昼守真也 Ⅸ
「まずは、どこから話せばいいのか。キミに理解してもらいたいので、きちんと順を追って話していかねばなるまい」
「あまり時間をかけたくない? そう言うな。そうだな、まずは私とあいつ――昼守星美との関係から話していこうか」
「あいつの兄の真也もそうだが、私とあの兄妹は親戚同士ということは承知のことだな」
「兄の方は昔から物言いなどがいけ好かない奴だったが、妹の星美は女同士ということもあっただろうが、私と仲が良かった」
「真也の方とはあまり話さなかったが、星美とは今でも学校で話して休日も会ったりしている」
「まあ私の方が二つ年上だったからな、頼られることも多かったが、私はそれを可愛く思っていた。いろんな相談事にも乗ってやったさ」
「星美が学校を休みがちだということは知っているか?」
「そうか。もう調べはついているのだな」
「キミの力じゃないのか。まあそれはいいだろう」
「星美は学校へ来ても、ほとんどを保健室で過ごしているのだ」
「……病弱か。星美は喘息を患ってはいるが、それくらいであとは健康体だよ。体が弱いというのは表向きの理由なのだ」
「いじめか? 昔は多少そのようなこともあったらしいが」
「星美は、人との距離を測るのが苦手なのだ。人見知りという度合いではない。人と接することを怖がっていると言ったらわかるか?」
「面白いことを言うな。キミにそんな臆病さは微塵も感じられん」
「彼女のおかげだと? 今はキミののろけ話しを聞いている場合ではないのだ。慎め」
「それでだ、星美がそうなってしまったのは、私のせいでもあるのだが」
「甘やかしすぎた」
「何か問題があれば私のところへ来て、私はそれを解決した。ねじふせたと言ってもいい」
「全部だ。星美の悩みは私が全て解決してきた。大袈裟かもしれないが、あいつは私がいないと自分ひとりでは何もできないかもしれない」
「だがそれは、今までは、と一言付け加えなければならない」
「ああ、そうだ。星美は私の知らないところで悩み、一人でそれを解決しようとした」
「悔やんでも悔やみきれない」
「星美から話しを聞いて、私は自分を責めた。どうして気付いてやれなかったのだ。どうして止めてやれなかったのだ。私は、星美のことなら何でもわかると思っていたのに」
「だから私が……か」
「そうだな。今回の落とし前は私がつけなければならないと思っていた。我ながら馬鹿なことだとは思っているよ。保護者気取りも甚だしい限りだ。私がキミに自分が犯人だと言ったのも、星美から注意をそらしたかったからだ」
「私はつまらない人間だ。他人には厳しすぎるようなことを言っていても、自分が可愛いと思っている奴には甘すぎた」
「守っていたからだと?」
「そうではない。守っていたのではない。私は自分に寄ってくる星美にただ餌を与えていただけだ。自分だけを頼ってくれればいいと、ただ甘えさせたかっただけなんだ。私が甘えてくるように仕向けていたのだ。私は星美を独り占めしようとしていた、卑しい人間なのだ……!」
「……すまない。私自身のつまらない話しを聞かせてしまった。こういったことは人に話したことがなくてな、少し感情的になった。許してもらいたい」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「だが、私が星美に、星美が私に執着していた話しはちゃんと今回の件に繋がる」
「さて、あの兄妹についてなのだが……」
「実を言えば、このことを聞かされたのは、星美がすでに兄を殺害してしまったあとだった。事後報告を受けてしまったのだが、事件の前に聞いていれば、私は本当に真也を殺していたかもしれない。殺さずとも、体の自由を奪ってやるほどには痛めつけただろう」
「大方予想はつくか? そうだろうな」
「やはり、私の口からはあまり言いたくないのだが……」
「……わかっている。私はキミを説得したいと思っているのだから」
「…………………………あいつは、星美は、実の兄に性的虐待を受けていた」
