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まっくろまくろなましろくん  作者: しゃーむ
14/42

海賀絵美 Ⅲ

「……また、知らない天井だ」

 いや、見覚えはあった。あの時と違うのはベッドがひとつではなくて四つあったこと。そしてその中のひとつに僕が寝ていたことだった。

「あ、起きた! 起きたよおじさん!」

 おじさん?

 体を起こして状況の把握に努める。

 ここは病室だった。見覚えがある天井だったので、ここは総合病院だ。大空翔子が入院していた病院だった。彼女と違ったのは個室ではなく四人部屋だったこと。そして僕の横にはその大空翔子が座っていて、なにやら隣のベッドにいた入院中のおじさんとハイタッチを交わしている最中だった。

「あ、ごめん、起こしちゃった?」

 と慌てた様子で僕を見る大空翔子。

「うーん、起きたことを喜んでいるんだと思ってたんだけど、起こしちゃったとはこれいかに?」

「言ってみたかったんだぁ」

 僕は大きく溜息をついてまた横になる。隣のおじさんがニカッと爽やかな笑顔を見せていたけれど、僕は愛想笑いで返すことしかできなかった。

 それから大空翔子はベッドを仕切るカーテンを閉め、おじさんとの交流を絶った。隣からは深い溜息が聞こえてきた。

「真黒くん、大丈夫?」

「腕と脚が軽く痛む程度かな」

 僕がそう言うと、彼女は安心したように笑顔を見せた。

「打撲だけだろうって先生は言ってたよ。一応検査するから一日入院だって」

「入院……。ハァ……」

 替えのパンツはもちろん持ってきてないのに。

「それと、さ……あの……」

 彼女はなにやら言いにくそうに口ごもる。

「なんだい?」

「……施設の人が来たよ。これ、着替えだって、置いてった」

「…………」

 彼女の膝の上には小さなバッグが置かれていた。

 着替えは確保できたけれど、なあ。別に隠すことでもないと僕は思うけれど、なあ。

「あ、あの……」

「僕には親と呼べる人はいないよ」

「あ……うん……」

「聞きたいなら話してもいいけど」

「い、いいの! こんなところで今する話しじゃないよね。……ごめん」

「僕の方こそ悪かったよ。意地悪だったかな。日頃のお返しを思わぬところで返せてよかったよ」

「あっ、むぅぅ……。でもよかったよ、平気そうで。心配してたんだよ。これ以上真黒くんの頭がおかしくなったらどうしようと思ってたもん」

「さっそくお返しとはキミもやるなあ」

「心配してたのはホントだよ」

 それは本当のようだった。僕が起きたのを見て彼女の『黒』が薄らいだからだ。やっぱり卑怯だよな、こんなの。

「僕は階段から落ちたんだっけ」

「そうみたいだね。救急車にあなたが乗せられるのを見て慌てて来たんだから」

「……午後の授業は?」

「大丈夫だよ。だってここの病院あたしのかかりつけだもん」

 あんまり大丈夫の意味がわからないんだけど、どうせ足が痛くなったとかで抜け出してきたのだろう。優等生は過保護気味に扱われるからそれでも万事許される。

「どうして僕は階段から落ちたのかな」

「どうしてって、足を滑らせたんだよ。あたしを慌てて追いかけて」

「ごめん、キミと僕の記憶に齟齬があるみたいだ」

 見透かし失敗。見透か失敗。というか記憶をねつ造するな。

「誰かに押された気がするんだけど、まさかキミが?」

「そ、そんなことするわけないじゃないかー! 階段から突き落としてそれを下で抱っこでキャッチってそれもいいかななんて思ってないんだからね!」

「どんな離れ業だよ」

 幅跳びの技術をそんなところで使おうとするなよ。そして久しぶりに出たな微妙なヤツが。

「キミというのは冗談だとして、確かに押されたんだ」

「そんなに恨み売買してるの?」

「そんな商売できるか。僕はこれでも人に迷惑をかける行為はしてないつもりだけどね。そもそも他人と関わりがないんだから恨まれようもないし」

「それもそうだよね」

 僕の台詞の前半と後半どちらを納得したのかわからないけれど。まあ後半だけじゃないことを願おう。

「だから犯人候補としてはキミしか挙がらないわけだけど」

 厳密に言えば過去に僕が『黒』のことを聞き出した何人かはいるけれど、今は関わりないし。

「ア、アリバイはあるぜぃ。あのあとあたしはすぐに教室に戻ったんだ。聞けるもんならあたしの友達に聞いてみな」

「実証不可能なアリバイは認められないんだ」

「違うもん! あたしじゃないもん!」

「わ、悪かったよ。そんなにムキにならなくても」

「だって、あたしがと……うぅぅ……~~~~友達! の、真黒くんにそんなことするわけないし」

「あ、ああ、そう……」

 溜めるなぁ、友達ってこと。

 それからはまあ、この病院での立場が逆転したかのように、僕がベッドで彼女が椅子でという形で雑談に興じ、夕飯の配膳時間が来たので彼女は帰って行った。

 帰り際に彼女が残した言葉はこれだった。

「あ、真黒くん。今は怪我に免じてやめておくけど、退院したらご飯粒のこと教えてくれなかったお礼はたっぷりするからねっ」

 恨みはしっかり買っているようだった。

 


