一話目 私の日常①
薄靄のかかる夜明け前、収穫用の籠を持ってやって来たのは山間を開いて作った我が愛しの“家庭菜園”。おはよ~!
漸く迎えた収穫は本当にうれしいもの。
あれは今年になってやっと花をつけたナクタの実、毎日の成長が本当に楽しみで仕方なかったわ。
これは最初の年から私を楽しませてくれているテイル芋、今年はどれだけ出来たかしら。
こっちは去年、村の人から分けてもらった箒草。枯れるまで成長させてから根元から切り取って七日ほど天日で乾燥させると文字通り箒になるの。今年はこれを加工して村の人へのお歳暮にでもしたら喜んでくれるかしら。
家庭菜園の1/3は村の薬師せんせーから頼まれて薬草畑にしたのよ。家の裏手の庭は日陰を好む薬草が植えてあるの。どちらも薬草にはいい環境らしくてにょきにょきと元気に成長中。適度なところで間引かないと吃驚する位増えちゃうのが泣き所。間引いて乾燥させておくと村の人が定期的に取りに来るからそんなに置き場に困る事は無いの。
この家庭菜園も最初は何もなかった土地だったわ。だけど頑張って邪魔になりそうな枯れ木や深く埋まった岩を親の敵とばかりに時間をかけてでも掘り起こして運び出し、お手製の粗末な農具で固い土を耕し、サラサラの痩せた土壌改良のために、慣れない山道をえっちらおっちら山奥から落ち葉たっぷりの黒土を集めて運んで耕した土に混ぜ合わせ、何とかふかふかの土のベットになるまでにかかったのは約3年。
勿論畑にゃ水がなくちゃ菜園は出来ないでしょ、必死こいて水を探したわ。何せこの地方は冬の降雪量は半端ないくせに降水量がとてつもなく少ないのよ。夏でも万年雪が見られる位標高が高いって云えば察しが付くかしら。何とか水源を確保して水路と溜池も作ったの。必死になればなんとかなるものね。
ついでに畑と湧き水の間に手頃な小山を発見。しかも入口がちょっと狭いけど中々の洞窟付物件なの。マミちゃんに頼んで中をちょーっとぶち抜いてもらってから、村の職人さんにお願いしてリフォームすれば、あらなんてことでしょう、地下室付きの和風2LDKとなりました。おまけに趣味の作業小屋まで出来ちゃったわ~、ぶいっ!
内装は大方は村の職人さんにお任せしたけど、こまごました処は勿論私がDIYしたわ。竃も作って、湧き水もちょろっと引いて、元の私が多芸趣味だったのが幸いして、粘土を見つけ出して作った土鍋や大皿でお鍋代用してるの。ここ最近は村人だけでなく村に来る商人さんや役人さんとも交流して、村人として扱って貰える程になりました。ちゃんと納税だってしてるのよ。
交流ってとっても大事。孤独が心を殺すって昔母さんが呟いていたのをすっごく実感している身としては、村のおじちゃんやおばちゃんとの交流に嬉々として混ざっているの。交流のキッカケを作ってくれたのは流浪の魔術師だったマミちゃんなのよ。
そもそもマミちゃんに出会ったのは今から12年前になるの。その頃の私って、あらやだ。いきなりこんな話をしても知らない方には分かる筈ないわよね。こほん。
改めまして。私、異世界に生まれて今年で72際になります火吹き竜をしてます、元43歳のおばはんだったものです。
もともとはバツイチで一人暮らししていたのだけれど、子供が居なかった事が幸いしたのか色々と多趣味に暴走しちゃったのね。まあそれが離婚の主な原因なんだけど、後悔はしてないわ。
陶芸に家庭菜園、染色とか革細工、日用大工もやったわねぇ。あ、住んでいたところが田舎っていうか人里から離れた処だから仕方ないかな、ホント何にもなかったし。
多分向こうの私、亡くなってると思うのよ。蜂にさされちゃってね。屋根裏に巣があるのを見つけてムボーにも駆除しようと思ったの。一度も刺されたことないし、アナフィラキシーショックにはならないからって。あ、マネしちゃだめよ?
