僕と彼女 その1
僕と彼女は天童真弓を見送ったあと、住宅街にぽつんとたたずみ経営しているカフェに入った。周りに店らしい店もなく、隠れ家的なものと言われれば納得するようなたたずまいだった。
あれ、章タイトルが変わったのに話しが続いてる。まあ彼女に事件が終わったら話すと約束していたのだから、今日中に約束を果たしてしまおうとしているわけだ。
デパートのケーキ屋には人がたくさん集まるものだから、彼女が僕に気を遣ってこちらのカフェを選んだのだろう。お客は大人ばかりで、学生の姿はない。少しでも静かな方がいいと思っただけかもしれないけれど、前章の彼女の言い草からすると、彼女的には別にどこだってよかったんだと思う。
こういう場所に誰かと来るなんて初めてだった。もちろん、ひとりでも来たことはない。こんな、誰かと会話を楽しみながら嗜好品を食する場所は、僕には無縁のものだったから。この貴重な体験も彼女がいるからこそ起こり得たことではある。そういう意味でも、彼女に感謝しておこう。ああ、常日頃彼女には感謝している。だから、まだ少し恐れを抱いているところもあるけれど、約束を理由にして話してみようと思う。
「先に言っておくけれど、僕は人を殺したことなんてないよ」
「えっ?」
「殺しかけたことはあるけど」
「あー……」
彼女はこの店の月替わりケーキを注文して、僕は飲み物だけを注文した。全て彼女が頼んでくれた。その注文が届く間持たせとして、僕はさしあたって自分の過去をひとつ話した。それを聞いた彼女はこめかみを押さえながら呻いた。
え、ダメだった? 全部話すつもりだったんだけど。
「だからさあ真黒くん。そうゆー重いことを言うわりには軽くてあっさりしてるんだよね」
彼女の『黒』にあまり変化はない。どうやらあっさりと話してしまった僕に呆れてしまっているようだった。そう衝撃的な過去ではあるまい。誰にでもそういう経験が一度や二度はあるはず。
「いやないよ」
「うわお。すっかり僕をお見通すことが当たり前になってきたね。わざわざ僕が話す必要なんてなさそうだ」
「今回は特別なのさあ。章タイトルが〝その1〟なんてなってる時点で特別でしょ。〝その2〟があるかわからないのにとりあえずつけちゃえって感じだし」
「今回はそういう感じなんだね。キミも特殊能力持ちの仲間入りってわけだ。ようこそ、僕らの世界へ」
「わっはっはー。もう使えないよ。充電期間が必要だからね。今度あなたの心を読めるのは十年後なんだぜぃ」
「プロポーズの言葉までは読まないで欲しいな」
「十年後! あたしはもっと早くてもいいけどなぁ」
「善処するよ。そしてやっぱり心配して損したと思うよ。キミに全部話そう」
「じゃあ聞かせて。さっきのは聞き流しておいてあげるから、まずは真黒くんの好きな色は?」
「黒」
「好きな食べ物は?」
「チョコレート」
「嫌いな食べ物は?」
「ホワイトチョコレート」
「好きな飲み物は?」
「ブラックコーヒー」
「わざとだね」
「うん。そうだよ」
「さっきカフェオレ頼んでたし。黒いのにこだわりがあるの? そして白が嫌いなの?」
「いやまあ、これは『黒』が関係している話しだからね。切り離すわけにはいかないかと」
「真面目に答えろよー」
「わかったよ。それなりに真面目に話すからそう腹を寝せないで」
「ご立腹だよ!」
そんな感じで彼女とのはふはふトークを楽しんでいると、注文していた品が運ばれてきた。彼女は律儀に店員さんにお礼を言っていた。僕は目の前に置かれた店で飲むドリンクというものに細やかな感動を覚えていたりしていた。シロップを注いで、かき混ぜて、ストローで一口飲む。
「すごい。こんなにおいしいカフェオレがあったなんて」
「大袈裟だなあ。でもそんなにおいしいの? あたしにもちょうだい?」
彼女はんっんっと口を突き出してせがむ。なんだか必死だったので、すぐにその意図を察してグラスを手元に隠した。
「そういうのは二十歳になってから」