「およそ一年前くらいから続けられていたようだ」
「初めは単なる暴力の八つ当たりだったのだが」
「真也は親の期待を真っ向から受けていてな。逆に星美は親からもほとんど見放されていた状態だった。真也はそれが羨ましかったのだ。そう星美からは聞いた」
「真也は気に入らないことがあると星美に手をあげた。それがエスカレートしてきて、ついには実の妹の貞操を奪ったのだ」
「星美は何よりも苦痛だったと言っていた。それを一年も繰り返されたのだ」
「それは私にも相談できなかったと言った。報復が怖かったのだと。次第に、より何事もなく済ませられるよう、星美は楽しんでいる演技まで続けたと言っていた。心の中では泣きながら、そう演じざるを得なかった」
「真也は人間のクズだと言った理由がわかるだろう。奴はただ鬱憤のはけ口として妹の身体を弄び続けた。それに愛があるのなら少しでも救われよう。だが奴にそんなものはなかった。ただの暴力だ」
「おかしいと思う時はいつでもあった。しかし私は星美の言葉を鵜呑みにしてしまっていた」
「高校に入って、星美は真也の帰りを校門で待つようになった」
「ああ、これは知っているのか。まあ、そうだろうな」
「同じ家に住んでいるのだし、そのこと自体は別におかしいことではないだろう」
「家では勉強を見てもらったりしていると聞いていたから、兄妹仲は悪くはないものだと思っていた」
「だが、私が一緒に帰ろうと誘っても、星美は真也と一緒に帰ると言って聞かなかったのだ。自惚れでもなんでもなく、星美が私の誘いを断ることなんてないと思っていたのだがな」
「釈然としないまでも、仕方がないと思っていたよ。しかしもっと疑うべきだった」
「わかるだろう? あの兄妹の帰り道に何が行われていたか」
「私が星美に聞いていたのは、家族に頼まれた買い物や、この図書館で勉強を教えてもらっているといった内容だった」
「気付くのは無理だと?」
「そんなことはない。星美が無理をしていると思った時は何度もあった。だが私は、星美が何も相談して来ないのなら何事もないと思っていたのだ。悪い意味で信頼していた」
「星美が真也を殺したあの路地裏は、帰り道によく立ち寄った場所らしい」
「怪我の功名だ。星美が奴との関係を楽しむ演技をしていたおかげで、真也は疑うことなくあの場所にのこのこと現れた。夜中に外に出ると怪しまれるから、犯行はあの時間だった。ほとんど誰も通らないこともわかっていたらしい。あの子には、それで嫌な思いをさせてしまったようだが」
「ん? あの海賀絵美という子はキミの友人だったのか。それはすまなかった」
「いや、あの子が星美を見ていたとしても、キミたちに対してと同じことをしていたと思うよ、私は」
「私が失敗したのは、呼び出した方法を星美に聞いていなかったことだな」
「それでもキミにはわかったって? 不思議だな、キミは」
「真也との関係が星美の犯行動機ということで間違いないか? 間違いではないが、決定的なことは別にある。殺すつもりなら、とっくに殺していただろう」
「キミは、知っているか? 最近、星美を気にしている男子がいるのだが」
「見たことはあるか。さすがと言おう」
「彼は良い奴だよ。彼は甲斐甲斐しくも星美がいる保健室に何度も足を運んでいてな、星美が保健室にばかりいるのを気にしていたそうだが、気にしているうちに、星美に惚れてしまったそうだ」
「本人は儚さが良いと言っていたが」
「ああ、直接話したことはある。私が星美を付け狙う男相手に黙っているはずがなかろう。呼び出して星美に構う理由を聞いたのだ」
「いろいろと尋ねたが、真剣に星美のことを思って、好いているようだった。それで星美にも尋ねたら、まんざらでもなさそうだったな」
「それは嬉しくもあり、寂しくもあったさ。だが、私以外に星美が心を開くことなどなかったからな、応援してやったよ」
「それが間違いだったのか。いや、そもそも間違っていたのは私自身だからな」
