幼馴染み
「LETTER * GIFT」 友樹みこと
俺には五人の幼馴染みがいる。
一人は、関西弁を喋る破天荒な女の子。
うんていの上を走ったり、ジャングルジムをノーハンドで登ったり。
そういう危険なことをするのが好きな奴だった。
一人は、賢くて物静かな男の子。
ジャングルジムに手を使わずに登る幼馴染みを遠くから眺めるのが一番のお気に入りだと言っていた。
楽しそうに遊ぶ他の幼馴染みたちを少し離れた場所で静かに笑いながら見ていることが多く、あまりにも参加しないときは俺らが無理矢理引っ張り出したりもした。
一人は、賑やかな俺の相棒。
いつも何か悪さするときはそいつと一緒でご近所さんに沢山迷惑をかけた。
一人目の幼馴染みとも仲が良く二人はよく、勝負で張り合っていた。
一人は、とにかく変な女の子。
どこかぼ~としたところがあって、いつも少し遅れて俺らに着いてきていた。
不思議な目を持っていて、感情や音が色で見えるらしい。
そして最後に、いつも俺たちの真ん中にいた女の子。
可愛らしい容姿と人間離れした運動神経をあわせ持っていて、運動では男にも負けていなかった。明るい性格で、みんなから愛されるタイプだった。
みんな俺にとって、大切な友達だ。
そんな五人は八年前、俺の知らない所である約束をした。
その約束は八年後の現在、俺の未来を大きく変えた。
第一章「幼馴染み」
青く広い空に雲が六つ、それぞれに浮かんでいる。
春。高校二年生になった初日。俺は通学路の住宅街を歩いていた。
俺には五人の幼馴染みがいる。
一年前の合格発表では見事六人とも合格し、全員が同じクラスになった。
幼稚園から同じだった奴らも多く、長ければ今年、十四年目になる奴もいる。
「おっはよ~さん! 元気してたか? ゆうちゃん! 寂しゅうなかったか?」
背中を叩かれ振り返る。そこには、さらさらとした長い髪をなびかせ、手を大きく振る並河鈴音がいた。
鈴音を一言で表すのならば、キレイ系美少女だ。
パッチリとした大きな瞳や一本一本手入れの行き届いた長い髪は純和風な黒。肌も白いし、背も俺には及ばずともとても高い。足の線は細く、胸は小ぶり。小さくとも形は綺麗だと、健が言っていた。どうやって調べたかは定かではない。
「いやいや、お前とはほぼ毎日会ってただろ…家隣なんだし…」
「ほうやなぁ! やけどわからんで~ゆうちゃん昔から、眠れんときはうちん家まで来とったし、ひょっとしたら寂しがってへんかと心配しとったんや!」
だけど、その印象を打ち砕くような、豪快な言葉使いと振舞いを好む。
お笑い芸人のように笑い、大きな声で喋り、強めに背中を叩く。
さらには、スポーツをしているときはいつも奇声を上げていたような気がする。
友達としてはとてもいい奴だし、親しみやすい。だけれど、鈴音のことを考えると今後が少し不安になった。
まぁ、学校ではその容姿のおかげからか、かなりモテているので心配はないと思うけど、女性的には心配だ。女性として本当にそれでいいのか。
「そ、それそんな大きな声で言うなって! 他の人に聞かれたらどうするんだ!?」
「え~どうしてや~? ひょっとして、聞かれちゃまずい相手でもいるんか~?」
鈴音は悪戯な笑みを浮かべて俺の顔を覗き込む。
俺は綺麗な顔が近くにあることに驚き、顔をそむけてしまった。
「な、なんだよその顔! 違うって! クラスの奴に誤解されるから!」
「ふぅ~ん。クラスの奴ら、ね? まぁ、そういうことにしといたろか。ほや、そう言えば今年のクラス替えどうなんやろなぁ」
「さぁ~…まあでも、毎年一緒なんだし心配いらないんじゃないか?」
「それもそうやな! あ~はやく、ふみや真理に会いたいわ~!」
「春休みは会ってなかったのか?」
俺らが六人で集まることは春休みに入ってから段々と減っていた。