 検査入院の結果は大したことはなく、結局ただの打撲と診断された。しばらくは筋肉痛のような痛みが残るとお医者様に言われ、実際にその通りになった。

 階段から落ちた二日後、僕は足を引きずりながら登校する羽目になった。恨むぞ犯人。救急車で運ばれたこともあり、へんてこな歩き方をしていた僕は嫌な注目を集めていた。足の痛みよりもよほど辛かった。それでも誰も僕に何も聞いてこなかったのは普段の態度冥利に尽きることだった。継続は力なり。

 その日の昼休み。

 僕は懲りることなく屋上の出入り口前の踊り場で昼食を済ませていた。この場所も彼女にバレてしまっていたけれど他に良い場所も思いつかず、結局はここに足を運んだのだ。結構頑張って上ってきた。

 ちなみに先客がいた。

「ふぁいとー。ほらほら、もう少しだよー」

 大空翔子は面白そうにそんなことを言いながら僕が階段を上る様を見ていたのだ。

 せっかく上ってきた労力を無駄にしたくない気持ちと多少の意地もあり、彼女がいたことにも関わらずここで昼食を済ませることにしたのだ。

 先日のお礼にと怪我した箇所を散々に責め立てられながら昼食を済ませることになったけれども。

 そしてそこからの帰り道。

「いや、いい。やめて。やめてくださいお願いします」

「遠慮なんてしなくていいってー。あたしも怪我してたから辛い気持ちわかるしぃ」

「わかってない。キミは僕の気持ちなんて全然わかってない」

 大空翔子に無理矢理に腕を取られ階段を下りていた。『肩貸してあげる』なんて優しい言葉なんて一切なく、僕は関節をキメられているかのようにがっしりと腕を取られていた。

「痛い痛い! 僕は腕だって怪我してるんだよ!」

「それ反対の手だって先生から聞いてるしー」

「じゃあこの痛みなんだよ! 本当に痛いんだけど!?」

「あっはっはー。大袈裟だなあ真黒くん」

 大袈裟でもなんでもなく痛い。

 ほら、ほらほらほらほら、手首、手首が変な方に曲がりかけてるって!

 そんな感じでぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ騒ぎながら階段を下りていると、不意に視線を感じた。

 僕がそちらを見やると、そこにあったモノは、思わず息を飲み、腕の痛みさえも吹き飛びそうな、目の覚めるような『黒』だった。

 それは廊下の物陰からじーっとこちらを見ていた。

「あっ、絵美ちゃん! やっほー」

 大空翔子がぱっと僕の手を放す。僕の腕を掴んでいた彼女の手のひらは目の前の『黒』に向けられていた。おかげで僕はバランスを崩して数段転げ落ちることになった。しりもちをついた程度で済んだからよかったものの、このしょこたんめ。

 正体が絵美ちゃんであるその『黒』は、どうやらこちらにぺこりとお辞儀をして去っていったようだった。

「あー、行っちゃったー」

 しょこたんは残念そうに振っていた手を下ろす。

 屋上へ繋がる階段は校舎の端に位置しているものの、上り切るには必ず一年の教室がある三階を通らなければならない。だから絵美ちゃんがいるのにも不思議はないのだけれど、それにしても、やはり異様な『黒』だった。人見知りだからといって、それだけであれほどの『黒』を抱えるとは思えない。『黒』のおかげで表情がわからない以前に、僕は絵美ちゃんの顔がわからない。大空翔子の病室で一瞬見ただけで、まだ僕の記憶には刻まれていないのだ。覚えているのは長い長い黒髪だけ。それも『黒』と同化しているようなものだから僕から見た絵美ちゃんは何か植物のようにも見える。

「あの子はたしかキミの病室に来た……」

「うん。あの時の子だよ。海賀絵美ちゃん」

 海賀絵美。

 なるほど。

「人見知りって」

「うん、多分ね。友達もあんまりいないみたい。でもあなたとは違うよ。絵美ちゃんは友達いるらしいし」

「僕は別に仲間を求めてなんかいない」

「でもほら、今はあなたにも友達いるしっ」

 あの子の『黒』の原因はもちろん人見知りもあるだろうけれど、それだけではないだろう。何があの子をまっくろに染めてしまったのか、興味がある。

 僕は新学期になっても朝の慣行は続けてきた。その中であれだけの『黒』は見当たらなかった。特定の条件下にだけ現れる『黒』ということだろうか。それならばその原因として考えられるのは今この場で起きたことだ。それはつまり……、

「……僕、なのか?」

 いやいやでも、僕とあの子の接点なんて本当に何もないに等しいのに。あの子の『黒』の原因が大空翔子であるということはあまり考えられない。何度かお見舞いに行っていたようだし、僕の経験から言って、誰もわざわざ自ら『黒』の原因になるものに近づいたりはしないからだ。

