表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まっくろまくろなましろくん  作者: しゃーむ
35/42

水鏡杰 Ⅴ

「まあなんだかんだで、たいしたもんだ」

 教室のベランダで、僕は一人呟いた。

 あれからしばらくの間、僕は朝の慣行をし続けていた。今回はいつもとは違う目的があってここにいる。これまでなら、『黒』の濃い誰かを探すためにここから生徒の登校風景を眺めていたのだけれど、まあ今回も、同じことをしていると言えばしているのだけれど、水鏡杰の影響がどれほどあるのかを僕は観察していたのだった。

 水鏡杰は、僕が言う『黒』を薄くすることを手伝いたいと言っていた。それは、誰か悩みを持つ奴を捕まえて、それを解決、もしくは悩みを軽くしてあげましょうということだ。水鏡杰の慈善事業。ボランティア活動。

 水鏡杰がどの程度の、どの範囲まで声をかけているのかわからなかったけれど、僕の眼下には『黒』の濃い生徒は見当たらなかった。

 以前の僕ならば、余計なことをしていると、真っ向から水鏡杰と対立していただろう。だって、僕は濃い『黒』の中身を知って楽しんでいたのだから。自分だけが知ることを楽しみにしていたのだから。

 でも今は違う。

 単純に人の『黒』にさほど興味が沸かなくなってきたし、水鏡杰も何かを『見て』人の悩みをある程度知ることができる。けれど、水鏡杰も、ただ『見る』だけではその中身まではわからないはずだ。いろんな奴にちょっかいを出して、自己満足に浸っているのだろう。

『黒』を見てみれば、『黒』を見る限りでは、水鏡杰によって心救われている生徒がいるのは確かだ。その生徒が水鏡杰に感謝しているのかはわからないけれど、水鏡杰はそんなことはお構いなしに救いまくるのだろう。

 それを邪魔しようなどとは思わない。『黒』が少ないのは僕と僕の彼女にとっても平穏なのだから。

 冒頭で、たいしたものだと、僕が呟いた理由は、呟いてしまった理由は、件の烏丸理沙の『黒』さえも薄くなっていたからだ。

 何をどう言えば、どうすれば恋人を失った傷を癒すことができるのかさっぱりわからない。真摯に悩みを聞き続けたのだろうか。新たな恋に目覚めさせたのだろうか。その手腕には興味があるけれど、僕にはとても実行できないだろう。大体、僕は人の『黒』をなくしてやろうなんて思わないのだから。

「また、何を『見て』いるのですか?」

 今日は声をかけられる前に近くにいることに気付いていた。近寄る気配もあったけれど、水鏡杰は何か、甘い花の香りがするのだ。

「別に。僕に『見える』ものは、今はあまりないよ」

 横目で水鏡杰を一瞥し、再び視線を校門付近に戻す。今日もお綺麗な水鏡杰だった。

「そうですか。なるほど」

 何がなるほどだよ。説明する前に納得されても困る。説明される前に納得されても困る。僕は全然わかってないんだから。

 水鏡杰は先日と同様に、僕の隣で登校風景を眺め始めた。

「あのね、わざわざここで見なくてもいいんじゃないかい? ちょっと離れて。隣のクラスのベランダからでも見えるし」

「いいじゃないですか。お互い、似たもの同士なんですし」

 全然似てない。考え方も違えば、容姿だってお宅は一級品。こっちは量産品クラスだ。

「今日は困るな。僕の彼女がこの状況を見たら勘違いしてしまうかもしれないし。僕の彼女は嫉妬深くてさ」

 しょこたんは本日お休みだ。学校を休んでいるというわけではなくて、家の用事があって今日は一緒に登校してきていない。僕だけ先に来たから今は僕ひとりというわけだった。

 ちなみに、多分しょこたんは僕のことをいろんな意味で信用してくれているので、この現場を見ても勘違いはしないと思われる。おそらく。絶対とは言えない。

「大空さんですか。素敵な方ですよね」

「そうだよ。周りに自慢はしてないけど自慢の彼女なんだ。でも、キミは彼女のことはよく知らないだろ?」

 水鏡杰はにっこりと笑う。見透かしたように笑う。気持ち悪い。

「『見れば』わかりますよ」

「そうかい」

『見れば』わかるって。僕は『黒』を見ただけではそいつがすてっきーな奴なんてわからないけどな。天童真弓だって、『黒』は濃かったけれど、あの人は良い人だ。

「あなたと話したいと思っていました」

 わー。誰かが聞いたらそれこそ勘違いされそうだ。

「奇遇だね。僕もそう思ってたよ。でも今はダメだね。僕の彼女も一緒にって話しだったからね」

「私はできれば二人で話したいのですが。私は、その、人に話したことがありませんので」

「二人だけで話しても、僕はそれを彼女に話すよ。あの子も、キミに何かが『見えて』いることは知ってるんだから」

「それは承知の上ですが、大空さんを交えて話をするのに抵抗があるのは本音です。ですが、私はあなたに早く聞いてもらいたいと思っています。あなたを見かける度に、私は戸惑っているのです」

