三話目 ちび竜のオトモダチ♪③
ガシャァァァン
板硝子の割れた音がした。それと同時にあのウゾゾゾゾゾッとしたかんじが消えた。あの壁みたいな物が魔術そのものなら、コレで中にいる獣はましになるはずだ。
『…!! オイッ、チビっ!しっかりしろ』
ルムック兄ちゃんの焦った声が、中にいたのは兄ちゃんの捕まっていた仲間だと判る。兄ちゃんがチビと呼ぶほど小さいなら確実に年下よ。
―――生後半年未満の獣に、数人の冒険者が何とか捕らえるのに成功する猛獣に使う代物を使う?
正確にはかなり間違っているかもしれないけど、前世の人間で例えて言うなら、20代の現役格闘家が音を上げるトレーニングを、小学校低学年の児童に無理矢理させるようなものかしら。
うわぁ、むかつくわー。あの誘拐犯達。ごめんなさいしたってゆるさないわー、いい年した大人のすることじゃないでしょ!
ルムック兄ちゃんが大事そうに首を咥えて出てきたのは、くったりとして背中になにやらメダルみたいな代物を張り付け、そこから延びる細い鎖に四肢をそれぞれ絡め捕られた、一回りは小さな黄色のルムックでした。
『火吹き竜、チビを連れてなるだけ遠くに身を隠せ。風が止むまで出てくんな』
そっと小さな身体を私に預けると、先刻までとは違う固い声で警告したルムック兄ちゃんは、此方を全く見ようとはしなかった。
『あいつら赦さねぇ‼』
ルムック兄ちゃんの体毛色がサァァッと一気に白くなる? うや!
『早く行け。チビを頼む』
兄ちゃん、ぶちギレ寸前です。周りの空気が変わった。幼い兄貴から獣に成ったと言ったら解るかしら。あからさまな敵意は此方に向いてなくても怖い、これ程の感情をルムック兄ちゃんは今まで堪えていたんだ。
彼の技量はわからないけど、誘拐犯達に一矢ぶちかましたい気持ちは良く判るので、黄色のルムックちゃんの両脇に風呂敷を通して包み、しっかり抱っこすると、低空飛行で森の中へ突っ込んだ。
『迎えに来なきゃ、タングステン村に連れてっちゃうからね❗』
なんて捨て台詞残して行く辺り、私も焦っていたんだと思うのよ。
大きな木の側に身を潜めた途端、いきなり強風が巻き起こったの。雨とか雷こそ無かったけど、枝葉を撓しならせ擦り鳴く木々、そこかしこから悲鳴のような獣達の声、命の危機を告げるような気色悪いおっさん達の悲鳴、舞い上がった小石達が打ち付ける鈍い打撲音は雨音を通り越し警鐘を鳴らす大気の叫びかと思ったわ。
何より風で軋む木々の振動が、視界を大きく横切るコロコロ転がる岩が、いきなり息苦しく感じるほどの大気の薄さと、相まって怖いなんてものじゃなかった‼
―――ルムック兄ちゃん、魔獣って云われても私納得しちゃうよ。
生後八ヶ月でこれなら、ルムックが魔獣と云われるのは仕方ないと思う。ルムックが臆病だって云うのも納得しちゃうよ。私がルムック兄ちゃんみたいな能力持っていたら、人間みたいな欲深い生き物の側なんて居られないわ。
タングステン村みたいに、獣に優しい世界は少ないんだろう。だからニオブさんは村が好きなんだと思うのよね。優しい人なら多分あちこち居ると思うの、私が火吹竜だからって目の色を変えた人があちこち居たみたいに。
処でルムック兄ちゃん、そろそろ終わりにしない?
息苦しくて私、そろそろ倒れそうよ。腕の中のルムックちゃんは死んでも守るけど、流石に目の前のデッカイ石が飛んできたら無理かもしれないわね…。あ、身を隠してた木が折れた。ここまでかしら?
