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まっくろまくろなましろくん  作者: しゃーむ
24/42

昼守真也 Ⅴ

 さて、長いプロローグも終わった。これからが本当の物語の始まりだ。やーやーみなさん、これから語られるのは、辛い過去を乗り越えた少年とその少年の心を支える少女の愛の物語。果たして少年の過去に何があったのか。それを思い起こせば衝動的にも屋上から飛び降りるかもしれない、壮絶な出来事。それを聞いた彼女は何を思う。さあさあ、涙なしには語れない、二人の愛の物語へ、いざ、旅立とうではないか。

 ここでオープニングムービーでも流れれば、僕は本当にその愛の物語を語らなくてはならなくなるけれど、制作者としては語ることがない物語は語れないので別の話しにしよう。僕のつまらない昔話なんて語るに足りず。これまで大袈裟に物を言ってきただけであって、たいした事は起こっていないのだから。僕の彼女は、僕の過去にそれはそれは辛い思い出があると思っているようだけれど、そんなことはない、良い思い出だ。この件が片付いたら、今の僕の状況も含めて洗いざらい話してやろうと思っている。

 別のお話し。

 昼守真也殺人事件の真相を暴け。

 探偵、僕。助手、大空翔子。以上のお二人でお送りします。初めての共同作業だね。きゃっきゃっ。

「まだかい? 助手よ」

「何の話し? うーん……もう、ちょっと、だから、黙って待ってて」

 カチャカチャカチャカチャと、彼女の手元は忙しなく動いている。

 昼守真也の件については、やはり僕ひとりでどうにかするという旨を彼女に話したのだけれど、あなたとあたしは運命共同体なんだからと、すでに物語クライマックスの台詞で拒否され、まあ何をするにしても二人一緒にということで落ち着いた。要は行くも退くもひとりで突っ走るなと釘を刺されたのだ。何かまずい事態になった場合はナイトの僕がお姫様を守る役目は変わらない。もしもの時は身を挺して彼女を守るさ。うーん、少しは彼氏らしくなれているだろうか。

 そういうことで、犯人確保の下ごしらえ、下準備として、毎度のことだけれど、まずは情報を得ることから始めることにした。今は心強いパートナーがいるわけだし、まずは彼女の力を頼ってみようとしたわけだ。

 僕が見たふたつの『黒』のうち、ひとつは烏丸理沙だと正体は割れている。もう一つの『黒』の情報を得るために、僕は彼女と一緒に生徒を眺め見ようと目論んだ。でも、生徒の登校風景をベランダから眺めようと思っても、周りの目が気になってろくに話すこともできないということで、別の場所で僕の慣行に彼女を付き合わせることした。その場所というのが、彼女にとってささやかな思い出の場所である屋上だ。

 屋上は封鎖されたのでは? と思うかもしれない。それは間違いなくその通りで、屋上への扉は開かないように、扉の上からベニヤ板を打ち付けられた状態だった。しかし、それが今はなくなっている。

 今日は休日明けの月曜日。彼女とこれからどうするのかをあれこれ話し合った休日を挟んだ月曜日のこと。屋上へ入れる機会は今日しかない。それもおそらくこの朝一番でしかできない。この時間しかチャンスがないと思っていたのも、ただの期待でしかなかったのだけれど、僅かな可能性だったのだけれど、僕と彼女の期待を学校側は裏切らなかった。

 みんなをふたりっきりで見渡せる良い場所がないか彼女に尋ねてみたところ、返ってきた答えは屋上しかないということだった。でも屋上は彼女のおかげで封鎖されて入れない。そこで頭を悩ませていたところに、とっても良いことを思い出したのも彼女だった。優等生気質がまだまだ残っているしょこたんは、学校側から出されるお知らせにもきちんと目を通していたらしい。そこで目にしていた連絡事項の中に、屋上に設置されている貯水タンクの点検清掃があったらしい。作業日時が日曜日の午後だった。その間は断水になるので、部活がある生徒への注意書きだったという。もちろん僕はそんなものを見た記憶はなかった。見たとしても関係ないから覚えていなかっただろう。部活をやめてもさすがのしょこたんだったのだ。