 ほぅら、また勘違いされちゃうぞー。っていうか僕が勘違いしちゃうぞー。一部分だけ抜粋して。

「一方的に話すだけではなくて、あなたのことも知りたいのです」

 僕が僕でよかったね。他の男子にそれを言ったら完全に誤解されるよ。

 相手が僕だからこそ、飛び出る台詞だけれど。光栄だね。

 まあ後々しょこたんに話すにしても、二人だけで話したらあとで彼女に何を言われるかわからないからな。『黒』のことは僕としょこたんの二人の秘密という特別な感じも捨てがたいし。

 お互いに『見える』ものについては、やはりしょこたんを交えて話した方がいいかな。僕の気持ちが云々よりも、勝手に話したら怒られそうだから。

「僕のことを話すのなら、なおさら彼女が一緒の方がいいかな」

「……そうですか。残念です」

 水鏡杰の『黒』は濃くなったのだろうか。水鏡杰が素直に感情を表に出す人間ならば、濃くなっているのだろう。無垢さを裏切らないで欲しいよ。

 お互いのことが『見えない』もの同士なら、嘘つきの僕の方が有利かな。何の勝負だ。

「キミにひとつ聞きたいことがあるんだけど」

「な、何でしょう?」

 期待を込めた眼差しだった。ここでしょこたんばりにスリーサイズを、とか言えば相当がっかりされそうだ。お互いにある程度わかり合っている者同士の、お互いにしかわからないことについての話しだからこそ、水鏡杰は期待している。今まで、わかり合える相手がいなかったからだ。それについては、僕もしょこたんに話すまではそうだったから、気持ちはわかる。

 話したいけれど、決して理解はしてもらえないのだ。

 僕たちは。

 何かが『見えて』しまっている僕たちは。

「烏丸理沙と話したんだろう? 何を話したんだい?」

「……さすがですね」

「まあ、『見れば』わかるから」

「何でしょう、嬉しいです。言葉にしなくても伝わるとはこのことなのですね」

 感動。

 大袈裟ではなく、そんな感じだった。とても喜んでいると言った方がいいのか。ものすごくレアな趣味仲間を見つけた時のような、そんな同類に巡り合えた奇跡。例えるなら、漫画の一コマにしか出てないモブキャラが好き同士に巡り合えた時。生徒Aが好きーって盛り上がれるような。そんなものでも、人は運命とやらにこじつけたがる癖がある。

「理解してくれる人がいるというものは、ありがたいものなのですね」

 おおぅ、どこかで聞いたことがあるような台詞だなあ。

「先に言っておくけれど、それで惚れたとか言われても困るから」

 ふっ、三角関係はあらかじめ阻止しておく。ハーレム主人公だけはごめんだ。

「それはありえません。申し訳ありませんが、あなたは私の好みとはかけ離れておりますので」

「…………」

 あれ、何? どうしよう。僕、ものすごく格好悪いんだけど。

「じょ、冗談だよ」

「そうでしょうね」

 あはは。うふふ。と、お互いに『見えない』者同士、口での牽制しかできない。やりづらい。

「烏丸理沙さんのことでしたね。あの事件のことは私も知っていましたけれど、被害者の恋人だったとか」

 水鏡杰はひとつ咳払いをして、話しを戻した。僕から聞いたけれど、できればもう逃げ出したい僕だった。『黒』に囲まれて気が狂いそうになる時はこれまでもあったけれど、恥ずかしい思いをすることはそんなにないのだ。

「そうだね」

「お話しするのは構わないのですが、その前にあなたにお尋ねします。あの事件のことをどこまでご存じなのですか?」

「大体全部。キミが烏丸先輩からあの事件のことを聞いたのなら、それは全部知ってるよ。そもそも、僕があの人に事件の全容を話したんだ」

「あなたが……。なるほど」

 だから、勝手に納得されても困るというものなのだ。

「ひとつ言っておくけれど、僕が事件を解決したわけじゃないからね。関わったことは認めるけれど、解決はしてないよ。事件に関わったのも偶然と成り行きだったんだ」

 えみりんが偶然現場に遭遇して、それから刑事のおねーさんに目をつけられ、そして事件を終わらせたのは殺人犯本人だ。僕は何もしていない。あのおねーさんにだって嘘をついたのだから。あえて事件解決の立役者をあげるのなら、犯人を自首するに至らせた天童真弓だろう。あのあと何があったのかはわからないけれど、僕が関係していたことを犯人に話すとしたら、天童真弓しかいないのだから。

「事件のことを詳しく尋ねようとは思いません。烏丸理沙さんから事件のことをお伺いした時に、事件の詳細は口外するべきものではないと思っただけですので」

「ならいいよ。それで?」

「あの方は葛藤していました。恋人を殺害した犯人を許せない気持ちと、殺害された恋人の卑劣な行いを許せない気持ちがあったからです。事件からずっと、思い悩んでいたらしいのです。言葉は悪いですが、恋人が殺害されたのは自業自得だと思うことで忘れようとしていたらしいのですが、それでも、好意は消えなかったそうです」

