幕間② とある王都申請窓口担当者の珍事
ロックベル大陸の最北端の国として知られているカーバイト国は、北をウェルド山脈に、西を未開拓とされる未踏の森に囲われた場所にある。派手な名所はないが、他の国に比べ比較的水源に恵まれており、干ばつや疫病といった災害には余り縁がないと言われているのは胸を張って威張れる処だと、個人的には思っている。
事実他国よりも圧倒的に多いのが薬の材材となる植物である。その多くはこの国に自生しており、中には人の手で専門栽培して、販売までする村が三か所ある。大概が商会と専属契約しており、王都を始め他国への流通している。
この流通はその昔、太平の賢者がカーバイト国をロックベル大陸内における中立国としての不可侵領域を他国に認めさせる為に発布した条例の一つに定められているのだ。
かの賢者はその心のままに、貴賎国境問わず様々な人々とふれあい、その知恵を惜しむことなく振る舞った。特に薬事関係はその流通をとりわけ最優先して、大陸内に行き渡らせるよう助力したともされている。
理由は明確にされていないが、幼子が病に苦しむ様に己が事のように悲しんだとか諸説様々。
だが、それで大陸内の病はよほどのもの以外はかなり減らされたのも事実。薬の流通は新たな事業展開と雇用を増やし、その結果大陸内の病原情報の地域格差はかなり減らされた。無論全ての薬師達が等しく情報を開示したわけではないし、人種的に発生する固有の病気や、突発的に発生する疫病もある。ある程度の共有情報の開示は現地で対応する薬師たちや、何よりも苦しむ人々にとっては心強い安堵に繋がった。
カーバイト国内に多くの薬草が自生しているのは、土壌や気候などの条件が他よりも偶々薬草にとって向いていただけではない。国土に対して人口比率は明らかにカーバイト国は他国より少ないのだ。人の手の入っていない土地に目を付けた賢者が薬草の専門栽培を提示したとも言われているが、証拠はない。
ロックベル大陸内の人口比率が最も多いのはカーバイト国の南にあるブリネル共和国。時点でハルト国と続く。もっとも国土の1/3は山林と雪に覆われているのだから、人が住める土地で考えればある意味妥当と言えるだろう。
今現在も幾つかの薬に欠かせない材料となる薬草がカーバイト国にしか存在しないのは、度重なる領土問題で土地家屋を荒らしたり、干ばつや疫病によってその土地の権力者たちが根こそぎ刈りつくしたりと、人の欲によって滅んだとも言われている。
水源には恵まれている未開の土地を多く抱えたカーバイト国が、偶々薬草の自生地になったのは皮肉にも人が少なかった為。だからこそ太平の賢者の『不可侵領域』という一手は、現在何人かの有力者と近隣諸国の薬事商会からなる数団体によって『公共財産への意図的損害罪』という大陸規模での保護条約が通っている。薬草の保護という名目上、その土地を荒らす事は一国の王ですら厳しく処罰される―――普通ならありえない事だが、何せその種類が多く分布域がほぼ国土のどこかしらに点在しているのが原因だと思う。―――のだ。しかも処罰を下すのは被害にあった土地の所有者である。歴史的にも王族を庶民が罰した数少ない例として『村中の草刈りを一人で一月以内に終わらせなさい』なんてものも実際にあったというから驚きである。
そのカーバイト国王都バルトは国土のやや南側の比較的開けた場所に儲けられた城塞都市として知られており、堅牢質素な造りながらも一つの都市として完成された美しさで知られている。
この形になったのは、魔獣被害から民を守る為に街を囲うよう城壁を築いたからと云われているが、初代国王の見栄と建築士達の互いの趣味が衝突し、混ざりあいの結果だと云う話を王都を紹介するのどこぞのガイドブックでは紹介されていると聞く。(実話なので個人的には否定も肯定もしない。)
が、他所の国で「エルフとドワーフが互いの技能の高さを競って建てた為にこんな形になった」だの「初代が見栄と権力を誇示したくてこの形にした」だの「建築士達の互いの技術に対しての暴走した結果」だのと、面白おかしく紹介されているという事実を聞いた時、一国民としては腹が立つ。
さらに言うならば、建築士として当時参加した何人かはエルフとかドワーフで、現在もあちこちでその腕を振るっている。その一人は現在でもその名を知られた名工で、その弟子たちも数多いと聞く。彼等の耳に入ったならば、どうなるかは分からない。
