第6話
──古来の人々は獲物を追い、狩猟をする事によって生活をした。
それは食物連鎖の一環であり、生きてゆく中で必要な行為だったと言える。
それは現在でも一部で行われるいるし、趣味や仕事としても受け継がれてる。
しかし時に獲物は狩人に牙をむく。
武器を持たない人間は野性の凶暴な動物に勝てれない・・・それが夜の森の中なら尚更に。
──狩られる恐怖に震える長い夜が、もうすぐ始まろうとしていた。
「うーん、どうしようかな・・・」
地図とにらめっこし安全な場所を模索する。
僕等は食事もそこそこに、桜雪の部屋に集まって作戦会議を開いた。
まぁ作戦会議というよりは、知恵を出し合って皆で夜に備えようという主旨だと思うけど。
「ねぇ、自分の場所から一番近い小屋に朝まで籠もってちゃいけないの?」
発案者のエディが地図を見ながら話し掛ける。
「それは不安だな。狼に突破される恐るもあるし・・・小屋は100平方キロメートルの範囲にたったの10カ所。着くまでに狼に遭遇する可能性が高い。それに小屋の近くに狼等が彷徨いているかも知れない。その方法は余り期待しない方が良いな」
僕も地図から目を離さない状態で問題点を指摘した。
あぐらをかいて腕を組み、自分の持っている知識や情報をフル活用しようと考えるが別段良い策は浮かばない。
「そっか、でも賢治ってやっぱり先を考えてるね。そこまで考えつかなかったよ・・・」
「わ、私もですっ、てゆうか私何か全然閃かなくて・・・エディさんは充分考えてますよ」
うなだれるエディに慌て、励まそうと明るく話し掛ける。
「あ、ありがとう」
その労りに元気づいたのか、年下の女の子に励まされる事に照れてれくささを感じたのか、顔を少し挙げて小さく微笑みを浮かべながらお礼を言った。
それ以後弱気な発言を洩らす事も無く、時折唸りながらも必死に考えていたが、特に策は閃かなかった様だ。
「・・・・・・」
床一面にきっちりと敷かれたフワフワの真白の絨毯を背に仰向けになる。
薄黄色のカーテン。
デザインがストロベリーアイスクリームの置き時計。
白い棚の上に置かれた沢山の人形。
衣服を収納するのに使いそうな、大きめのクローゼット。
白地にカラフルでキラキラとした装飾品を散りばめた可愛らしいベッド。
桜雪に用意されていた部屋は僕等に用意された黒・白基調のシンプルな部屋とは違い、随分と女の子らしかった。
中学生が使うには子供過ぎる部屋も、桜雪となると何だか似合ってしまうから不思議。
仰向けになって良く見える、色とりどりの星が描かれた天井もまぁ笑って済ましとこう。
口元を少し緩め、僅かに笑った瞬間──ふと策が浮かぶ。
「ライター」
「「え?」」
僕は小さく呟きを洩らした。それに反応した桜雪とエディの声が重なる。
2人は互いに顔を見合わせ、あはは・・・等とぎこちなく笑い合う。
何だろう、何かまた頭痛がしてきた。5回戦が始まるまでには治まってもらわないと困るのに。
「そ、それで賢治。突然どうかしたのかい?」
「あぁ・・・案内人が懐中電灯かライターどちらかを渡すって言っただろ。もし選ぶとしたらライターの方が良いと思ったんだ」
「何で?」
桜雪が不思議そうに首を傾げる。
「──獣は火を恐がるから」
それに応えたのは、地図を片手に終始無言だったアリアだった。
「流石・・・」
明るい表情でアリアに微笑む。
「アリアの言う通り獣は火を恐がる。懐中電灯は広範囲に明かりを灯すし、落としても拾いやすい。だけど本物の火なら狼が恐がる可能性もあるし、色々使い道もある・・・」
「使い道?」
「そう、あの後に3つまでなら道具を用意しても良いって言ってただろ」
「うん」
今回のゲームは危険が大きいので、とゆう理由で道具を3つまでなら用意出来る事になった。
この追加ルールを使わない手は無いだろう。
「どうやって対策するかは、自分の頭次第だな」
「う〜ん・・・かなり怖いなぁ」
桜雪は不安そうに溜め息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。
白地に春らしい花柄を誂え、大きめの白いリボンを前に付けたフレアースカートが小さく揺れた。
桜雪の私服は女の子らしさの中にも大人っぽさを兼ねたデザインが多い。
そのまま桜雪がドアの方に向かうので、声を掛けた。
「用事?」
「ドロシーさん戻らないから、ちょっと捜してくるの」
途端に胸の鼓動が速くなる。
ひらひらと手を振って出て行こうとする桜雪の腕を、僕は思わず掴んでいた。
「けんちゃ・・・」
「俺が捜しに行くから、桜雪は2人と部屋に居て」
「何で・・・?」
桜雪は要領が掴めないといった表情で僕の顔を見つめる。
エディとアリアも僕に視線を向けているのを感じた。
「・・・・・・」
一瞬、本当の事を言うべきか言わざるべきか葛藤する。
──あの女性が桜雪やこのメンバーに対して何か危害を加えた訳じゃ無い。否、僕自身もそんな事はされてない。
だけど、その気になればいつでもやってのける可能性は充分有るのだ。
それを知ってるのは恐らく僕だけで、防ぐ事が出来るのも僕しかいない。
しかしあの出来事をこの場で皆に話した所で仕方ない、と心の中で舌打ちする。
あの女性の言いようの無い不気味な怖さは、説明だけで理解出来るものじゃないのだから。
「・・・飲み物取るついでだから、深い意味は無いよ」
何でも無い顔してニッコリと微笑み掴んでいた桜雪の腕を放して皆に飲み物の好みを尋ねる。
数秒の間に自分の中でケリをつけ、結局誤魔化す事にした。
「何かビックリしたよー、けんちゃん凄い真剣な顔するんだもん」
「あはは・・・ごめん・・くっ」
・・・腹の中が気持ち悪い。
「ど、どしたの?」
口を抑え俯く僕の顔を、桜雪が心配そうな顔で伺う。
「・・・平気。じゃ行ってくるね」
ドアノブを回して、部屋を出る。
扉が完全に閉まる音を確認した後、僕は笑顔を消して小さく溜め息を吐いた。
「痛・・・」
途切れない頭痛と、僅かな吐き気が混じり合う。
廊下を歩く足取りは妙にふらついて、その動きはどこかスローモーションの様な感覚だった。