一話目 私の日常②
本日の朝食は、山菜のお浸し、干した大根モドキと干し肉の煮物、川魚の塩焼き、昨日村で貰った固焼きパン。今日も美味しゅうございました!
さて本日は簡単な倉庫の整理と久々の工作をと企んでおります。これもそれも私の野望の為の布石。ふふふのふ、この世界でお米も日本酒もみりんも全く見たことが無いのに、何故か味噌と醤油があったの。しかもこの村自家製。素材や作り方が違うせいか、風味やコクが濃い気もするけどその程度の違い。何年か前に商人さんが「仕入れたけど、あまり使い道がないから」っておまけで置いていったものを、入手できる材料で量産した代物なんですって。これ見た瞬間に私の野望「目指せ! 前世の食生活」は生まれたわ。
因みにこの世界のパンはテイル芋と豆から作られるんですって。小麦はとある家畜の餌としてありました。(お米に至っては未だ見つからないの、泣。)
更に砂糖は真っ白なパイナップルのような形をした、シュナと呼ばれるものを擦ろ下ろして煮詰めてどろどろのシロップ状にしたものが一般的で、メープルシロップも蜂蜜も聞いたこともないのが現状。味は三温糖と黒砂糖の中間って感じね。それでもあるだけ運がいいわ。
私が今までに作ったものにすり鉢と擂粉木があるの。前世の日常で胡麻やら山芋やらすりおろして料理してたから、現物の知識がばっちりある訳。陶器用の土を探して、粘土の精製して空気抜いて成形して乾燥して焼入れしちゃえば素焼きのすり鉢の完成よ。固めの木を削って擂粉木にすれば、お味噌を擦り潰す作業だって出来ちゃうわ。…体力無いから五分以上は無理だけど。
擂り潰す事ができるなら“小麦粉を作ろう”という野望が出てくるのは、ごく自然の事。小麦粉が有ればうどんが食べられる、ムニエルが出来る、クッキーが作れるー!
結果から云えば、乾燥した小麦を擂り潰すのは流石に無理だった。潰すそばから擂粉木から逃げるわ、固いわ、効率悪かったわ。ぜいぜい。だからといって、生の小麦を潰して乾かしてもサラサラにはならないし、返って乾きにくくて痛みやすくなっちゃったの。保存や効率を考えるなら粒のまま乾燥させて保存、使うたびに粉にする方が香りも良さそうなのよね。そうなると乳鉢やすり鉢は私が使うには不向きだし、効率が悪い。となると“石臼”ならどうかしら。
以前にね、テイル芋の粉でうどんを打ってみたの。結果は惨敗。固さはいまいち、触感はナタデココ、甘味のある麺には閉口しかなかったわ。茹でたのが悪かったみたいで倍近く膨張しちゃうのよね。結局出来たソレは細切りにして甘辛のつけ汁にひたして冷麺モドキにしたけどイマイチだった。
テイル芋の粉は、蒸すとモッチリし過ぎちゃうので、成型後の発酵は短時間蒸しあげて、冷ましてから焼くのがこの辺の一般的なパンの作り方だと後で知ったときはホントに脱力した。
だからこそ余計に食べたくなるってものです。むん。
せめてお米があれば糠で野菜の浅漬も出来たのに~と思うも、所詮はないものねだり。悔しいので白菜もどき(色が何故か薄紫色)を塩漬にしたり、梅の実(勿論モドキです、色は山吹色)をティランという桜によく似た形の花(これまた色が赤紫蘇なの。出来た実は一粒ずつの葡萄そのもの!)を塩漬けにしたモノに付け込んでは干して、梅干しモドキを作ったりしているの。村の皆さんにも梅紫蘇ドリンクにして振舞ってます。
日持ちする食材はこうやって増やして地下の貯蔵庫にて保存しているの。根菜も薄切りにして日干ししてある程度の量は確保して置かないと冬が大変だもの。今は晩夏ともいえる時期だけど、日本みたいにジメッとした暑さがないのは結構救い。私には過ごしやすい時期でもあります。
この村周辺は国内でも有数の豪雪地帯。一日で大人一人が埋まるくらい雪が積もるから、雪掻きは冗談じゃなくて生活必需品技能の一つになるの。幸いサラサラの乾いた雪だから風で簡単に吹き飛ぶけど、何せ量が半端ないから、冬の畑と牧草地帯は村中の雪が集められた巨大な雪壁が出来ます。
かんじきと派手な上着は、この村固有の冬の必需品。雪掻きと料理が一人前にこなせないとお嫁になんていけないという常識がこの村にはあるからね。
ちなみに私は火吹きの練習を兼ねて村の除雪作業をせっせとお手伝いしてます。足掛け八年頑張ったお陰で、火の扱いはちょっとだけ自信があるの。まあ、元々火吹き竜は暖かい地域に住む種族。だから冬眠しないと聞いているけど寒がりって訳じゃなさそうよ。
冬の間の食糧確保はこれからが本番だし、今のうちに夏野菜の収穫と秋植えの根菜の準備をしておかないと、秋の大収穫に追われて暇がなくなるから少しずつ準備しておこうと思って、素材探しをしているわけです。冬のお鍋にうどんは欠かしたくありません。がんばれ私!