 ふうん。

 今の烏丸理沙の『黒』の原因はその葛藤だったと。昼守真也を殺された悲しみを引きずっているわけではなかった。もちろん、好きだったという気持ちが残っている以上、悲しみが消えているわけではないだろうけれど。

 便利だねえ。人が『黒』の内容を教えてくれるっていうのは。

 おおーと、不謹慎。彼女に聞かれたら好感度ダウンは間違いない。彼女のためにも僕は良い奴にならないと。彼女に嫌われたくない、僕のためにも。

「私にその気持ちを吐き出しただけでも、烏丸理沙さんの心は軽くなりました。事情が事情ですし、誰にも話すことはできなかったでしょう」

 まあ、これは水鏡杰にしかできなかったことだ。僕と僕の彼女はもう烏丸理沙には関わらないと決めていたから。それに、これは事件に関わっていない人物に話したからこそ『黒』が晴れることになったのだろう。

 誰かに聞いてもらいたかった。これは『黒』を抱える人すべてに共通することなのかもしれない。

「吐き出しただけでもってことは、その他にも何かあったわけだ」

「ふふ。あなたは鋭いですね。『見えて』いてもいなくても、あまり関係なさそうです」

「人の言動に敏感なだけと言っておくよ」

「それは私も同じですよ。烏丸理沙さんが恋人だった昼守真也さんに好意を寄せていた理由を不意にこぼしたのですが、私がお手伝いしたのはそこからです」

 お手伝いか。ただ悩みを聞くだけは違うって? ご立派ご立派。

「烏丸理沙さんは、自分に自信を持てなかったようです。だから、私は烏丸理沙さんと話して、彼女の良いところをたくさん教えて差し上げたのです。それに多少の嘘が混じろうとも、烏丸理沙さんは喜んでいました」

 あー、何か彼女との電話で烏丸理沙が昼守真也に惚れていた理由を聞いた気がするな。あんまり覚えてないけど。しょこたんは烏丸理沙の気持ちがわかるとか言ってたっけ。

「要するに、烏丸理沙自身に自信をつけさせたわけだ」

「そういうことです」

「キミだって烏丸理沙のことはよく知らないはずだからね。嘘混じりっていうのはそういうことかい?」

「そうです。ほんの少しでも、彼女自身に思うところがあれば、そこを褒められれば自信になります。単純な言葉でも構いません。彼女にとっては、認められるということが重要なことでした」

 まあ、烏丸理沙を褒めて褒めて褒めちぎりまくったってことだろう。いろんなところを、水鏡杰が知らない事でも全部、何もかも。

「よくやるよ」

「見たところ、あなたはこういうことはなさっていないようですね」

「僕の何を『見た』というんだい?」

「まあ、お上手ですね。あなたには『見え』ませんよ。そして、あなたにも私の何かは『見えて』いない」

「不思議だねえ」

「そうですねえ」

「僕はとてもキミのようには考えられないよ」

「そうですか。しかし、あなたにも『見えて』いるのなら、私の気持ちが少しは理解できるのではありませんか?」

「僕がキミのように思えるのは、あの彼女に対してだけだよ。これが、僕とキミの決定的な違いかもしれないね」

 僕は校門を指差した。

 ちょうど、マイスイートハニー、うげえ、しょこたんが登校してきたところだった。

 さすがは僕の彼女で、校門を通り過ぎた時点で僕の存在に気付いて手を振ってきた。

 笑顔でぶんぶんと手を振り回す僕の彼女。朝から元気だねえ。

「あっ」

「あら」

 僕と水鏡杰が同時に声を上げる。

 しょこたんの『黒』が濃くなったのだ。

 振っていた手を途中で止めて、こちらを凝視して睨み付けていた。

 そして、元陸上部のスキルを使って猛スピードで走り出した。もにょたんBダッシュ。前を行く敵は自動的に道を明け渡していた。

「では、私はこれで」

「えっ! ちょっと待って! あれ絶対に誤解してるから!」

「そうですね。『見えて』いましたので」

「いや、落ち着いて帰ろうとしないできちんと彼女に説明してやって!」

「ほほ。ごめんあそばせ」

 去り際も優雅な水鏡杰だった。

 どうしよう。えっ、どうしよう。

 信用されてない。僕って全然信用されてないじゃん。

 水鏡杰が自分の教室に戻った直後、僕の教室に勢いよくマイスイートデビルしょこたんが登場した。というか、教室内をスルーして一直線にベランダに向かってきた。クラスメイトは目が点。目がテン。

 そして、そのままの勢いで僕に強烈な右ストレートをお見舞いして、しょこたんは「ぷんぷんぷーん!」とそのまま去って行った。

 昼休み、僕は彼女にやられた怪我で彼女にお見舞いされた。

 僕はクラスの笑い者、話題者になってしまった。

 放課後、えみりんから「別れたんですよね」と言われたので全力で否定した。

 ほっぺが痛くてはふはふだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