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まっくろまくろなましろくん  作者: しゃーむ
12/42

海賀絵美 Ⅰ

 夏休みももう終盤にさしかかっていた。

 みんなが嫌がる宿題なんてものは僕にとっては心の友だ。終わらせなければならないという目標があるうちは何も考えずに日々を過ごすことができる。幸い、僕はそれほど頭の回転が速いほうではないために、心の友との会話を終わらせるまでに夏休みの半分を費やした。

 終わってみれば寂しいものだ。やることなんて何もない。宿題好きなら勉強しろとでも思うかもしれないけれど、宿題は学校から課せられてある強制労働であって、勉強は強制的にする必要もないのだから、僕はしない。そもそも嫌いだからだ。

 外に出れば、否応なしに多くの『黒』を見なければならなくなる。夏休みとなれば大人も子供も街中にごったがえし、僕は目のやり場に困ってしまう。イヤラシイ意味でなく、本当に。街が黒い波に埋め尽くされてしまうのだ。僕は闇夜の海にダイビングする勇気なんて持ち合わせていないものだから、もっぱら休日や夏休みなんかは家で過ごす。

 今年もそうやって過ごして、夏休みの最後までそのままのつもりだったのだけれど……まあ、予兆はあった。想定内だった。これだけで済んだとも思うべきなのだろうか。

 今現在、僕は大空翔子の病室にいた。

 夏休みに入ってここに来たのは実に三回目である。特に用事があるわけでもなく、お見舞いに出向いたというわけでもない。見舞いの品ももちろん持っていない。

 呼び出された。

 呼び出され三回目。

『今日誰も来ないから来なさい』とメールが届いたのだ。呼び出された三回とも同じメールだった。

 彼女だって特に用事があるわけではないようで、暇潰しに僕を呼んでいるようだった。いつも長居はしないから、本当にわずかな時間の暇潰し相手だろう。

 ちなみに僕に拒否権はない。断ったらどうなるから前もって通達済みだ。実行されたら僕は彼女の真似をして屋上から飛び降りることになるだろう。

「ねぇねぇ真黒くん、タイムマシンがあったら行きたいのは過去? 未来?」

 いつもこんな、テレビでも見て思いついたような話しに花を咲かせたりしている。僕が黙っていると、もうほぼ完全復活を遂げようとしている彼女のテレビのリモコンブーメランが飛んでくるので必死に答えを探す。リモコンには紐がくくられているので、もし初手を避けれたとしても二の手、三の手が飛んでくる。それは最初にここを訪れた時に経験済みだったので受け止めもしない。毛布に隠れた左手に何が潜んでいるのかわからないからだ。

「そもそも僕はタイムマシンなんて実現不可能なとんでも科学には興味ないんだ」

「何それ。夢がないよ夢がー。いろいろあるじゃない。あの時あーしとけばよかったーとか、あーならないように今頑張ろうとかさぁ」

 彼女――大空翔子の『黒』は今落ち着いている。彼女の中で彼女がどう変化したのかはいまだ僕はわからないけれど、それはやはり彼女の今後を見て僕が勝手に想像しようと思う。彼女の『黒』の原因はわかったのだし、あの奇抜な行動の意味も知ったのだからそれでいい。あまり『人』に対して深入りするものではない。

「キミは? キミはどっちがいいんだい?」

「あたしはやっぱり過去かなー。そしたら今も変わるんじゃないかなーって。足折ったのはね、やっぱりやり過ぎたかなって、リハビリ大変そうだしさ。あ、自業自得って言うの禁止ね」

 危ない。うっかり口が滑って空飛ぶリモコンを拝むところだった。

 彼女はニシシシと笑う。なんでもないようなことで何か笑う。よく笑うようになった。と思う。

「そもそも僕はタイムマシンに関しては多世界解釈を推してるから、過去は変えられないと思ってるよ」

「興味ないとか言ってたくせニシシシ」

「喋りと笑いを繋げないで欲しいな」

「興味ないーっひっひっひって言ってたくせに」

「僕はそんな悪い魔女のような笑い方なんてしたことない」

「多世界ってあれでしょーっほっほっほっ。別の世界に行くとかっかっかっ」

「うっざー」

 飛んできたリモコンをかわす。二手目、三手目もかわす。そしてついには左手の伏せられたカードがオープン。エアコンのリモコンだった。両手でのリモコン乱舞。ハイパーヨーヨーのようだった。あんな高速で飛んでくるわけじゃないからよけるのは楽だけど。