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庭の片隅には家のリフォームやら家庭菜園を開墾した際に出た、枯れ木や大量の石材が未だに積んであるの。勿論これらは我が家の建築材料の一部やら村の石垣やら橋の材料やらに使ったけど、石細工よりも粘土細工が建築材としてこの国ではポピュラーみたいで出番は少ないのが現状。
国内有数の豪雪地帯であるこの村は、山間の開けた盆地みたいな場所にあって、万年雪のある山が見えるの。お陰で一定量の水量を保てる川が村の近くを通っているので生活水には困らないわ。畑近くの川沿いには水車小屋がいくつかあって、中では木臼がうるさい音を立てて稼働しているの。
中では村で食べる芋を粉末化する為に、冬季以外はフル稼働。豪雪で動けない冬の分と、売りに出す分までやっているから、私用でほんの少量(といっても5kg位は欲しい)だけお願いするのは気が引けるのよね。
なので新たに水車を作るにしたってお金も手間も人件費も時間もかかるけど、石臼を作って私が好き勝手にできる分を別に作れば問題なっしぃんぐー! お試し分で色々作れるわけですよ。うふふ。
一応構造は昔テレビで見たことあるから作りは大体覚えています。単純に問題が一つ。石の切り出しに穴あけ、細かい溝堀といった加工は果たして素人にどこまで挑戦可能でしょうか?
床材として大きく平らにするなら村の大工のキー爺ちゃんにお願いしてやってもらったことはありますが、見ていただけでも数種類の鑿のみと金鎚で器用に割っていく様は正に職人芸そのもの。(しかも割りながら高さや大きさを微妙に調整するその様は神業としか云い様が無い素晴らしさ。二週間ほど掛けて出来た土間の石畳は納得の出来栄えでした。)
私の手持ちにある道具といえば木材加工用の鉈と鋸、釘打ち用の金鎚に加工用の木鎚、お願いして作ってもらった錐が二本と鑿が二本くらいでしょうか。あと私の爪ですね。
取り敢えずキー爺ちゃんをマネして鑿と木鎚を手に表面が気持ちザラザラで、きめの細かい大岩に狙いを定めます。むん!
ごキィィィン!!
結果からいうと、ちょっと甘く見てました。いきなり全力で大きな石を叩いて、その振動がどんなものかなんて分からない筈がありません。エッライ手が痺れてます。うぅ、つい痛くてコロコロと転がってしまいましたよ。
しかし、私の野望の前ならそんなことは大事の前の小事、何事もやらなきゃ始まらないのです、小麦粉をここで諦めてたまるかぁ!待ってて、私のうどん。諦めないわお好み焼き、絶対手にして見せるからシフォンケーキ。決意新たにもう一回、でりゃあぁぁぁっ!
「あらあらだめよ。危ないでしょ?」
するっ!
「こらこら、危険な事はしちゃいけませんって三日前に叱られたばかりでしょう」
ひょい。
「うや、せんせーにマミちゃん、おはようございます。これは趣味の道具作りなので大丈夫ですよ」
「お早う、ちび竜ちゃん。小さい子に刃物を持たせているという現状そのものが、私には許せないのですよ」
「おはよー。ちび竜ちゃんは朝から頑張り屋さんなのね」
気が付けば道具を取り上げてニコニコしているせんせーことソフィ先生と、私を抱き上げえている魔導士のマミちゃんがいました。
「一寸した思い付きを実行中なんです、おいしー物を食べる為には多少の労力は大事なんです。邪魔しちゃだめですよ」
深い緑のマントを纏った長身のマミちゃんは私よりのはるかに大きいの。だって彼の身長は2M位はあるんだもの。それに対して私は46㎝位しかない。赤ちゃんと同じくらいっていえばわかりやすいかしら?