 たまたま『黒』が濃い状態で居合わせただけなのだろうか。

 わからない。

 だから興味を惹かれるのだ。

「僕はやっぱり過去か未来かと聞かれると、未来だよ」

「え? 何? この前の続き?」

 あの子のことを探ろう。あの子の『黒』を探ろう。

 まずは海賀絵美という人物について知ることからだ。容姿、性格、成績、交友関係、家族構成、何でもいい。今の僕はあの子について何も知らない。

 そう、その姿さえも。

「キミにお願いがあるんだ」

「えっ、えっ!? 真黒くんがあたしにお願い!? 何なに?」

「あの子の、海賀絵美さんの写真が欲しい」

 殴られた。

「何するんだ」

「それはこっちの台詞だよ! 何かと思えばあたしに他の女の子の写真を要求するなんて!」

「別に写真じゃなくてもいいんだよ。プリクラでも写メでもなんでも、彼女の顔がわかるようなものであれば」

「そういうことじゃ、な・く・て!」

「無理なのかい?」

「無理とかじゃなくて嫌なの!」

「まあ僕なんかからのお願いなんて嫌だろうけれど、僕には頼めるのがキミしかいないんだ」

「あ、あたしだけ……。い、いやいや騙されるなあたし。これに深い意味なんてなくて現実的な問題で言ってるだけなんだから」

 やはり無理なのか。これほどまで交友関係の広い逸材がそばにいるのだから、利用しない手はないのだけれど。いつも自ら足を運んでいたところを大空翔子に尋ねるだけで済むし、情報収集速度だって僕が動くのとは段違いだと思ったのに。残念だ。

 海賀絵美を特定するのには『黒』で判断すれば事済む話しなのだけれど、やはりあの子の『黒』が常時現れているものとは限らないからな。あの子の素顔を知っておくに越したことはない。

「ひ、ひとつだけ聞かせて」

「……なんだい?」

 大空翔子はまた何かを言いにくそうにしている。交換条件を出すつもりだろうか。病院では話さなかった僕の過去のことでも聞き出したいのだろうか。全く面白くもない話なのだけれど。

「絵美ちゃんのこと……その……好きなの?」

「……ごめん、よく意味がわからないんだけど」

「だ、だから! 絵美ちゃんのことが好きなのかって聞いてるの!」

 好きとは、やはりあのことだろうか。僕が異性として海賀絵美を好いているのかと聞いているのだろうかこのしょこたんは。長年偽りの自分を演じ続けてきて、他人を見る目をデフォで身に着けている大空翔子からそんな質問が飛び出してくるとは。買いかぶりだったか。

「そんなわけないじゃないか。どこをどう勘違いしてそう思ったのかはわからないけれど、僕はあの子のことなんて何も知らないんだから好きになりようもないよ」

「だ、だって、絵美ちゃんの写真が欲しいって」

「ああ……」

 そうか、そういうことか。普通、異性の写真を欲しがるってことは対象に好意を抱いているということになるからか。

 ならばどう答えるべきだろう。僕があの子の顔が見えていないということは隠しておきたいし。何となくだけれど、ここで僕が実はあの子のことが好きなんだとか言ってしまえば願いを聞き届けてもらえなさそうな雰囲気だし。雰囲気というか、そんな感じの『黒』だし。

「妹にね、似てるんだよ」

「妹? あなたの?」

「うん。僕には妹がいたんだけど、きっと成長していればあんな感じだったんだろうなあと思って。手元には写真も残ってないからさ。でもごめん。こういうのって、やっぱりまずいよね」

「妹さん、どうしたの? あ、ううん。そういえばこの前施設の人が来てたもんね。……そういうことだったんだね。余計なこと話させちゃって、ごめん」

「いいんだ。僕はこんな性格だから自分から話しかけることなんてできなくてね。それでキミに頼もうと思ったんだけど、無理ならいいよ」

「ううん。そういうことなら引き受けてあげる。写真自体は難しいかもしれないから、絵美ちゃんの写メ送るね」

 よしっ。

 断っておくけれど僕に妹なんていない。彼女に話したのはもちろん嘘である。まっくろくろな嘘である。良心なんて無いものは痛みようがなかった。

 そして大空翔子は一年の教室に向かって颯爽と駆けて行った。いくら教室が近いと言っても、言われて即実行に移すとはあっぱれな行動力だった。屋上から飛び降りたくらいだし、これくらいは朝飯前なのかもしれない。

 僕はそのまま彼女を置いて教室に戻り、写メが送られてくるのを待っていたけれど、下校するまでにメールが来ることはなかった。

 その夜、今までこれっぽっちも待ち望んだことのなかった『しょこたん』からのメールが届いた。

 僕のスマホが鳴るのは彼女からの連絡のみなので、送信元を確認するまでもなくメールを開く。言いたくはないけれどしょこたん専用だ。

 タイトルに『待ち受けにしてね』と書いてあった。

 何か嫌な予感がしながらも僕は添付された画像を起こす。

 そこには、恥ずかしそうにうつむきながらも嬉しそうに口元を緩めていた海賀絵美と、ウインクで投げキッスをしている大空翔子がいた。

 僕はとりあえず、画像編集アプリをダウンロードすることに決めた。

 









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