「過去に飛んで何かを変えて戻っても、よっ、ほっ、元いた世界では何も変わらないって、やっ、ことでしょ」

「とりあえず、リモコン振り回しながら喋るのをやめようか。それ病院の備品だし弁償するのはキミだからね」

 そこまで言うと彼女はようやくリモコンを脇に置いた。疲れてやめたと言う方が正しいかもしれない。息上がってるし。大丈夫か、元陸上部エース。

「そんなのつまんないじゃん」

「つまんないって言われてもなぁ。タイムパラドックスって知ってるかい?」

「ば、馬鹿にすんない! それは矛盾ってことだぜぃ」

「つまりはそういうことなんだけど……キミってなんかキャラ変わってない?」

「生まれ変わったからね。輪廻転生って知ってるかい?」

「死んでないだろうに」

「いいのなんでも。っていうか小難しい理論やトリビアなんていいからさぁ、タイムマシンがあったらどっちに行きたいの? まぁ聞かなくてもわかるけどねー」

「へぇ。じゃあ僕が行きたいのはどっちだと思う?」

「もちろん過去だよ。今の真黒くんみたくなっちゃう前にどうにかしたいでしょ?」

「残念だけど、どっちかというと未来かな」

「ええー? なんで? どして? 絶対過去の方がいいって。みんなだって絶対過去って言うよ」

「それは僕についてのことを言ってるのかわからないけれど、まあ、僕ってさ、誰も知らないことに興味が沸くっていうのか、そういう気質があるみたいでさ。だから過去よりも未来がいいかな」

「あたしのスリーサイズ教えてあげよっか?」

「…………いや、そういうのは、いい」

 再びリモコンブーメランが投じられた。予測はしていたのでよけようとしたものの、今まで縦振りだけだったのに、今度は横振りで攻撃してきた。咄嗟に反応できずに脇腹に喰らう。

「おおぅ……」

 痛い。具体的に言うと肋骨が痛い。

 今まで触れてこなかったけれど、彼女はこれまで陸上をしてきたせいか、スタイルはそこそこいい。胸の部分は邪魔になるようだから削ぎ落としているみたいだけれど。彼女の名誉のために言っておくけれど、ないことはない。あるにはあると言い換えることもできる。まあ普通にある。

「なんか間があったし。あたしの胸見て言ったし」

「…………」

「なんか言えよこらー!」

「優等生の弱点はその御心の小ささにあるというわけだね。外部も含めて」

「新学期になったらあなたの教室におべんと持って毎日行ってあげようか?」

「キミの友達抜きなら歓迎するよ」

「……あ、えっと、うん、そうなんだ」

 ふふん、引いたか。そうだろうそうだろう。僕と毎日一緒にいたら本当に友達が誰もいなくなるからな。人が寄り付かないことは僕にとって最大の武器なのだ。

「ねえ、あなたの話ししてよ」

「ん?」

 随分と唐突だった。それと何やら鋭い眼差しを向けられている。胸のことがそれほど気に障ったのだろうか。謝るつもりなど毛頭ないけれど。

「前にあたしの話しはしたでしょ。だから今度はあなたのこと聞かせてよ。子供のころの話しとか」

 僕の弱みを握りたいのだろうか。そんなものはすでに力いっぱい握られているというのに。まあ昔の話しをしたところで僕の弱みにはならないけれど。でもそれをわざわざ話してやる必要もない。

「子供のころの話しは大人になったらするよ」

「うん、そういうのいいから聞かせてよ」

「えっ。……あ、いや別に人に話せることなんか持ち合わせがないんだけど」

「今からでも友達呼ぶよ? 多分すぐに来てくれると思うけど」

 切り札を惜しむことなく出してくるな。

 もう帰りたい。いや、帰ろう。すぐ帰ろう。

 ちょっと話題作りにお小水にでも、と言おうとしたところで、ドアがノックされた。

 僕と彼女はどちらからでもなく目を合わせる。彼女はそれから首を横にふるふると振った。『誰?』『知らない』が彼女の中での二人の会話。『もう誰か呼んだのかよ』『呼んでないよ』が僕の中での二人の会話。『一人?』『ううん、たくさん』でないことを祈ろう。