「おっそいよ! それにこの前ちゅーしたじゃん!」
「し、して……ないよ?」
「したもん。あたしなんだかそのまま流されそうだったし。あらゆる角度からいろいろねちねち攻め立てられてぽわわーんってなっちゃったし」
「誤解を招くからやめなさい。僕のキャラ崩壊を狙うな。僕はそういうことしない」
「あたしはいつでもいいよ?」
「……そのうちね」
火照った顔面をカフェオレを飲んで冷ます。僕の彼女は満足そうに笑っていた。
「じゃあお戯れはこの辺にして」
「またまたお戯れを」
「この辺にして、真黒くんに見えてるものについて教えてもらおうかな」
「ああ、『黒』だね?」
「ううん、今日はピンク」
何の話しだ。彼女のトレードマークのヘアピンの色じゃないことはたしか。今日のヘアピンはバット。女子ソフトボール部に興味津々だ。多分違うけれど。
「お戯れはこの辺にして、僕に見えるのは『黒』なんだよ。ああごめん、僕が勝手に『黒』って言ってるだけで、黒っぽい何かだよ」
「多分キャミソールだね、それ」
「いい加減にしなさいもにょたん」
「だって出てくるの女の子ばっかりだもん。みんなあたしよりおっきい女の子ばっかりだもん」
「大人の事情だよ。察しておくれ」
察しておくれ。
「それで、黒っぽいものってなに?」
「僕にも何て言ったらいいのかわからないんだ。だから見たまんま『黒』って名付けたよ。なんだろうね、僕は人の中にそれが見えるんだ。影が人に重なってるって言えばいいのかな。どう言えばいいのか、本当にわからないんだけど」
「それって何なの?」
「まあ、それもはっきりとは言えないんだけど、その人が抱えてるストレスとか、悩みみたいなものの度合いかな。僕にはそれが『黒』として見えてしまうんだ。抱えてる問題が大きければ大きいほど、その『黒』が濃くなる」
「へぇ……」
「へーって、わかってないよね。当然だけど」
「どうして真黒くんにはそれが見えるの? あたしも見てみたい」
「オススメはできないよ。どうして僕に『黒』が見えるのかもわからないんだ。きっかけとしては、思い当たる節はあるんだけど」
「きっかけ?」
「まあそれが、僕の小さい頃の話しになるんだけどね」
「あ、そうなんだ。うん、ちょっと待ってね」
彼女はそう言うと、両手を広げて大きく深呼吸した。それが横を通るおばさんの邪魔になっていたのは言わなかった。僕の昔の話しを聞く気持ちを整えているのだと思う。本当にそんなに大したことじゃないのに。
そして彼女は、バットのヘアピンをこうもりのヘアピンに変えた。バットをかけているのだろうか。
「よし、いいよ」
何がいいのか皆目見当もつかなかったけれど、ようやく話しが進むのだから良しとしよ。反対から読んでもよしとしよ。良しとしよう。
お待たせしました。
「僕は親に虐待されてたんだ」
「はいストップ」
「何だい?」
「またあまりにも平然と言うから」
「まーまー、昔のことだから」
「真黒くんがそう言うなら……。続きをどうぞ」
「あ、ケーキ食べながらでもどうぞ」
「いやいや、今はちょっと真面目モードだから」
「そうかい。残念だね。キミがおいしそうに食べる姿を見るのは好きなのに」
「食べるよじゃあ!」
「うんうん。それでね、僕が物心ついたときから両親の人たちは不仲だったんだ。家の中では常に怒鳴り声や罵声が飛び交っていてね、初めは泣いてた僕だったけど、それが当たり前に感じてくると泣くこともやめた。両親の人たちが不仲だった理由は当時わからなかったし、今も知らない」
「……もぐもぐ」
食べてないなあ。
「手のかからない子供だったと思うなあ。児童施設に通わなかった、通わせてもらえなかった僕は、両親の人たちの喧嘩が始まると家を抜け出したんだ。あんまり覚えてないけど、狭いアパートだった気がするよ。抜け出したって言っても、玄関前で喧嘩が収まるのを待っていただけなんだけどね」
「……もぐ」