話が横道に入ったが戻そう。
カーバイト国で保護区申請をする場合、未発見生物もしくは未発見植物が殆どで、現在保護区認定の降りた場所は五件有る。
「タングステン村に保護区申請手続きですか?」
国土の保護区担当官は頭をひねる、いや。担当官でなくても一般常識の有る者なら首を傾げる話である。国内でも有数の豪雪地帯と名の知られたタングステン村で、カーバイト国の二つ隣のカンデラ国にある火山地帯にのみ生息していない火吹き竜が居る等、当初は何の冗談かと思ったものである。
だが、彼らが提出してきた膨大な報告書と参考資料は十二分な説得力を示していた。
「村に火吹き竜の幼生が居る事は確かに確認され、ここ五年の安全性も報告を受けております」
五年間の納税証明書類に記載されている薬草担当者名が“タングステン村、ちび竜ちゃん”とある。これは村の一員として五年間、国が認めた確かな証でもある訳で、担当官としては認めざるを得ないのだ。
だがどう考えてみても、寒さに弱いと知られている“大陸規模の保護指定獣の火吹き竜の幼生”が単独で、国内有数の豪雪地帯と云われるタングステン村で村民の一人として自活している? しかも五年間キッチリ納税迄して!? んなわけあるか。常識で考えても何の冗談かと頭を抱えたと云うわけだ。
しかもこの申請手続き書類を持ってきたのが、タングステン村担当の国立会計事務官ニオブ・リチウム。確かな目を持つ彼は受け持つ仕事の速さと正確さから、最年少での国立会計事務官となった一人である。
分かり易く言うならば、彼一人が三日ほどでこなせる仕事は、同年代の査察官三人、会計事務官四人で一週間ほど掛かる仕事量とほぼ同等と云われている。欠点としては対人性ストレスによる突発性引き篭もり症候群というよくわからない性癖がある。
この性癖のせいで、当初は自宅にひと月引きこもって出てこなかった。有能な人物なのにもったいないと頭を抱えていたが、四年程前から山岳部にあるタングステン村に引きこもり場所が変わり、その度に国軍第三部隊に捕獲要請の通達と休暇申請が入るようになった。その後、仕事の効率は著しく上がる上、最近では地方の査察もしてくるようになり、職場では『これが彼のやり方』とした定着するようになった。
そんな彼がタングステン村で『土産』 参考資料を持ち帰るようになったのはここ一年ほどの事だ。何でも職場にたびたび迷惑をかけているなら土産でも配ればいいのにと、村人に諭されたそうだ。そのお陰で職場にさまざまな土産物が回るようになった。先月は『マメまんじゅう』という、こぶし大のパンに甘く味付けした豆を潰したものが入っている代物で、小腹が空いたり、忙しくて食事が取れなかった者には非常に好評だった。今回は『クッキー』なる非常にさくさくとした歯ごたえのいい代物だ。結構これにハマるものが多かった。
「この『土産』、全部タングステン村のちび竜ちゃん考案の品だよ? こんな美味しいものを作ってくれる竜を保護しないのはどうかと思うけど?」
「何ですと―――!‼!」
この発言で、部屋の中の空気が変わった。何人かの仕事の手は止まり、会話の一切がぴたっと止まったのだ。因みに彼らと会話している保護区担当官である彼はこの『土産』信奉者の一人でもある。ニオブ・リチウム会計事務官とタイト第三部隊員のもたらす土産物はここ最近の王都バルトで流行り始めたものと似通っているのだ。無理もない。
「分かりました、食文化継承保護区として直ぐ申請を…」
「違います!保護区申請は火吹き竜の生存区域としての申請内容です!」
「駄目です、食文化継承保護区としてタングステン村を申請し、文化継承者としてそのちび竜ちゃんとやらを登録すればいいんです。そうすればタングステン村自体が知的文化財産として国から認証されるので、その領域で起こる事柄に国単位で対応可能となります。保護活動として国軍が直接動くことも可能です。」
「それじゃちび竜ちゃんが他国に拉致されたらどうするんだ。」
「知的文化財産に欠かせない存在を国が保護しない手はありません!勿論カーバイト国全総力を挙げて奪還します!」
「その場合、軍を動かせる王族だけだが?」
「王妃様御用達の『謹製チーズせんべい』の危機とあらば、国軍を動かすのに十分な理由です!」
…ちょっとまて、どこからの情報だ。食い物一つで国軍が動くってどういうこと!