せめてこのルムックちゃんだけは守らないと。あ、仕込み途中のご飯もあったわ。ご飯と言えば、まだまだまだまだ食べたいメニューも有るから死にきれないわ。目指せ日本の家庭の食卓! 私の野望を叶えるまでは死ぬつもりは無いんだからね。
必死に体を伏せて、羽根を使って腕の中のルムックちゃんをかばいつつ、ルムック兄ちゃんの引き起こす嵐が収まるのを待ち続けた私は、いつの間にか気を失っていた。
*******
「うや?」
突発的台風は、とりあえず奇跡的に怪我無くやり過ごせました。真夏の夜の夢ならぬ、悪夢のような災害の夜が明け、辺りは静まり返っています。も一回やれといわれたら、泣いて断るような体験でしたが、今の処私も腕の中の黄色のルムックちゃんも無事だったことに一安心。一足先に脱出した獣さん達は無事かしら。
ルムック兄ちゃんの怒りに満ちた突発的台風の傷跡は、色濃く森に残っています。枝葉をもがれた木々や、太い幹すらもボッキリ折られた木々が、ここが森だとかろうじて判る状態です。あ、焦げた跡がある。ってことは、此処が誘拐犯達の夜営跡地って事かしら?
これは誘拐犯達を荷物ごと上空にぶっ飛ばしたのね。この辺だけ木々の折れ方が酷いもの。あ、おっきな岩の影に倒れたルムック兄ちゃん発見!
『ルムック兄ちゃん!』
って声かけてもくったりして反応無し。薄茶色のルムック兄ちゃんに見た目怪我らしきものはないけど、頭でもぶつけてたら大変だもの。
誘拐犯達は荷物一つ残さず姿を消していたので逃げたか飛ばされたかしたのだと思うの。戻って来られても困るのでとりあえず場所を移動します。
まずは回りに落ちてる枝葉から比較的丈夫そうな枝を数本確保。なるだけ同じ長さ、太さを選択して
リースを編むように円形にねじり合わせます。拡げた風呂敷の上にリースを置いて、そっとルムック兄弟の頭が互いのお腹にくるように並べます。そのままゆったりと両端を一回ずつ結んでから結んだ両端をそれぞれ二回結びにすると、籠みたいな風呂敷包みになるの。ルムックちゃんもルムック兄ちゃんも何とか持てるギリギリの大きさね。
持ち手になる場所に私が首を突っ込んで、手で支えながら運べばいけるはず。風呂敷ってホントに使い勝手いいから助かるわ~。ヨイショ!
んで、そのままゆっくりと高度を取って方向を確認。星の位置で方角を知る術は、マミちゃんに教わりました。北にある、嫗星があって、その側に翁星が回っているの。それさえ見つければ大体は判るから一安心。さあ、村に戻るわよ。
下からの攻撃に気を付けてちび竜、いっきまーす!
流石に麓近くはまだ寒くはないし、明け方近いせいかうっすら明るいわー。もうちょっとしたらいつもの起きる時間じゃないかしら?
ご飯食べ損ねちゃったから、帰ったらちゃんと食べて、ゆっくり休んで、しっかり畑のお手入れしなくちゃね。あ、皆に心配かけちゃったから謝らなくちゃだわ。あらあらまあまあ、いそがしいわねー。あ、オーレ爺ちゃんに報告も有るじゃない。
それにしても、ルムック兄弟は軽すぎないかしら。二匹合わせても大豆擬き大袋一つよりも軽いなんて、今の状態では有難いけど、軽すぎよ!
とりあえず元気になるまではきっちりご飯を食べさせて、しっかり養生してもらうわ!
下の子のメダル擬きはマミちゃんに相談してみましょう。魔術関連なら一番詳しいし、場合によってはニオブさんならなんとかなるかもしれないし、薬ならせんせーもいる。私にはルムック兄弟を匿う事は出来るけど、ルムック兄弟がイヤがったらダメね。私にとってルムック兄ちゃんは恩人ならぬ恩獣だし、恩獣の大事な仲間を怖がらせるのは不本意だし。
とりあえず手当て目的での保護だから、国軍の人に逢ったらそう伝えましょうか。
そんなことを考えながら飛んでいると、下からの何やら聞きなれたお喋りが聞こえて…、あれ?
『ちーびーりゅーちゃーん、どーこー?』
『チビ! 聞こえてンなら返事おし!』
あれれ? のぞみとこだまだ。うわぁ、岩場以外に居るなんて珍しい。
『のぞみー、こだまー。』
ギュン!と、音がしそうな勢いで此方を向いた姐さん達。
『『いたー!』』
此方に向かって走って来てくれた。あらあらまあまあ、心配掛けちゃったみたい。とりあえずゆっくり目に高度を落として、そっと着地。
『ごめんね、拐われちゃったから逃げてきたの』
『拐われた?』
『怪我は?』
とりあえず簡単に結果と経緯を伝え、ルムック兄弟を紹介したところ。
『チビ竜ちゃんをまもってくれたなら、こだま達は味方する~!