「父親の人、母親の人、そのどちらかの手を僕が煩わせてしまったら、あの人たちの罵声の矛先が僕に向くことは早い段階で学習していたからね。どちらかが家から飛び出してくる気配があれば、物陰に隠れてやり過ごした。上手な生き方というのを幼少期から実体験を経て学ばせてくれたのが僕の両親の人たちだったよ」
「……ずずず」
「物もねだらないで、食事は用意されたものを黙って食べてたかな。味付けはそっけなかったなあ。自分で調味料を取りに行ったら殴られてね、それからそんな愚行はやめたよ」
「……おいしいよ、これ」
「ありがとう。あとでいただくよ。楽しみなんてまるでなかったなあ。両親の人たちがそんな感じだったからご近所付き合いも良好と呼べるものとは程遠くて、僕にも友達と呼べる子供はいなかったよ」
「……今は彼女がいるよ」
「人生何があるかわからないねえ。飛び交う罵声に慣れてきてからは、ぼぅっとテレビを眺める毎日だったかな。思えば、僕の育ての親はテレビのアナウンサーだったかもね。文字と言葉はテレビで覚えたようなものだし、自分の名前だっていつの間にか書けるようになってた気がするよ」
「……好きだったテレビ番組は?」
「特にないかな。家を抜け出して公園に行くと、仲良く遊ぶ親子を見かけることがあったんだ。僕には不思議でたまらなかったよ。普通はそういうものだと教えてくれたのは児童相談所の職員だったよ。あまりにも見かねてか、騒音が迷惑だったのか、どこかのご近所さんが連絡したみたいでね」
「……きっと助けようとしてくれたんだよ」
「どうだろうね。児童相談所の職員が訪ねてきて、しばらくは平穏の日々だったよ。多少のいざこざはあったにしろ、両親の人たちは僕のことを気にかけるようになったからね。両親の人たちと触れ合う機会が多くなって、僕は毎日怒鳴られるようになったよ。それでも暴力を振るわれなかったのは確実に改善の兆しだったね」
「……そうなのかな」
「僕にとってはそうだったかな。親の人に何を言って、何をすれば怒鳴られるのか、僕は毎日ふたりの顔色を窺いながら過ごしていたよ。そして僕は両親の人たちの機嫌を敏感に感じ取れるようになったんだ」
「……えっと、もしかして」
「そうだね。僕に『黒』が見えるようになったきっかけとして思い浮かぶのは、これくらいかな。この頃から、僕に『黒』が見えるようになっていったんだ。もしかしたら見えているのは僕の気のせいかもしれないけれど、確かに見えるんだよね」
僕の過去の話しという点では、まだ続きがある。
しょこたんはお戯れの時間も終わってしまったようで、真面目に僕の話しを聞いていた。寂しいなあ。僕としては、あまり真剣に語りたくないというのが本音にはあるのだけど。あの時の気持ちまで、思い出しそうになってしまうから。
「初めは何がなんだかわからなくて、両親の人たちに尋ねるとわけのわからないことを言うなと怒鳴られたよ。何度か『黒』のことを聞いて、それが僕にしか見えないとわかったのは、父親の人の『黒』が真っ黒になってからだったよ」
「……不思議な話し」
「まあね。それから僕は両親の人たちの観察を始めたんだ。絶えず変化している『黒』に僕は興味を惹かれていったんだ。父親の人が家を出るのを見送ると、父親の人の『黒』が薄れて、それからしばらくすると母親の人の『黒』が薄れてた。父親の人が帰ってくる時間が近付くと、母親の人の『黒』がだんだんと色濃くなってくるんだ。そんなことから、僕は『黒』を理解し始めていたよ」
「……ストレス」
「そうだね。どうして僕にしか見えないのかは考えなかったよ。当時の僕は、これは利用できるものだとしか思ってなかったから。『黒』の見え方によっては距離を置いたりして、僕は自分に向けられる怒声をうまく回避してきたんだ」
「……そうだったんだ。でも……」
「そう、何かがあったわけだ。父親の人の『黒』が出かける時も帰ってきてからも変化がなかった日、虫の居所が悪かったんだろうね、その日は徹底して僕に怒声を浴びせてきたよ。何を言われているのか理解できなかったから、僕は黙って聞いていただけだった。僕にとっては普段となんら変わらない一日を過ごしてきたはずだったんだけどね。そんな僕に、ついには父親の人の暴力が及んでしまってね」