この春休みだからということではなく、長期休暇になるとそうなりやすい。みな、何かしていて忙しかったからだ。何かが何かは知らないけど、来れない日は全員違って、結局春休みに集まれたのも一度だけだった。
「ん~いや、それがな~? ちょっと真理が最近忙しくて全然会えてへんのやわ。ふみとはよく買いもんとか行ったんやけど…」
「あ、鈴音とも会ってなかったのか真理の奴。旅行ずっと行ってたのか…?」
真理とは特に最近連絡が取れなかった。
うちの母親から旅行に行っていると聞き、確かめに行くと、家には誰もいなかった。
しばらくの間、真理から連絡も一通も来ず、こっちから連絡を取ろうとしても留守だった。
先週、真理と会った時に問いただすと、「あっ! ごっめ~ん! いつものケータイ家に忘れててさ! こっちからも連絡すればよかったのにね! いや~申し訳ない!」とのことだった。
何か隠し事をしていたり、嘘を付いているような感じでもなかったので俺は特に気にしていなかったし、周りの幼馴染み達もそんな真理に対して気にする様子もなかった。
だから俺はこの時真理が長い旅行に行っていると信じて疑わなかった。
「ちぃ~す! ゆう! と、美少女さん!」
「おっ! 来おったなお調子もん! そんなほめてもなんもでんよ~?」
「毎回言ってるなお前…言葉のボキャブラリー足りないんだよ健。」
「いやいや~鈴音ちゃんを形容する言葉は美少女以外にはないだろ~。」
十字路で声をかけてきたのは、川勝健だ。
幼い頃は髪の毛も身長もかなり短くて小さかったのに、今はどちらも長くて高い。
健は高校に入学するや否や突然髪の毛を金髪にし、元々軽いテンパだったということもあり、かなり今風になっていた。正直少しかっこいい。
小学生の時は前歯が抜けていて、少しアホっぽかったのに今は歯並びがめちゃくちゃきれいだし、アホっぽい=正直ということなので素直な性格は周りの支持を得やすく、クラスの人気者的なポジションにいる。
顔も目が二重だったり、何やかんや言ってもかっこいいんだと思う。
去年一度だけクラスメイトに告白されて俺に自慢してきたのは決して忘れない。
「いやいや、鈴音を例える言葉はもっとあるぞ~。」
「なら、ちょっと言ってみろよ。」
「そうだな~…例えば、向日葵畑に咲く一輪の百合のようとか、柳の木のようなしなやかさを持ちつつも氷柱のような凛とした美しさを持っているとか…」
俺は目を伏せながらつらつらと喋っていた。
目を開けると、鈴音の綺麗な顔が真っ赤に染まり、健が唖然としていて、そこではじめて自分がどれほど恥ずかしい事を言ったか気づいた。
「な、ななななななんなん! ちょっとゆうちゃん! あんたうちの事そんな風に思てたん!? 全然そんなん言ってくれんかったやん!」
「うわ~…お前、よくそんな恥ずかしい事急に言えるな…尊敬するわ…」
「あっ! い、今のなし! 何でもないんだ! け、健春休み何してたんだよ! 付き合い悪かったじゃないか!」
「今はそんなことどうでもいいだろ~? さっきのセリフだよ! 向日葵畑に…なんだっけ? くそ~録音しとけばよかった!」
「『向日葵畑に咲く一輪の百合』や! なんか純粋に褒められたような気持になったわ~。 どこでこんな言葉覚えたんや?」
「し、知らねえよ! 早く行こうぜ! 初日から遅刻したくないだろ!?」
俺は適当な事を言って走った。
「20分前だからそんな急がなくても大丈夫だ! くっそ! 逃がすかよ!」
「そうや! さっきのセリフめっちゃ気になるやん! 絶対逃がさへん!」
後ろから二人が追いかけてくる。そんな様子を、通学路をゆっくりと歩く同じ学校の制服を着た生徒数人に見られる。物凄く恥ずかしい。
俺がさっき鈴音に言ったのは素直な気持ちだった。
鈴音は生まれてからこの方、一度も関西に行ったことがないらしい。なのに、子どもの頃からずっと関西弁だった。それを深く追及されても、それが原因でイジメにあっても、鈴音は反抗することもなく、向日葵のように笑う。何でもないと。
