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我が家が一番!  作者: 津村ん家の婆ァ
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一話目 私の日常③

「言いたい事はそれだけですか?」


 彼等は物事の尋ね方が悪かったと思う。仮に私達が彼らの言う通りの悪党だったとしても、尋ね方というか聞き方っていうか、当たり障りのない聞き方ってあると思うのよね。大体よそ様のお宅に伺って、ごめんくださいの一言もないんだもの。


―――どむっ!


 低音の響きはきっと合図だったのね。

マミちゃんの声だと理解した後に鈍い音を立てて何か重たいモノが一斉に床に転がったの。私の家の土間は村の名工による立派な石畳、結構音が響いたから派手に転がったんじゃないかしら。


 私が何がなんだか判らず吃驚してる間に、おばちゃん達が飢えた獣が獲物を仕留めるかのごとく、素早く駆け込みあっという間に彼らの武装を強制解除、体の関節同士をくっ付けて、棚にあった蔦弦の縄で縛り上げた手際は神懸っていたと思う。瞬時の連携と無言の行動なのに、獰猛な雄たけびが聞こえた気がしたわ。


 そのままおっさん達を引き摺って村まで駆けていった雄しい姿はどこの軍隊の精鋭達かと思ったぐらいカッコ良かった。おかしいな、平均年齢57くらいのおばちゃん達の筈なのに。




       *******



「うや。せんせーの云う押し入り強盗って、私を魔竜扱いしたあのおっさん達?」

「ええ、どこでそんな話を聞いてきたのか気になったので、ちょっと調べていたんですよ」


 確かに。私がこの村に来たのは八年ほど前だし、その前はマミちゃんと一緒に四年ほどフラフラとあっちこっち旅していたけど、コルプス渓谷には行ったことがないの。


「まぁ、言いがかりにしたって何かしらの噂の出どころがあると思って一応調べてみたんです。」


 取り敢えずマミちゃんとせんせーは家の中に上がってもらって、野草茶なんぞ入れて話の続きを聞きました。


「まあ噂と言っても言いがかりもいいとこなんですが、昨日まで噂の真相を探るべく出かけていたんです。ついでに国軍に報告して暴漢どもを引き渡す手配をしましたから、今頃片付いていると思いますよ」

「なるほど、それで最近マミちゃんの姿を見かけなかったのね」

「その噂って、結局何だったの?」


 そう切り出すと疲れたように話し出したのは人違いもいいところな内容でした。


「家畜や穀物を襲うっていうのはブリネル共和国の話で、正確にはブリネルの義賊が土砂災害に巻き込まれた村の手助けしてその礼にと穀物や家畜を貰った話だそうですよ。女子供を(さら)った云々の件は子供にしか見えない薬師を連れて行き、対応しきれない重傷者を山岳警備隊の飛竜騎士に預けた件を曲解したもののようです」

「それのどこが家畜や女子供を攫ったって話になるの?」

「私もそう思いましたよ。あと村を焼き払った話は‥、王都近くのキカ村で魔導師になりたいって女の子が、自宅を炎上させたらしいって話を聞いた位ですね。村にある宿屋の女将が話してましたよ」

「こんな些細な話をどう曲解したらあんな話になるのかしら」

「せんせー、あのおっさん達、実はまともに理解できない思考の持ち主だったんじゃ…」

「あら、頭イかれた思考展開する残念な大人って事かしら」

「かもしれませんね。隊商と護衛も全くの別物でした。因みに真相は隊商だと思ったのが盗賊で護衛についたのがどこぞの領主のバカ息子って話で、何でも街道途中で野生のベルガコムに襲われて護衛が一目散に逃げ出し、盗賊はバカ息子を誘拐して身代金をとろうとしたけどその目論見が消えたって言う話でした」


―――なによその間抜け話。ってか、どれ一つとして共通するものなんてないじゃない!