「はい」

 と彼女はノックに返事をした。

 できればやめておいて欲しかった。ドアの前にいる人物が誰であれ、僕は誰も来ないことが条件でここに来ているようなものなのに。例えドアの向こう側の人が看護師だったとしてもそれは同じだ。

 ドアが開く。

 そこには花束を持った少女が立っていた。

「あっ」

 と声を上げたのはその少女だった。僕の方を見て、驚いているようだった。

 僕と、その少女の目が合った瞬間。

「うわぁ……」

 今度は僕が声を上げる番だった。一瞬だった。僕が彼女の顔を見ることができたのは本当に一瞬だけだった。なぜならば、少女が僕を見た瞬間に影人間と化してしまったからだ。

 多少なりともショックだった。

 たしかに僕は人を寄せ付けないことを自分自身でも自覚はしているけれど、初対面でこれほどまでに僕に対しての『黒』を見せつけられたのは初めてだったから。容姿は割と普通だと自負しているんだけどなぁ。

「あーっ、絵美ちゃんだー! やっほー。またお見舞いに来てくれたの?」

 少女絵美。以下絵美ちゃんは、多分慌てた様子で首を縦にも横にも振った。長い黒髪が縦横無尽に飛び回る。僕から見えるそれはちょっと怖い。しょこたんは笑ったまま首を傾げ、傾げ、段階的に曲がっていった首は九十度折れて耳が肩についた。それも怖い。笑う折れる首と影舞い乱れる黒髪で病室が一気に妖怪墓場と化した。

「ご、ごめんなさいッ!!」

 そして絵美ちゃんは持ってきた花束を大空翔子に投げつけ、走り去って行った。結構な全力投花だった。

 開け放たれたままのドアを閉めて、僕は尋ねる。

「悪いことしたかな。友達かい?」

「ううん、違うよ」

「そうなんだ」

「一つ下の後輩の海賀絵美かいがえみちゃん。絵美ちゃんと初めて話したのはお見舞いに来てくれた時だから、友達とは言えないかなぁ」

「初めてって、部活の後輩じゃないのかい?」

「違うよ。絵美ちゃんは美術部」

「ああ。まあ陸上やってる風には見えなかったけど」

「に入りたいと思ってる一年生」

「美術部違うじゃないか」

「だってうちの学校美術部ないじゃない。去年まではあったけど、全員三年生だったから廃部になったんだよ。どうして知らないの?」

「そうなんだ。僕は部活って興味ないからね」

「まあうちの学校は二人からじゃないと部として認められないからね」

「察してくれているようで助かるよ」

 僕はドアを開けて病院の廊下を見る。もしかしたらその辺りに絵美ちゃんがいるんじゃないかと思ったけれど、もうどこにも姿は見えなかった。

「彼女、どんな顔だったっけ?」

「え? 何?」

「いや、なんでもないよ。どんな子なんだい?」

「お見舞いには来てくれるけど、こっちが話題に気を遣わないといけないくらいおとなしくて口数少ない子。さっきだってあなたのこと見てすっごく慌ててたでしょ。人見知りなのよ、きっと。いい子なんだけど」

「ふうん……」

「何? 真黒くんって絵美ちゃんみたいなおとなしい子が好きなの?」

「さっきの様子でおとなしいなんてわからなかったけどね。まあお喋りな人よりも僕は好きかな。男女関係なくね。むしろ喋らないくらいでいいけど」

「そ、そう……」

「でもどうしてお見舞いに? 友達って関係でもなければひとりでなんてなかなか来ようとは思わないんじゃないかな」

「…………」

「まあ考え込むくらいならわからないんだろうね。まあキミはいろんな意味で有名人だからそういう見舞客だって来るんだろう」

「…………」

「しかしあの逃げ足なら陸上部でも活躍できそうだったね。リレーのアンカーとかどうかな?」

「…………」

「ん?」

「…………」

「どうしたんだい? 急に黙りこんで」

「…………」

「んん~?」

「…………」

「じゃあ、僕は帰るよ」

「…………ッ!」

「さようなら」

「…………ッ!!」

 なんか最後は手を伸ばして引き留めようとしてみたいだけれど、僕はそのまま病室をあとにした。もし不意に誰かが訪ねて来たりして、また僕が居合わせるようなことになれば迷惑だろうし。帰りたいし。

 その夜、大空翔子からの罵詈雑言の嵐が僕のスマホを襲った。

 切っても何度も鳴るものだから、電源を落として、寝た。






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