第12話
──他人なんて消えれば良い。
それが自分にとって大切な人でなければね。
例えば家族。
例えば親友。
例えば恋人。
例えば仲間。
自分の世界に関わらない人の命なんて、どうでも良い。
知り会えば、その他人も大切な人に変わるかも知れない。
でも今現在、僕は知らない。
だから後悔する事は無いだろう。
みんなだって、そうだろう?
新聞に載った、初めて知った名の誰かさんが死亡した記事を読んだからって、何も感じない筈だ。
それは、冷たいとは言わない。
僕らは知らないと言う無知によって、無関心な空間を作れるだけだ。
だから、その名も知らない誰かさんの為に涙を流すのは他の人の役割。
それは僕が死んだとしても、同じ筈だ。
湿り気のある人間関係を無数に作ったって、ジメジメしてカビが生えるだけ。
乾いた砂漠だって必要なのだ。
──少なくとも、コミュニケーションの中では。
「へ…へへっ」
横にいる男性は顔を真っ赤に染めて口元を引きつらせるという器用な事をしながら、けんちゃんの胸ぐらを掴んでまくし立てた。
「ふっふざけんな!お前みたいな糞ガキに誰が負けるか!!調子乗った事を言ってると、殴るぞ!」
と、言ったそばからもう顔を殴りつけて憤怒する。
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「やめなさい!暴力何て最低ですっ」
彼が殴られた勢いで足元をよろめかせ、後ろにあった樹木に背中をぶつけた瞬間──私は走り出して男性の前に立ちはだかった。
「うっせぇな…」
責められた醜悪な男性は、居心地が悪くなったのか、殴って満足したのかフンと鼻を鳴らし頭を無造作に掻いて背中を向ける。
心無しか、隣にいる男の子は彼の心配をしているのか、様子を観察していた。
私は振り返り、腰を下ろす。
「ね、大丈夫?体は痛みますか?」
「平気です……」
木で体勢を支えながら、ゆっくりと立ち上がる。
彼は、なにくわぬ顔でズボンを叩き、土の汚れを落としていた。
一連の動作を右手一本だけで。
──まるで何事も無かったかの様だ。
そして、その態度は男の子も同じだった。
仲間が突き飛ばされたのに、何故、心配しないのかしら?
それとも、この世界の
「仲間」など仲間と呼べる関係でもないのかしら。
考えながら、そうかも知れない、と十字架のネックレスを握り締めた。
私だって、後ろの短気で粗暴で自己中な男性を仲間とは呼びたくないもの…。
──私は神に仕え、人々の役に立つために18の頃に修道女になった。
浮かれた恋愛もせず、ひたすら勉強とボランティアの毎日。
それでも良いと思っている。両親に捨てられた私を一人前に育てて下さった第2の母、シスターの様に、私も多くの人の役に立ちたい。
だから、この様なゲームに参加してしまった事を激しく後悔している。
人の命と引き換えに3回戦まで生きている事は心苦しくて仕方ないが、生きてさえいれば、また修道院に戻ってお手伝いが出来る。
それが私の選択。
「シスター」
「はっ…はい」
突然に名を呼ばれ、動揺する。
「心配しないで。どうか、気に掛けないで下さい。これはゲームです、俺はあなたの敵ですよ」
「…人は助け合うもの、足りない所は補い合うものよ。敵の前に、同じ仲間。神の前では皆、子供。不変の真理だわ」
「それは個人の自由です。強制させるべき性質のものじゃない。あなたは神を信じて仕えれば良い。その考えを否定はしません。宗教の自由は保証されてますからね。ですが、俺に押し付けないで下さい。少なくとも、俺はあの人と兄弟とは思いたくありませんから」
ニッコリと目を細めて、親指で後ろの男性を指差す。
皮肉なユーモアだが、笑えない。
「私をシスターと呼ぶなら、キリスト教を知っている筈でしょう?あなたの国はキリスト教を嫌っているの?」
「いえ、とても有名で人気です。キリストの誕生日には、誰もかれも盛大に祝ってますよ。僕も苦しい時は神頼みしてますしね」
私は段々感情が高ぶってきた。
彼の言ってる事は、肯定と否定が混じり合っていて理解出来ない。
キリスト教を俺に押し付けるな、と言いながら、神に願いを捧げる何て変だ。
「あなたは言葉遊びをしたいだけ?」
「全て真実ですよ。生憎、俺の国は矛盾も常識としてまかり通る場合がありますから。でもその方が楽何です」
「悪いけど、理解出来ない。結局あなたは神を信じてるの?信じてないの?」
そこで、会話が止まる。
少年も男性も、目の前の相手も私も喋らず──沈黙が辺りを包み込んだ。
彼は表情を崩さずに、淡々と言った。
「神は信じない」
私は無言のまま、彼を見つめ続ける。
宗教が違うのは致し方ないと思うけど、神を信じないのは有り得ない。
彼は何にも信じれない──世界に絶望した人なの?
「でも──…」
でも、と言う言葉に2人が反応する。
一連の会話は、小さな小さな声で、耳を澄まさなければ聞こえない囁きだった。
只、最後のセリフだけははっきりと言ったの。
「神は信じないけど、天使ならさっき見たよ」
不思議な青年。
私は最後の最後で、彼を嫌いになれなかった。