表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まっくろまくろなましろくん  作者: しゃーむ
PR
26/42

昼守真也 Ⅶ

『そんなわけだから、烏丸先輩は犯人じゃないよ』

「ああ……」

 自分で見聞きしていないことだから実感が沸かないというか、にわかには信じられないことだった。だけど、彼女が僕に嘘をつくことなんてないし、嘘をつく理由もないだろうから、僕は彼女の話しをただ納得することしかできなかった。

 彼女の腕の中で目を覚ました僕は、彼女からお叱りの一撃を脳天に喰らい、その場で彼女と別れた。至る所に血がついていたし、何があったのかその場で聞いたけれど、まずはゆっくり休むようにと言われ、自室に着いて落ち着いたところで彼女に電話をしたのだ。

 僕が覚えていたのは、烏丸理沙と話していたところまでだった。まずは自己紹介を兼ねて軽い雑談でもしていたところだったと思うけれど、昼守真也の名前を出した途端、烏丸理沙の様子が、『黒』が豹変した。ただ濃かっただけの『黒』が、どす黒く、まがまがしく変化したのだ。ありったけの憎しみをぶつけられた気がした。烏丸理沙の『黒』は気持ちの不安定さを表すように、うねるように変化し続けた。

 僕はまずその事態に驚き、戸惑い、僕自身が混乱の渦に飲み込まれていった。その先はよく覚えていない。烏丸理沙の『黒』が僕の中に入り込んできたような感覚に陥り、目の前を『黒』に覆い尽くされて、僕の意識は途絶えた。初めてのことだったので、何が起きたのかもいまだ理解できていない。

 烏丸理沙の『黒』に当てられたと言えばいいのか。瘴気に触れたようなものだろうか。烏丸理沙の『黒』は僕にとって『毒』だったのかもしれない。

「キミの話しを聞く限りでは、烏丸理沙は犯人とは思えないけれど、危ないね」

『うん。だからあたしたちが烏丸先輩よりも先に犯人見つけてあの人に教えないと』

 あの人というのはもちろん清水寺さんのことだ。今すぐにでも烏丸理沙を拘束して欲しいけれど、実害があったわけではないので警察も動いてはくれないだろう。血で汚れていた制服のクリーニング代くらいはもらいたいけれど。

「わかったよ。じゃあ烏丸理沙も犯人捜しをしていると思っていた方がいいね。あの人がなりふり構わなくなってくる前に犯人を見つけよう」

『うん。じゃあ次は……』

「天童真弓だね。もし彼女が犯人じゃなかったら、僕たちの探偵ごっこもふりだしに戻るよ。というか、もう無理だとあの刑事さんに言った方がいい」

『あたしは……そうなるように願っておくよ』

「そうだね。天童真弓が違ったなら、もうやめよう。そして烏丸理沙には関わらないようにするんだ」

『え、でも……』

「あの人には気の毒だけど、僕たちにできることなんてないよ。犯人がわからないんなら、あの人だって諦めるしかなくなるんだし」

『真黒くん……』

「……悪いけど、正直に言って、僕は烏丸理沙のことなんてどうでもいいと思ってるんだ。僕はキミが無事ならそれでいい。ひどいと思うかい?」

『あ……ううん……』

「それに、今の烏丸理沙は僕の手には負えないよ。僕はあの人とまともに話すことすらできないと思う」

『やっぱり、真黒くんに見えるものが……』

「うん。想像以上、というか、想像もできてなかったかな」

『そうなんだ……。でもやっぱり、あたしにはわからないから……』

「……できることはないと言ったけれど、僕たちが犯人を見つけて烏丸理沙を犯罪者にしないことくらいはできるかもしれない。でも、キミが言いたいのはそうことじゃないんだよね?」

『……うん。でも、ごめんなさい。もう昼守先輩はいないんだし、どうすることもできないよね。なんか、真黒くんに全部任せようとしてたかも。ごめんなさい』

「…………僕はキミが思っているような良い人間じゃないんだ」

『あ、違うの。そういうことは思ってなくて』

「でも、キミに対しては良い人間でありたいと思ってるんだ。それじゃあダメかな。それが僕の精一杯なんだ」

『……うん。真黒くんらしい。じゃあ、切るね。明日また学校で』

「ああうん。じゃあ……」

 電話を切るのが名残惜しくて、彼女の方から切るのをスマホを耳に当てたまま待っていた。

 なんだか、少しだけわだかまりを残した終わり方だった。

 誰かと話して、こういう気持ちになったこともなかった。少しくらい格好つけてもよかったかなあなんて思うけれど、やはり僕が気になるのは彼女のことだけなので。彼女の気を引くためにも烏丸理沙のことはどうにかするよとでも言っておくべきだったかな。いーや、無理無理。どうにもできないし。