「私も聞いてて脱力しましたよ。いい歳した人間が話の真相の確認もせずにいきなり殴り込みに来るなんて浅慮もいいところですが、何の関係の無いちび竜ちゃんが害されそうになったかと思うと…。もう少し殴っておけばよかった」

「マミちゃんは十分したと思いますよ」

「彼らは確認もせず、噂を鵜呑みにしてまだ幼いちび竜ちゃんに暴力を振るおうとしたんですよ。それだけでも許せないのに、いまだに彼らの口からちび竜ちゃんへの謝罪の言葉がないと聞いています。私ですら十日かそこらで確認できる事実確認を怠って平然としている彼等を許せるものですか」


―――何だかマミちゃんが親馬鹿なおとーさんに見えてきました。


「大体ちび竜ちゃんだって目を離すと直ぐに危ないことをしそうで気が気じゃありませんよ。まだ子供だということを忘れないで下さい。そうじゃなくても暴漢どもに襲われたのはつい先日の事なんですよ」

「あれは突発的な人災よ。見たところ働き盛りのいい歳したおっさんが、曲解した噂話を裏も取らずにそのまま信じて殴り込み掛けるなんて、子供に笑われても仕方ない失態だわ。貴族なら末代までの笑い話よ、そのまま家庭崩壊したっておかしくないわね」

「それでも幼子に危害を加えた事には違いありませんよ。況してやちび竜ちゃんは大陸的保護獣指定の火吹き竜です。国から保護される存在の幼竜ともなれば身分はく奪もあり得る話ですよ」

「あの時おばちゃん達がいなかったらそうなっていてもおかしくはなかったわね」


 そう。あのおっさん達が、私やおばちゃん達を侮辱した後のおばちゃん達がほんとに怖かった。和やかだった部屋の空気は一気に張り詰め、ぴきぴきと音を立てて息苦しくなっていく何かがあったわ。

 あれが魔物の気配だったとしても、私は信じられたと思う。


 カッコイイ逸話にしたいのが、縛り上げたおっさん達を引きずりながら、彼らの小汚い武装もちゃんと回収していった事。小手とか、滅茶苦茶臭かったんだもの。私が匂いに弱い事をちゃあんと気遣ってくれるなんてホント素敵。こういう気遣い出来る人と結婚したいわよね。


「そうね。念入りに掃除したばかりの私の家に土足で上がり込んで家の中を滅茶滅茶に荒らした挙句、納品直前だった薬草を燃やされたり、村の子供達から貰った大事な縫いぐるみを壊されたわ。云われない噂を鵜呑みにして事実も確認することなく散々罵りを受けた事も事実よ?

 でもそのおっさん達を一瞬で気絶させ、身ぐるみひっぺがし、縄で手足を縛り上げた上で村まで引き摺り、正座で昏々と半日お説教した挙句、強制労働という対価を支払わせたのは、他ならぬマミちゃんと麓の村の皆様ですよ?」

「足りませんよ。正座させた状態で昏々と説教をしながらおっさん達の正体を探ったら、駆け出しの冒険者だいうので、所属組合に抗議の連絡したら冒険者登録を半年凍結させると云ってましたから、不足分の迷惑料として彼らに燃やされた薬草分の労働を強いたんです。国でも定められた立派な決まりです」


 確かにそれは大陸間で定められた法律で、薬草などの産地を害することは禁止されてるのよ。罰則も産地によっていろいろあるしね。まあこの時期の労働だもの、せいぜいが家畜用の牧草作り(結構面倒だけど)位でしょうから軽い方かもしれないわね。


「あと、燃やされた薬草の件なんだけど。在庫状況は?」

「王都の研究機関に送る分だったけど、まだ在庫はあるから何とかなるわ。他の在庫もまだまだ大丈夫よ。ただし、急速に大量のフロストリーフが必要って言われても対処は出来ないわ」


 彼らが燃やしてしまった薬草の中にあったフロストリーフが注目される理由はもう一つあるの。

そもそも見つけたのは殆ど偶然で、栽培自体が出来るかどうか分からない代物だという事。薬効は分かっても栽培出来るほど詳しい事は分かっていないの。発見からこれまでに分かっているのは、これが生えるのには条件が二つあるって事だけ。


