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まっくろまくろなましろくん  作者: しゃーむ
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大空翔子 Ⅰ

 大空翔子の話をしよう。

 彼女のことを一言で言ってしまえば、優等生だ。

 大空翔子は僕の同級生になる高校二年の女子で、クラスは違う。僕は彼女のことを知っているけれども、彼女は僕のことなんか知らない。接点なんてまるでなかった。

 じゃあどうして僕が彼女のことを知っているのかというと、彼女は有名人だからだ。友達がいない僕の耳にも彼女の噂は入ってくるし、校内の表彰にも名前が挙がるので覚えている。

 たまに廊下で見かけるけれど、彼女はいかにも人を惹きつけそうな容姿をしている。髪は短めでいつもヘアピンをしているのが特徴だ。よくよく観察してみれば、そのヘアピンは日替わりのようで、曜日によって変えているらしい。人あたりもよく、いつも笑っている印象がある。成績も優秀で、彼女は自分の名前を意識してかしないでか、陸上部のエースで走り幅跳びの選手だった。なるほどよく飛びそうな名前だと思ったことを覚えている。

 成績も良く、陸上部のエースで人あたりもよく、かつ美貌もかねている。どこの学校にも一人はいそうなハイスペックな女子なのだ。

 そして僕は、その大空翔子の練習風景をひとり眺めていた。

 時は放課後、それももうほとんどの生徒が帰宅を終えた時間帯である。

 陸上部の練習は学校に併設してある総合グラウンドで行われている。総合グラウンドは学校の施設ではなく町の施設だ。陸上部は許可を得てそこを使用しているらしい。

 そのスタンド席に座り、僕はただひたすらに練習する大空翔子の練習風景を眺めている。陸上部は彼女を除いてもう誰もいなかった。もうすぐ日も落ちて真っ暗になってしまいそうなのに、それでも彼女はひたすらに幅跳びの練習を繰り返していた。もうすぐ夏の大会があるらしく、それに向けて彼女は練習しているのだ。

 助走を取り、踏切位置まで走り、タイミングが合ったと思えば跳ぶ。そうでない時は首を傾げながらスタート位置までぶつぶつと何かを呟きながら戻っていた。それを何度も繰り返している。

 見ていてそれほど面白いものでもなかったのだけれど、せっかく学校を出る時から彼女を追ってきたのだから、せめて最後まで見届けようと、多少腹が減っているけれども僕はひたすらに彼女の練習を眺めているのだ。

 別に何をしようというわけでもない。彼女の方から話しかけてくればそれはそれでいい。僕のことを、もうすぐこの辺りを包み込む暗闇と思って気に掛けることなく、そこにはまるで何もないように無視して帰ってくれても、それでもいい。

 まあともあれ、僕は彼女が話しかけるきっかけを与えているのだ。じっと、黙って自分の練習を見ている男がいるのだから、気味悪く思うのが当然だろう。それならば無視して帰るのが当然だろうか。

 僕だって部員が大勢いる中でずっと眺めていたわけじゃない。それなりに部員がちらほらと帰りだしてからここに腰を落ち着かせた。僕のことを気にして大空翔子が仲の良い部員と一緒に帰ってしまっては、僕の目的は達成できなくなってしまうのだから。目的と言うには、少し違うのかもしれないけれど。

 見るに堪えなくなってきたから僕はここにいるのだ。

 そしてもう日が落ちて、彼女の姿も影が動いているようにしか見えなくなってきた頃に、ようやく彼女は片付けを始めた。踏切の砂を払って、着地点の砂を均して、彼女は傍らに置いてあった荷物を持った。

 さて、彼女はどういった行動をとるのか。僕はその動向に目を見張った。

 まだ彼女は陸上部のユニフォーム姿だったのでまずは着替えるだろうと思っていたけれど、彼女はまっすぐに僕に向かってきた。

 多少なりとも驚いたことは仕方がなかった。彼女は少しの躊躇いも見せずにこちらに向かって来たのだから。普通なら恐怖心というものが多少なりとも働くものではないのだろうか。それとも好奇心の方が勝ったのだろうか。どうやら物怖じしない性格ということは見て取れる。

