泣~かした! 先生に言っちゃおう!」と言われ続けることになるが、それはまた別の話だ。


 真理と二人であの頃の事を話ながら、綺麗に整備されたサンフランシスコ通を歩く。

あの頃ここにあった森は、もうなくなってしまったのだ。

「ははは! そんなことあったあった! でも、あの時ゆうちゃんが勝ってくれなかったら、私ここにいなかったかもしれないね」

真理はそう言うと、少し遠い顔をする。

「そうかもな。…まぁ、あんときの俺はぜってぇ負けなかっただろうけど!」

俺はしんみりした空気を払拭させるため、冗談交じりに言った。

それを見た真理はふふふと笑って「自信たっぷりだね、ゆうちゃん。」と上目使いに問いかけて来る。可愛らしいしぐさと表情に戸惑い、俺は思わず視線をそらしてしまった。

「あ、当たり前だろ? あの時は…ほら、全盛期だしな」

真理はその言葉を聞いた途端、どこか寂しそうな顔をする。

「…そう言えばさ。なんであの時、ああまでして私に勝とうとしたの?」

「あ、ああ。あれは…そう…二つ理由があったんだよ。」

「二つも?」

「まあね。一つは、単純に真理と遊びたかったから。」

「えっ? それって勝負がしたかったってこと?」

「違う違う。…なんとなくだけどさ、あの勝負に勝ったら真理と毎日遊べるようになる気がして…。それで、あんな必死だったんだよ」

「へぇ~、ゆうちゃんの勘もあたるもんなんだねぇ」

「い、意外と当たるからな! 今日のことだって!」

「今日の事が、何?」

「な、なんでもない! ふ、二つめは真理の親父さんに頼まれてたんだよ!」

「えっ! パパに!?」

「ああ、『真理をボコボコにして欲しい』って」

「あははは…パパらしい…かな。」

「確かに、マスターらしい言葉だよな」

マスターとのもう一つの約束を果たすため、俺たちは目的地に向かって歩いた。


真理と話していると、あっという間に目的地のカフェに着いた。

カフェの扉の前に立つと、真理が少し深呼吸してからドアの鈴を鳴らす。

「いらっしゃいませ」と低く穏やかな声が店内に、静かに響いた。

「ただいま、パパ!」「やぁ、真理。久しぶり」

マスターは久しぶりに会う娘の前でもいつもと変わらない。かっこいい。

「ゆうくんと二人で来たってことは、そういうことかい?」

「い、いえ! まだそういうわけじゃないんすけど、一度顔だ…」

「そうだよ、パパ。私、ゆうちゃんと付き合うことにしたの。」

俺の言葉をさえぎるように、真理が言った。

「なるほど…遂にねぇ…」

「えっ! そ、そうなのか!?」

「ゆうちゃんは…嫌?」

「い、嫌じゃねぇけど! 急すぎるというか、夢見心地というか…」

「ははは、ゆうくん。父親の前で娘の告白を断ったりしないよね?」

マスターは、温かい表情と声で言っていたが、目が笑っていない。

下手な事を言うと殺されてしまう。

「こ、こんな可愛い娘さんと付き合えて幸せです!」

「なら、よし。さて、僕は何をすればいいのかな、真理」

「うん。私たちの事見守ってほしいの。それと、もしゆうちゃんが迷ってたら助けてあげて」

「えっ、それって…」「いつもとかわらずでいいってことだよ、ゆうくん。」

「あっ、なるほど! いつも助けてくれてありがとうございます! マスター!」

「うん、これからは真理の事を幸せにしてやってね」

「はい! 任せてください! 俺、こいつの好きな本とか全部知ってますから」

「ゆ、ゆうちゃん! それ、言っちゃダメ! というか、なんで知ってるの!? ぱ、パパ!『ママのお茶』作って!」

「はいはい、了解。」

マスターは、クスクス笑いながら、いつもと同じようにブレンドを作りに行く。

俺たちはそれを見届けて、カウンター席に座った。

 