沢山の向日葵を咲かせて、心の奥の悲しくも美しい百合を隠している、そんな気がした。
沢山の笑顔の中に、強い信念と悲しみを感じた。
二つめの方は、外見と雰囲気の話だ。
氷柱のような美しさと誰にでも接することのできる柳のようなしなやかさ。
その両方を持つ鈴音は誤解されることも多いが、受け入れられることも多い。
俺はそんな鈴音のことが結構好きだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
俺は結構な速度で走ってきたので、二人はどうやら撒くことができたらしい。
クラス替えの発表を、下駄箱で靴を履きかえて膝に手を着きながら、沢山の同級生が群がる中、遠巻きに見る。
これじゃ、『クラス替えの結果が楽しみすぎて急いで学校に来たやつ』みたいじゃないかとも思ったけど、すべて外れているとは言えないから、少し笑える。
「ぬぼ~ん。」
「うわっ!」
突然、生徒の群れの足元から女子高生がうつぶせで現れた。
「…今日は…濃い紫と…赤いピンク…? なんか…恥ずかしい事でも…あった…?」
「い、いいいいや。別になんもないよ。クラス替え見たのか? どうだった?」
「嘘の黒紫…まぁいいや…そう、クラス替え見たよ…みんな一緒のクラス…不思議な…神様の御加護を…感じる…」
ほふく前進の反対、ほふく後退の体勢のまま喋るこの不思議系女子は幼馴染の一人、森津文香だ。学校指定の薄い肌色のようなセーターを羽織り、紺の生地に白と緑のチェックのスカートを履いている。ちなみに下は何も履いていない。スパッツやタイツは履いてなくて生足だ。
外見は性格と同じように、おっとりとした雰囲気。目は少したれ目で、髪の毛が短くクルクルと巻いている。いつも口に何か入れているし、運動してる時ですら、ゆらゆらと動く。見ているだけで眠たくなってくるような、そんな奴だ。
ちなみに人の感情や、音色、その場の雰囲気までもが色で見える。らしい。
だから文香の前でどんな嘘を着いても『嘘の黒紫…』と言われ、ばれてしまうのだ。
「あっ、文香さん。こんなところにいた。探しましたよ…。」
人ごみの中から、男子生徒が一人出てきた。
文香の横で少し息を切らしている。
あの人ごみをかき分けて出てくるのは大変だったんだろう。
「すぐちゃん…どう…? 私…賢いでしょ?」
「ま、まあ斬新だとは思いますが…ありがとうございました。ふみちゃんの面倒見てくれて…ってゆうちゃんじゃないか!」
丁寧にお辞儀して顔を上げた途端、口を丸くして驚いていた。
「ああ! また同じクラスだってな、すぐ!」
「驚かせないでよ…。ほんと、不思議な縁だよねぇ…。これでゆうちゃんとは十年連続で一緒じゃないかな? みんなとも同じくらいになるし。」
「確かにそうだ。ここまで来たら学校側の策略だと感じるな…」
「あはは。ほんとだね~! ゆうちゃんの言う通りだ! 学校側の策略…ぷぷぷ…」
この笑いどころのわからない奴はすぐる。四方傑。
声や話し方がとても綺麗なのが特徴的で、外見も男子と言うよりかは女性と言った感じ。少し長めでさらさらとした髪の毛。パッチリとした大きな目。長いまつげ。細い指。輪郭もシルエットもどう見ても女性なのだが、正真章目の男。
ちなみにかなりモテる。男と女に同じくらい。
今のところ、「僕、女性にはあんまり興味ないし…。幼馴染みのみんなは魅力的だと思うけどやっぱり恋愛とかは…」と言っていて、告白された時も丁寧に断るらしい。男も女も。
「あ~! やっと追いついたわ! ほんま、冗談であの速度で走らんといてやゆうちゃん!」
「ほんとだぜ! 全く! 足の速さじゃ敵わねぇよ!」
下駄箱で息を荒くしている二人。
健の言葉に胸が少しざわつく。
「あ…二人…来たね…すずちゃん…淡いピンク…恋の色?」
ほふく後退していた文香が二人に声に気付いて立ち上がる。
文香の発言に驚いた鈴音は笑顔を浮かべているが、頭の右端に怒りマークが見える。