「星美も真剣にその男のことを想い始めた。だが……まあ言わなくてもわかるだろう」
「星美は自分の思いを伝えることはなかった。自分を気にかけてくれる男子がいるということで満足することにしたのだ」
「だがな、キミがその男子のことを知っていると言ったように、真也も知ってしまっていた」
「そこで真也は、その男子に近づくなと星美に言ったのだ。しかし星美はそれだけは受け入れられなかった。真也とこれまで通りの関係も続け、学校以外では会ったりはしないと訴えたらしいが、それを真也は星美の反抗だと捉えた」
「星美が真也を殺して、奪い取ったものがあるな?」
「奴の携帯だ。そこには行為の最中の画像データが入っている。それをその男子に見せると脅されたのだ」
「それが星美にとって決定的な動機になった」
「キミは計画的だと言ったが、星美は焦っていたのだ。携帯を何とかして奪うよりも、一刻も早く奴を殺してしまわなければならないと思わされた。星美が真也を殺したのは脅された翌日だよ」
「星美は悪くないんだ。悪いのは奴なんだ」
「そう思っただろう?」
「だからどうか、星美を助けてやってほしい」
「ずっと星美の面倒を見てきた私にも責任はある。万が一の時は私が名乗り出る。だからその時まで、そっとしておいてはくれないだろうか」
悪いのは昼守真也だ。
殺されても文句が言えないと、天童真弓が言っていたように、僕も正直にそう思った。
天童真弓は責任感の強い、自己犠牲も厭わない、芯の通った人間なのだろう。
悪い人間がいたから良い人間が手を汚すことになってしまった。そうせざるを得なくなってしまった。そんなことはおかしいと、天童真弓は言っている。だから助けてくれと懇願している。
「天童先輩。それでも僕は――」
言いかけた言葉を喉奥に押し込んで、僕の彼女と烏丸理沙を見やる。
僕の彼女は心配そうに、烏丸理沙はじれったそうにこちらを見ていた。
僕が結論付ける前に、二人にも事情は把握してもらいたいと思った。
僕はまず、烏丸理沙をこちらに呼んだ。
そして、僕は天童真弓から聞いた話しを、烏丸理沙にかいつまんで話した。話す理由を天童真弓に説明すると、どうにか納得してくれた。
「そ、そんなこと……。真也がそんなこと……」
烏丸理沙も昼守真也が女遊びをしていたことは知っている。それでも、実の妹に手を出して、あげくに卑劣な脅迫までしていたことを知って、途方に暮れるようにうなだれた。
「昼守真也さんを殺したのは、彼からそんな虐待を受けていた星美さんです。あなたはどうするんですか?」
「……相手が真也の妹だって許せないわよ。……許せないけど……アタシには…………無理よ……」
「その言葉を聞けて安心しました。僕はこの傷のことを他の誰にも言いませんから」
「…………」
これで、烏丸理沙に対する僕の彼女の心配もなくなるだろう。
さて、あとは……。
僕は残された彼女を呼んだ。
そして、犯人が昼守真也の妹だったことを告げた。動機は虐待に耐えられなくなったからとだけ話した。その内容までは伝えたくなかった。
「そんな……」
僕の彼女は目を伏せる。それが殺してしまったのがうちの生徒で、被害者の実の妹だったからなのか、昼守星美が受けていた虐待のことを聞いたからなのかはわからない。あるいはそのどちらも悲しんでいるのかもしれない。
「もにょたん。スマホを貸してくれないかな」
「……ダメ」
僕が何をしようとしているのかに気付いて顔をそむける。
でも、僕にはそうすることしかできないのだ。
「頼むよ」
「…………」
彼女だって、わかっているのだ。わからないけれど、わかっている。僕たちがどうしてこの場にいるのか、どうしなければならないのか。
彼女はスマホを操作して、無言で僕に差し出した。
画面には『清水寺花帆』と表示されている。
僕は、そのまま画面に触れた。
コールが五回。
「真黒です。先日お話ししていた、昼守真也の事件についてなんですけど――」