真理は、BL本が好きらしい。最近、廊下で『傑と俺が付き合ってるかも…』と真面目にクラスメイトに相談しているのを、たまたま聞いてしまったのだ。

俺は、思わず姿を隠してそのまま聞き耳を立てた。「真理、それはBL本の読み過ぎだって」「ち、違うよ! だってあの二人いつも一緒だし、なんか親しげにアイコンタクトとかしてるし、ふみちゃんがいるのに二人ばかりの話声が聞こえてきたりしてさ! この前なんか、自動販売機の裏でゆうちゃん、傑くんのこと押し倒してたし!」「いやいや、それは流石にないでしょ~」「ほんとだって! これは妄想とかじゃなくて!」「はいはい、BL好きなのはわかったから~」「違うって言ってるのにぃ~!」

こんな具合にとんでもない方向へ。

正直、聞いてて悪い気はしなかった。傑と俺が周りから見て、そんな風に見えてるということは、俺にも大いに脈ありだということだからだ。

しかし、真理は誤解をしている。いつも一緒なのは、教室に友達がいないからだし、アイコンタクトは『ああ、俺らいつになったら友達出来るんだろうな』って言う慰め合いのもの。文香がいるのに俺と傑の声だけが聞こえるのは、きっと文香の声が小さすぎるからだろう。自販機の件は…言うまでもない。未遂だ。

俺はその時、とんでもないことを聞いてしまったと思ってすぐにその場を離れた。


まさかそれが咄嗟に出てしまうとは。しかも、こんなタイミングで。

「ま、まさかゆうちゃん! あの時の会話聞いてたの!?」

「い、いや~。なんのことやら…」

「もう、恥ずかしくて死にそうだよ…」

真理は顔を真っ赤にして深い色をしたカウンターを見つめている。

「おやおや、二人とも仲が良さそうでよかったよ。はい、これ。『チューリップティー』」

マスターはそっと俺と真理の前に白いティーカップを置きながら言う。

「わぁ、やった! ママのお茶だ!」

途端に真理は元気を取り戻し、うきうきした様子でカップを手にとった。

「マスター、これってどういうお茶なんですか?」

「…これはね、僕が真子にプロポーズした時に出したものなんだ。真理は初め苦手だったんだけど、好んで飲むようになってね…今でも好きみたいで良かったよ。」

「当たり前だよ! パパとママを結んでくれたお茶だもん!」

マスターはそれを聞くと嬉しそうに微笑んだ。


マスターの妻で、真理の母親でもある真子さんは、学校の通学路でもある商店街の中、そこのお花屋さんの店主だ。

容姿は、さらっと下ろした明るい色の髪、ぱっちりとしているけどどこか寂しそうな瞳、女優にも負けないほど細いシルエット、すらっとした長い足、真理とは違い可愛いというよりは、美人と言った感じだ。