「…………」
「黙っているのが気に食わないって顔を殴られて、目つきが気に入らないと腹を蹴り上げられて、顔が気に入らないと投げ飛ばされて、気味が悪いって髪を掴まれて振り回されて、何で生まれてきたんだと頭を殴られた」
「……そんな……」
「僕の命をかろうじて救ったのは母親の人だったよ。さすがに見ていられなかったのかもね。でも、父親の人はそれが気に食わなかったらしくて、母親の人に手を出したよ。いつものように喧嘩になって、怒鳴り合いが殴り合いになって、そうなればやっぱり父親の人が強かったから、母親の人は泣いて謝ってたよ。それでも父親の人は殴り続けていたけどね。その時に僕がどうしたと思う?」
「……さっき聞いたこと?」
「大正解。意識朦朧とする中で、台所に包丁を取りに行ってたんだ。母親の人を守ろうとかそんなことを思ってたわけじゃないよ。僕は怒って、殺してやろうと思ってたんだ。そのまま父親の人の背中に包丁を突き刺したよ。ロクに手入れもされていない包丁で、それもひん死の子供の力だったから、致命傷には至らなかったけどね。父親の人が睨み返してきて、僕は殴られまいと父親の人の背中に何度も包丁を突き刺したよ。そして、父親の人の命を救ったのも母親の人だった。その日に僕が覚えているのはそこまでだよ。警察と救急車を呼んだのはご近所さんだった」
ここまで話して、彼女はどんな顔をするのだろうと思っていた。かつては、人を殺そうとも思った人間が目の前にいるのだから、それはおぞましいものでも見る目をしているのかとも思った。
僕の彼女に限って、そんなことはないだろうと思いながらも。だから話しているのだから。
彼女は涙を浮かべていた。
こんな面白くもなんともない話し、本当は聞かせたくなかったけれど、これが僕と彼女のつながりになるのならば、話すべきだったのかもと思っていたりした。
「感動した?」
「違うよ。真黒くん、どうしてそんな……」
「まあ、過去に何があったとしても、僕は生きてここにいることだし。同じ境遇の人たちからすれば恵まれてる方だと思うよ」
「それでも……!」
「……父親の人は警察に捕まって、母親の人はしばらくして精神病院に入院したよ。それから僕は施設に預けられて、ようやく人並みに近い生活を送れたわけだけど、大人には素直になれなかったよ。それは虐待のこととかがあったからじゃなくて、僕に見えなくてもいいものが見えていたからなんだ。こんなひねくれた性格になってしまったのも、『黒』のおかげだよ」
「真黒くんは、優しいよ……」
「そう思ってくれるのは素直にありがたいと思うよ。でも、実はここまではお涙ちょうだいの話しだったんだけど、ここから先は、キミを信用していたとしても、僕のことを嫌いになるかもしれないと思ってるんだ」
彼女に、大空翔子に近づいた理由を、これから話そう。
軽蔑するだろうか。それとも許してくれるだろうか。いくら彼女が僕のことを好きだと言ってくれているとしても、そのきっかけは、誤解が生んだ好意だったのだから。騙していたと言われても仕方がないことだと思っている。
それでも僕は彼女に本当のことを、『黒』のことを話すのだ。
これは儀式だ。
僕が彼女に受け入れてもらうための、そのためのレクリエーションなのだ。
そういう感じで、僕は僕らしく。
行きまっしょ。
「キミが屋上から飛び降りようと決めた頃かな」
「えっ?」
「その頃から、僕はキミの中にとても濃い『黒』を見ていたんだ。わかるかな。キミが以前言ったように、僕はキミが何かに悩んでいることに気付いて、キミに近づいた」
「あたしを助けてくれようと……」
