水鏡杰 後日談
後日談ということは、これをもって水鏡杰のエピソードは終わりを迎えることになる。
何度も何度も繰り返して言うように、僕の周りの問題は何ひとつとして解決することはない。
光と闇のように、表と裏のように、僕とは対照的に人の中に『白』が見えてしまっていた水鏡杰。
人の中に何かが『見えて』しまうのは一見して便利なものなのかもしれないけれど、それを制御できないのであれば、普通に生きていく中での足枷となる。
少なくとも僕はそうだった。
それをうまいように利用して、そして利用されてきたのが水鏡杰だったのだ。
人の中に『白』が見えていた特別な人間から普通の人間に成り下がってしまった、落ちぶれてしまった彼女は、心の支えを失い、心身共に憔悴しきっていた。
頼り切っていた『白』を失ってしまった水鏡杰は、それでも人を救いたいと願う、まあ僕からすれば考えられないような聖人君子だ。
そんな水鏡杰は、僕からのつたない助言めいた気休めの言葉で『白』を取り返そうと日々奔走しているようだった。
水鏡杰に関しての問題の解決としては『白』が元通り見えるようになることであって、そしてそれは僕がどうやっても解決してやることはできないことで、だけど、解決しないまでも、変化は訪れるのだった。
僕が関わった人の問題は解決しなくとも、変化はあるのだ。
大空翔子は八方美人だった鉄壁の仮面を取り外し、僕に勘違いの『黒』をぶつけていた海賀絵美は僕を殺人未遂して大空翔子とお近づきになり、ある事件に関わった人は大切な人らと離れ離れになった。
そして水鏡杰にも変化が訪れた。
『白』が見えなくなったことが一番大きな変化だろうけれど、僕にとって問題になる変化だった。
水鏡杰はあれから余裕のある笑みを見せることはなくなり、人と話すときには挙動不審な態度をとることが多くなった。
それでも人の良いところをどうにか見つけて探し求めているようだった。
周りの生徒からすれば、変わってしまった、臆病になってしまったと思われているようだけれども、それが逆に周りの生徒を引きつけるようになっていたのだ。
これまで人を救ってやろうとしていた水鏡杰が、逆に救いの手を差し伸べられている。要は周りの生徒が水鏡杰を気遣うようになり、それで水鏡杰自身も周りの人と接する機会が増えた。
それが水鏡杰にとって良いことなのか悪いことなのかはわからないけれど、僕からすれば迷惑な話しだったのだ。
今日も水鏡杰のそんな場面に出くわした。
毎度おなじみしょこたんとの帰り道、クラスメイトらしき生徒二人に挟まれてあたふたしている水鏡杰を見かけてしまったのだった。逆に言えば見つかってしまったのだった。
「あっ」
「げっ……」
「むっ……」
前者の方から順に水鏡杰、僕、僕の彼女。
僕の姿を見つけた水鏡杰は、二人の生徒に一礼して僕の方へ駆けてきた。生徒ふたりに挟まれて困っていた顔から一転して嬉々とした表情になり、尻尾を振って駆けてくる。
「来たなぁ……」
その水鏡杰を僕の彼女が胸の前で両手を掲げて待ち受ける。走ってくる水鏡杰を捕えようと構えているのだ。
「真黒さん!」
「せいっ!」
しょこたん渾身のタックル。
路上ではあるけれど、本気で水鏡杰を倒しにかかっていた。
それを水鏡杰は優雅な動きでひらりとかわす。
そして僕の両手をがっしりと握りしめてくる。
あっさりとタックルをかわされたしょこたんは両手を広げたまま(゜o゜)な顔をして僕の手を握りしめる水鏡杰を見るのだった。
「会えて嬉しいです! 真黒さん!」
「いやいや、学校同じなんだから」
「本当に、同じクラスではないのが残念で仕方ありません」
どういった心変わりか。
まあ、水鏡杰は顕著だ。
水鏡杰もまた、僕の彼女と同じような症状なのだ。
