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まっくろまくろなましろくん  作者: しゃーむ
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大空翔子 Ⅸ

「えっと、何から話したらいいかな」

「そんな顔しないでよ。あたしだって人に話すのなんて初めてなんだから」

「無理に話さなくてもいいって? あたしは無理にでも話したいし聞いてもらいたいの。こうなってみて、やっと話せる相手が見つかったっていうのかな」

「えっと、そうだね、あたしってさ、前はもっとわがままっていうか、自己中だったっていうか……。あ、前っていうのはもうほんと小さいころの話なんだけどさ」

「今もわがままって……そんなこと言えるのあなただけなんだからね」

「でもさ、子供のころってみんなそういうところあるでしょ。じゃなきゃ可愛くない子供だしさ。でも、あたしってそれがひどかったっていうか、いつも親を困らせてて」

「保育園とか小学校でも、他の子をいじめたりして、学校の先生からうちの親、呼び出されちゃったりしてさ」

「もちろんあたしだって親に怒られて泣いたりしてたけど、それでも懲りないやんちゃっぷりだったのね」

「だから怒られたくないようにいい子になったって? 違う違う、懲りないって言ったでしょ? 親の困った顔見るのも好きだったしね。先生に頭下げてるうちの親見て馬鹿みたいって笑ってた」

「そう。その通りでさ、ひどい子供だったんだ」

「でもさ、そういうのって、自分に返ってくるっていうか、そんな感じになっちゃって」

「あたしが怒られてる間はよかったんだけどさ、いつの間にかあたしのことで両親が喧嘩するようになっちゃってさ。それがあたしのせいだって気付いたのも、もう随分と両親の仲が悪くなってからだったんだよね」

「最初は互いの教育が悪いとかで怒鳴りあってて、それから家の中で家族の会話っていうのがなくなって……あたしがいたずらしても見向きもしなくなっちゃって」

「そ、そりゃあ自業自得だけどさ。キミはまだいいよって、あなたの両親も? ああ、いいよ、今はあたしの話しだから」

「きっかけは単純なことだったなぁ。それからあたしも学校とか楽しくなくなって、あからさまに元気なくなってさ。でも、その当時に仲良かった子が一緒に遊んでくれてたんだ」

「その子が家に遊びに来たの。両親の仲が悪くなってから誰も家には呼ばなくなってたんだけど、その日はその子がどうしても来るっていうから」

「そしたらね、お母さんがおかえりって言ってくれたの。たまたま家にいたお父さんも笑ってお菓子をくれたの」

「もちろん、大人の事情ってやつでさ、体裁っていうのがあったと思うんだけど、久しぶりに両親の笑った顔を見たんだ」

「なんかね、嬉しかったの」

「また友達を家に連れてきたらさ、また笑ってあたしに構ってくれたの」

「それからあたしはいろんなことを試していったんだ」

「テストで良い点取ったことを大袈裟に言ったら笑ってくれて」

「いじめられてる子を助けてあげたことを話したら笑ってくれて」

「体育の競争で一番になれなかったことを泣きながら話したら笑って教えてくれて」

「いじめてた子と一緒に仲良く遊んだって言ったら頭撫でてくれて」

「先生に褒められたって言ったらいい子って笑ってくれて」

「運動会に来てって言ったらお父さんとお母さん二人で来てくれて」

「一番になったらお父さんが走ってきて抱っこしてくれて」

「……いい子になったらいいことがいっぱいあったんだよ」

「立派だって? すごいって? 素直に尊敬する? そうでしょ。頑張ったもん。あたしは友達がたくさん増えて、成績も良くなって、運動だってできるようになった」

「陸上を始めたきっかけ? 中学の部活でさ、文化部には興味なかったし、あたしでも走ったり跳んだりくらいできるかなって思っただけだよ。その中で幅跳びがあたしに合ってたみたいだったから」

「それに陸上部ってどこでもあるし、ほとんど個人競技でしょ。褒められるのはあたしだけ」

「え? ああ、うん……実は、別に陸上好きじゃない……」

「言う人なんて真黒くんにはいないだろうけど、言わないでよ? まあ、もう走れなくなったんだけど」

「何怒ってるのよ。結構ぽっきりいっちゃったの。走れなくっていうか、部活で陸上するのはもう無理だろうって先生のお墨付き。普通に生活できるくらいにはなるらしいけど」

「あはっ、すぐにそう言えるところが真黒くんらしいよね。他の人なら絶対そんなこと言わないよ」

「えっと、話しが逸れちゃったね」

「それでさ、あたしはいい子になっちゃったわけ」

「面倒を見れば自然と人は集まってきたし、成績が良ければ尊敬されたし、陸上で良い結果が出れば応援されたし」

「両親の仲もお見事元通りになったってわけなんだ。そしてあたしの学校生活も順風満帆になった」

「はずだったんだけどさぁ」

「やっぱり、背伸びするってきついんだよ」

「嫌でも期待されてさ、あたしなら解決してくれるとか、あたしならやるだろうとか、期待に応えるのも大変だったの」

「それはわかるって、わかるわけないじゃん。真黒くんって、誰にも期待されたことないでしょ?」

「いくら思い出そうとしたって存在しない記憶は出てこないよ」

「それでもあたしはやってのけた。無理矢理にでも、精一杯にね。誰が相手でも無理に笑顔作って。感謝されたし、親しくもなった」

「そんな大空翔子は誰からも信頼されて尊敬されたんだ」

「あなた前に言ったよね。良い人間になんてなるもんじゃないって。その通りだと思うよ」

「きついよ」

「あたしだっていっぱいいっぱいなんだよ。いつだって限界ギリギリなんだよ。でも期待に応えなくちゃならないって、いつでも笑ってなくちゃいけないって、そんな感じになっちゃって」

「友達の、先生の、両親の期待に応えなきゃって」

「みんなが求めてるのは完璧な大空翔子だったんだよ」

「そんなことしてたらさ、ふと思ったの」

「自分の部屋でさ、鏡の前で、あたし、笑ってたの」

「誰もいないのに一人で笑ってたんだよ? 怖くなっちゃった」

「誰? って」

「あたしは自分がわからなくなってたんだ」

「あたしは誰なんだろうって、鏡を見ながら思ったよ」

「自分の顔を見ながら誰なんだろうって」

「気持ち悪かった」

「だから飛び降りたの」

「あなたはあたしに死ぬ気がなかったって言ったけど、本当はそれ半分半分かな。生まれ変われるかもとか、そんなこと思ってたし」

「笑ってくれてもいいよ。そんなことあるかって」

「いいって。笑ったって。あと半分はさ、あなたが指摘した通りだよ」

「みんなのせいにしようとした」

「ずるいよね。自分が作り上げたものを壊すのを他人任せにするなって、ドキッてしたよ」

「確かにその通りだよね」

「本当の自分をさらけ出すのが怖かったから、みんなから失望してくれるように自分を壊したんだ」

「結局は何もかも中途半端で、みんなを困らせただけだった」

「本当は勉強なんて嫌いで、陸上だって嫌いなんだ。友達にだって、嫌いな人はたくさんいる。何よりも、あたしは大空翔子が嫌い」

「……今さらどうすればいいの?」

「わからないって、それはそうだよね。ごめん」


「本当に僕にはわからないよ。何を言ってやるべきなのか、何か言う必要があるのかもわからない。僕にはキミの悩みを解決してあげることはできないし、聞き役に適しているとも思えない。でもそうだね、一つ言えることがあるとするならば、決まった常套句しか吐けないけれど――」







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