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青春ショートケーキ

宣告バラード(5/19編集)

作者: 狂言巡

 珍しいことが起こった。夢見たことは何度かあったけれど、実際に起こる可能性なんて、皆無に等しいと思っていた。






 どんな学校へ行こうが、やっぱり必修科目というものは存在するわけで。


「課題が、終わらなーい……」

「何某ボスロボットが倒せないみたいなこと言ってんの、後ちょっとでしょ」

「そーそーあとは世永クンだけなんだからさ」

「情けねぇの」


 美術室のファンヒーター(この高校には何故かあったのだ)付近の席を陣取って、わたし達はまだ半分も埋められていない世永の補習プリントを覗き合っている。科目は数学だ。


「ほら、頑張りいな、後は計算問題だけやろ」

「さっさと終わらせろ」

「何言ってんのー世永が数学大苦手だってこと忘れたの?」


 いつもツるんでいる野郎六人。坂口世永(さかぐちよなが)仁美亨夫(ひとみたかお)渡辺武蔵(わたなべむさし)早喜総勲(さきそうくん)織田一之助(おだかずのすけ)、クロード=ブルゴーニュ。そのうち、世永とクロードは数学が大の苦手。でも、もう既に昨日残ったクロードは提出し終わっている。ちなみに世永以外のここにいる皆は授業中に提出済み。一之助は数分前に飽きたと言って帰ってしまった。

 今日は午前中で授業終わりで、今からカラオケでも行こうぜヒャッハー! って話になったんだけれど、さあいざ行かんってところで、


「坂口君、君はまだこれが残っているだろう?」


 教室に入って来た祥勝元就(しょかつもとなり)先生が眼鏡をきらりと光らせて、近くの美術室に連行してしまったから、世永が終わるまでカラオケはおあずけ。もう一時にすぎちゃったし、みんな早くしろって軽くうんざり気味なのだ。


「もう疲れたよ、パトラッシュ~……」

「くだらねぇこと言ってねぇでさっさと手ぇ動かしやがれ」

「ううう大体農業高校なのにここまで数学が必要なのさー!」

「残念だけど、教養だよこれも」

「そうだぜ、これ以上待たせるんだったら世永の奢りな」

「あ、私それに一票」

「ワイも同じく」

「え、今なんか言ったー?」

「気にすんなだから早く終わらせろ」


 まぁこんな感じで、いつもこいつらと過ごしている。大体の農業高等学校は、ご想像の通り子の比率が圧倒的に高い。もちろん、女の子も少数ながらいるけど。必然的に男子との絡みが多くなってくる。そんな中で見つけたわたしの友達がこいつら。

 外見はなかなか派手な奴らばかりだったから、チャラいやつらなのかと思って最初はなるべく関わらないようにしていたんだけど。ちょっとしたきっかけですごく仲良くなってしまった。こいつらの中身の面白さを知って、全然気取ったやつらじゃないとこに触れて。一緒にいてすごく居心地がよかったんだ。……まぁ、そんなこと言うと調子のるから絶対言ってやらないけど。


「なぁカラオケの前にボーリング行かね?」

「別にいいけど遅くならない?」

「二レーンくらいならちょうどいいんじゃね?」

「わたし早く帰りたいんだけど」

「え、なになに月夜ちゃんデート?」

「何!?」

「ちょっ、本気かよ!?」

「俺冗談で言ったつもりだったんだけど……」

「オレも聞いてなーい!」 「はいはい世永クンは手ぇ動かそなー」


 こいつらぁ。わたしに彼氏がいないの知っての嫌がらせだろうか。なんでそんなに必死なんだよこのやろうむかつくな。あーはいはいわたしはどうせここに来たって、未だに彼氏の一人もできたことありませんよ! こん畜生なんか悔しいからノッてやる!


「相手は!?」

「この学校?」

「んーん、県外の大学生」

「ダイガクセイ!?」

「ハニトラ!? ロマンス詐欺!? 月夜それ絶対騙されてるって!」

「そうだぜ月夜やめておけ!」

「えーでも優しくて包容力もあるし何より一途だし」

「そんなの最初だけだって、蜜月終わればデートDVかもよ」

「亨夫の言う通りだ!」

「えー」

「僕もそれはあまり関心しないね」

「うわっ周防先生いつの間に」

「で、実際どうなんだい」

「いや、冗談ですよはい冗談だってだからみんなそんなあからさまにほっとした顔すんのやめてくれないすっごいむかつく」


 わたしの言葉に【いやぁ月夜に先越されたのかと思って焦っちまったぜ】なんてイイ笑顔を浮かべて言ってのけたクロードの足を、思いっきり踏み付けておいた。この野郎、そんなことを言われて黙ってるような大人しくて可愛い女子はここにいないからな。でもまあ、このノリが好きで望んでここにいるわけだから、別にみんなが嫌いなわけじゃない。どちらかっていうと大好きだ。あ、どちらかでいう必要もなかった。

