〜第5章〜第1話
こんなにも胸がざわつくのは
自分でも知らない僕の片鱗を見つけてしまったから。
残酷で冷たくて、利己的で強い。
持ち前の運動神経と恵まれた知能を合わせている、別の僕は
男として──いや、ヒトとして最強だと認めざるをえない。
只、生き残る上で、だけであるが・・・
───ねぇ、ねぇ賢治。
誰かが近くで、僕を呼んでいる。
耳に馴染む聞き慣れた声・・・僕はいつもこの声を1番近くで聞いている。
僕は後ろを振り返り、その声の主の姿を捉えた。
そう、この声は──・・・
「僕じゃないか」
そして特に意識するでもなく、あぁ、これは夢なんだな、と瞬時に悟った。
夢だから、僕の体は宙に浮いていて
僕が僕に呼び掛けられて
妙に冷静な気分になってしまう。
はは・・・
僕は苦笑を浮かべて彼の前に立ち、見つめ返した。
穏やかに微笑む、もうひとりの僕の瞳は全く笑っていなかったから。
「ねぇ賢治。君は僕の事を疎ましがっているでしょう?」
唐突に喋り掛ける、もうひとりの僕。
「そうだよ・・・君が居ると──桜雪に変に思われてしまうんだ。何で平凡に生きてきた僕に入り込むんだ? 分かってるなら、邪魔するなよ」
僕はハッキリと思った事を言った。
どうせこれは夢で、しかも僕が自分で作り上げたものなのに、こんな事をいうのは馬鹿気てるって解りきっている。
でも、それでも言わずにはいられなかった。
今僕の中にいる新たな人格は、僕が造り上げたんだから
夢の中でも、言えば何か変わるかも知れないと思ったから。
そして目の前にいる僕は、僕の中で14年間隠れていた潜在意識なんだから
彼の真意や意識を知っておかなければ、後々困る事になると悟っていたから。
「あぁ・・・確かにそうかもね。いや、既にここに来てから何度も彼女は君に違和感を抱いている。それと僕は、もうずっと前から君の中に潜伏していたんだよ? 君の抑えつけていた願望や不満が入り混じって、僕という人格が誕生したんだ。だから──僕は君の本当の精神を具現化した存在ってわけ」
おかしそうな顔でクスクスと笑う、目の前の僕。
僕は怒りと動揺に満ちた頭を何とか落ち着かせようと、拳をギュッと握り深呼吸をした。
「・・お前が具現化した存在だろうが、別にどうでも良いんだよ。もう表に出て来るな。俺は平凡だし、これからもそうだ。お前の入り込む所何か無い。消えろ!」
何なんだ、コイツ。
本当に僕の一部なのかよ?
こんなにも冷たくて人間味の無いコイツが、僕の抑えてきた本当の自分・・・
こんな奴が表でしゃしゃれば、いつか桜雪に被害が及んでしまうだろう。
誰に対しても本音を隠し、嘘で塗り固めた自分のまま時を過ごす。
今まで全てそれで上手くいってきたし、桜雪がそばにいてくれれば構わないと思ったけど
この人格が僕にとって危険な可能性がある上に、表に出ていこうとするなら話は別だ。
こんな精神も意識も、桜雪に知られる訳にいかない。
「──僕の事を警戒してるの? 僕は君なのに? ははっおかし・・・」
僕がジッと目の前の僕を睨み付けると、彼は不思議そうな顔でおどけた後、手を叩いて爆笑した。
「君が僕を拒否したって、無駄だよ。だって僕は君だし、君は僕だもん。僕が表に出る様になったのだって、君が望んだ結果何だから・・・そう邪険にしないでよ」
──僕が望んだ?
「ふざけんな、俺は望んだ覚えは無い」
「それは君が認めたく無いだけさ」
「違う。事実だ。俺はお前何か必要としていない」
「それは君がそう思いだけでしょう? 自分にとって都合が悪いからね。君が今まで波風立てずに上手くやっていったのだって、汚い感情を全部僕が請け負ってあげたからなのに」
僕って可哀相な立場だなぁと、溜め息をつく。
請け負う、って何の事だよ・・・?
話せば話すほど彼の言いたい事が見えなくなり、僕の頭は酷く混乱していた。
「まぁ良いよ。話ならいつだって出来るしね。僕の名前はナツキ。賢治って名前があるのに変だけど、今度から僕の事はそう呼んでね」
そう言ってナツキは遠ざかっていく。
僕は追い掛けようと手を伸ばすが、ちっとも届かない。
「待てよナツキ!」
「またね」
背を向けて手をヒラヒラと振るナツキを、苦々しい思いで追い掛ける。
ナツキ・・・
「ナツキ!」
「けんちゃんっ」
瞬間──ビクッと背中が仰け反り、僕は夢から現実に引き戻された。
「ね・・・大丈夫? けんちゃん。すごい汗かいてるよ」
そういって優しく髪を撫でる桜雪。
「大丈夫・・・少し悪い夢を見ただけだよ」
「悪い夢・・・?」
「そう、とても恐い奴が俺の前に現れて・・・でも覚めたからもう平気」
桜雪を安心させる為にありがとう、と笑って言う。
僕の愛しい君
君がそばにいるだけで、僕は救われる。
大袈裟だと一笑されたって、君がいないと僕は壊れてしまうだろう。
「けんちゃん?」
「ん・・・何でも無い」
どうか、願う。
彼女の笑顔が守られる様に
僕の平凡が壊されない様に
──君だけは、失いたくないから。