そうしたら一度に大量のオオスズメバチに刺されちゃってね、おまけに怖くてパニックになって、屋根から足滑らせちゃったのまでは覚えてるから“多分”なんだけど。
それで気が付いたら森の中で転んでいたのよ。ひとりで。
んで、ここどこって思ってもだぁれも居ないでしょ? しょうがないから起き上がってびっくり。手足が違うのよ、爪は長いし赤いし、肌の色だって手触りだって全くの別物。さらに服なんて着てないでしょ?極め付けに尻尾と羽があったから、まぁ驚いたんだけど、何せ私じゃない? すぐに「飛べるかしら」って試したら飛べなかったのよ、あたりまえなんだけど飛び方なんて知らないもの。
まぁ、今じゃすいすい飛べるからいい笑い話よね。そんなときに出会ったのがマミちゃんだった訳。飛ぼうとしてコロコロ転がっている私を見かけて最初は吃驚したんですって。
何で火吹き竜の子供がこんな森の中で一人でいるのかって。大体の火吹き竜は成竜になるまでは群れの中か親といるのが当たり前で、一人でいるのはよっぽどの異常な事なんだって、後になって教えてもらったの。
しかも私の動きはぎこちない割には器用に歩くし、羽に動かし方が格段に成ってないって気が付いたのもマミちゃん。一日私を観察した後漸く声をかけたんだって。
最初から会話出来たのはマミちゃんが腕のいい魔術師だったからで、竜と人がまともに会話できるようになるのはなんかメンドクサイ儀式をしないと駄目らしいの。
何にも知らない私が何も考えずにふつーに会話して返した事柄にマミちゃんは何を思ったのか、一人なら私と一緒に旅してみませんかって誘ってくれたの。最初は私も断ったの、見ず知らずの私にかまっていいんですかって。寧ろ構っちゃいけませんよ、もしかして悪い人なんですか? なんて聞いたりもしたけど。
マミちゃんは何故か笑いながら「貴女みたいな小さい子をほおって行く方が気になって仕方ないですから」って悪い人説を否定しながら言ってくれたの。私も笑ったけどね。
それから四年後に一寸した出来事でこの村に居ついたんだけどそれはまた今度ね。だってほら、愛しのお野菜ちゃんが私を待ってるから。
朝夕と小まめに見て回り、水やりに雑草抜きに害虫駆除にと親馬鹿ともいえる位に見守ったわ。こちらに来てから初めての家庭菜園(子育て)はそらもう夢中で些細なことでも心配になり、あれこれと先輩ともいえる農家(専門家)さんに尋ねに行ったものよ。
初めての収穫は今でもはっきり覚えているわ、テイル芋とホウレンソウみたいな菜っ葉だった。
きらっきらに輝いて見えたお芋を水洗いして、そっと一口。あの時の瑞々しいくせに優しい甘味がして、そのくせ青臭さのないあの味は衝撃的だった。今じゃ私の食生活からこの家庭菜園を抜かすことなんて考えられないくらい。
まあ、私もそんなに食べる方じゃないからそんなに量は要らないけど試しに植えているものが半分、私のご飯にしているものが半分位の割合かしら。
量が欲しい場合は麓の村にひょーいって飛んでいけばすぐだし、村の人に言えば直ぐに分けてくれるしね。
あ、年齢ってどうして判ったかって云うと、後でマミちゃんが「火吹き竜は翼の付け根にある補角ほかくに刻まれた小さな節で年齢がわかるよ」って教えてくれたのよ。私、何にも知らなかったからもうびっくりなんだけど、火吹き竜にとって100歳以下ってお子様なんですって。大体140位からが大人として見られるらしいわ。
マミちゃんもこんなに好奇心が強い火吹き竜は初めて見たって笑っていたけど、まぁ中身が私だし。知りたいことを素直に知りたいと伝えたらなぜか爆笑されたのよ。わりと笑い上戸なのよね。
お喋りはまた後で。シパターギの花が溜まっているから、そろそろ誰か取りに来るかしら。さて朝日が差し込んできたし、朝ご飯作りましょ。
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※テイル芋=形は里芋、味は紫芋に近い。乾燥させてから粉状にして使う事で保存のきくこの地方の主食。
※ナクタの実=大きさが鶏卵ぐらいの見た目が南瓜な木の実。因みに味はメロン(笑)
※シパターギの花=イメージ的にはオレンジの昼顔が近い。野ばらみたいな棘のある蔦植物で痩せた土地に生息する。花は点眼薬の材料となるが、蔦は棘を取って乾燥させて加工すると麻のような繊維がとれるらしい。