 だから日曜日の午後には一時的にでも封鎖が解かれる。そしてまた封鎖されるのがいつになるかもわからないので、この月曜日に早起きして彼女とふたりで屋上へ向かったのだ。日曜日は用務員も休みなので、新たに封鎖されるのは早くても月曜日だろうという彼女の予想が的中した。

 ここにきて前置きが長くなってしまったけれど、つまりはそういうことで僕の彼女は奮闘中なのだ。まあ何と戦っているのかといえば、あまり言えないことだけれど……。

「そういうのを何ていうか知ってるかい?」

「ピッキング」

 そういうわけである。鍵はどうするのかという僕の問いに対して、彼女は『大丈夫』としか言わなかったわけがわかった。平然と言ってのける彼女がたくましい。

「謎はすべて解けたよ。キミが授業中にも関わらずどうして屋上に出ることができたのか。それに、美術準備室にキミが乗り込んできた時も、えみりんが鍵をかけていたはずだったんだ」

「あそこの鍵はあたしにとって朝飯前だったぜぃ」

「どこでその技術を取得したのかは聞かないけれど」

「うちのお父さん、鍵屋だもん」

「あ、そうなんだ」

 いや、うん、納得していいのだろうか。

「あなたの心の錠前の鍵は、あ・た・しっ」

「すごいね。人は目の前のことに集中してたらどんなにこっぱずかしいことでも言ってのけられるんだから」

「……ぷぃ」

 ぷぃって可愛いなおい。でもあのおねーさんにだけは似て欲しくないなあ。どうせ聞いて言ってみたくなっただけだろう。

「っはぁ、開いたよ。真黒くん」

 彼女は爽やかな笑顔で額の汗を腕で拭う。なんだろう、陸上トラックを駆け抜けたあとの時のような爽やかさなのに、手に握られた秘密道具を見るととてもシュールな場面に見えた。これがスパナとかならメカ好き少女で違和感ないのに、ピッキングツールだもんなあ。

 彼女の頭をいい子いい子と撫でたり撫でなかったりして屋上に出る。セミもいなくなったこの季節の屋上は、ひんやりとしていて物寂しかった。

 さっそく、僕と彼女は校門がよく見えるフェンス際に並んで立った。

 静かだった。

 彼女が飛び降りたおかげで片側の枝だけへし折られた木を上から眺める。彼女を見ると、照れくさそうに微笑んだ。

 それだけで、二人の気持ちが通じ合っているような気がした。

 わかってるよ。キミがしたことも、もう笑って話せるようになったんだ。

「こういうところに二人だけでいると、あたしと真黒くんだけの世界のような気分になるよね」

 ちっとも通じ合っていなかった。

「車走ってるけどね」

「うん、もう言わない」

 顔は笑ってはいたけれど、そこはかとなく怒っているような気がした。

 そんな彼女を直視できずに再び校門に目を向けると、最初の生徒が登校してきた。僕たちは目立たないように身をかがめる。ひょこりと、頭だけを覗かせて眼下を見る。

「ねえ、何でこんなことするの?」

「今は僕を信じて欲しいとしか言えないかな」

「何の説明も受けてないのに何を信じればいいのか」

「黙って僕についてこいってことさ」

「わー、男らしー」

 彼女は呆れた様子で溜息をついた。今『黒』のことを説明してもいいのだけれど、説明するだけでこの時間が終わってしまうかもしれないから、これは保留。人に『黒』のことを教えたことはないのでどう説明していいのかも、信じてもらえるのかもわからない。それでも彼女は真剣に聞いてくれると思うけれど。

 しばらく眺めていると、『黒』持ちのうち、まずは烏丸理沙が登校してきた。『黒』具合は相変わらずだった。

「キミは、烏丸先輩がやったと思うかい?」

「そんなのわかんないよ。あたし、あんまり烏丸先輩のこと知らないし。でもあたしは、犯人は学生じゃなかったらいいなって思ってる」

「そうだといいね」

 犯行の動機を恋愛絡みと考えるのなら、多かれ少なかれ昼守真也に恨みを持つ奴はいただろう。烏丸理沙が彼女という立場で昼守真也を独占することが叶わなかったとしたなら、動機としては考えられる。愛が憎しみに変わる時というやつだろうか。

