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REAL GAME  作者: 野澤 ちか
54/77

第7話

嫌だ、嫌だ。


僕らしくない。冷静になれよ、馬鹿。


気持ちとは裏腹に体は酷く強張って、全身が疲れていた。













食事を食べ終わってもまだ、40分位時間に余裕があった。


特に荷物を持って来た者も少ないから、あまり席を立とうとする人はいない。


「・・・・・・」


猛烈な吐き気が押し寄せる。


一向に引かない汗をウザったく感じた。


くそ・・・っ


「け、賢治?」


僕は勢い良く立ち上がり、その衝動で倒れた椅子にも気を留めずこの場から走って出た。


どこに行く目的も無い。


でもこれ以上あの場所に居るのは耐えられなかった。


そのままずっとがむしゃらに走り、息も切れ切れになった事に気付いてようやく立ち止まる。


「はっはっ、はぁー・・・」


何も、何も考えたくない。


このまま意識を失って、1人置いてけぼりをくらっても構わないと思った。



「けんちゃんっ」


フヮッとした、明るい声が呼ぶ。


「・・・桜雪」


「もしかして部屋に忘れ物?」


「いや・・・」


「じゃあーお喋りしよう?」


その言葉にポカンとしながらも何とか良いよ、と呟く。


桜雪はそれを聞くとニッコリ笑って、本当はそれが目的で追いかけたんだ〜と、可愛らしく前髪を撫でた。


僕はその場であぐらをし、彼女は壁に背中を預けて、もたれかかる。


「・・・俺、全力疾走だったんだけど」


「私は剣道部のエースだから。並みの体力だと稽古は出来ないんだよ〜っ」


それを聞き、桜雪が町内マラソン大会の女子の部で優勝した事を思い出しす。


「けんちゃん──手ぇ震えてる」


「・・・大丈夫」


もう、作り笑いも出来なかった。


桜雪はそれ以上喋らずに、僕の手を見つめる。


無理に話さなくても良いよって、そう言われた気がした。


「・・・何か俺らしく無いよな。緊張して恐くなった」


やっと乾いた笑いを浮かべて見せる。


──いけない、普段の僕に戻らなきゃ桜雪が心配する。


けれど、桜雪は同調して笑ったりはしなかった。


只、真摯に僕の手を見つめる。


「・・・何も詮索しないの?」


「けんちゃんが辛くなる事は無理に聞かないよ」


穏やかに微笑む彼女の優しい目が、僕には泣きたくなる位きれいに見えた。


優しくて、優し過ぎて甘えたくなる。


どんなに酷い事を言っても許してくれるんじゃないかと、考えたくなる。



──そんな都合の良すぎる想像、迷惑だと解っているのに。


桜雪は腰を下ろして僕と視線を合わし、静かに僕の手を両手で包んだ。


瞼を重々しく伏せ、俯き加減に喋る。


「らしくない何て言うの変だよ。誰だって・・・ゲームの時は緊張するし恐いんだから。震えたって怯えたって良い。恐怖や緊張を受け入れて・・・そうやって人は壁を壊して前に進むんだから」



───弱い奴。


頼もしいなんて、クールなんて嘘何だ。


桜雪の前で弱々しい自分を、駄目な自分を見せたくなかっただけ何だ。


得意の出来る人の仮面を被って、上手く立ち回ろうと思ったけど


それでも死のプレッシャーに耐えられずに、ナツキを身代わりに自分は逃げた。


そのくせ、ナツキが1人の人間としての人格を象っていると気付いたら


僕自身が脅かされると恐れて、あいつを封印した。


でもそのせいで、自分自身がプレッシャーで潰れそうになってしまう。


馬鹿馬鹿しい。こんなの自業自得だ。


他の参加者は過程はどうあれ自分の力でプレッシャーと戦ってここまで来ているのに


僕はナツキに頼って乗り越える努力をしなかった。


だから、いざ自分自身が正面から向き合えば緊張してどうしようもなくなってしまう。


──情けなくて、反吐が出る。



「覚悟・・・」


「え?」


「覚悟してたつもりだった・・・なのに苦しいんだ。冷静にしてるつもりでもずっと息苦しくて、窒素しそうで・・・いっそ消えてしまいたい・・・っ」


こうまでして生きる価値があるのか。


840人の命の上に生かされる価値があるのか。


頭の中はグチャグチャで、何を口走ってるんだと思っても止められなかった。


「けんちゃん」


華奢で真っ白な腕が僕の体を包み込む。









──先の見えない未来が


この終わりの見えない道が


僕の心を弱くする。













この世で唯一の酸素に満たされる。


彼女の前では、僕のずる賢さもドロドロとした感情も


影を潜めて入り込めない。



「桜雪・・・」


この一瞬が永遠に続けば良いと思った。

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