「ふみちゃん! おはようさん! なんかゆうたか?」
「すずちゃん…怖い…黒と赤…まだら模様…私…まずいこと…言った?」
「な~んも言うてへんよ? クラス替えどうやったん?」
鈴音は靴を履きかえて、なにも分かっていない文香に近づき、肩を組んで聞いた。
「すずちゃん…怖いぃ~…」
文香は、鈴音が怒っていることがわかっていて半泣き状態だ。
「鈴音さんイジメるのもそのくらいにしてあげてください。気になるクラス替えですけど、皆さん一緒でしたよ。」
「す、すぐるくん! いや、イジメてるわけじゃないんやで? ただちょっとびっくりしただけで…」
昔から鈴音は傑に弱かった。傑に何か言われると顔を真っ赤にして俯いてしまう。そのしぐさはとても女の子ぽくって可愛い。ずっとそうしてればいいのになとも思う。
俺はそんな鈴音を見て、おそらく鈴音は傑のことを好きなんだろうと思っていた。
「へぇ~今年も一緒かよ。このままだったら、来年も一緒なんじゃねぇか?」
健が遅れてゆっくりとやってくる。
「あっ、健ちゃん。久しぶり~。汗かいてるけど大丈夫?」
傑は、健や俺に対してだけ敬語を使わない。でも、他のみんなには敬語を使う。原因は分からないけど、敬う言葉と書いて敬語と読むのだから悪い事ではないしキャラにもあっていた。
「おう、ちょっと朝からあってな。まぁ、この話はまた今度するわ。」
それを聞いた、傑の雰囲気ががらりと変わる。
何やら黒いオーラが現れ体を包み、前髪が目にかかる。表情がわからない。
「ま~たどうせゆうちゃんと喧嘩でもしたんでしょ? 喧嘩しちゃダメだよ…二人とも?」
「ち、違うって! 喧嘩じゃない! 喧嘩じゃない!」
「そ、そうだよ! だから落ち着いてくれ、すぐる!」
「出た…ブラックすぐちゃん…」
「二人が喧嘩したら一番切れるんはすぐる君やもんなぁ…」
鈴音の言う通り、健と俺が喧嘩した時一番怒るのはすぐるだった。
小学校の時、体育倉庫に二人連れ込まれ、暗闇の中説教されるという恐怖体験をして以来、俺らは極力喧嘩しないようにした。
「まっ、二人が違うっていうなら別にいいけどね。さて、みんなで教室に行こうか。」
健と俺の必死の弁解を聞き入れてくれた傑は邪悪な雰囲気を消し去り、爽やかな笑顔で言った。
「あれ、真理はいいのか?」俺は、ぽつりとつぶやく。
「呼んだ~!?」
「「「「「えっ!?」」」」」
下駄箱真正面の昇降口で手を振っている女の子が突然俺の声に反応した。
明るい髪の毛を二つくくりにしている。目元はパッチリと空いていて、とても大きい。体は比較的小さく胸も小さい。本人はそのことをかなり気にしているが、その可愛らしい雰囲気と合っているので俺は全然かまわないと思う。
まるで正統派アイドルのような可愛らしさと男子顔負けの運動神経。
その二つを併せ持つ彼女の名前は、花崎真理。
「真理! お前、いつからそこに!?」
「真理さん…教室でみんなを待つんじゃなかったんですか?」
「あっ! 真理~! 久しぶりやな! 相変わらずかわええわ~!」
「真理ちゃん…やる気…炎の赤…?」
「おっ! 真理じゃねぇか! 元気してるか? 相変わらず地毛のくせに明るい髪の毛だな~羨ましいぜ!」
「ちょ、ちょっと! みんな同時にしゃべらないでよぉ~!」
昇降口から一気に階段をとばし、ここまで跳んできた真理。周りの生徒も思わず立ち止まり見てしまう。それもそうだろう。昇降口から下駄箱まで二十五段だ。それを全部飛ばしてきた彼女の身体能力は、あきらかに異常だ。
「こ、怖かった~…」
着地した後、胸に手を置いて真顔で言う真理。
「「じゃあやるなよ!」」
俺と健が勢いよく突っ込む。そりゃ、突っ込まざるをえなかった。
「だってみんなに早く会いたかったんだもん!」
「「うぅっ!」」
きらきらとした笑顔でそんな事を言われた俺と健は真っ赤になって顔をそらしてしまう。
真理も馬鹿だが、俺らも馬鹿だ。
