二話目 食文化ってすごいよね。②
♬あっ○~らしい □が来た きぼうの□だ~
夜明け前から私の家庭菜園はキラキラと輝かんばかりのお野菜達が私を待っています、うふふふふ。小ぶりの瓜は胡瓜そっくりなお味で昨夜大活躍のピクルスにしたのもこれ。今日は沢山使うから多めに収穫です。
根菜の類も少しずつ収穫、あれこれまとめて持つと昨夜お邪魔したキー爺ちゃんの処までひとっ飛び。昨日のお約束通りに朝ご飯を作ります。麦とだし汁にアレがあるのに試さないなんて日本人じゃありません。(←偏見)
勝手知ったる台所で麦と大根のみじん切りを合わせて炊き込みます。あれはすり鉢ですりすりすりすり。昨日のティハは小麦粉をはたいてつけて、香草と一緒に油でムニエルに。瓜は半分に切ってから塩もみして置きます。
「あれ、ちび竜なにしてんの?」
「うや? ジュールちゃんおはよー。朝ご飯作ってます。はやいねー」
ようやく夜が明けるって早朝によそ様の台所でごそごそしてるのは分かってんだけど、こればっかりは勘弁してほしーの。ご飯って大量に作った方がおいしーんだもの。
「つか、手伝う」
「んじゃ、配膳お願い。このくらいの深皿とお皿を人数分ね」
「あいよ」
さて、本日の朝ご飯はなんとトロロ乗せ麦飯と野菜たっぷりの味噌汁にティハのムニエル、瓜の塩もみに凍らせて作った果物シャーベットつきという定食なのだ。朝から定食はきつくねえ?んなことありません。彼らの仕事は大工仕事だけじゃありません。特に降雪整備として村中の小路や吊り橋を重点的ににをしているこの時期は仕事量がはんぱないの!
そんなお仕事をこなす体の基本は、しっかりとご飯を食べる事。しっかり休んできっちし食べて頭と体をリフレッシュさせる、これ、テストに出るくらい大事な事よ。
「うわ、すっごいな。これなに?」
「山で採れた芋を擦り下ろして味を付けたものに、麦と根菜を炊いたものです。喉越しがいいので食欲がない時や疲れた時に食べるといいんですよ。軽く混ぜて試してみてくださいな」
麦飯がほんとはベストなんだけど、まあこれも悪くはないと思う。うん、朝ならこんなもんだ。
「ちっこいの、はやいな」
「キー爺ちゃんおはよー。ご飯出来てるよー」
「おはよー、チビさん早いね」
「皆、おはよー」
うんうん、ちゃんと挨拶できる人は好感もてます。
「今日もお仕事がんばってくださいな、皆さんのお陰で雪掻きの効率がよくなるんでしょ?」
「そりゃうまくいけばの話だって聞いてるけど、最悪はまたちびにも頑張ってもらうかもしんねえぜ?」
「橋を燃やさないで済むなら私も安心して作業出来ます。道と川の境が分かり易くなるんですよね?」
「おう、十字路を含めた道には既に設置済だ。グレイの旦那、いい仕事してくれるよ」
彼らが降雪対策として現在取り掛かっているのは、道の舗装に外灯設置。ど田舎に外灯? なんて思わないでね。これ魔物除けの効果がある結界の基礎にって、現在開発中の実験も兼ねているんだって。詳しい事はよく知らないけど外灯があれば雪が積もってもここに道があるって分かるから間違って川や池に転落を防げるの。雪の積もった川に誤って落ちて命を落とした人も家畜も居るから笑い事じゃないし、魔物の恐怖が減るのはとっても有難いわ。
去年なんか、いきなり他所から来た人が何も知らずに村はずれの溜池に嵌って、偉い大騒ぎになったことがあるわ。しかもそれがどこかのお貴族様のお子様だっていうんだから、笑うに笑えないの。偶々のぞみとトーンちゃんが通りかからなかったらどうなっていたことか。
