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まっくろまくろなましろくん  作者: しゃーむ
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大空翔子 Ⅱ

 僕の通う高校は一年の教室が三階、二年の教室が二階、三年の教室が一階に位置している。僕は二年なので二階の教室で、それも一番端の教室だ。ベランダに出ると校門が見えて、登校してくる生徒が見渡せる位置にある。

 僕の趣味、というか、朝の習慣なのがこのベランダから登校してくる生徒を眺めることである。一年の時は反対側の教室だったので校門を眺めることはできなかった。

 今日も朝から暑い中、僕は朝の習慣を慣行していた。昇級してきたばかりの頃は他のクラスメイトがこのベランダで談笑していたものだけれど、暑くなってきてからは外に出ようとするクラスメイトはいなかった。僕に近寄りたくないだけかもしれないけれど。

 最初の頃は僕に話しかけてくるクラスメイトもいたけれど、今、この夏が始まった頃にはもう誰も僕に話しかけてくるクラスメイトはいなくなっていた。そうなってしまった原因としては、僕の受け答えがあまりに淡泊だったからに違いない。自分から話しかけることはないし、何かを聞かれても特に何も答えなかった。気味悪く思われても仕方がない。

 僕に『黒』が見えなかったのなら、もしかするとこんな僕だって友達に囲まれていたのかもしれないけれど、見えてしまうものはどうしようもないのだ。見たくなくても、見えてしまうのだから。

 登校してくる生徒は『黒』の色が濃い。特にこの時期は暑いから、けだるさが増しているのだろう。

 僕に見えてしまう『黒』。

 それを説明しようと思ってもうまく言葉にすることはできない。どうして僕に『黒』が見えてしまうのかもわからない。見えるようになったきっかけといえば思い当たる節はあるのだけれど、原因が何かと問われれば僕はそれに答えることができない。

 僕は人の中に『黒』が見えるのだ。影と言ってもいいのかもしれない。

 その『黒』が何なのか、僕もはっきりとわからない。『黒』が見えるようになって僕が人と接する中で考えてきたことは、おそらくは、『黒』はその人が抱えているストレスの度合いのようなもの、ということだった。

 体の中心付近が発生源だ。『黒』が小さい人は体の中心に、小さなブラックホールのように見える。大きくなれば体全体を覆ってしまうような人もいる。そして、『黒』の濃さがそのストレスの強さを表している、と僕は考えている。

 たとえば、小さくても色が濃い人はひとつの強いストレス、悩みを抱えている。大きくても色が薄い人は、悩みはたくさんあるけれど、大して気にするほどのものでもない、といった具合だ。

 しかしこれはあくまでも、僕の憶測にしか過ぎないのだけれど。

 そしてそれは、常時変化している。見ていてこれほど面白いものはない。たとえば授業中に宿題が出されたとすると、クラスメイトの『黒』は色を濃くする。嫌われている教師の授業中はみんなの『黒』は濃さを増す。しかしこれは人それぞれだ。特に色が濃くなった奴はよほどその教師が嫌いなのだろう、と予想することができる。クラスメイト同士が話していて、お互いに満面の笑みだけれど、片方の『黒』が濃いならば本音では話していないのだろう、とか。

 そうなのだ。この『黒』が見えるということは、相手の本音がある程度わかってしまうということなのだ。

 わかってしまうものだから、話すのが嫌になる。嫌々話しているのがわかるから。こちらだって話題に気を遣う。相手が頷いていても本音では違うことを僕はわかってしまうのだから。考えようによっては便利だとも言える。相手が何をしたいだとかどこに行きたいだとかわかってしまうのだから。いくつか候補を挙げてやれば『黒』の濃さでわかってしまうのだから。

 ただ僕は、それに疲れてしまっている。僕に『黒』が見えるようになったのは幼少の頃からだった。それ以来ずっと、僕は相手の隠している本音のようなものが見えてしまうのだ。幼少期はまだよかった。周りのみんなはみんなわがままで、本音なんてまるで隠そうともしなかったから。周りの大人は『黒』ばかりだったけれども。

 中学に入る前くらいだったろうか。相手が気を遣っていることに気を遣って、疲れる。相手が嘘をついていることがわかって、疲れる。そんなことを思い始めたのは。その頃から僕は友達と、人と話すことに疲れていったのだ。

 だけど、他人事ならば、さっきも言った通りこれほど面白いことはない。あいつ苦労してるなとか、あいつかわいそうにとか、そんなことを思いながら僕は周りの人間を見ている。

 そして、そいつのストレスの原因を探るのが密かな楽しみだった。

 こうやって全校生徒の登校風景を眺めていると、昨日までそれほど『黒』を抱えていなかった奴が、突然大きな『黒』を抱えてやってくることがある。何かがあったのだ。

 僕は、そういう奴に限って話しかける。自分から接点を得ようとする。そいつが何をしている奴で、どういう奴が知ることで、どんな悩みを抱えているのか想像したりして、それを他の奴らが知らずに僕だけがわかっているような気分になり、満足するのだ。

 趣味が悪い。

 悪い、趣味だ。

 だから僕は、自分がひねくれていると思う。

 そこで、話は大空翔子のことになる。

 ちょうど、彼女が登校してきた。

 成績優秀で陸上部のエースで、容姿端麗。全てを持っているような、俗に言うリア充だ。人あたりまでもいいときたら、誰でもそんな印象を受けていることだろう。

 全てが充実している、悩みなどとは無縁とも思える大空翔子は、しかしながら僕から見ると真っ黒だったのである。全身が『黒』で包まれていた。まるで影が動いているかのようにも見えた。『黒』の象徴であるかのような彼女、大空翔子だったのだ。

 まあそれでも、昨日僕を馬鹿にして、馬鹿にしまくったのが効果覿面だったのか、今朝の登校の様子を見ると、幾分か『黒』が薄らいでいた。

 大空翔子の『黒』がこれほど顕著に現れてきたのは初夏の頃からだった。その当時とは言わず、一年の頃から彼女は有名だったので、初夏の頃には僕はもちろん彼女のことを知っていた。とは言っても、陸上部のエースで成績優秀というくらいだったけれども。

 彼女の『黒』が膨らんできた原因でまず僕が思い浮かべたのが、この夏にある大会のことだった。記憶が定かではなかったので、職員室に足を運んで調べた結果、彼女の去年の夏季大会の成績は二位だったのだ。今年こそは、と誰もが期待の言葉を彼女に投げかけていたのだろうと、それが彼女にとってプレッシャーになっているのだろうと、僕は想像していた。

 僕のその想像通りに、夏季大会が近付くにつれて彼女の『黒』はいっそう膨らんで、色濃くなっていった。

 それだけならば、僕も期待されるのも苦労するよなあなどと思うだけだったかもしれない。でも彼女――大空翔子の『黒』の濃さが尋常ではなくなってきたのだ。

 周りの人間の『黒』と比較してみると、周りの人間がただの『黒』というのに対し、大空翔子の『黒』は、漆黒。まるで闇のようだった。僕から見れば、本当に、表情がわからなくなるくらいの『黒』を宿していた。

 それが僕の興味を惹き、彼女と対面させるに至ったのだ。

 いざ彼女と話してみると、何てことはなかった。

 ただ、僕のような人間には想像もできない悩みを抱えているようだった。

 その大空翔子は、今日も明るく笑っていた。

 完璧な笑顔だった。

 完璧すぎる笑顔だった。

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