』
と、こだまに云われちゃった。
『せやけど、ちびを拐った輩の始末は譲らんで。後は私らにやらせ?』
と、のぞみに条件付けられちゃった。
二人曰く私達の身体に付いた臭いを覚えたので、有り余る怒りを晴らす為に奴等を追跡して止めを刺したいそう。あはは。犯人頑張れ~。
ベルガコム種は羊というより山羊やカモシカに近いから、蹴る力はとてつもなく強いの。草食の凶暴種とも云われるけど、滅多なことでは襲ったりなんてしません。況してや自ら人を襲う事なんて皆無にも等しい事なのよ。
まあ、仲間や子供を護るためにその力を振るう事はあるけど、ベルガコム種に襲われた人は悪事を働いたとか、運が悪かったとか言われるのよね。じゃあ任せちゃいましょうか。
『じゃあルムック兄弟の分もお願いしていい?』
『任せなー!』
『人間五匹だね、やったー!』
村の様子を聞くと、こだま曰く、お昼過ぎに私の姿が消えたことに皆が気がついて探してくれてるって。群れの事はひかりに任せて、ラクレコム種の話を元に村をずっと南下しながら捜していたんですって。
村の皆も探しているとの話だから、このまま北上すれば合流出来る筈。もう少し頑張りましょうかねー。よっこいしょ。
『のぞみ、悪いが先にちび竜を村まで運ぶぞ』
『…そだね』
『うや?』
あれ?何で?
『チビ竜ちゃん、頑張った。休んで?』
ひょい、とのぞみに運ばれてこだまの背中に乗せられちゃった。風呂敷の兄弟はのぞみが咥えてとっとこ運ばれた。あらま。
『寝ろ、ちび。後はヤる』
羊毛お布団に載せらせて、テコトコと適度な振動に揺すられて、私そのまま夢も見ずにコテンと寝てしまいました。ぐう。
*******
―――うや? あれ?私いつの間にお布団に入ったっけ?
気が付いたら、我が家の寝床に居ました。側にルムック兄弟も寝てました。あ、ルムックちゃんのメダルは無くなってる。
『ルムック兄ちゃん、お疲れ様。ルムックちゃんも頑張ったねー』
後は兄弟が元気になって、安心して住める処を探せればいいなぁ。その為にもまずは、ご飯作んなきゃ!
んで、お掃除して、家庭菜園のお世話して、それから皆に心配かけちゃったから謝って、のぞみ達にあの後の事聞いて、ん。やることはいっぱいね。さて、まずはお野菜の収穫よっ!
起き出して居間に向かうと、そこには
「おや、やっとお目覚めですね」
「マミちゃん? 何でここ居るの?」
一寸眠そうなマミちゃんがお茶を、飲んでました。マミちゃん、何だか残業疲れのサラリーマンみたいな顔してますよ?
「理由を話す前に一寸ちび竜ちゃんに聞きたいことがありまして、こうして待たせてもらったんです」
「うや、昨日の事でしょ。勿論聞いてもらいたいわ、てか相談したいこともあるからね。お茶請けにピクルス食べない?」
「頂きます。昨日、何があったんです?」
「簡単に言っちゃうと、お散歩してたら知らない人達に捕まって、其処で知り合ったルムック兄ちゃんと力合わせて逃げてきました。あ、朝ご飯作るけど食べない?」
「いただきます。捕まった辺りから詳しく話してくれますか?」
ゴソゴソとご飯の支度しながら食べ頃のピクルスと幾つかの御漬物を用意。本日のご飯は根菜の炊き込み麦飯と、一夜干しの川海老と野菜の炒め物。それにナクタの実のコンポートです。一応四人前を準備しながらさらーっと、報告したら。
「成程。ちび竜ちゃんのお話はよくわかりました。事後報告なのは仕方ありませんが、後程国軍にも話を通さなければなりませんね。出来ればルムック達にも確認を取りたいのですが」
「うや、何で?」
「昨夜遅く、南の畑に大きなゴミが飛んできたのですよ」
ゴミ。云われて頭に浮かんだのは密猟者の五人組。いや、ゴミと一緒にしちゃ駄目よね。多分彼らの野営の荷物とか、武器とかテントとかかもね。まさか檻とかじゃないだろうし。