 またしばらくみんなの登校風景を眺めていると、僕の目を引く濃い『黒』が登校してきた。僕は直感的に何かを感じる。みんなが抱いている『黒』とはその質自体が違うように見えた。あれが犯人に間違いないと、そう思わせる何かがあった。でも、僕はその『黒』を今日初めて見たのだ。先日見た烏丸理沙ともうひとつの『黒』ではなく、新しい、三人目の『黒』。三つ目の『黒』が現れた。

 これも女子だった。顔はよく見えないけれど、伏し目がちに歩き、その横には男子が並んで歩いていた。

「もにょたんもにょたん! あれっ、あの子は誰かわかるかい?」

「この前からそのもにょたんって何?」

「いいからほら、見て。あのカップルの女子の方だよ」

 もにょたんは辟易した様子を見せつつも、僕が指差した方へ視線を向けた。

「あっ……学校出て来たんだ」

「誰だい誰だい?」

「先に言っておくけど、あの子はそっとしておいてあげて」

「えっ、どうしてだい?」

 これがそっとしておいてあげられるものか。僕の中ではあの子が犯人に決まってしまっている。まだ『黒』を見ただけだけど、そうに違いないと思える何かがあるのだ。やっぱり僕は、こういう新たな発見に心躍らせる傾向があるようだ。わくわくが止まらないとでも言うのかな。

「あの子、昼守先輩の妹だから。一年生の昼守星美ひるもりほしみちゃん。もうあれから一週間以上経ったもんね」

「……あー……そうなんだ……」

「な、なんでそんなにがっかりしてるの?」

「いや、なんでもない」

 がっかり。それはがっかりだ。兄が殺されてしまった妹なら、『黒』が濃いのは当然だった。期待外れだ。あれもまた異様に濃い『黒』だったのに。

「お兄ちゃん子だったとか?」

「あ、うん。なんでわかるの?」

「何となくだよ」

 殺された家族の被害者の『黒』なんて見たことないけれど、僕の中であれはもう異常に値する『黒』だった。だから、彼女に尋ねたのだ。兄に対して執着していたのではないかと思った。まあ、それだけの話しなんだけど。

「元々体が弱いのかわからないけど、学校休みがちだったんだ、あの子。学校来ても保健室にずっといたりとか。でも、学校に来たときは必ず校門で昼守先輩の帰りを待ってたんだよ。だから、ちょっと有名っていうか、悪目立ちしてたかな」

「ふぅん」

 そんな女子がいたことを僕は全然知らなかった。『黒』以外に興味を持たなかったことが災いしてるな。まあ、妹さんのことは後々話しを聞くかもしれないから、頭には入れておこう。彼女は許してくれないかもしれないけれど、本当に困った時は妹さんを頼ることにしよう。

「ちなみに隣の男子は?」

「あの子は知らないかな。気になるならえみりんに聞くけど?」

「いや、いーよ」

 あの男子の『黒』は少し濃いけれどそう大したものじゃない。多分、昼守妹が心配だとかそういう類の『黒』だろう。

「あっ」

 昼守星美の後ろから、もうひとつの濃い『黒』が現れた。今のところ、とりあえずは謎の人物だ。でもその謎を少しでも解明しようと、今日は彼女に来てもらっているわけで。

「あの、妹さんの後ろから来た女子は?」

「えー? あの人はたしか……天童真弓てんどうまゆみさん。三年生だよ。もう引退したけど、弓道部の主将だったよ」

「昼守先輩の元カノとか?」

「そういう話しは聞いたことないけど。昼守先輩は女子の中ではその、よくない話しも有名だったし。天童先輩は超がつくほど真面目な人らしいからね。多分ないと思うよ。性格合いそうにないもん」

「そうなんだ」

 じゃあ、あの『黒』は今回の事件とは関係ないのだろうか。実際、僕があの時ベランダから『黒』を見たのは久しぶりだったし、事件の前からだったとも考えられる。でもあれだけの『黒』なら普段から目に止まると思うけどなあ。

 それに、気のせいでなければ、天童真弓は昼守星美の様子を窺っているような気がする。視線の動きまではわからないけれど、目の前の二人は歩みが遅いのに、それに合わせて歩いているような様子だ。

