オタサーの姫やってるんだけど、ギャルに絡まれた結果おいしくいただかれました
「わ、若菜ちゃん。これ、この前欲しいって言ってた限定のグッズなんだけど……」
「え! すごーい! ホントに買えたんだぁ?」
「そ、それで、あの、僕、若菜ちゃんにあげようと思って……」
「うそ、ホントにー? いいの?」
「う、うん、僕はいらないし、よかったらなんだけど……」
「わー! 嬉しい! ありがとね、高村くん!」
「若菜ちゃん! 俺もこの前のイベントでゲットした激レアな――」
「あ、お、俺も、若菜ちゃんにあげたいものが――」
「ぼ、僕も――」
「わーん! 木内くんも杉山くんも村田くんも、みんなありがとー! わたし、みんなのこと大好きだよっ!」
『若菜ちゃーん!』
◆
あー、気持ちいい。たくさんの男たちにちやほやされるって最高ね。
まあ、外見的にはあまりぱっとしないのが玉に瑕ではあるけれど、そこは仕方ないわよね。文化系サークルの中でも、いわゆるオタサーに入ってくるようなやつらだもの、推して知るべし、よ。
それにイケメンはイケメンで、わたしのほうが、その、気後れしちゃうし……べ、べつに苦手なわけじゃないわよ? ただ、そう、顔もいいやつはたいてい遊び慣れていて、ろくでもないようなのしかいないんだもの。わたしには釣り合わないのよ。うん。
こほん。それにしても、童貞の男ってなんでこんなにちょろいのかしら。最近流行ってるらしいちょろインなんか目じゃないわよ。ん、男だからちょーロー? いや、違うか。せいぜいちょろモブ……モブがちょろいのは当たり前か。
実際に彼らをカモにしてるわたしが言うのもなんだけど、女に対して免疫なさすぎでしょ。
耳触りのいい言葉を並べて適当に機嫌をとってやれば、勝手に向こうが勘違いして持ち上げてくれる。そして釣り上げた魚に餌をやるように、ちょっとずつ甘い顔を見せてやれば、ころっと落ちる。
そこまでいけば、あとはどれだけ侍らせられるかのボーナスタイム。すっかり彼氏気分になった彼らを手玉にとって、好きなように振る舞うだけ。
わたしはいい気分だし、彼らもご満悦。どっちも幸せならいいじゃない。真実を知らなければ、夢を見続けていられるのだから。
これだから姫ってやめられないのよね。
世間では、オタサーの姫っていうのは勘違いした哀れなブスっていうイメージが強いみたいだけど、わたしからすれば、勝手に言ってろって感じ。
流されるまま地味に目立たず生きて、それの何が楽しいの? いったい何のために生まれてきたの?
後ろ指差されるのが怖い? バッカじゃないの。
そんなつまらない人生を送るくらいなら、わたしは与えられたものを最大限に使って面白おかしく生きてやるわ。陰で誰にどんなことを言われようが、関係ない。
わたしの人生だもの。わたしの好きにしたっていいじゃない。
こうして実際に姫をやってみて、よくわかった。
高校までのわたしは、本当に損をしていた。こんなにも楽しい生き方があるのなら、もっと早く知っていればよかった。
制服は校則通りにスカートも膝丈。オシャレらしいオシャレもせず、ぼさぼさ伸ばしっぱなしの髪に眼鏡をかけて、教室の隅で本を読んでいるような、そんなわたしはもういない。
ゴスロリ風のワンピースにミニスカート。膝上までの二―ソックスで絶対領域も完備。長い黒髪も丁寧に梳かして、つやつやのさらさらなのはもちろん、眼鏡も捨ててコンタクトにした。ぱっちり目元のメイクもばっちり、仕上げに声だって甘ったるく作り込んだ。
今のわたしは、どこからどう見てもあざとい女だ。
わかる人が見れば、一瞬でそうだとわかるような。
けれど、わたしがカモにしている男たちには、効果絶大なのよね。どいつもこいつも鼻の下を伸ばして群がってくる。蟻にたかられてる蜜の気持ちがわかったわ、なんてのは言いすぎかしらね。
まあともかく、そんな感じで。わたしは順風満帆な大学生活を送っていたわけ。
――だったんだけど。
「アンタさぁ、鷺下若菜であってる?」
「そうっ、だけど、……なにか?」
「ふぅん? 近くで見ると結構かわいいじゃん」
「は、はぁ……どうも」
現在進行形で、ものすっごいギャルギャルしい女に絡まれてるのが、わたしこと鷺下若菜です。
なんなのいったい。
ただでさえ背の低いわたしを閉じ込めるようにして、じろじろと、上から下まで身体中を彼女の視線が動く。
丁寧に巻かれて強気な香りを纏う髪は金に近い茶色。細い眉、つやつやのリップなど、一分の隙もないメイクで飾られた美貌は華やかで、そもそもの土台が整っているのだとわかった。
女性にしては少し低めの声は、それでもどこか甘さを含んで耳に響く。
わたしが、昔から苦手にしている人種そのもの。天敵と言ってもいいかもしれない。
そんな、派手で騒々しい美しさに塗れた女。
直感する。
わたしは、こいつのことが嫌いだ。
「それで、いったいなんの――」
「アンタさ、ウチと付き合わない?」
…………、どういうことなの……。
「付き合う、って……あの、わたし、これから用事が」
「あー違う違う。その付き合うじゃなくてさ、恋愛的な意味で。あ、ウチ的にはもちろん性的な意味で、でも構わないけど」
…………。
お、落ち着くのよわたし。冷静に、冷静に。
姫たるもの、こんなことで簡単に取り乱したりしない。オールウェイズいつでもキュートに可愛く、うん、大丈夫大丈夫。
「ごめんなさい、わたし、そういうのはちょっと……」
「まあまあ、いきなりもなんだしさ、ちょっとどこかで落ち着いて話そうよ」
「あの、わたしこれから用事が」
「あはは、アンタ面白いね。それで、どう? おっけー?」
あくまでも軽く、飄々とした態度に、わたしの頭の中のどこかでぷちっと音がした。
「オッケーなわけないでしょっ! あんたバカなの!? あんたもわたしも女でしょうがっ!」
「そんなの、見ればわかるけど」
こいつは……!