「真黒くん! いつまで握ってるの!」
そう言われても困る。僕は手を握りしめられる前から水鏡杰の差し手をかわそうとしたのだけれど、それをあっさりと掴まれてしまったのだ。そして振りほどこうにもぴくりとも動かない。それほど力を籠められているわけでもないのに、腕ごと絡めとられてしまっているような感覚だった。
僕の周りの女の子は強すぎる。
「なにこれ、どうなってるの」
「うふふ、水鏡流柔術です」
「なにそれずるい。ちょっと、僕の彼女もああ言ってるんだからそろそろ離してもらえないかな?」
水鏡杰はしょこたんに向けて微笑む。いいから離せ。
「うふふ、大空さん。これくらいのこと、気になさらないと言っていたじゃありませんか」
「あれとこれは別もんだ!(*^_^*)」
「それに、私の『白』もこうしていると戻るかもしれませんし」
「散々試したでしょ!(*^^)v 真黒くん!(・。・;」
「おいおいもにょたん。テンパりすぎて文字と顔が一致してないぜ」
実際はどういった様子なのか……うーん、説明するのが難しい。
僕はひとつ溜息をつき、水鏡杰に言う。
「あのね、キミがやってるのは現実逃避なんだよ。それくらいは自分でもわかってるんじゃないのかい?」
「少しくらい、よいではありませんか」
まあ自分には甘くなったというか、人らしくなったというか。
迷惑な話だった。
水鏡杰がやっているのは、僕に癒しを求めていること。
これこそが、僕の彼女と同じ症状なのだ。
「あなたとは初めから『白』『黒』見えなかった同士なのですから、安心できるのです」
つまりはそういうこと。
『白』が見えなくなって人と話すことに臆病になった水鏡杰は、初めから『白』が見えなかった僕とならばこれまで通りに話せることに気付いた。
気付いてしまった。
それから会えばこんな様子だった。
自分の言いたいことを言える、大空翔子と同じ理由で僕に近付いて来る。
心が楽になる。心の薬に利用されている僕だったのだ。
「それにしても少し強引すぎるな。あとで僕がどういう目に遭うのかキミはわかってない」
「大空さん。真黒さんを叱りつけるのはやめてくださいね。何かあるのなら友達の私にご遠慮なくおっしゃってくださいまし。友達の私に」
すごいな、性格変わり過ぎだろ。全て自分に都合の良いように言っている。というかその友達なくすよ?
「じゃあ言うよ、言っちゃうよ! 真黒くんはあたしの彼氏なんだからその手を離しなさい! 人の彼氏に手を出すな!」
「あら、ヤキモチですか?」
「こんの……っ! ああそうだよ! そうですよっ!」
こんの、正直者め。嬉しいじゃないか。
「僕は今、キミの愛を感じてるよ」
「あたしは今真黒くんへの殺意を感じてるね」
(゜o゜)
「どうかご安心ください。私は異性として真黒さんのことは何とも思っていませんので」
(゜o゜)
いやいや、わかってましたとも。そうでなくては困る。困り果てる。とはいえ、僕はもにょたん一筋だけどね。
そのもにょたんは、ついに痺れをきらしたのか、強行手段に打って出た。
ぷんすか音を立てながらつかつかと歩み寄り、僕の胸倉を掴んで睨み付けてきたのだ。
正直に言う。
怖い。
そして僕の胸倉を掴んだままもにょたんは言う。
「いい? 今日、ヤるよ」
「うぇ!? ちょ、やるって何……!」
そこで、水鏡杰は僕の手を離した。
最悪に最高のタイミングだった。
強引に連れて行かれる僕に向かって、水鏡杰は笑顔で手を振っていた。
その笑顔がどこか寂しそうに見えたのは気のせいだったのか。
僕にとってもただひとり『黒』が見えない相手である水鏡杰。
彼女の言葉にどこか嘘があったのかもしれないと、首根っこを掴まれ引きずられながら僕は思うのだった。




