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まっくろまくろなましろくん  作者: しゃーむ
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海賀絵美 Ⅳ

 海賀絵美。

 長い黒髪が唯一の特徴と言ってもいい、敢えて他に特徴を挙げるならば優しい目をしている、ひとつ下の後輩でまだ誕生日を迎えていない十五歳。両親は共働きで小学生の弟がおり、家では彼女がその弟の世話をしている。弟の世話をしているためか家事全般をそつなくこなしているが、人見知りとおとなしい性格もあって集合住宅でありながら近所付き合いは得意ではない。部活動には所属せず、放課後は今はなき美術部の名残がある美術室に通っている。一応、美術教師の許可を得て使用しているようだが、たった一人で美術室を占領しているあたり、どこか図太さを感じられる性格だ。しかしながら美術か音楽の選択授業では音楽を選択しているあたりがいまいちよくわからない。成績は良好で、体育だけは苦手らしかった。仲の良い友達は主に二人で〝さっちゃん〟〝ぺこちゃん〟と呼んでいるらしい。その友達の本名まではわからない。ちなみに海賀絵美のあだ名は〝えみりぃん〟らしい。〝りぃん〟は〝りーん〟ではないところがポイントだそうだ。〝ぺこちゃん〟に多少興味を惹かれたことは否めないけれど今はどうでもいいことだった。将来の夢はイラストレーターとして生計を立てること。そしてその目標は自分の描いた絵がアニメとなって動くことだ。ちなみに声優志望の時期もあったという。友人からまずその性格を直すように言われたことをきっかけに描く方一本に絞った。ありそうな話しである。

 それはさておき、

「……やり過ぎだろ」

「どうしてよ! あなたがちょっと調べてって言ったんじゃない!」

 大空翔子から送られてきた画像を待ち受けにすることを条件に、僕は海賀絵美のことを少し調べて欲しいと頼んだ。大空翔子が快諾してから二日後、このような報告を受けたのである。

「たった二日でこれだけ調べてくるなんて、どんな手を使ったのかわからないけれど、まるでストーカーじゃないか」

「そこはあたしの人徳って言ってよ。感謝してよね。あなたにはここまで調べることなんてできないでしょ?」

 それは間違いない。僕が聞き出せるのは本人から得る情報だけであって、その本人が口を割らないことには僕が情報を得ることなんてできないのだから。大空翔子さまさまである。

「絵美ちゃんのスリーサイズの情報もあるけど、これは教えてあげない」

 いらねえよ。

「だってあたしよりも……もにょもにょ……」

 自分から弱点を露見させなくても。口に出すと怖い目に遭うので聞かなかったことにした。

 しかしながらこれだけ情報を得ても、海賀絵美の『黒』がまっくろくろになった理由は見えてこない。まあそう簡単にわかってしまっても面白くないのだけれど。結局、最後は自分が直接会って話してみないことには見えて来ないものだ。それでもどういう人物かを先に知っておくことで多少は変わってくる。大空翔子が有名であったように、それを僕が知っていたように。

「それで、あなたはどうするつもりなの?」

「別にどうするつもりもないよ。ただどんな子か興味があっただけだから」

「ふうん。もしかして、あたしの時みたいに何かに気付いたりしたのかなーって思ったんだけど」

 ニヤニヤと、僕を見透かすのはやめてほしいものだ。見当違いなことを勝手に想像したりするくせに。

「妹に似てるだけだよ」

 妹はそうだな、〝あっちゃん〟にでもしておこう。

「妹さん、どんな子だったのか聞いてもいい?」

 ハァ……面倒だ。もっとマシな理由でも思いつけなかったのか僕は。

 仕方ない。話してやるとしよう。

「妹は生きてたら今年中学三年で、僕とは違って活発な性格だったよ。誰にでも人懐っこくて、すぐに誰とでも仲良くなってた。そんな妹のことを羨ましく思うことも多かったけれど、家では僕にべったりだったからね、そこそこ可愛がってた。女の子だったけどキャッチボールが好きで、僕はいつもその相手をさせられていたよ。誕生日には毎年新品のゴムボールで喜んでた。将来は野球選手になるんだって言ってたけど、大好きだった選手の試合を見に球場に向かう途中に事故で、ね。球場に行かなかった僕だけがここにいるってわけさ」

「……そうだったんだ」

 ふふ、我ながらよくもまあこれだけ即興で出てくるものだ。普段から嘘だらけというのはこういう時に役に立つ。

 うんうん。

「すごいね。それだけの設定をすらすらと」

「うんうん」

「…………」

「…………」

 んんー?

「だから、あたしの時みたいに何かに気付いたんじゃないのかなーって」

「何のことかな」

「あたし思ったの。写真を頼まれた時までは何も思わなかったんだけど、調べて欲しいって言われてさ、いろいろ聞いて回ってるうちに、どうしてなんだろうって。妹と似てるからってその子のことまで調べる必要なんてないんじゃないのかなって。それでね、ひょっとしたらと思って。だからちょっと張り切っちゃった」

 やはり、一度関わり合いになった相手にこういうことを頼んだのは失敗だったのかもしれない。直接話したのだから、直接僕と大空翔子は彼女の『黒』について話したのだから、なんとなくでも直感的にでも僕が何をしようとしているのか感づいてしまうのかもしれない。〝あっちゃん〟の名を出すまでもなく見破られてしまった。本当に、厄介な奴だ。大空翔子という人間は。

「あなたね、普段は無愛想で無表情だけど、嘘をつく時は余計にすました顔になるというか、平気な顔になるんだよ。誰にも指摘されたことないだろうから、今までわからなかったんだね」

「それなら妹がいるって言った時点で気付くんじゃないかい?」

「あたしだって今気付いたの。饒舌に、長く喋り過ぎたのがあなたの敗因だね」

 僕の負け。

 嘘を見抜かれた。 

 たしかにひとりの人間と、これほど多くのことを話したことはない。それに、いつも僕から遠ざかろうとする奴らばかりだったから。近付いて来る人間に対して、僕は何も対抗策を持っていなかったのかもしれない。必要なかったからだ。

「……キミは嫌な奴だ」

「ふふっ、嫌な奴で結構。良い人間になんてなるもんじゃない、でしょ?」

「そうだよ。僕に関して言えば、僕は悪い人間だ。だから僕が海賀絵美に対して何か企んでいるとするなら、それはキミが思ってるようなことじゃないよ」

 他人の心を覗き見て暴く、悪いことだ。

 大空翔子は小さく笑う。

「あなたはね、悪い人じゃないよ」

 違う。

 それは違う。

「今でも勘違いしてるなら言うけれど、僕はキミのことを助けようなんて思ってなかった」

「それでも、あなたは悪い人じゃないよ。だって――」

 そこまで言って、彼女は僕に背を向けた。

 そしてそのまま、歩き去ろうとする。

「あ、おい……」

「追いかけてくれるの? 真黒くん」

 小さく笑い、彼女は去って行く。

 僕はその背中を追うことはなかった。

 何を言いかけていたのか、僕には興味がない。

 興味は、ない。

 僕は彼女とは反対に足を向けて歩き出す。

 向かう先は、僕が興味を惹かれる『黒』が待つ美術室だ。


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