昔、夕涼みをしながら耳掻きをしてもらったり、真理と遊んでいるとスイカを出してもらったりした覚えがある。

今でも店の前を通ると、「やぁ、ゆうくん。元気かい?」と綺麗な顔に柔らかい表情を浮かべて、話しかけてくれたりもしていた。

クールでかっこよくありながら、世話好きで優しい一面もある大人の女性。

それが俺の真子さんの印象だった。

真子さんとマスター。二人は誰から見てもお似合いだった。

二人は高校時代の同級生で、実家の職業を継がなくちゃいけないという似た境遇を持っていてそこに親近感がわいてすぐに仲良くなり付き合い始めたらしい。

二人とも、家業を継ぐことを決意していたし大学に行くつもりは無かった。

だけどある日、真子さんが母親に「芸術大学に行け」と言われ、真子さんは当然「嫌だ」と返したけど両親の想いは強く、家の名前を使って大学進学を決めてしまう。

真子さんの家は古くから政治を左右してきた四大名家の一つだったからそう難しい事ではなかったはずだ。

真子さんの「この町にいたい」という想いは、両親に聞き入れて貰えず東京の大学に行くことになってしまった。

卒業式のその日に東京行きの飛行機に乗ることになっていた真子さんは、飛行機の乗り場で遠い街に運んで行ってしまう船を待っていた。

そこに、息を荒らげたマスターがやって来て「真子さん、行かないで! 君のやりたいことをやればいいじゃないか! 家なんか関係ない! 大切なのは君の心だ!」と叫んだ。

真子さんはその言葉を聞いて、小さい頃からの夢だったお花屋さんになることを決意し、切符を捨てた。

そこから、駆け落ちするようにして、森の中に一軒の小屋を建てた。

それが、今俺らのいるカフェだ。

二人はしばらく森の中で住み続けた。

真子さんは森の中でお花を育て、それをマスターがお茶としてお客さんに出す。

その生活はとても幸せなものだった。

マスターは、真子さんの両親に見つからないように遠い街に行こうと考えていたけど、真子さんがそれを許さない。

真子さんは自分のせいでマスターとマスターの両親との関係を悪化させたくは無かったのだ。

そこで間をとって考えられたのが、人目につかないこの街のどこかに住むこと。

つまり、この場所に住むことになった。

しかし、幸せな毎日はそう長く続かなかった。

ある日、マスターは買い出しで商店街を歩いていると風の噂を聞く。

「真子さんの母親が倒れたらしい」

マスターは血相を変えて真子さんに伝えると、真子さんは迷わずに地を蹴った。

急いで実家に戻り、衰弱した母親を見る。

その時、父親に散々叱られ、男がそそのかしたと言ってマスターと会うことを禁じられた。

花屋をしたいということや、お腹に子どもがいることを話すと渋々両親は、その二つだけは聞き入れ『商店街で花屋を営み、そこで子を育てる』ことを許した。

ただ、名を捨てろと言われ真子さんは名を捨てたらしい。

だから、真子さんの本名を俺は知らない。

日本四大名家は、木箱屋、滝川、四方、並河。

このうちのどれかのはずなのだけど、判断する方法はない。

俺はこの話を真理と勝負したあの日に、二人でマスターから聞かされた。

その時に交わした三つの約束は、今でも忘れない。

『真理をいつも笑顔にする』

『真理を一人にしない』

『二人の間になにかあったときは、必ずマスターに言う』

マスターは涙を流しながら、俺と真理に頭を下げて頼んだ。

俺は大人の本気の涙を見たのが初めてで、驚きながらも首を縦に振って約束をした。

そのときから俺と真理は、一緒にいる時間が長くなり、今に至る。


俺はマスターと真子さんのなりそめを思い出しながら、マスターの話を聞いていた。

「僕が真子さんに『チューリップティー』を出したのは、小屋を建てる前に狭いアパートで二人ひっそりと暮らしてた時があって、その時に出したんだ」

「その時にね、パパは『真子さんには僕がついてる心配しないで。ずっと一緒にいよう』って言ったんだよ!」

「そうなんですか!? マスター超かっこいいっすね!」

「いや~お恥ずかしい」

マスターは照れ臭そうに頭の後ろをかいている。

「そう言えば、この後の予定は決まっているのかい?」「あっ…いえ俺は何も…」

「私は、一応考えてたよ!」「そうなのか?」

「うん! ちょっと行ってみたい場所があってね!」

「それは、『みさき坂』かい?」「流石パパ! そのとおりだよ!」

「『みさき坂』か…懐かしいな」

『みさき坂』はこの町のシンボル『二つ坂』の一つだ。

東側の『長坂』と北側の『みさき坂』

二つともとても長い坂であることで有名だけど、行き着く場所が違う。