「まりちゃん…相変わらず…恋愛的に…最強…」
「うちもあんなんした方がええんかなぁ~…やりたぁないけど…」
「お二人とも落ち着いてみてください。馬鹿二人と馬鹿な子一人です。あんな風になってはいけませんよ?」
さっとメガネを取り出し、俺たちを指さして講義を始める傑。
「あっ…すぐる先生だ…は~い、わかりました~」
「そ、そうやね! 気を付ける!」
傑の突然始まった、反面教師的授業に対し、だらけた返事をする文香と突然メガネをかけた傑を見て顔を真っ赤にする鈴音。
「お二人ともよろしいです。」
そんな二人を見て満足そうにうなずく傑。
俺と健はそんな様子を見て黙っていられなかった。
「「俺らを馬鹿に、例えんなよ!」」
「いや~みんな仲良さげでよかったよ~早く我らが教室にレッツゴー!」
そんな様子を見て幸せそうに笑う真理。
元気が有り余っているようで、いつも幼馴染を引っ張っていく。
誰もついてきてないことに気付かずに拳を突き上げたまま昇降口を昇って行く真理に、みんな顔を見合わせてやれやれとついて行く。
こんなやり取りが俺たちの日常だ。
教室に入るとクラスメイト達が楽しそうに話をしていた。
見知った顔の多い、真理や鈴音、健はすぐにそちらの輪に呼びこまれる。
それぞれ、じゃあまたと言い残しそれぞれのグループで話をし始めていた。
「なんだかいつもこうなりますね~」
「しょうがない…みんな…人気者…」「だよな~…いまいち付いてけない…」
そんな風に話してから、俺と傑、文香はそれぞれの席を黒板に貼ってある用紙を確認してそれぞれの席に着く。その後、教科書を横にかけた学生カバンから取り出しいれていると、一番後ろの位置にある俺の席に自然と、傑と文香がやってきた。
「お前ら、他に友達いないのか?」
「いや~そう言われてもね…どうも合わなくて…」「すぐちゃんに同じ…」
二人は少し困り顔だ。
文香はずっとぼけ~としていて表情の変化が薄い。今もよく見ると、眉が斜めになってるかな? と言った感じ。だけど、笑った時だけは凄くにっこりと微笑む。そこがかわいい所だ。
「あっ…そうだ、ゆうちゃん…私…あそこ行きたい…」
「どうしたんだよ突然? …あっ、今日の話か。」
今日は、HRだけで午前中に授業が終わるらしく、その後にどこか行きたいと文香が言い出したのだ。
「そう…みんなで…ゲームセンター…」
「えっ、ゲームセンターですか…僕、苦手なんですが…」
傑はまた困り顔。傑が苦手なのはゲームやゲームセンターの雰囲気じゃなくて、ゲームセンターに来る人だった。
よく、ナンパされるからだ。男に。
「心配すんな、俺が付いててやるから。文香は行きたいんだろ? 久しぶりだもんな。」
「行きたい…でも…すぐちゃん大丈夫?」
「あっ、心配おかけしてすいません。ゆうちゃんに付いててもらえれば大丈夫だと思います。」
「そう…なら…よかった。」
にこっと笑う文香。安心した時の顔だ。
笑った時はもっとにっこりと笑う。にこっ、もそんなに多くみられないのでかなりレアだ。
「ほなっ、またね~! 聞こえたでゲームセンターやって!」
「そうと聞いてやってきました! 川勝健です!」
「私だってがんばるからね!」
三人はゲームセンターの話を聞いていたらしく俺の席に集まってくる。
「じゃあ、今日はHR後ゲームセンターに行くってことでいいか?」
「異論はありません」「賛成…」「久しぶりにビート刻んでやるぜ!」「おっドラマーか! ならうちと勝負やな!」「ちょっと真理ちゃん! 去年のダンスバトル決着つけようよ!」「それもやったるわ! 引導わたしたんねん!」
どうやらみんな乗り気らしい。
「なら、とりあえず終わったら俺の席に集まってそっから行こう。」
「「「「「「おー!」」」」」」
その後すぐチャイムが鳴りみんなそれぞれの席に着いた。気付けばクラスメイトも席についている。教室の扉が開き、茶色く長い髪の毛先にクルクルとおしゃれパーマを当てた新妻清美先生が入って来た。去年も担任だった先生で、どこか抜けたところがある。