 一つは冬、雪のある程度降る時期にしか生えない事。

 もう一つは、私の家庭菜園の溜地付近にしか見当たらない事。


 水源地には全く生えていないし、畑の土は森の奥からわざわざ運んできたものだからそこも探してみたんだけどやはり見当たらなかったの。くやしいけど私に出来た事は、フロストリーフがもっと沢山生えるように溜池の大きさを変えて、小島を池の中に作ったりする位。下手に環境をいじって生えてこなくなっては元も子もないからね。とにかく現状維持一択なの。


 おっさん達に燃やされたのは去年収穫で来たうちの一部。フロストリーフは冷凍乾燥することで品質保持と煮出しやすさが格段に上がるけど、とっても燃えやすいの。


「今以上に量産するなら私の家庭菜園を潰すしかないわ。そんなことしたら私、間違いなく引きこもって泣き暮らすわ。仮に畑を全部溜池にしたとしてもフロストリーフが確実に増える保証もないし、下手するとフロストリーフが全く生えなくなる可能性だってあるんだし。仮に増やせたとしても、冬のあの飛び地に作られた畑にどうやって行くつもり? 雪が降らなきゃフロストリーフの収穫は出来ないし、雪の中道なき飛び地まで行くのは自殺行為よ。更に言うなら、畑を下手に踏み荒らせばフロストリーフは生えなくなる可能性だってある、人の手での回収は不可能よ。畑を潰せば他の薬草は生産できないし、何よりこれ以上の畑を開墾しても私じゃ管理しきれないわ」


 そもそもフロストリーフの生える畑、即ち私の家庭菜園は、村はずれの飛び地にあるの。人が行くことが出来なくもないけど、まともな道がないのよね。私はすいす~いって飛んでいけるから問題ないけど。可愛い家庭菜園を潰す気なんてさらっさらございませんとも。ええ。


 シパターギの花が点眼薬の材料として使われるのは知られているけど、流通があまりないのはぶっちゃけ育てる環境が関係しているの。元々が高山植物なうえに、お日様大好きなお花なものだから、畑の日陰スペースを作る日除けになってもらっているわ。薬草によっては半日影が良かったり、癖もいろいろ。勿論日向のスペースには私のご飯になるお野菜ちゃん達が元気に成長中よ。まあ、畑に出来る場所も少ないって理由もあるけどね。


「まあ、今のところは熱さましの薬が他にないってわけじゃないから量産は考えなくても大丈夫よ。それにちび竜ちゃんの畑で試験的に栽培させてもらっている薬草だってあるのよ。潰すなんて私も反対よ」

「鉢に植えてるツタ植物とか?」

「そうね。強い繁殖力を抑える実験として、根の張る空間を予め押さえておけばいいなんて思わなかったわ。ただ一定期間を経過したら植え替えないと株が弱ってくるのよね」


 せんせーのお仕事に薬草の品種改良っていうのもあるの。育てやすく、薬効の高い薬草が出来たおかげで、安価で品質のいい薬が市場に出回ようにはなったの。主に傷薬はそんな感じで増えてはいるけど、病気とか解毒の効果のある希少価値の高い薬草はなかなか栽培が難しいのが現状。

 私の畑にあるそんな薬草の幾つかも、気をつけていないと枯らしかねないの。シパターギの花もせんせーが昔品種改良したんですって。原種のはもっと小さいそうよ。畑のシパターギを見ると信じられないんだけどね。


「カーバイト国は堅実な考えが多いですが、法も他国より厳しい。だからこそ偏見で他者を蔑んでいいなんて言い訳はこの国では通用しないんです。太平の賢者が言った『まず平等であれ』は、何人たりとも偏見の目で見てはならない。罪であれ徳であれ、法に裁けるのは行動だ。人を裁くのではない。という考えからそうなったと聞いてます。王国の民が安心できる環境を守るのは、何も武力だけではありませんしね。暴漢共の所属する冒険者組合は、こういった問題に特に気を付けている筈なんですが」

