第11話
僕の彼女に対する想いは──常軌を逸してるのだろうか。
一般の中学生男子が同年齢──ましてや付き合ってもない幼なじみを独占したい何て
それ所か彼女に近付こうとする男に殺意にも似た怒りを抱く何て・・・
「賢治」
「は? あぁ悪い、聞いてなかった」
声に釣られて返した台詞はどこか誤魔化し地味た感じになって、何となく虚勢を張っている様な気分だった。
目を合わせればエディも僕をジッと見つめ返す。
その瞳に嫌悪を感じた訳ではないが、妙な居心地悪さから自然を装ってフッと目線を逸らした。
「──桜雪ちゃんと付き合ってたりするのかい?」
・・・はは、まだその話題を持ち上げたいか。
目線を逸らしたまま溜め息混じりの苦笑を浮かべる。
暗くてお互いの表情が見えにくい事が有り難かった。
「別に、付き合ってない」
まぁ、返事をするならこうとしか言い様がないだろう。
「そう、でもそうは見えないよ」
その言葉に惹き付けられる様に、僕はもう一度エディの方に顔を向ける。
彼からすれば今の僕の表情は意表を突かれた様な、滑稽地味たものに見えたかも知れない。
だけどどうかそれを子供みたいだと茶化さないで欲しい。
だって彼の声色が何時もと違って低く、そのくせ色っぽく、まるで僕を挑発してる様に聞こえたのだから。
そしてその証拠に僕が彼を見つめた瞬間──彼は酷く大人びた顔をして笑ったから。
「どうかしたの?」
こいつ・・・
「それ、からかってるつもり?」
「そんな事無いさ。でも、桜雪ちゃんの事になると急に態度が変わるね」
「・・・冗談好きなのは知ってたけど、あなたは冗談と不愉快の境界線はしっかり弁えている人だと思ってた」
「僕はまだ何もした覚えはないよ。それとも勘に障る事でもあったのかい?」
「それをいうならエディこそ何かあったのか? 様子がおかしい事位、俺にだって分かる」
僕は努めて冷静であろうと、この不毛な駆け引きのし合いに終止符を打つ事にした。
餓鬼じゃあるまいし延々と喧嘩腰で突っかかり合う何て馬鹿げてる。
エディが珍しく悪ノリである事にも原因があると思うが、僕が一々桜雪の事に敏感に反応するのもいけないんだ。
付き合ってるか聞いて何が悪い、恋絡みの話でエディがからかったって、それに真剣に怒るのはみっともない。
だから・・・僕から折れ、エディの様子の変化について促すのが最善の方法なんだろう。
そう自己完結し、僕はこの不穏な流れを変えようと考えていたんだ。
「僕の様子なら変わっていないさ。数日関わった位で知った口を利かないでくれないかな」
だからまさか彼が更に事態を悪化させようとする何て考えもしなかった。
刹那、あまりの面倒臭さに立ち去ろうかと考え──その衝動を消し去った。
ここで僕まで投げやりになれば最悪な展開になると、嫌でも予想は出来たから。
一瞬の躊躇の後、気を取り直して話を続ける。
「さっきから何苛ついてるんだ。俺に原因があるなら話を聞くし、腹の居所が悪いだけなら終わりにしないか?」
「だから別に苛ついてないって」
「それならそれで構わないよ。だけど、苛ついてないにしたって今のエディは変だ。それ位は認められるだろ?」
「・・・・・・」
彼は冷めた瞳で僕を見上げ、そのまま押し黙った。
こんな顔をする彼を僕は知らない。
そうなんだ。数日間の間である程度彼を理解していたつもりだったけど、それは僕の勘違いで──実際は何にも知らなかった訳だ。
だけど、知った口を利こうとする程に特別な数日間を過ごしたと、そう思っていた僕は馬鹿なのだろうか?
少なくとも、僕は彼等を1年以上付き合いのあったクラスメートよりもずっと信頼している。
だから──そう。この温度差に胸が傷んだとしても、それは人間として極普通の心境なのだ。
だけど不器用な僕は悲しい態度何か出来ないし、彼が本心から言った訳ではないと、そう信じるしか出来なくて
「・・・こんな言葉を吐いたって、君は澄ました顔してるんだね」
あぁ、嫌だ。
体がずっしりと、鉛の様に重くなる。
けしてそんなつもりではないのに。
「僕が思うに、賢治みたいな人間は世の中にも桜雪ちゃんにも合わないんじゃないかな」
もやもやと暗雲は心の中に立ち込まり、やがて悲壮の雷は落ちてくる。
「合わ・・・ない・・・?」
これが春の狂気と言うならば、一時的なものだと罪を和らげる事は出来るのだろうか?
「そうだね。君には一般的な情が乏しい様に思えるし、人間味に欠ける。まるで超高性能の人型ロボットだ」
どこかで小枝が折れた音した。
草木が踏み潰された音もする。
北の方角に、先程から何かが勢いよく向かってくる気配がしていた。
「な・・・」
彼の高圧的だった瞳が揺れるのに──そう時間は掛からなかった。
続けざまに銃声が森に木霊する。
趣味というだけあって流石に手馴れた腕前の様に思えたが、何せ一度に6匹だ。やがて形勢は逆転した。
「賢治っ、上から銃を撃ってくれ!」
「・・・・・・」
「賢治、何か言って・・ぅあ゛あぁああーっ」
苦痛に顔を歪めて叫ぶ彼の声もやがて弱まり、遂には途絶えた。
彼を囲む様に群がっている狼のクチャクチャとした音がやけに森に響く。
食事が済んだと同時位に狼は僕の存在に気付いたようだが、暫くすると静かに去っていった。
その一部始終を黙って見ていて感じたのは、どこかぼんやりとした虚しさだけだった。
人間が肉片の一部と化す光景を直に見て凄いとは感じたけど恐ろしさは感じない僕は──彼のいう通り人間味に欠けているのだろう。
「・・・彼?」
彼って、誰だ?
僕はゆっくりと記憶と現実を結び付け、やがて一つの答えに辿り着いた時、目線の先にある物体を見つめた。
原型を留めてないそれが何かは──最早判別が出来ないが、確かに助けを求めていたのは
「エディ」
あいつだけだ。
僕は飛び降り、それに駆け寄る。
血生臭い異臭が鼻にきたが、それすら構わず残っている肉片に触れる。
柔らかくまだ温かいそれは、確かに先程まで生きていた事を物語っていた。
「う・・・ぁ」
後退った拍子に片足が滑る
立ち上がろうにも腰に全く力が入らなかった。
「あーあ」
「!」
──こんなに深い闇の中でだって
僕らが道に迷わない様に
どうか月明かりだけでも照らしてくれないだろうか?