「はぁ~~……」

 なんてことしてくれたんだ、烏丸理沙。いや、烏丸理沙を追い込んだ殺人犯め。せめてもっと人目につかないところで実行して欲しかった。そしたらえみりんだって現場に遭遇することもなかっただろうに。そしたら彼女だってえみりんを心配することもなかっただろうに。

 誰にでも優しい正義のヒーローなんていないんだからな。



「じゃあ、行くよ」

「うん。これで終わりにするんだよね。頑張ろ」

 またまた放課後のことである。変わり映えしないと思われるかもしれないけれど勘弁して欲しい。落ち着いて標的、いや、目的の人物と話しができるのなんて学生の僕らには放課後くらいしかないのだから。

 天童真弓の容姿については、僕は遠目から見ただけなのであまり詳しくないけれど、隣には頼りになる助手がいるので問題はないだろう。僕も『黒』で判断すればいいのだけれど。

 作戦としてはこうだ。校門のそばで天童真弓が通りかかるのを待って、そのあと人気のない場所が見つかるまで尾行する。人の目が多い場所しか通らなかった場合は、助手におびき出してもらう作戦だ。

 助手、もとい彼女の様子は、いつもと変わったところは見られなかった。でもそれはあくまでも表面上で、僕には『黒』のおかげで彼女が気落ちしているのがわかってしまう。自惚れではないけれど、それは僕のせいではないと思う。やはり烏丸理沙のことを気にしているのだと思っている。

 まあ、問い質そうとは思わない。今は目の前のことに集中するのだ。

 校門から出た先の物陰に隠れて待機する。彼女と雑談しているような素振りを見せつつ、人が近くを通ったら「今日もいい天気だったねえ」と曇り空を見上げながらやり過ごした。

 そして、今日も濃い『黒』が校門を通りかかる。

 烏丸理沙だった。こっちに来るなという願いが通じたのか、僕たちの顔を見るのが嫌だったのか、烏丸理沙は鋭い睨みをくれたあと、去って行った。僕の彼女は心配そうにその姿を見送っていた。

 そして少し待つと、見知った『黒』が通りかかった。

 えみりんだった。こちらに気付いたえみりんは、手を振りながら駆け寄ってくる。もちろん僕の彼女に向けてだったので、彼女が笑顔で手を振り返していたのに対して僕は突っ立っていただけだった。

「えみりんやっほー」

「大空先輩! 今帰りなんですか? よかったらわたしと二人で帰りませんか?」

 彼女の前で僕を堂々といらないもの扱いして、困った子だなえみりぃん。キミと彼女の家はまるっきり逆方向じゃないか。

「ごめんねえみりん。真黒くんと用事あるんだ。また今度ね」

「えーっ。最近ずっとまっくろ先輩とばっかりじゃないですか。この前もその前もそのまた前も」

 結構誘われてたんだな。たまにはえみりぃんにもおすそ分けしてあげないと、いつその『黒』がまた僕に向けられるかわからないな。それにしてもまっくろ先輩って。いいとこ突くじゃないか。

「悪いねえみりぃん。今日は勘弁してくれないかな」

「先輩は……ずるいです」

 ほらほらほらほら怖い怖い怖い怖い。黒髪と姿を一体化させないで。

「あ、そうだえみりん。あたしね、今度えみりんに教えてもらいたいことがあるの。だから次のお休みの日にえみりんの家に遊びに行っていい?」

「えっ! ほんとですか!? やったぁ! また先輩が来てくれないかなって思ってたんです。あの時は、その、あんなことがあった後だったから。弟もお母さんもお父さんも追い出しておきますので今度こそ二人でゆっくり楽しみましょうね!」