「悪いけれど、何度も言っていたように、本当にそれは違うんだ。僕は、人の『黒』を覗き見て楽しむ趣味があったんだ。色濃い『黒』を見つければ、その原因が何なのかを探るのが趣味だったんだ。悩みとかストレスの原因はあまり人には話さないものだからね。それを暴いて僕だけが秘密を知っているという優越感に浸りたかったんだ。言ってみれば、心を覗く覗き魔なんだよ、僕は。最低底辺変態だろ? 僕はキミと話して、それとなく『黒』の原因を探ろうと思っただけだったんだ」
「あたしの『黒』って……」
「あの時の『黒』はキミが本音と建前の狭間で悩んでいたこと。それがキミのストレスだった。飛び降りようと思っていたことが、『黒』の大きな原因だったと思うけれど。キミが飛び降りた前と後では『黒』がだいぶ変わっていたからね。僕がキミと初めて話した時はね、僕にはキミの姿が真っ黒に見えていたんだよ。最初はあの大会がプレッシャーになってるんだと思ってたけど」
「だから、あたしのことを黒って言ってたんだ。あの鶴も」
「そう、皮肉のつもりだったんだよ」
「ひどい……」
「だからね、僕は悪い人間なんだ。えみりんのことも、『黒』が濃かったからキミに調べてもらったんだよ」
「えっ。えみりんの『黒』って?」
「それは秘密だよ。僕だけが知っているというところに意味があるんだ。まあ、キミはあの場にいたから察しはつくと思うけれど」
「えっと、わかんない」
「あー……まぁキミだからね」
「なにそれ」
「内緒だよ」
「つまり真黒くんは、人が嫌だなって思ってることが、その『黒』でわかっちゃうってこと?」
「その原因はわからないよ。何かしら悩んでいること、そしてその度合いがわかるんだ。それを探るのが僕の趣味だったという話しだよ。キミに近づいたのも、キミの悩みを知りたいがためだった。本当にそれだけだったんだ」
「……そうなんだ」
「昼守真也の件だけど、僕が天童真弓を疑ったのもあの人の『黒』が濃かったからなんだ。昼守星美もね」
「真黒くんに嘘が通用しないのも……」
「そう。嘘を後ろめたいと感じているから『黒』が濃くなる。僕はそれを見て判断しているだけだよ。相手が嫌だと思ってることもわかったりするんだ。だから、僕は人と話すのが苦手なんだよ。相手の本音が見えたりするからね。疲れるんだ。特に、自分に向けられる『黒』は堪える。それは、昔のことがあったからかもしれないけれど。これでも、随分とマシになった方だよ」
「そっか……」
彼女はそっけなく言いながら、ケーキを一口頬張った。
このタイミングでケーキを食べるのか。やはりどうにもしょこたんなんだな。
「それで?」
「え?」
彼女はまたフォークを置いて、どことなく冷めた目つきで僕を見つめる。
「それで終わり?」
「あ、ああ、うん。大体こんな感じかな。だからそうだね、僕はキミのことが好きだけれど、僕が本当はこういう人間だってことを知って、キミは幻滅するかもなって。その、やっぱりキミを助けようとは思ってなかったわけだし。僕がキミを助けようと思ってたと勘違いしていたから、僕に好意を抱いてくれていたんだろう?」
「そうだよ」
「あ、やっぱり」
本人の口から聞くと少しショックだなあ。これは、ダメかも。
嫌われたかも。
「真黒くんさあ……」
「あ、はい……」
「人の『黒』を覗くのが趣味だと言っておいて、あたしの『黒』はちゃんと見てる?」
「えーっと、普通かな」
「そういうことだよ」
「え?」
「真黒くんには言わなくてもわかるんでしょ? そういうこと。あたしは別になんとも思ってない。あなたの小さい頃の話しを聞いたあとのあたしの『黒』は?」
「濃かった」
「そういうこと」
「そういうことか」
「そうだよ」
「キミは僕のことを過大評価し過ぎじゃないのかい? それとも彼氏補正かかってないかい?」
「……彼氏補正はもちろんかかってる。あたしの今の『黒』はどう?」
「濃くなりました」
「つまり?」
「怒ってると?」
「うん」
……なんだこれ。
「…………ははっ……あははははっ!」
「……ふふっ…………あははっ」
ははっ、なんだこれ! 全然意味がわからない!