 そして大空翔子はスタンド席を上がり、僕の目の前まで来て、こう言ったのである。

「ずっと見てたけど、もしかしてあたしのファンとか?」

 快活に笑いながら大空翔子はそう言った。本音とも冗談とも取れる口調だった。

「知らないよ。キミって誰?」

 そして僕はこう言った。

 もちろん嘘だった。

 彼女は意外そうに驚いて目を丸くした。

「こんな暑い中でよくやるよなあって思って見てただけだよ」

 僕は続けてこう言った。

「あなた、うちの学校の生徒?」

 彼女は呆れたように笑ってそう言った。僕はそれに対して自分の来ている制服と学校指定のバッグを見せて返事とした。

「じゃあ、あなたって友達いないでしょ。そうじゃなかったら不登校生徒」

 耳にした彼女の性格と随分違う印象を受けてしまった。言いにくいことをはっきり言ってくれるじゃあないか。とても人あたりがいいとは思えない。

 ともあれ、彼女がこう言ったのも僕が彼女のことを知らないと言ったからに違いないのだ。僕がついた嘘が功を奏したのだ。

「友達がいないのは事実だけど、それを人に指摘されたくはないな」

 僕が不愉快そうに口にすると、彼女は愉快そうに笑った。

「あははっ。だって友達いなさそうな雰囲気出てるもん。っていうかそんなオーラが滲み出てるよ?」

「オーラ? どんな色?」

「えー? うーんとね、黒っぽい」

 案外見る目があるじゃないか。と感心してみた。

「黒か。いいよ、僕、黒って嫌いじゃないからさ」

「うわー。っていうか怒った? 怒ったでしょ? 友達いないなんて言われて」

 相変わらず彼女は僕を馬鹿にするように楽しそうに笑って言う。ここは彼女のご希望に沿った形で答えるのが得策だろう。

「さっき指摘されたくないって言った通り、気分が良いものじゃないね」

 実際のところ、そんなことはどうでもいい。僕のことなんてどう言ってくれたっていい。事実を否定しようとは思わないし、それにそれは僕が望んで得た結果なのだから、結果を認められていると言ってもいいのだ。

 僕はここでようやく、彼女の表情をはっきりとらえることができた。今まではぼんやりと、彼女の表情はそうだろうと思っていただけなのだ。

『黒』が薄らいできたから、僕は彼女の表情を見て取ることができた。

 彼女は笑っていた。面白おかしく笑っていた。嬉々とした表情で笑っていた。はっきりとわかる、笑顔だった。目を細め、口元は弧を描き、笑っている。

 なるほどたしかに、可愛い。ここまで間近で彼女の顔を見たことはなかったけれど、綺麗だ。どちらとも言える容姿だった。僕を馬鹿にして笑っているのだろうが、それでも思わず心奪われてしまうほどの美貌だった。

 が、僕はそんなことに興味はない。困ったことに。本当に、困ったことだ。

「キミは、友達ってたくさんいるのかな?」

 僕の質問に対して彼女は一瞬だけ表情を曇らせる。だけどすぐににんまりと笑った。

「あたし? あたしはいっぱいいるよ。たぶん、あなたには想像できないくらいの友達がいるんじゃないかなあ? とっもだっちひゃっくにっんでっきるっかなっって、そんなの簡単だよ」

 なんだか意外と幼稚な答えが返ってきて拍子抜けしてしまう。

「へえー。友達百人なんて、本当に想像できないよ」

 吐き気がしそうだ。それだけの人数の友達い囲まれたら気が狂ってしまうかもしれない。

「ふふん。すごいでしょ。そういえば、あなたの名前まだ聞いてなかったね」

「名乗るほどの者ではありませんよ。ただの通りすがりの者ってことで」

「ずぅーっと練習見てて通りすがりってことはないでしょ。いいから、教えなさいよ。ああそうそう、あたしは大空翔子っていうの。ほら、次はあなたの番。礼儀は通したよ」

 礼儀とは、人の名前を聞く前に自分の自己紹介からということだろうか。随分とあっさりしていて礼儀とは言えないだろう。それに、僕はあまり自分の名前を人に言いたくないのだけれど。

「どうせ黙ってたってさ、うちの生徒なら友達に聞けばわかっちゃうんだよ?」

 僕が渋い顔をしていると、彼女は得意げに言った。まあ僕のクラスにも彼女の友達は何人かはいるだろう。あとあとのことを考えると、人づてに知られる方が面倒かもしれない。

「僕は……真黒真白まくろましろだよ。それじゃあ、僕は帰るから。キミを気を付けて帰るといいよ」

 さて、これ以上の長居は無用だ。余計なことを言われる前に帰った方がいい。

「あっ、ちょっとちょっと待ってよ。待ちなさいよ」

 当然のように引き留められた。帰ると言い出したのがあまりにも唐突だったから、それが失敗だったのかもしれない。

 引き留められたけれども、僕はそれを無視してイヤホンを耳にあて、スマホを操作して音楽を聴き始めた。そしてそのまま歩き出す。

 自分が無視されて腹を立てて無理にでも引き留めにかかるか、無視されて落ち込んで諦めてくれるのか、大空翔子は当然のように前者だった。

 ただ、彼女は別に怒っているわけではなさそうだった。むしろ楽しそうに笑っていた。笑いながら僕の前に立ちはだかり、何かを言っていた。まさか自己紹介を受けてうれしかったというわけもないだろう。

 僕は音楽を聴いていたので何を言っているのかはわからなかった。ただ繰り返し、同じ言葉を投げかけているようだった。

 僕が彼女の横を通り過ぎようとすると、彼女は決まってそれを阻止した。どうあっても通してくれなさそうだった。なんか、全力疾走しても追いかけてこられそうだ。相手は陸上部のエース。幅跳びの選手とはいえ、走力ならば僕より上だろう。

 そこまで思って、僕は諦めてイヤホンを外した。

「マグロッ!」

 つけなおした。そしてボリュームを最大まで上げた。

 彼女は僕の様子を見てげらげらと笑っていた。腹を抱えて笑っていた。イヤホンをしていても、ボリュームを最大まで上げても、彼女の笑い声がはっきりと聞こえた。

 彼女はそれで満足したのだろう。もう僕を引き留めようとはしなかった。どんな邪魔をしても押し通ってやるつもりだったのだけれども、その必要はなかった。

 初対面で、なおかつ真黒くんとも、真白くんとも呼ばれず、僕の屈辱的なあだ名をいきなり呼ばれるとは思ってもみなかった。

 帰り道、僕は転がっていた空き缶を思いっきり蹴飛ばした。

 少しだけ、心が晴れた。



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