 それに異性(おんなのこ)として扱われるより、こうやって男友達のひとりみたいに扱ってもらえるのが安心するし、此処にいたいって思える要因のひとつ。ウマやソリがあうとは、このことをいうのかもしれない。わたしとしては友情には淡白だった自分が嘘のようだ。だけどまあ、そのぶん恋愛方向に話が流れることはなくて、いや持っていかれたら正直困るけれど、持ってかれないからこそここにいたいのだけれど。

 だけどまあ、わたしだって一応華の女子高生なわけですから? 恋だってしてみたいわけでして? あれ、なに言いたいのかよくわかんなくなってきた。まぁあれだ、まとめると恋愛はしてみたいけどこいつらとはこのままでいたいってそういうことかな。うん。


「お、終わったー!」

「お疲れ世永君」

「早速見せたまえ」

「しっかり見てやれ」

「お手柔らかになー祥勝センセ」


 世永がたった今書き終えたばかりのプリントの各問を、ひとつひとつチェックを入れていく祥勝先生。何だかんだ言って、それをごくりと息を飲んで見つめるわたしたち。どうでもいいけど、祥勝先生のあの眉間の皺はどうにかならないのかしら。髭を落とした仁丹みたいにちょっと冷たい感じはするけど、なかなかいい男ぶりなのにあの眉間の皺があったら尚更近寄り難いよね。

 ……先生はしらないけど、生徒には暗黒先公(ブラックティーチャー)なんてあだ名がが定着しているくらいだし。うーん残念だわ。奥さんの選ぶネクタイは絶対だったり、毎日愛妻弁当持ってきたりする、お嫁さんマジ溺愛の周防先生とか、面白そうだから見てみたかったのに。そんな今この場に一切関係の無いことを考えていたら、先生がプリントからこちらに顔を上げて頷いた。


「まぁ、いいだろう」

「やったあああ」

「これでやっと遊べんな」

「待ちくたびれたぞ」

「んじゃま、まずはボーリングと行きますか」

「武蔵! いっちょ勝負と行こうじゃねぇか」

「受けてたつぜ!」

「あーちょっと待ちなさいよ!」


 いいよね。男子は荷物をまとめたり行動するのが早いんだから、少しは待ってくれたっていいじゃない! 慌てて鞄を肩に掛け直して、美術室を後にする皆の方に足を一歩踏み出した時、ガシッという音を立てて、どこぞの青春映画よろしく祥勝先生に腕を掴まれてしまった。


「え、先生何ですか」

「君、さっきの話は本当に冗談なんだろうね」

「さっきとは」

「彼氏がどうとか」

「ああまだその話を引きずっていらっしゃったんですか、ていうかしつこい男は嫌われますよ先生」

「それで、どうなんだい」

「(流した!)限りなく冗談に近い願望です」

「ほう……」

「まぁそんな人いないって判っていますからね、諦めているんでいいです」

「優しくて包容力があって一途な年上の男ならここにいるがね」

「……わんもあぷりーず?」


 先生の発している言葉の意味がわかんなくて、思わず耳に手を添えて片言に聞き返してしまった。クロードがいたら、思いっきり馬鹿にされそうな発音なってしまった。辛うじて笑みの形を描いていた口元がひくひくとひきつっているのがわかる。そんなわたしにはお構いなしで、先生はわたしの耳元に口唇を寄せて、恋愛経験皆無の女子高校生にはいささか刺激が強い甘さで、低く低く囁いた。


「卒業式まで待っていなさい。それまでには必ず惚れさせてあげるよ」


 確かにもう一回言ってくださいと言ったのはわたしだけど、いやいやそんな台詞を聞きたかったわけじゃなくて、え、いやだから、え、え?


「あー! 暗黒先公が月夜ナンパしてる!」

「はぁ!? てめぇ暗黒先公何してやがる!」

「うわーうわー犯罪だー!」「とか言いながら指の間からしっかり見とるわな世永クン」


 何が何だか理解できていないわたしをよそに、様子を見に来たらしい武蔵が叫んで、クロードがやって来て亨夫が大袈裟に悲鳴をあげて、世永は慌てて顔を手で覆って、総勲がナイスな突っ込み入れて、先生が……え、なにあれ彼氏宣言ですか? いや、ときめいたりしてないよ? えぇ断じて。ていうか先生相手にときめいたりするもんか……してないからねっ!?


(――そういう言うわけだ。君達、彼女に手を出したら承知しないよ)

(それは保障しかねるぜ)

(そうそう。簡単にはあげないよ)

(え、ごめん話についていけない)

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