「冒険者がならず者として扱われない為の活動でしょ。組合加入者への注意喚起を促した方がいいんじゃないかしら」


 そうよね、お友達に悪口言ったら嫌われますよ。なんて、幼稚園で習うような常識よね。あと、お話はちゃんと聞きましょうねとか、いじわるしたら駄目よとか。お家で習わなかったのかしらねー。


「ああ、言い忘れるところでした。ちび竜ちゃんのお宅の被害状況を国軍に報告しなければならないんですよ。せめて壊されたものの弁償をさせなきゃ私の気が済みませんから」

「あら。それいいわね。燃やされちゃった薬草の卸値価格は直ぐに出せるわ。ちび竜ちゃん、ほかにあるかしら?」


 そうそう、誰も私の名前を呼ばないのは理由があるの。名前を呼ぶってことは私と契約しちゃうんですって。まだ小さな私を、と云うかこんな変わり種を契約で縛りつけても実はあまり意味がないんですって。特に火吹き竜は成竜してある程度の強さを持たないと殆ど使えないらしいの。


「おっさん達に割られた土鍋はもう作り直してます。壊されたちゃぶ台と、私の形をした等身大の手作りフワモコの縫いぐるみ。あとおっさん等の匂いがまだ残っているんで、蒸留したお酒ください!」

「ぬいぐるみ、ああ。村の子たちが作ったあれね。ちゃぶ台って低いテーブルよね。急いで納品させるわ。蒸留酒は匂い無い方がいいかしら?」

「匂い消しに使うから無しでお願いします」

「分かったわ、おまけでちび竜ちゃんの好きなエ二ールの精油も付けて持ってくるわね」

「うや~、ありがとせんせー!」


 ちゃぶ台はキール爺ちゃんに頼んで作ってもらった特製品。和風なつくりの私の家は、土間に竃と川から水源を引いた流し台がある台所があり、腰かけられる高さに作られた12畳くらいの居間があるの。奥には寝室にしているロフト付きの同じくらい広さの部屋がある簡単な作りだけど、基本土足は土間まで。部屋の隅には足ふきマットが用意してあるけど、お外用の草鞋だってちゃんと着用してるんだからね。自分できっちし編んでますとも。


 生前の私は亡くなった母から「犬かあんたは」と言われるくらい匂いに敏感だったの。何故か現在では更に敏感になったみたいで、せんせーに時たま消臭剤と芳香剤として蒸留したお酒と木の皮やハーブやらを組み合わせた精油を貰っている。お気に入りは(ヒノキ)のような香りのエ二ールというハーブなんだけど、もう少し暖かい地方に生えているそうで、この辺では採取できないの。


 おっさん達に襲撃されたその日、家の中に残る匂いはとても不快だったわ。人の言葉は簡単に心に傷をつける。竜ってだけで、近寄ったり嫌ったり、あからさまに避けたりする。いい人もいるけど嫌な人もいる。マミちゃんと旅してた時も、村に来てからも、そんな人は必ずいたわ。今はもう分かってもらえたからその心配してないけどね。


 取り敢えず畑に避難してお野菜の傍で眠ったけど、翌日からは徹底的に家中雑巾がけ掃除して、壊された竃の修理をしたり、土鍋を作り直したりして、とにかく村に近づかない様にしていたわ。無残に引きちぎられたフワモコぬいぐるみは、村の子供たちお手製の大事な私の添い寝のお友達だったのよ。大切にしていただけに、無残な姿に今更泣きたくなりそう。


 ホント、勘違いで人んちに殴り込みなんてかけないでよね。くすん。



※ベルガコム=山羊の一種。気性少々荒めだが、子供や年寄りの様な弱者には何故か手を出さない。岩山のある地域にすむ。体長は大きいもので五メートルを越すこともある。


※エニールの精油=香料のハーブを精製してとった精油。檜の香りに似ている。国内の西地区で売られている。

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