因みにせんせーは淡い草色のワンピースを着た女の人。マミちゃんよりは頭二つくらいは小さいけどとっても病気とか薬草の事とか詳しくて村で唯一の診療所をやっているの。
「だからこういう時は私を呼びなさいといつも言ってますよね?」
「確かにこういう事は大人の人と一緒にやった方がいいとせんせーも思うわ」
「そりゃあ私はちっちゃいかもしれないけど、ずっとこうして暮らしてきたのに今更生き方を変えろと言われても、難しいと思うのよ」
せんせーも村の人も私が一寸変わった竜だってことは知っている。彼ら曰く、竜らしさの全くないある意味温厚で好意的な子供、生臭い匂い全般が苦手で虫全般と生魚生肉は全く食べられず、野菜全般や火を通した肉魚穀物などを好み、食べる事に懸けては執念とも云える気質を発揮し、意図的に他者を傷つけることを厭う癖に、興味あるものは周りを忘れて追求するなんて評価をされていると知ったのは割と最近の事。ちなみに教えてくれたのは村の子供たち、ホントよく見ていらっしゃるわね、皆様。
「マミちゃん、シパターギの花なら作業小屋の前に干してあるから好きなだけ持って行ってね。せんせーは薬草が必要なの? 一昨日持って行った分じゃ足りなかったかしら。それとも何か急ぎの御用かしら。採取ならすぐにでも行ってくるけど?」
「薬草は足りてるわ。今日は報告に来たの」
「うや?」
「実はね、先日の押し入り強盗の件なんだけど」
えっと、それって二週間前に起こった人為的災害の事かしら?
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正確には13日前に何を勘違いしたのか小汚いおっさん達が私の家に殴り込みに来た事があったのね。しかもマミちゃんや村のベルカントおばちゃん達が来て一寸したお喋りに夢中になっている時に。
彼等の何が悪いって、まず口上だと思うの。
「家畜や穀物、女子供を攫って、村を焼き払い、町への街道で隊商を襲って荷を奪い、護衛を悉く惨殺して貴金属や財宝を奪った、コルプス渓谷に住み着いた魔竜はどこだ!」
「ここに住んでいるのは調べがついているんだ。お前らは魔竜とグルなのか!」
って、どう聞いても云われた側が悪者に聞こえるじゃない?
おまけに口上述べながら、あちこち蹴飛ばしたり踏み倒したり壊しまくったのよ。私はおばちゃんが咄嗟にスカートの下に隠してくれたお陰で気が付かれなかったんだけどね。ガシャンだのドカンだの音を立てながら喚くおっさん達に段々腹が立ってきたのは事実。
「てめぇ等が強奪してきた代物がここにあるって事は、差し詰めこの小屋は隠し倉庫ってわけだ。これだけのフロストリーフがこの時期にあるってことはよっぽどのトコに手を出したって証拠だもんなぁ!」
フロストリーフっていうのは形はスギナに似ている薬草で、色が薄青緑をしていて匂いは殆ど無いの。冷凍乾燥させた物を煮出して飲めば熱冷ましとして、粉末にして消炎作用のあるオイルで練り上げた物を軟膏として使えば消炎鎮痛剤として使えるの。
因みにこれを見つけたのは私なんだけどね。スギナをお茶にしたらどうかしらって試していたら偶々そんな効果があるって気が付いたの。んで薬師してるせんせーに聞いてみたら知らなかったらしくてね。じゃあ調べてみましょうか、って。それから一年経った頃にはもう薬草として扱うことになったのよね。売り出してから三年経つ現在では村の特産品として現在注目の薬なの。なにせ幼児から年配者まで使える上に苦みが少ないから欲しがる人はとっても多いらしくて、あちこちから問い合わせも多いのよ。
―――それにしても魔竜とはひどすぎない? 私、村の外ではそんなふうにいわれてのぉ~。
私がそんなショックを受けている間に、眠れる獅子たちの牙が剝かれてしまった事におっさん達と私だけが気が付いていなかったの。