生徒にも新婚の旦那にも一途な先生。と、本人自ら言っていた。
「はい! 今年も先生が先生やります! 新妻清美です! よろしくねみんな!」
「お~! やった! 今年もきよみんだ!」「旦那さんお元気ですか~?」「去年はよくケンカしてたもんね~…」「きよみん、アホ毛立ってるよ!」
この通りクラスメイトから大人気だ。
俺も生徒のために一生懸命に失敗する先生の姿は、どちらかというと好きだった。
「みんな、せめて清美先生と呼んでね? あと、アホ毛教えてくれてありがとう。さて、今年も始まっちゃいましたね~。高校二年生。三年間で一番楽しい時期ですよ~? 勉強の抜きどころがわかってきて、放課後や休日に友達と集まり、趣味に勤しんだり、部活動に力を入れたり、いいですよね~学生生活…大人になったらな~んにも出来なくなるので、今のうちに楽しいことは沢山やっておきましょう! ほどほどに!」
「「「は~い」」」
クラスメイトの数人が返事をし、賑やかな雰囲気になる。ちなみにその一人は真理だったリする。
「さて、先生からのお話はこれくらいにして、色々決めなくちゃいけないことがあるんだけど、みんな協力してね? えっと、まずはうちの教室の一番後ろにあるサボテンの水やり当番やりたい人いる?」
ここで俺は考えた。まだ、役員の数も説明も何もない。どんな役員があるかも知れない。そして俺はどんな役員もやりたくないけれど、後で残されると思われるめんどくさい図書委員や選挙管理委員などになるくらいなら、いっそのことこの聞いただけでも簡単そうなサボテン水やり係になった方が楽なんじゃないだろうか。
そう考えをまとめた俺はゆっくりと手を上げた。
そして、もう一人の手が上がった。
去年も一緒だったクラスメイト。名前は確か、妃那彩芽。女の子にしてはやや短めの髪だが、一束だけ伸ばしているようで伸ばした一束をくくって、前に下している。
雰囲気は元気で可愛らしい女の子といった感じ。目も大きいし、髪留めもピンクのサクラがモチーフの物を付けている。
時々ドジをして、あわあわと困っているイメージもあるけど、調理実習の時の料理はおいしかったし、いつも早い目に来て掃除をしているとも聞いたこともある。
俺は、妃那さんに可愛くて優しい人、そういうイメージを持っていた。
そんな妃那さんのことは、真理や鈴音とよく一緒にいるということもあって、女子と関わりの少ない俺も名前を少し覚えていた。
「あっ! 良かった! 二人手を上げてくれたのね! 一人なら私のサボテンだけだと思ってたけど、二人いるなら裏庭の新妻農園も任せていいかしら?」
「「ええっ!?」」
「任せたわよ~。じゃあ次は科目係りね。まずは…」
妃那さんと俺は目を合わせた。妃那さんはうるうるとした目で首を横に振っている。よくわからないけど多分、「私、こんなつもりじゃなかったの、滝川くんを巻き込んでごめんね。」みたいなことを言っているのだと思う。
俺はそれに対して、手を前に出して「こちらこそごめん」と返す。
妃那さんと二人で裏庭の新妻農園を任されてしまった。あの時先生に言い返せば良かったのかもしれないけれど、後ろめたいずる賢さを発揮した俺は、なんだか「言い返す権利はないな…」と思って、言い返せなかった。
妃那さんはたぶん普通に言い返せなかっただけだと思う。女子と二人なんて、あの三人以外初めてだな…と、少し緊張する。そんな風に考えていると、耳を真っ赤にした真理と鈴音がそれぞれ見えた。よく見たら、妃那さんが二人にも似たような合図を送っていて、二人はぶんぶんと手を振っている。二人とも笑ってはいるがどこか顔が引きつっていた。特に鈴音。顔は完璧スマイルだが、俺には分かる。あれはキレているときの顔だ。
なにか嫌な事でもあったのだろうか。