 えみりんの『黒』がすぅっと消えていく。

「あ、うん。あはは……何をだろう……」

 何をだろう。全力で阻止しないといけない予感がぷんぷんするけどね。その次に彼女と会ったら落ち込んでる気がするな。フォローも難しいんだよ、お胸の話しは。

 えみりんの『黒』消しには彼女が特効薬だな。

 それからえみりんは帰ろうとして、思い出したように言った。

「あ、そういえばわたし、あの時のことを聞かれたんですよ」

「あの時って?」

「あの事件の時のことです。昼守先輩の親戚だって人に。三年生だったかな」

「え、誰?」

「たしか、天童……先輩です。いろいろ聞かれたら嫌だから、あそこにわたしがいたこと、先輩以外には誰にも言ってないんですけど」

「あ……そう、なんだ」

 僕の彼女の『黒』が濃くなる。決めつけるのにはまだ早いかもしれないけれど、天童真弓が犯人だという可能性がぐっと高まった。

「ちなみに、何を聞かれたんだい?」

 僕は尋ねる。

「えっと、犯人らしい人は見なかったかって。知らないって言ったんですけど、ちょっと怒ってるみたいな感じがして怖かったです」

「天童先輩って、ちょっと目つきが怖いから勘違いされやすいんだよ。厳しいけど面倒見が良いって評判なんだ」

 彼女が慌ててフォローする。まあ、天童真弓が取った行動の意味を隠すと言った方が正しいのかもしれない。

 それからえみりんは休日の約束を固く取り付け、買い物があるからと帰って行った。

 僕の彼女は笑顔で見送ったあと、肩を落とした。

「やっぱり、そうなのかな」

「まだわからないよ。えみりんが運ばれてるところを見ただけかもしれないし。僕たちも回りの人にまで気に掛ける余裕はなかったしね」

「そ、そうだね。昼守先輩の親戚らしいし、犯人を見つけようとしてるのかもしれないしね」

 親戚なら、昼守星美を気にしていた理由も説明つく。犯人捜しという事情だったとしたら、天童真弓の『黒』が濃いこともわかる。何のためにとは思うけれど。まさか復讐しようとしてるのだろうか。烏丸理沙のように。まあ、ただの目撃者で、それを思い出して『黒』が濃くなっているだけかもしれないけれど。やはり、どこぞの通り魔の犯行だったのだろうか。

「あ、真黒くん……」

 彼女が校門を控えめに指差す。天童真弓のお出ましだった。でも困ったことに友人を一人連れている。僕と彼女は視線で合図を交わし、あとを追った。以心伝心やったね。

 今日の天童真弓の『黒』は先日よりも濃くはない。楽しそうに談笑している。隣に気の知れた友人がいるおかげか。僕の彼女は目つきが鋭いと言っていたけれど、凛々しいと言った方が正しいかもしれない。歩き方も背筋を綺麗に伸ばしていて、気品が良いと言えばいいのか。

 天童真弓が一人になる機会を窺いながら、尾行を続ける。目立たないように、はふはふカップルを演じつつ、後を追う。演じる必要もなく、はふはふなのだけれど。これがどういうことか今度聞いておこう。

 しばらく尾行を続けていると、図書館の前で天童真弓とその友人は別れ、天童真弓はひとりで図書館に入っていった。

 ひとりにはなったけれど、人がいる建物の中に逃げ込まれては話をしにくい。ひとりで図書館ということは、受験勉強だろうか。でも、家に帰って引き込もられるよりは図書館の方がマシだったかな。

 僕と彼女はあとを追って図書館に入り、天童真弓を探した。館内にはあまり人はおらず、天童真弓は窓際に並べられた六人掛けのテーブルで、窓の外を向いて座っていた。近くを通ってみると、天童真弓は何か、問題集のようなものに目を通しているようだった。やはり受験勉強だろう。

 僕は近くの本棚にあった本を適当に一冊手に取り、彼女と並んで天童真弓の前に座った。

 天童真弓は一度顔を上げ、怪訝そうに周りを見渡した。他にも空いているテーブルはあるのにどうしてわざわざここに座るのだと言いたいのだろう。そこで『黒』が少し濃くなった。