「だったら付き合えるわけないってはっきりわかるでしょ!? っていうかそもそも、あんたはいったい誰なのよっ!」
必死に繕っていた仮面がぶっ壊れていた。幸い、周りにはあまり人がいないから助かったけど。こんなところ、わたしをちやほやしてくれる男どもが見たら百年の恋も醒めるんじゃないかしら。
肩で息をしながら目の前の女を睨む。身長差のせいか、少しばかり見上げる形になってしまうのがむかつく。
客観的に表せば、まるで猫がふしゃーっと威嚇しているような。
そんなわたしを見て、彼女はしょうがないなぁ、とでも言いたげな表情で近付いてくる。
一歩、二歩、三歩……って、ちょっと、近すぎない?
「ちょ、何……」
顎を掴まれて、くいっと上を向かされた、と思った瞬間。
「……んぅっ!?」
とっさのことに、唇を奪われたと理解するまで、わたしはただされるがままに立ち尽くしていた。
柔らかくて、瑞々しく濡れた触れ合い。
ぼーっとした思考の中で、やけに熱いその感触だけが、はっきりと刻まれていく。
「……っな、なにすんのよ!」
何秒にも、何分にも感じられたその時間が過ぎて、ようやくわたしは彼女を突き飛ばした。
手の甲で唇を隠しながら、後ずさる。
悔しいけど、視界の端に涙が浮かんでいるのがわかった。
こ、こいつ、いったい何を考えてるの? 全然わからない。
「とりあえず、挨拶」
「は、はぁ? 何をふざけたことを……」
「でも、これでわかったでしょ? ウチが本気だって」
それは……確かにそうなのかもしれない。
冗談や遊びでキ、キスなんて、少なくともわたしには考えられない。
たとえそれが、同性であっても。いいえ、同性であるからこそ、とも言えるかしら。
彼女が見た目通りに遊んでいるような人間だったのなら、ほんの気まぐれのような行為だったのかもしれない。
でも、わたしにとってはあれは間違いなくファーストキスだったのよ。
普通、ファーストキスってもっとこう、ときめきみたいなものが必要なんじゃないの?
初めてのデート。遠慮がちに手を繋いで歩き回って、ちょっと疲れたから休憩しようかとか言っちゃったりして、お互いがいい感じに高鳴ってきて、それで、どちらからともなく目をつむって、そしてちょっと歯をぶつけちゃって照れくさそうに笑いあうような、そんなものじゃないの!?
それを、どうして女同士で、それもまったくの初対面の人間と交わさなきゃいけないわけ?
今でこそオタサーの姫なんてやってるけど、そりゃあわたしだって人並みに恋に憧れることだってある。
というか、そもそもそういうのをこじらせた結果がこれなわけで……ああもう、とにかく。
今はまず目の前のこいつをどうにかしないとよね。
「べ、べつにっ。キ、キスくらい誰とでもできるでしょっ。そんなの、本気だって証拠にはならないわよ変態っ!」
動揺しすぎている内心を悟られないように、そっぽを向いて表情を隠す。
落ち着け。落ち着いて、何事もなかったようにあしらえば、そのうちこいつも諦めるはず。
「なんだ、もっとしたいの? なら言ってくれればいいのに」
「へ? いや、そうじゃなくて……んっ、んぅ!?」
今度は後頭部を抱えられ、強制的に向き合わされたあげく、さっきよりも遠慮のない唇に襲われる。
な、なんで? わたしなにか勘違いさせるようなこと言ったの?
どうしてこいつこんなに嬉しそうな、わけわかんな……あ、ち、ちょっと、舌はいってき、あ、ああ。
…………。
「……ぷはぁ、ごちそうさまでした」
「……ぅ、ぁ……」
「あは、とろんとした顔しちゃって、かーわいい」
なんか、いってる。
「その様子じゃあ聞こえてないかな。まあでも、一応自己紹介しとくね」
ふわふわって。
あたまも、からだも、ふわふわって、してる。
「ウチの名前は春日谷椿。これから末長くよろしくね、若菜」
……かすがや、つばき……。
朦朧とした意識の中で、その七文字だけをなんとか繋ぎとめた。
かすがやつばき。
絶対。絶対に――負けるもんか。