『長坂』は東側の隣町、全国三位の進学校『祇峰学園』がある日向町に続いている。

『みさき坂』はその名の通り、岬に続いている。

北側の海を一望出来る展望台があり、そこで愛を誓いあえば永遠のものになるとかならないとか。

ちなみにサンフランシスコ通りをずっと北に進んで行くと岬に着くことができる。

サンフランシスコ通りは、ほんの僅かにだか坂になっていた。

簡単に言えば、『みさき坂』はサンフランシスコ通りの事でもあるのだ。

「僕もあそこを進めようと思っていたんだ。歩くのは結構骨がいるけどね。」

「流石に、バスを使おうと思ってるよ~」

「歩いたら四時間くらいかかりそうだもんな…」

サンフランシスコ通りを端から端まで縦に歩くだけでも三時間はかかる。

しかも、『みさき坂』の岬にたどり着くための急角度の坂は普通に登れば一時間はかかるだろう。

『みさき坂』の岬に直接行くバスは無く、その最後の坂は徒歩しかない。

ただ、サンフランシスコ通りを縦に歩いてくだけでもかなり骨が折れるから、そこをバスで短縮しようと真理は考えたのだろう。

「流石に疲れちゃうと思うしね。じゃあ、そろそろ私達行くね」

「うん。来てくれてありがとう真理。…真子さんは元気かい?」

「大丈夫! すっごい元気! 私のお母さんだもん、当たり前だよ!」

「そっか、なら良かった。また、よろしく伝えておいて。」

「うん! じゃあ、またね! パパ!」

そう言って真理は店を出て行った。俺はマスターに軽く頭を下げてそのあとを追う。扉に手をかけたとき、マスターに声をかけられた。

「ねぇ、ゆうくん。君は本当に真理のこと好きなのかい?」

俺の動きはピタリと止まった。

「もし、『約束』のことを気にしてるのなら…」

「違いますよ。俺は真理のこと本当に魅力的な女の子だと思ってます。安心して下さい!」

俺は最後に、にっと笑うとドアノブを引っ張って外に出た。

その時にマスターは小さく何かを言ったような気がした。

「でも、それは…」

―――三人ともじゃないのかい?


「あれ、パパと何か話してたの?」

「いや、大したことじゃないよ。行こう」

「え~、内緒ごと~? 彼女に内緒ごとはダメなんだぞ、っと!」

そう言うと俺の右腕に抱きついてくる真理。

柔らかい弾力が腕に伝わって、脳が痺れる。

「お、おわっ! きゅ、急に何すんだよ! 真理!」

「いいでしょ? 付き合ってるんだから!」

そう満足気に言う真理。

俺はその笑顔を見ていると、やめろというのが可哀想な気がして「しょうがないな」と思うことにした。

本当はすこし誇らしく思っていたけど、それは内緒の話だ。


サンフランシスコ通りの横の、車の行き来の多い大きな通りに出て、バス停でバスに乗る。

平日の夕方で、帰宅部の生徒達が帰宅し、部活のある生徒達は部活をしている時間帯だったのでいつも缶詰状態のバスは奇跡的に空いていた。

俺と真理は適当に後ろから一つ目の二人座席に座る。

何となく喋りづらくて、二人とも俯いてしまう。


真理と出会った頃は、真理の事をそういう風に意識することはなかった。凄い奴ぐらいにしか思ってなかったし、マスターに約束を取り付けられたのも、真理の事を心配した親心だと思ってた。そもそも付き合うということ自体よくわかってなかったような気もする。

少しずつ意識し始めたのは、四年くらい前。

 中学校に上がり、真理が大人気になった頃だ。

俺達、特に俺は、五人でいることに満足していたしこれ以上交流を深めようとも思っていなかったけど、真理は違う。どんどん交流の範囲を広げていく。校内のどこにいても、『あのクラスにすげー可愛い子がいる』という噂を聞くことが絶えなくなった。

文化祭のミスコンでは、三位に文香、二位に鈴音、一位に真理が三年連続で続き、真理はその座を文香や鈴音に三年間譲ることはなかった。

鈴音や文香の順位が変わることがあっても一位の順位だけが変わらない。真理は中学校一の人気者だった。ミスコン覇者でありながら、鼻に突く態度も無く、誰にでも等しく接し、いつも笑顔で、すれ違いざまには手を振って挨拶する。

真理の周りには沢山の人が溢れるようになった。沢山の友人が出来て真理も嬉しそうで、色んな友達と遊ぶようになっていった。

次第に真理が俺達と遊ぶ時間は減っていく。その時俺は………嫉妬した。

真理を取られたような気分になった。真理の笑顔が俺達だけの物じゃないんだと思い知らされて傷ついた。マスターの言う通りになるべく一緒にいたいと思っていたけどもう中学生にもなったんだしあんな約束守らなくてもいいかと、約束の事まで放棄した。