「こんにちは。天童先輩」

 僕は声をかける。僕の彼女は黙ったまま小さく頭を下げた。天童真弓はさらに怪訝そうな顔をして、言う。

「あ、ああ、こんにちは。……以前、キミと話したことがあるだろうか。すまないが、私は覚えがないのだが」

「いえ、話しをするのは初めてです。僕は真黒といいます。こっちは大空翔子です」

「真黒、くんか。初めまして。隣の彼女は知っているが、私に何か用でもあるのか?」

 さすが僕の彼女。烏丸理沙が知らない奴はいないって言ってたらしいからな。有名人の彼氏も大変だよなー。変装とか。

 さてまずは、出方を窺おう。『黒』の出方を窺おう。

「お尋ねしたいことがありまして。ここじゃあなんですから、外で少し話しできませんか?」

 天童真弓は少し考える素振りを見せて、そのまま手元の問題集に視線を落とした。そしてペンを手に取り、問題の要点にラインを引いていく。

「すまないが、私は受験生なのだ。時間を無駄にはできないからな、ここで手短に済ませてもらえたらありがたい」

 堅苦しいお方ですなあ。真面目は真面目。でも、人と話しをするときには相手の目を見て。僕が絶対に人には言えないことだけれど。

「わかりました。尋ねたいことというのは、昼守真也先輩の事件についてなんですけど」

 天童真弓の『黒』は一瞬のうちにまっくろくろになった。僕からはもう表情が読み取れないほどに。天童真弓はラインを引いていた手を一瞬だけ止めたものの、すぐに作業を再開した。そして目線はそのままで静かに言う。

「あれは……残念な事件だった。奴は一応、私の身内でな。大変だったよ」

「それはお気の毒に」

「とはいえ、学校ではおろか、親戚同士の集まりで年に一、二度話す程度だったからな、あまり実感というものはないよ」

 まっくろくろになってまで何をおっしゃる。事件にどんな関わりがあるのかは詳しくわかりませんが、聞かせてもらいたいもんです。

「そうですか。気にしているように見えたんですけど」

「そう見えたか? 受験に向けて集中したいものだが、まだまだだな」

 そんなことを言う天童真弓に向けて、僕の彼女が一言物申した。

「冷たいですね」

 うん、ひどく冷ややかな目だった。僕にそれを向けないで欲しいと切に願うよ。

「あの人が亡くなって、ひどく悲しんでいる人がいます」

 睨む睨む。怖い怖い。烏丸理沙のことを言っているのだと思うけれど、今の彼女の前に僕は口を挟めない。逃げ出したくも思う。

「私は、奴のことを好いてはいなかった。奴は人間のクズだった。正直に、悲しみも感じなかったよ」

「だからってそんな言い方……ッ!」

 立ち上がり掴みかかりそうになった彼女を必死で止める。これだけで館内の遠くにいる人まで迷惑そうにこちらを見ていた。彼女は怒りに震えながらも、僕の手を痛いほどに握りしめながら静かに座った。

「すみません。やっぱり外で話しませんか? その昼守真也さんのことについても少し聞きたいので」

 僕は手の痛みに堪えながら言う。いやもう、事件のことはどうでもよくて僕の手が限界を迎えそうだ。

「キミは、キミたちはどうしてそれを知りたい?」

「市民の平和を守るおねーさんに頼まれたんですよ。協力してもらえたら助かります。いろいろと、犯人についての情報交換などいかがでしょう」

 そこで天童真弓は初めて顔を上げた。揺らめく『黒』との至近距離の会話。あまり人にはオススメできないなあ。

「犯人? ……ああ、そうか。そういうことなのだな」

「まあ、そういうことです」

 えへへ、友好的スマイルを試みる。試すというだけあって、ぎこちなさは拭えない。

「私が断っても、キミは私が帰るまで居座るつもりなのだろう?」

「あれ、もう僕ってどんな奴かわかっちゃいましたか?」

 正直に待ちたくない。僕の彼女の怒りを収めてくれるのならずっと居てもいいのだけれど。

 天童真弓は小さく溜息をついて、問題集を鞄に直した。気のせいでなければ、少し笑っていたような気がする。おもむろに席を立ったのを追いかけるように、僕と彼女も席を立った。

 天童真弓は僕たち二人のすぐ前に立ち、小声で囁く。

「先に言っておくぞ」

 僕の彼女がまっすぐに容疑者を睨み付ける。どうやら僕の好きなもにょたんの出番は今日はなさそうだった。

 天童真弓は笑う。

 まっくろくろくろな『黒』は笑う。

「犯人は私だ」

 わぁお、大胆告白。

 僕の彼女はそれまでの怒りが嘘だったかのように、力なく崩れ去りそうになって、僕にしがみついた。重いとは口が裂けても言えない。

 まあ、僕が天童真弓の告白を聞いてまず思ったのは、ふぅん。

 それだけだった。

 あとは、僕の彼女は一緒に居させたらまずいなあと、そんなことを思うのだった。

 彼女が悲しむ姿を、僕は見たくないと思った。

 この本、どこの棚から取ってきたっけなあ……。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