あ、のぞみっていうのはオーレ爺ちゃんっていう村で唯一の牧場主さんとこで飼われている乳用羊の一種でベルガコム種の三頭のうちの名前なの。一番大きいのが群れのリーダーしているひかり。とっても足が速くて雄々しいんだけど、私の事を身内扱いしてくれる姐ちゃんよ。のぞみとこだまは実は双子。二人もとっても足が速いし、荷物を運んでくれたりもする親切な女の子だ。地上を走る速いものって考えたら何故か新幹線がぽっと浮かんだので付けちゃったけど、気に入ってくれたみたいです。
そうそう。お貴族のお子様なんだけど、これがまた困ったちゃんで大変だったわー。暴言と我儘の台風こと14歳のお嬢ちゃまは、スポジュメンチーズを手に入れる為だけにわざわざこの村まで来たらしいの。ついでに巷で噂のフロストリーフの入手も目論んでた様で、わざわざ真冬の僻地のど田舎に世話人わらわら引き連れていらしたのよ。やれやれ。
なんでもお貴族の子女の通うサロンで、相手の口車に乗せられたとか。しかも期限付きの入手を宣言したとかで、余計焦っていたみたいよ。
入手困難の代名詞を『価格が高くて手に入らない』と思い込んでいた彼女が、『需要と供給が合わない』と知ったのは救助されてから。無論フロストリーフが冬季限定で収穫出来る薬草だった事は知っていても、収穫できる場所までは知らなかった様で、村の畑付き人に命じて荒らしまくっていたの。
何より彼等は明らかに嘗めてたんでしょう、真冬のタングステン村って国内でも有数の豪雪地帯として知られていると、ジェーン婆ちゃんから聞いた覚えあるんですけどね。
ここは陸の孤島、しかも万年雪が夏でも見られるってどんだけ高所なのかわかります? 昔の私の感覚でいうならば彼等は冬の町中に出かける格好で真冬の富士山登頂をしているわけですよ。かんじき履かないで雪の降り積もった場所を歩こうなんてどうして思ったんでしょうかね。
昨年は確かに降雪量は例年よりも二割減ほど控えめでしたね、一晩でマミちゃんの腰辺りまで積もった程度の日が何日かありましたけど、結構お天気に恵まれましたし。愛しの家庭菜園と自宅と水源地近くは私が頑張って何とかしましたよ。マミちゃんが魔術の実験させてくださいって言って、転移魔術で地下室に村中の邪魔な雪をかき集めて、大きな氷室にしてくれたこともあります。
雪深い中で、なかなか見つからない状況にキレて世話人に八つ当たりした挙句、むやみやたらに歩き回って雪に覆われた溜池(水深3Mはあると思う)にそのままぞっぽん。当然よそから来た付き人達はここの地形なんぞ知りませんから、いきなり姿が消えたお嬢ちゃんに言葉を失くし、状況を理解した途端パニクった。この騒ぐ声に気が付いたのは、偶々この村に来たグレイちゃんを迎えに来ていたのぞみとトーンちゃん。そして冬季の水車小屋の管理で回っていたイェライトちゃんと春野菜の質問をしていた私だったわ。
尋常じゃない声を聞いて駆け付けたグレイちゃんはすぐさまトーンちゃんとのぞみを村長の元に知らせに走らせ、遅れて駆け付けたイェライトちゃんに手伝いを要請して私は近辺の雪を強制除去。溜池に開いた穴に気が付いたグレイちゃんが飛び込んで(真冬の水だよ?)沈みかけていたお子様を拾い上げたところで村人が到着。そのまませんせーのもとに担ぎ込んでから、付き人さん達に事情を聴いて村長に報告となったの。
素早い対応のもと無事?保護された彼らを待ち構えていたのは、その日村に来ていたニオブさんとステアさん。にこやかーに脅しつつ事のあらましを聞き出してお説教したの。簡単に云えば冬の山を舐めてんじゃねーぞコラ!って。
因みにイェライトちゃんは私の農業の相談に乗ってくれる専門家さん。奥さんはコーディちゃんっていって、御夫婦でいろんな野菜を上手に作ってるの。グレイちゃんは隣村に住む鍛冶屋さんで、キー爺ちゃんの友達。商売道具の殆どを作ってもらっているの。私が家で使う日曜大工の道具もグレイちゃんのお手製よ。