 そんな風にぐれてた俺は、ふと気付く。

なんでこんなに真理の事で気分を害してるのだろう。

なんでこんなにも、悲しい気持ちになるんだろう。

 その答えに好きだからという恋愛思考を働かせずに、その時は、マスターとの約束を破ってしまっている罪悪感から来るものだと自分を納得させていた。

 でも、自問自答の答えは間違っていたのだ。

俺はあの時の自分に言ってやりたい。それは好きなのだから当然だと。

 

そう自分の思考を結論付けたところで、バスは目的地に着いた。

黙ってずっと俯いていた真理が着いた途端に立ち上がり、笑顔で「いこっ!」と手を差し出したので、安心してその手を握った。

 バス停を降りると、観光案内板が出迎えてくれた。

看板によると、このまま右に行けば大きく迂回することになるけど広くて整備された道で『岬』に着くことが出来るらしい。

しかし俺たちは看板の裏側、つまり直進して『岬』に向かう。幼い頃と同じように。


長い坂のてっぺんには夕日が見えてこれはこれで綺麗だった。

「うわ~! こんな狭かったっけ? ここ」

「それだけ大きくなったってことだね。早く行こう! 日が暮れちゃう!」

楽しそうにそういう真理が先に歩いて俺の手を引く。

手を引く方は逆だろと思いながらも、やれやれと着いて行った。

夕日が照らす砂で出来た坂道を歩いていく。

「昔と一緒だね! こうやって歩くの!」「そうだな! やっぱ、足場わりい!」「ちょっと滑るよね! でも、こうして歩きたかったの!」「それは思い出に浸りたいから!?」「ちが~う! ゆうちゃんの手を引きたかったの!」「えっ、なんで!?」

「いっつも私が引かれてたから!」

「そこでも負けず嫌いなんだな!」

「当たり前でしょ~! 私なんだから!」

そう言って勝ち誇った顔でにっと笑う真理。

そんな顔も、もちろん可愛い。

 風になびく二束の髪を目で追っていたら、いつの間にか坂の頂上が見え始めた。

夕日が傾き、そろそろ空の色がオレンジ色から赤色に変わりそうだ。

「ゆうちゃん! もうちょっとだよ! ふぁいと!」

「真理に応援されるほどやわじゃないって! 一応運動部だぞ!」

「元でしょ!? もう、手離して先行くからね!」

そう言うと、俺の手を払って走り出す真理。

制服姿のまま、この角度のある坂で走れば当然スカートの中が見えてしまうのだが、そんなことは一切気にしてない。俺はばっちり、白を確認すると「おい、危ねーぞ!」と冗談交じりに言って追いかけた。

 

 みさき坂の岬の本名は、『神明岬』という。

日本で一番高い岬だと言われていて、神に一番近い岬だから神明岬。

俺達二人が、手をつなぎながら早足で最短ルートを直進しても、腕時計で確認するとなんと四十分もかかっていた。

高かった夕日もいつの間にか、水平線の上に乗りそうだ。

 でも、ここまで登った甲斐があった。そう思わせるほど、この岬から見る景色は絶景だ。

 岬は結構な広さがあり、大人六十人くらいは同時に立てそうな広さ。落下防止用に木の柵が海沿いに隙間なく埋められている。足場は俺たちが上って来た坂と同じようにさらさらとした砂場。木なんかはないけど、ベンチがちらほら置いてあって、どれも海岸側を向いている。一番岬の突き出た部分にあるベンチに座って告白すると恋が叶うという伝説があったりもする。俺らの来た坂から右を見ると、少し先にアスファルトで整備された坂が見える。あれが本当のみさき坂だ。帰りは危ないからあっちを使うつもりだ。