「ということで、新妻農園係の二人は明日詳しく説明するので残ってくださいね。以上解散! お疲れ様~!」
その後、生徒全員が何かしらの役員に入れられHRは終わった。
俺の読みは当たったけど、裏目に出た結果になってしまった。
放課後、約束通りみんながゆっくり集まってきた。
鈴音や真理、健はそれぞれの友達に挨拶をしてから来たので、少し遅れて来る。
特に、鈴音と真理は妃那さんと軽く立ち話程度話してからなので、健よりも少し遅くに来た。
話してる様子を見ていると、妃那さんが頭を下げ、二人が「いいよ、いいよ」と言っているような感じ。何を話していたのだろうか。
ただ、鈴音はずっとキレていた。周りの人は気付かないだろうけど、幼馴染みの五人、特に近くにいた真理は怖かったのだろう、真理まで恐怖で顔が引きつっている。
他の幼馴染みも、「あっ、まずいな。」と思って思わず無言で見てしまっていた。
「はぁ~なんや不意打ちやったわ…」「ほんとだよ~新たな刺客現る! って感じだね~…」
「妃那…私とも…喋ってくれるいい人…」
女子たちはなにやらお互いを励ましているような雰囲気。
「なにがあっ」
「それはお前の口から言ったら全員キレるぞ。」「言わない方がいいよ…ゆうちゃん。」
二人は少々あきれ顔だ。
こういう時は何も言わない方がいい。そんな気がする。
「ともあれ、全員そろったし行こうぜ、ゆう」
「ゆうちゃんが動かないとみんな動かないよ」
「よし、行くか!」
「はぁ…何も知らないから…お気楽…」「ほんまや…うちらの気も知らんで…」
「まぁ、変に賢いゆうちゃんなんて見たくないから、それはそれでいいんだけど…」
「お~い、そんなところでぼ~としてたら置いてくぞ~」
「全く知らんのも腹立つわ…」「同感…」「私たちに春は来るのかなぁ…」
三人は何やらぼやきながらも、早足で追いついてきた。
久しぶりに六人で行くゲームセンター。
楽しみで仕方なかった。
間章 「鈴音からの手紙:置き去りのヴァイオリン」
うちがゆうちゃんと出おうたんは、六歳の頃、幼稚園の中でや。
初めはうっとおしい奴やった。
「なんで無理してまでそんな話し方してんだよ。」
「おまえ、普通にしてたらきれいなのにな。」
そんなことを永遠と言いおる。
うちはなんで関西弁を喋るんか誰にも話しゃせんかった。
親にも言わんし、ゆうちゃんにも絶対言わんかった。
ゆうちゃんと出会って、しばらくしてからおじいちゃんが死んだ。
日本ではよくある脳卒中っつぅ病気やった。
あん頃のうちはようわからんくてな。
うちがヴァイオリンをうま弾けへんのが悪いって思ったんや。
やから、ひたすらに引いた。
幼稚園にも行かんと、弾き続けた。
どんなに手が早く動くようになっても、全然楽しゅうなかった。
どんな難しい曲を弾けるようになってもおじいちゃんは帰って来んかった。
それでも、まだ足りんのや、まだうちが下手なんや。って自分を責め続けてた。
そんな時や、ゆうちゃんがうちの部屋の窓ガラスを割って入ってきたんわ。
「お前、毎日ずっと引いてるな」
「…」
うちは茫然としとった。
そんころ、飯も食わんとずっと部屋に籠っとったから、動くもんも久しぶりに見たんや。
それで久しぶりに見るもんが、窓ガラスをグーパンチで割るゆうちゃんやで。そりゃ頭はついて行かんわ。
「こんな真っ暗な部屋で、寂しくないのか?」
「…寂しい」
「ずっと弾いてて楽しいのか?」
「…楽しくない」
「なら、俺と来いよ! 楽しい遊び沢山教えてやるからよ!」
そういうて血まみれの手を差し伸べて来たんやでゆうちゃん。
覚えてるか? そりゃ、覚えてるわな。
うちはまだ夢に見るわ。あんときもし、ゆうちゃんが来てくれんかったらうちは一生あの部屋の中に閉じこもってヴァイオリンを弾き続けたかもしれん。
そもそも生きてるかも分からへん。
やからゆうちゃんはうちの命の恩人なんや。
ありがとうな、ゆうちゃん。
今日まで、ありがとう。