ニオブさんは村の納税担当の役人さんで普段は王都にいるんだけど、村の長閑さと自然が気に入ったらしくてちょくちょくお泊りに来ているの。でもこの人困ったことに方向音痴なので必ず誰かが一緒にいなきゃならないんですって。
ステアさんはニオブさんのお目付けでよく一緒にいるそうなんだけど、本人曰く不本意なんだそう。これでも軍人ですって言っていたけど、見た目のっぽのニオブさんとチビのステアさんはとってもいいコンビだと思う。
ま、そんなことがあって溜池の周囲は勿論、村の主要街道にはグレイちゃんとキー爺ちゃんのフライス工房協力、一部マミちゃん監修の外灯が取り付けられることになったの。構造一切は私にはよくわからないけど、この灯りって実験ってことで製作費を国が持ってくれるそうよ。設置の費用はなんとあのお子様の実家が助けてくれたお礼代わりに出すことになってるんだって。私の家にも一つ欲しいかも。
「ちびさん、お客さんだよ」
「うや?」
トーンちゃんが声をかけてくれたので表に回ると。
「ちーびーりゅーちゃーん!」
むぎゅ!っと、いきなり拘束&HOLD?
「うやぁぁ?」
そのまま私を下敷きに押しつぶされました?
「馬鹿ニオブっ!ちび竜さんがつぶれてる!」
「…おはよーございます、ステアさん?」
「お早う。朝早くからすまない、ニオブが迷惑をかけた」
「いえいえ。いつ此方に?」
「昨夜遅くだ。ニオブの病気につき合わされた」
ニオブさんの病気。まあ、ぶっちゃけて言えば『ストレス過多による現実放棄』って感じ。なんか仕事自体は好きなんだけど、職場を囲う人間関係がドロンドロンしてるらしいの。守秘義務にかかわるから詳細は言えないけどって漏らしていたけど、権力がある所はどこも人間関係複雑なのかしら。
そんな現実から逃亡するのがニオブさんの病気。タングステン村を担当になってからは何故かこの村に逃げ込んでくるの。自然豊かなこの村の空気が特効薬だとか言っていたけど、そんな逃亡癖のある彼専属のお目付け役を国から言いつけられたステアさんとしては、行き先がわかっている家出びょうきなど寧ろ好都合らしい。
「ニオブさん、また徹夜ですか?」
「ああ、業務でひと月籠っていた。取り敢えず10日ほど休暇を取っているが、どうにかならんものか…」
ステアさんは生粋の獣人でこれでも小隊の隊長さんなんだって。色々な事を知っていて、村の外の主な情報はステアさんが教えてくれるからね。
「もしかして、お仕事被っちゃってるんですか?」
「そうだ。5日あれば片付くんだが…」
うーん、ステアさんにはお世話になっているからなあ。
「唐突ですがステアさん、町でグラの卵って幾ら位します?」
「…唐突だな、大体12個位で3銅貨半位だな。それがどうかしたか?」
「新しいお菓子、作ろうかと思うんですけど、どうしても足りないんです。お願いしていいですか?」
「?」
「5日間ニオブさんに引っ付いていますから、グラの卵を」
「すまん。頼む」
ぱっと目を輝かせると、すかさず私に頭を下げてから走り去ってゆく。うわ、はやーい。
「ちびさん、中に運んでおくね」
いつの間にかトーンちゃんがニオブさんに肩を貸して立っていた。
「トーンちゃんありがとう」
「どういたしまして。それとご飯とても美味しかったよ。皆も褒めてた、ありがとうって」
「よかったー。また新しいの作ったらお願いしていい?」
えがおで頷いてくれました。さてさて、腹減り迷子が寝てる間におうちの掃除しちゃいましょ。
グラの卵=鶏似の野鳥。最近では養殖されて卵も売られているが、未だ一部地域でしか売られていない。