第12話
──どこでどう間違えたかといえば
最初から間違っていたとしか、言い様がなかったんだ。
怒りや悲しみが理由と言うには、余りにも酷い仕返しであった事は明白で
冷静に考えれば何と愚かで残酷な行為であったと──今更後悔したって遅いと分かっているが
もう、そんな事しか考えられなかったんだ。
「エディさん、死んじゃってるね」
彼女はエディ──であったそれの前に立ち、抑揚の無い声色で呟いた。
雷が鳴りそうだね、と同じレベルの出来事の様に言うドロシーは、とてもじゃないがこの状況に驚きや戸惑いを感じていると思えない。
口の中に乾きを覚え無意識に唾を呑み込む。
次第に速くなる鼓動に若干の痛みを感じながら、うん、とだけ、曖昧に返事を返した。
「ふーん・・・」
何を、今僕がするべき最善の対応は何なのだろう。
否その前に、彼女は一体いつから見ていたんだ?
「でもねぇ」
場合によっては、誤魔化す事は出来るかも知れない。
助けようと思ってたけど間に合わなかった、とか、今さっき来た所何だ、とか、後付け何て幾らでも・・・
「けんちゃんが見殺したんだよね?」
「・・・え?」
僕はやっとそこで、俯き加減の顔を少し上げた。
「──ねぇ、けんちゃん?」
彼女は口元をさも愉快そうに歪ませて、その妖しい微笑に似合わない可愛らしい声色でゆっくりと僕の名を呼んだ。
気が付けば先程までくっきりと浮かんでいた月は曇ですっかり覆われ、手に持つ灯りは一層僕等を映し出す。
しかし彼女の顔はよく見えない。
白い手と口元は見えるのに、まるで表情を隠す様にそこだけ影となって窺えないのだ。
「何で殺しちゃたのかなぁ?」
先程まで静まり返っていた空間は、ザワザワと木々が音を鳴らし、それに呼応して葉が美しく舞い始める。
証拠等ないが、彼女が魔女である事は確かだった。
「見殺して、ない」
絞り出す様に何とか発した声は、枯れていた。
ゾクッとした様な感覚を──夜のせいで体が冷えているのだ等と見当違いな理屈で済ませようとしてる時点で、僕は大分余裕さを失っているのだろう。
きっと思考回路がどうかしてるんだ。
「本当は私も殺したい?」
不意に耳元で囁かれる。
彼女は僕の一瞬の気の緩みの間に隣に移動していた──しかしその手には
「冗談のつもりですか・・・?」
彼女の白い右手から僕の首に向けられていたのは鋭利なナイフだった。
「・・・下ろして下さい」
その時、何故か僕の脳裏によぎったのはゲーム開始前に言っていた案内人の言葉だった。
──参加者を救済する事も殺傷する事も良しとします。
つまり僕がエディを殺しても、ドロシーが僕を殺しても、その行為を咎められる事は無い、と。
このゲームでは殺し合いが公認されている──と、暗に言っていたのだ。
「他人は平気で殺せるのに自分が殺されるのは嫌なんだ」
「!」
──彼女の言った言葉は僕の心を抉るに充分な破壊力を持っていた。
本当に、全くその通り過ぎて返す言葉も見つからない。
「それで? 私が黙ってあげれば、けんちゃんは平凡な自分を貫き通して過ごすのかなぁ?」
見下しにも似た哀れみの声が、僕を更に追い詰める。
「何時だって──周りを上手く騙して、自分が傷付かない様に頑張ってきたのでしょう?」
「別に、そんなつもりじゃ無い」
「でも自分の考えを意識的に操作しながら生きてきたよね。それは演技って言わないの?」
「そんな事は人間なら誰しもがしてる行為だ! 俺だけじゃないだろ!?」
気が付けば言い訳めいた様に怒鳴っていた。もう、それ以上は堪えられなかったから。
波乱万丈とか非凡が良い何て、甘ったれた奴が刺激に酔いたいだけだ。
僕は──只、平凡な生活の中で桜雪が隣にいてくれれば充分なのに。
「けんちゃんと関わる人は、傷付けられて可哀想」
──だけどまるで破滅の呪文の様に、彼女の言葉は僕の心を呑み込んで壊そうとする。
「だけどね」
彼女の両手が僕の頬をそっと包み込む。
「一番可哀想なのはけんちゃん」
そんな
そんな哀れんだ瞳で見ないで。
──僕は思いっきり彼女の腕を突き飛ばし、がむしゃらに駆け出した。
汗でじんわりと湿った拳にライターを握り締める。
そのせいで真っ暗な足元は酷く不安定であったが、それすら気に止めず全速力で前に進んだ。
段々と息が乱れてくのを感じても、足を止める事なんて出来ない。
足を止めれば、得体の知れない何かに捕まえられそうな気がしたから。
「──っ、げほっ・・・ぅえ」
障害物が無ければ、倒れるまで永遠に走り続けていたかも知れない。
けど生憎に、前方には大きな湖が広がっていた。
それでもかなりの時間、走り続けていたと思う。一般の中学生男子がむせて涙目になる位には。
「あー、ロープ持ってくるの忘れた・・・」
ついでに言えば、ヘッドライトも置いてきていた。
「・・・別に、良いか」
無防備に仰向けになっている姿は、狼にとって絶好の獲物だろう。
しかも猟銃は肩に掛けてあるからとっさには撃てれない。
──だから何だ。
「喰いたいなら喰えば良い・・・」
否、いっそ殺してくれ。
不思議と自殺を考える事はなかったが、殺される分には構わないと思った。
それが当然の報いだと、朧気に思考が死に向かう。虚ろな瞳で闇を見つめた。
──何故こうなったのだろう。
ここに来る前は全て上手くいっていたというのに
自分の弱さや汚さばかり浮き出て、もう心が限界だ。
「エディ」
彼の事だって、あんなの──僕が殺した様なもんだ。
そして、その事実をとっさに隠そうとした自分の狡さが恥ずかしい。
例えどんなに悔いても、謝っても
永遠に事実はついて回る。
どんな理由があったって許される事じゃないんだ。
だけど最も許し難いのは──僕が彼を本当に大切な友だちだと思ってた事だ。
「ごめん・・・」
朝の光が森を包むまで、僕は声を立てずに泣いた。
夜明けを迎えても光を浴びない者がいる様に
もし元の世界に帰る日が来たとしても、僕の罪は一生消えないのだろう。