 超がつくほどの真面目な人か。だから昼守真也のことが許せないからやっちゃった、とかあるのかな。僕にはとても想像できないことだけれど、人の心の中は他人には測れない。それは僕の中で確固たる事実だ。だから『黒』を覗き見ることも面白かったわけで。他人にとっては何でもないことでも、本人にとっては重大な悩みかもしれないのだ。人のコンプレックスを理解できない人もいるだろう。

 僕が頭を悩ませている様子を見て、彼女が尋ねてくる。

「何か理由があって聞いてるんだと思うけど、あたしには天童先輩がどうして気になったのか全然わかんない。ホントに不思議な超能力だよね」

「超能力? はは、そんな立派なもんじゃないよ。見えないなら見えないほうがいいさ」

「えっ、霊視能力的な何かなの?」

「近いものだと思うよ。この件が終わったら僕のことは全部話すから、それまで待っていてくれるかい?」

 彼女はひときわ嬉しそうな笑顔を見せた。叶うことなら、それが軽蔑の眼差しに変わらないことを祈っておこう。

「うん、うんっ! ねーねー真黒くん。あたしのご先祖様ってどんな人かな?」

「いや、そういうのは見えないんだけど」

「……つまんない」

 ああ、さっそく笑顔が消えちゃったよ。どうして僕に与えられたのが霊能力じゃなかったんだ。

 そのあともずっと見ていたけれど、僕が気になるような『黒』は現れなかった。

 途中から僕が何も聞かなくなったことで退屈してきたもにょたんは、新しい待受けにするからとスマホで写真を撮ろうと提案してきた。こんなところで写真撮ると飛び降りた霊が写るよという言い訳は、先ほど自分で破棄してしまっていたため、全然関係ないような『黒』の人物情報を聞き出したりしてその場をやり過ごした。写真は苦手なのだ。撮るのも、撮られるのも、人と顔を合わせる作業だから。

 もう朝の出席確認の時間が近付いてきたので、僕を先頭に屋上を立ち去ろうとして、背中からもにょたんに呼ばれた。

「真黒くん。いちたすいちはぁ?」

「にー。って、そんな手に乗ると思ったかい?」

 もちろん、振り返ることなく答える。

「ちぇーっ。わっ、きゃーっ!」

「えっ、何?」

 パシャッと。

 見事僕をフレームに残した彼女は、ぬふふふんと笑いながらスマホをいじり、僕に見せた。

「あたしが心配で驚いて振り向いた真黒くん」

 と、変に焦った振り返り際の僕の画像が、彼女が言った言葉のらくがきめいたものと一緒にディスプレイに表示されていた。見ようによっては映画のワンシーンにあるような振り向き姿だったけれど、口元が変な形をしていたのでNG。

「今あたしと一緒に撮るんなら、これを待受けにするのは勘弁してあげる」

「そんなことしなくてもちゃんと撮るから」

「それは嘘」

「うん」

 こうして、今では誰も撮ることのできない屋上でのツーショット写真が出来上がった。もちろんその場で待受けにされた。彼女の顔が写るのはいいけれど、スマホを操作するたびに自分の顔が出てくるのはこれ以上ないくらいの羞恥プレイだった。

 屋上から出る時には、もにょたんは自前のハンカチでせっせとドアノブを拭いていた。

「指紋拭き取らなきゃ」

 完全犯罪をやってのけそうな僕の彼女だった。

 そんなこんなで、僕と彼女の次回予告~。

 天童真弓も気になるところだけれど、まずは烏丸理沙に直接話しを聞くことにした僕たちは、放課後に標的を待ち伏せることにした。警察のおねーさんも疑っていた容疑者との直接対決。そこで僕は、『黒』の洗礼を受けることになってしまった。泣き叫ぶ僕の彼女。したたる血。意識朦朧とする僕が見たものとは!?

 こういう感じでどうだろうか。やっぱりダメだ、痛いの嫌だし。というわけで、次回も平穏に行きましょう。いくつか本当のことが混じっている気がするけれど、気のせいであって欲しいなあ。

 ではまたいつの日か。 


 



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