 俺たちは岬の一番出たところのベンチに座る。

そこで目に映ったのは、一面海。遮るものも何もなく、ただ青い海だけが広がっている。

その海を夕日が照らして、波に反射し、美しい光の舞を披露していた。

「何回来ても、ここに来ると神聖な気持ちになるよね…」

「そうだな…」

俺たちは木の柵に体を預けて、言葉を交わす。

 風に流れて真理の香りが潮の香りに交じって、鼻を突く。

「ねぇゆうちゃん…」

「なに?」

真理は、少し大人びた表情で夕日を見つめていた。

「私の事…好き?」

その綺麗な瞳にいつの間にか、自分の目が映される。

 俺は慌てて目を逸らそうとしたけど、真理の瞳があまりにも純粋で、逃げる事を許さなかった。

「い、言わなきゃダメか?」「当たり前」「絶対に?」「絶対に」「言わなきゃどうする?」「別れる」「そ、それは…」「じゃあ、言って?」「う~ん…」

真理の顔はわからなかった。ずっと大きくて無垢な瞳で俺を見つめていた。

でも、雰囲気から察するに少し笑っていたような気がする。

 俺は少し間をおいて、深呼吸をした。

瞳から目線を逸らして、地平線に沈み始めた夕焼けを見つめる。


「俺さ、本当は真理のことそんな風に考えたことなかった。」

「ほんと!? 私、あんなにアタックしたのに!?」

「そうだったのか? 全然気付かなかった」「鈍感すぎるよ…ばかっ!」「いてっ! 叩くなよ! お前わりと力つえーんだから!」「最大限愛を込めて手加減したから、全然痛くないはずだよ?」「手加減してこれかよ…」

「それよりもなんで私と付き合ってくれたの? 私のことそんな風に考えたこと……なかったんだよね?」「ああ、そう思ってたんだ」「思ってた?」

「…よく考えてみればな、ずっと前から俺は……真理のこと考えてた……かも…」

「…………うん」

「真理がみんなからモテて嫉妬して、いつもより悪戯したり、勝負をよくふっかけたりしたのもさ、多分そういうことなのかなって。」

「……うん。」

「真理は高校に入って、高一でもミスコン取ったじゃん? それに比べて俺は高一で………違うな、そういうことを言いたいんじゃない……そう、遠い存在だと思ったんだよ。」

「…私がゆうちゃんにとって遠い存在?」

「うん。天と地、月とすっぽん、傑と健みたいに、全然及ばない存在だよ。」

「あははは、傑くんと健くんの例えはあれだけど、わかったよ。そんな風に思ってたんだね。私、全然そんなとこ見せてないのに」

「そんなことねぇよ。歌うまいし、ダンスできるし、運動神経自体もいいし、成績は常に上位…顔もいいし、友達多いし、それから…」

「ストップストップ! そんなことないから! どれも、まだまだだよ! 私よりすごい人なんて沢山いるもん! 歌は低音が不安定だし、ダンスはリズム感皆無でそもそもセンスがなくてとにかく反復練習して誤魔化してるだけ、運動神経も毎日鍛えても維持するのが精いっぱいで最近は伸びてない。成績だって勉強して七位とかだし、見た目だって子どもっぽい顔してる。友達が多いのは、みんなが優しいからで私がすごいわけじゃないよ」

「…やっぱすげぇや」

「えっ?」

「俺には、そこまで話せることただの一つもないかもしれない。それだけ、考えてるだけで真理は立派だよ」

「おっ…おお…素直に褒められると照れますな…」

「ははは、まぁ滅多に言わねぇしな……」

「……あれ、話逸れてない?」

「くそっ! バレたか!」

「せっかく見直してたのに…残念すぎるよゆうちゃん…」

「…まぁ、あれだ。俺はな、真理のそういう所、全部がいいなって思うんだよ。」

「…そういう所って…どこ?」

「低いところが苦手で聞きづらい声、反復練習で無理やりカバーしてるダンス、維持してるだけの運動神経、七位止まりの微妙な成績、友達の優しさにすがった友人関係」

「ゆうくん? それ、私の使ってる言語で話してるなら貶すって言うんだけど…?」

「ま、待て! 叩くな! 叩くなよ! お願い、待って! 話を聞いて! 落ち着いたか? お、落ち着いたな? よし、じゃあ続き話すぞ。いって! 落ち着いたんじゃねぇのか!?」

「落ち着いて叩いたの。ちゃんと私を納得させないと…もう一回叩いちゃうぞ?」

「…だからな、俺の知ってる真理はそういう奴なんだよ。どれだけいい物を持っててもそれだけで納得しない。足りない部分を要求する。俺達の一歩先を行ってる。そんな真理の傍にいたら俺もいつか踏み出せるかもしれない。俺は真理と付き合って損することなんて何もないんだ。むしろいつ捨てられるか怖いくらいだ。」

