狐の嫁入り
災難は重なるもの。
「いえ、私にはまだ勿体無いお話でございます。小童同然の私がお嫁にだなんて」
「お雛のやつが将兵と駆け落ちしやがってな。急遽決まった晴れ舞台だ。そんな謙遜することじゃねえよ。おめえももう十四なんだから胸を張りな」
縁側から眺める十月の空は明るい晴天でところどころに雲がぽつぽつ浮かんでいるだけだった。もしこのまま雨が降りはじめれば、身を清め、白無垢に身を包んで相手の殿方と一緒に儀式の主役を担わなければならない。晴れた日に雨が降れば若い狐の嫁は一人ずつどこかの男のもとに嫁ぐことが決められている。
「どうした。うかねえ顔して」三郎叔父さんが私の顔を覗き込んでそういった。今回我が一族に嫁を立てる番が回ってきたとき、三郎叔父さんがその選出役として選ばれた。彼は長男であり、お雛さんの父である二男の一乃助叔父さんや三男である私の父はその決定に逆らうことは許されていない。
「相手の殿方のことなら心配することはねえ。仕事熱心で立派な男だ。一人山奥に籠って人間の研究を続けるちょっと変わった男だがな」叔父さんはそういうと私の不安をかきけそうと大笑いをした。しかし私の気持ちは晴れない。
「なんでえ、それともあれか? お雛の心配か? おめえはお雛と仲良かったもんな。残念だが、そいつは終わりだ。今必死に逃亡してるらしいが時期にお縄を頂戴して首を落とす道を辿るだろうな。難儀なもんだ」
ちがうの、叔父さん、と私は心の中で訴えた。本来なら私はお雛さんの安否を心配いけないのに私の頭の中心にあるのは自分のこと。お雛さんに対してあるのは羨ましい気持ち、それからどんどん恨めしい気持ちに変化していく。
目の前に広がる小池のある庭でお雛さんと蹴鞠をして遊んでいたときのことを思い出す。とても晴れた日の昼下がりでそれでも空と関係なく雨は降ってきた。二人して急いで縁側に避難して、麦茶を片手に雨を眺めたあの日。
「天気雨ねえ」とお雛さんが私に言った。「今日も誰か若い女性が一人どこかに嫁ぐのね。私はその風習に反対よ。小さい頃はそういうものだと思ってた、でも古臭いし、それに今は・・・それに今は恋をしている」
彼女がそのときに見ていたものは目の前で細々と降る雨でもどこかでだれかに嫁ぐ女性でもなくて、自分の好きな男のことだった。今ならそれがわかる。私にも片時も脳裏から離れない男性が一人できたから。
天気雨よ、降るなら降れと私は空に問いかける。私は一人の男性のことを思いながら別の男性のところに嫁ぐのだ。お前たちが快晴の空を広げながら雨を降らすように、お前たちの望むままどこかに嫁ぐのだ。表面は笑顔でも心の中に涙をしとしと流しながら。
ぽたぽた、と天から雫が落ちてくる。叔母さんやお手伝いさんが私のところにどたどたと走ってきて、急いで身の支度を手伝おうと私を風呂に引っ張っていく。この手を振りほどいて彼のもとに走る勇気を私は持ってなかった。十四歳の少女はなすがまま大人たちのいうことから抗えなかった。