「…あ、やっぱり気に入ったんだ」
「…諜報部からの情報ですから確かかと…」
周囲のひそひそ声のつぶやきは的確な突っ込みだな…。
「タングステン村の保護区申請は食文化継承保護区として提出した上で、文化継承者認定すればいいんですよ。ここって、最近出回りだしたフロストリーフの生産地ですよね? 王立研究所から保護区申請が出てますよ」
つい先月の情報だから間違いはない。どこぞの令嬢が村に乗り込んで荒らそうとしたなんて話が合ったそうだから、王立研究所が動いたと聞く。
「最近あの辺で不審な人物が捕まったので、国としても動かざるを得なくなってます。リチウム会計事務官はその件を担当したからご存知ですよね」
「ああ、あのおっさん達な。現地で牧草作りの実刑食らって、罰金払ったんだよな」
「村の女性達に暴力暴言を振るったんでしたっけ? 出荷目前のフロストリーフを燃やしたと聞きましたが」
「そのとおり。故に罰金と無償労働に、所属組合から冒険者登録を半年凍結で対価を払わせましたが、僕個人としてはもう少し報復したいところですよ」
かくしてカーバイト国に六ヶ所めの保護区認定が史上最速の申請から3日で降りた。
この話はのちにまたガイドマップでも語られるのだろう。『謹製チーズせんべい』によってなされた伝説とか言って。
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オマケ話①ステアさんが持ち込んだ卵は…(タングステン村、ちび竜視点)
ステアさんのお土産は一部を除いて、だし巻き玉子、タマゴサンド、おでん、煮物、茶碗蒸しにと、この一週間で完食しました。
最初は村のみんなで分けたのだけど、マヨネーズが美味しかったみたいで殆どマヨネーズになっちゃった。余った卵白は砂糖とバターと小麦粉を使ってサクサクのクッキーに。これも完売よ。
小麦と卵の流通が安定してくれれば、安心して色々作れるのにねー。
そして卵の消費が終わる頃、ニオブさんとステアさんも王都へと帰って行きました。途中のお弁当にと渡した卵サンドと葉野菜と薄切り燻製肉のマヨネーズサンド、ステアさんが嬉しそう受け取っていたのはわかるけど。あの前日に大量のクッキーを頼まれたのは何故でしょうね?
「あれ、気に入ってたからじゃないの?」
「マヨネーズ?」
「いや、燻製肉のほう」
ってかステアさんはご飯全般好きだよね。おでんも気に入っていたみたいだし。
「ジュールちゃん、よく見てるわねー。」
「ちび竜に負けらんねーからな」
「うや?」
「見てろ! 絶対に負かしてやんからな」
余程ウドン作りの言い負かしが悔しかったようで、あれからジュールちゃんから負かしてやんからなと、言われるようになりました。こんなおばちゃん負かしても意味あるのかしら?
「やる気があるのは何にせよ良いことじゃねーか?」
「オーレ爺ちゃん、お早う」
「おう、でっけえ息子共はもう行ったのか?」
「お昼ご飯とおやつ持って元気に行ったわ。あんなにクッキー持っていってどうするのかしらねー」
大量のクッキーに何故か村のマークをわざわざ入れさせたのよ、しかも一枚ずつわざわざ紙に包んで。私は生地を焼き上げる迄しかしてないけど、職場の人に長期休暇のお土産ですって配るつもりかしら?
「(絶対腹黒い事を企んでるだろうが、ちびは疑わねからなぁ。)ま、息子なりの考えがあんだろうよ。処でちび、頼まれてたチーズの追加は此れでいいか?」
「でかっ! いいのこんなに?」
「また娘達の愚痴聴いてくれりゃあかまわねぇ。お蔭で良い乳出してくれんだ、こちとら大助かりだ。」
「あ、愚痴で思い出したわ。沢近くの斜面に生えてる草が良い匂いするって、仔羊ちゃん達が行きそうで恐いわよね~ってボヤいてたのよ。オーレ爺ちゃん分かる?」
「…成程、あれか。」
五日後、村の主婦たちの手で村営商会『タングステン村・主婦の会』が設立。その目的はチビ竜の作り出した料理のレシピ管理と必要な食材の手配一式。レシピを求めて押し寄せるだろう欲深い人たちとの利権関係の交渉を商会が代行することで、ちび竜が思う存分掲げた野望を果たせるよう見守ろうと云う建前のもと、本音は、何処までやるんだろう、わくわくするよという好奇心だったりする。(←設立自体がちび竜には内緒になっている。せいぜいレシピを書き留めてるよ~って位しか知らされない予定。)
※この申請窓口担当者は、たまたまそこにいた別の窓口担当官です。本編に出る予定は今のところ在りません。