「うーんと…それだけ?」「えっ?」「結局、どこが好きなの?」

「くそ! これもダメか! わかった、言うよ! ほんとは言いたくなかったんだけどな!」

「なんで、言いたくないの! そんな恥ずかしい理由なの!?」

「そうだよ! 滅茶苦茶恥ずかしいわ!」

「なおさらちゃんと言ってよ! じゃなきゃ即この件は無しにするからね!?」

「くそっ……真理は俺にとって……その……理想の女の子…なんだよ。可愛くて、優しくて、強くて、たまに暴力的なところとか壊滅的な所(料理とか洗濯とか出来なさすぎる所)もあるけど、そんなことどうでもよくなるくらいお前はかわいい! 可愛くて可愛くてしょうがない! 出来れば、ずっと抱きしめて離したくないくらいだ! そんな風に思ってた矢先に告白されて俺は本当に教室の窓から飛び降りたい衝動に駆られてたんだ! それで、傑に、ぐふぅ!?」


 いつの間にか俺の視界は真っ暗になった。おかしい、まだ夕日は出ていたはず、それに頭には柔らかい感触…。これは一体。

「最初からそう言え…ばか」

頭の上から、真理の声が聞こえる。待て、これはもしや…。この感覚はもしや…。

「私も、ゆうちゃんが大好きだよ! だって、ゆうちゃん、私を連れ出してくれたもん! 私に勝ってくれて、鈴音ちゃんに文香ちゃん、傑くん、健くんと仲良しにしてくれたもん! 私にとって、ゆうちゃんがいない人生なんてありえないんだよ! ゆうちゃんが来てくれなかったら、私ずっとあそこから動けなかった! ありがとう! 本当に…本当に!」

 俺がふしだらな想像をしていると、真理がまっすぐな気持ちを震えた声で届けてくれて、少し申し訳ない気持ちになった。

 でも、真理の気持ちは嬉しかった。通じ合えた瞬間だと思った。

真理が俺の顔を両手で起こす。

そこには、少し涙で潤んだきらきらとした瞳があった。

その瞳がゆっくりと閉じられる。

俺は、その意味を悟り


―――迷わず唇に触れた

 

日が沈んでいく。

心地のいい冷たい風が吹く。

月明かりが二人を照らす。

星々が踊り、蛍が舞う。

何もかもが俺と真理を祝福していた。

不思議な夜だと、夢のような夜だと思った。

もう、二度と味わえない至福の味だと感じた。

でも、それは違った。何もかも…違った。

人生は、簡単ではない。

 全ての事柄に表と裏がある。

俺は、裏で何が起きているのか知らなかった。


例え、何かが起きても二人なら乗り越えられると、信じていた。



間章 「傑からの手紙:幼き日の思い出」


 ゆうちゃん。お疲れさま。傑です。

 手紙を読んでいるということは、全て始まってしまった後なのでしょう。

 僕から言えることはただ一つです。無理をしないでください。

 ゆうちゃんの体になにかないかが一番の心配です。

 いえ、今僕が言うべきはこんなことではありませんでした。

 ここからは伝えるべきことを伝えます。

 でも、辛いことは、きっと自分の口で言うと思うので今は感謝だけを綴ります。

 

ゆうちゃん、いままでありがとう。

 僕が、どんな辛いことがあっても屈しなかったのはゆうちゃんのおかげです。

 あの夜の日も、鈴音ちゃんと二人で駆けつけてくれた。

 あの日も、僕が叫べばゆうちゃんはちゃんと助けに来てくれた。

 本当に嬉しかった。でも、こうも思いましたた。

 僕は守られたままじゃいけない。

 僕は、自分の足で立たなくちゃいけない。

 ゆうちゃんに負けないくらい、強い男になりたい。

 …強いっていうのはちょっと難しくても、少なくともちゃんとみんなに認められる一人の人に僕はなりたい。そして、みんなを受け入れられるほどの器を持った人になりたい。

 だから、見てて。勇気を出して、勇気を振り絞って、僕は一歩踏み出します。

 見守っていてください。そして、送り出してください。

 今までありがとう。…さようなら。

                                 傑 より  


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