閑話休題1:誠と猫と不思議な2日 4
とりあえず、俺は屋根の上に登ることにした。というのも、猫っていったら屋根のイメージという単純な発想からだ。もし居なくとも、屋根の上から探せるし一石二鳥だろう。
俺はどうにかして屋根の上に登る。
やっぱり身軽っていいな……
俺は一番高いところを目指した。
「ほんとにいた……」
まさか、こんな簡単にも見つかるとは思わなかった。そいつは屋根の上に座っていた。
「やあ、誠。どうだい、猫の生活は?」
そいつは俺の名前を呼んだ。
「なんで俺の名前を知ってるんだ?」
「それは簡単だよ。昨日呼ばれてたのを聞いたから。まあ、他にもあるんだけどナイショだよ」
黒猫はフフ、と笑う。
「とりあえず、座りなよ」
俺は警戒しながらも、そいつの隣に座る。
「お前は何者なんだ?」
俺は隣に座るやつに問う。
「随分と単刀直入だね。君はどういう回答をご所望なのかな? 僕は魔法使いだ。とでも言ってほしいのかい?」
「それは……」
そいつは俺の困った顔を見て笑った。
「あはは、悪い悪い。冗談だよ。僕は叢雲。道化さ」
「道化……?」
「そう。君は叢雲って単語を知っているかい?」
「叢雲って、月に叢雲花に風、の叢雲か?」
えっと、確か意味は、良いことにはとかく邪魔が入りやすく、思うようにはいかないということだったはずだ。
「そう、その叢雲だよ。その場合の叢雲は邪魔者という意味だけど、どうかな? 君は月に雲がかかっているのや、桜が風に散るのを風情があるとは思わないかい?」
「ううん……俺にはまだ良く分からないな……」
「素直でよろしい。まあ、そう考える人もいるんだよ。邪魔者がいるからこそ美しいものがより一層映える、とね」
「つまり、叢雲は邪魔者ってことか?」
「簡単に言えばそうだね」
叢雲と名乗ったそいつは苦笑する。
「僕は華を添えるだけの存在。だから、道化なんだよ。まあ、何に華を添えるのかは内緒だけどね」
叢雲はニヤリ、と笑う。
「わかりそうでわからないな……」
頭の中がぐちゃぐちゃだ。この猫、実は凄く頭がいいんじゃないか……?
「分かれ、と無理強いはしないよ。ところで、君はなにかの用があって僕を探してたんじゃないのかい?」
そういえばそうだった!
「どうやったら人間に戻れるんだ?」
「もう、猫には飽きたのかい?」
「飽きた、というより疲れたぜ……」
とくに、追っかけられたのはね……
「そうか。それなら、人間に戻してあげよう、ともならないんだよ」
「なにっ!? じゃあ、俺は元に戻れないのか!?」
これじゃ、お先真っ暗だ……
どうする……?
「そうじゃない。時間が来るまで君は猫のままだという意味だよ。今の僕にはどうすることもできないんだよ」
「と、いうことは……」
「時間が来たら元に戻れる。そうだね、多分19時くらいには戻れるんじゃないかな」
「まじか!?」
俺はホッ、と安堵する。
「まあ、それまでは猫を楽しむことだね。それじゃあ、僕は行くよ」
「あっ! ちょっと待った! まだ聞きたいことが――」
俺が引き止める前にそいつは屋根から飛び降りた。
追いかけようとも思ったけど、高さが高さだ。下手すると助からない。俺は命惜しさに、追いかけることを断念した。
時間が経てば元に戻る、か。下手に動くよりも、屋敷の敷地内でじっとしておいた方がいいかもしれないな。
屋敷の中には恐ろしい生物がいるし……
たしかこの屋敷って離があった気がする。そっちに行ってみるか。
「にゃ」
ここなら誰もいないな。
和風に作られた離は、ゆっくり過ごすには心地がよい場所だった。畳はまだ新しいのか、い草のいい匂いがする。
「にゃ……?」
部屋の隅に光るものを見つけた。
ネックレス? これってたしか、いつも美玲が付けているやつじゃないか? どうしてこんなところに?
そういえばさっき、あいつ何か探していたな。探し物はこれか。
今すぐにでも届けてあげたいけど、そう上手くいかないのが現実で、届けようとすれば確実に引きずってしまう。美玲が大切にしているものだから、そういうことはしたくない。
となると、俺が元の姿に戻るまでは待機か……
「おや、貴方は先程の」
離に入ってきたのは絢介兄様だった。
「にゃっ!」
勝手にお邪魔してるよ。ていうか、早く出ていってくれ。いつ戻るかもわからないし……
「屋敷はいかがでしたか? お気に召されたでしょうか?」
やはり、思い出すのは美玲に風呂に入れられたことよりも、姉様に追われたこと。あれは、未来永劫忘れることはないだろう……
俺はブルり、と震え、首を横に振った。
「それは残念です。ですが、この離はお気に召されたようですね」
「にゃあ」
「それは良かった。して、あなたによく似た誠様をご存知ではないでしょうか? 朝から姿を見ていないのですが」
俺は首を横に振る。
「そうですか。仕方ありませんね。ほかを当たるとしましょう。――おや?」
兄様はネックレスの存在に気付いたようだった。
「にゃあ!!」
「どうされたのです? 猫殿。もしや、貴方が届けるといいたいのでしょうか?」
俺はブンブンと縦に首を振る。
「そうですか。分かりました。それは任せると致しましょう。こちらも誠様を探すことが優先のことゆえ。それでは」
そう言って、兄様は離からでていった。
「あら? 貴方は……」
兄様と入れ違いに離に入ってきたのは由香姉様だった。
やばい……死んだな……これ……
「ねえ、貴方。誠くんを見なかった?」
あれ……? 意外と普通だ。いやまあ、猫に話しかけること自体は置いておいて……
俺は兄様の時と同じように首を振る。
「そう。それなら仕方ないわね。それじゃあ、私はこれで。今度来るときはもてなしを用意するからね。くれぐれも私の部屋に入らないように。またいらっしゃい」
姉様はそう言って離から出ていく。
なんていうか、やっぱり姉様だなぁ……
それよりも、早く戻らないとみんなが心配してる。時間は――
「あ、戻った」
ちょうど良かったです。
「あれ? 誠? こんなところにいたの?」
離に入ってきたのは美玲だった。ぎりぎり戻れてセーフだ。
「これ、お前のじゃないか?」
「それ、どこにあったの?」
「ここに落ちてたんだよ。ほら、大切な物ならもう落とすなよ」
俺はネックレスを美玲に渡す。
「……ありがとう、誠!」
「うわっ――」
美玲は俺に抱きついてきた。
顔が近い!!
やばい、絶対俺、顔真っ赤だ……
「それより、そのネックレスってどうしたんだ?」
「これ? これはお婆様から貰った大切な形見なの……」
「そうだったのか……」
俺は涙目の美玲をギュッと抱きしめる。
――って、あれ?
「婆様はまだ生きてるからなっ!?」
かくして、俺の不思議な猫体験は幕を閉じたのだった。
(完)