「ねえ真黒くん。彼氏が自分のことをわかってくれるのって素敵だと思わない? あなたはあたしの嫌だってことを全部わかってくれるの。あたしってあなたといるとずっと笑っていられるってことだと思うの」
「すごい。すごいよキミは。僕はそんなふうに『黒』のことを考えたことなんてなかった。そうか。そうだったんだ」
「それにね真黒くん。あたしがこんなこと思うのも、あなたがあたしに嫌なことはしないと思ってるからなんだよ。あなたは誰よりも先に病室に来てくれた。あなたはえみりんを怒ってくれた。あなたはこの前の事件に関わった人を助けたの。あなたはね、優しいの」
「キミが嘘をついていないのがわかるよ」
「あなたに嘘はつかない。嘘はつけない」
「そう!」
「あははっ!」
「あーっはははっ!」
バカップル万歳。
僕の彼女は『黒』を肯定してくれた。普通ならそんなことあるはずがない。お互いがお互いに都合の良いように考えているから笑い合えるのだ。
多くの人が僕のことを気持ち悪いとか気味が悪いとか思うはずだ。
でも僕の彼女は違う。
僕の彼女だから僕を受け入れてくれる。
わーっ、しょこたんラブ! しょこたん大好き!
「これは、運命だよ」
「運命? なんか照れちゃうなーそこまで言われると」
「だって、僕に『黒』が見えなかったら、僕がキミに話しかけることなんてなかったはずなんだよ。運命としか言いようがないよ。僕はキミに出会うために『黒』が見えるようになったんだ」
「知ってる真黒くん? 小説って偶然じゃ成り立たないんだよ?」
「ぶち壊しだ! 僕のおぞましいほどの甘い台詞を返してくれ!」
「忘れてたけど今回こういう感じだから、こういうのであたしたちはちょうどいいの」
「暗い話し続きになるからと思って勢い余って自棄になってるんだね」
「そーそー。あ、真黒くん。そうそう。そーそーそーだった」
そうそう。
で、ちゅーされた。
「な、なななっ!?」
しょこたんは立ち上がって、勢い余ってちゅーしてきた。そのあとは、仏頂面で赤面しまくりで僕を睨み付けた。
それで一つ咳払いをして、優しく微笑む。
「あなたの過去のこと、忘れさせてあげるなんて言えない。あたしはたくさんわがまま言うと思うし、あたしのことがわかる真黒くんには嫌な思いもさせるかもしれない。あたしは真黒くんが好きだよ。あなたのことを好きだと言う女の子がここにいることを忘れないでね」
彼女は、多分僕が言って欲しいと思っていることを全て言ってしまった。
「急に真面目モードはずるいよ」
「照れ隠しと受け取っておくね」
「キミも僕のことを大概わかってるから、いつでもお互い様だね」
「いえーい、お互いサマー」
「秋だけど」
「おーたむがいさまー」
「キミといると飽きないよ」
「あたしも楽しいよ」
「じゃあそういうことで」
「そういうことで」
「〝その2〟に続きます」
「いつかわかんないけどねー」
次は濃いの故意の恋の三角関係に続きます。
多分、いずれまた。
それじゃあ僕は彼女とはふはふデートを楽しんで帰るので、覗かないように。
さようならまた逢う日まで。
以上、僕がお送りしましたー。




