第10話
僕はきっとイライラしていたと思う。
暑さと痛みとストレスが混じり合って、行き場の無いどうしようもない恨みが蓄積されていた。
でも、僕は元来そんなものを溜めるキャラじゃ無い。
小さな不快何て、のらりくらりとかわして消去してしまえる。
“別に良い、それで良いじゃないか”
そう、前まではね。
「賢治?」
「…ぇっ??」
僕はみっともなく間抜けな声をあげた。
何を驚く必要があるって話だけど…。
「シューベルトに出てくる魔王が怒ったって顔してた」
「え、本当に?」
「うん、怒気迫るって感じ。初めてみた」
シューベルトの魔王がいかほどの顔かはアリアの想像に任せるしかないが、そこまで言うんだから、かなりの顔だったんだろう。
全く意識していなかった。
「──何でだろ。多分、暑いからだと思う」
ハハ…、と渇いた笑みを浮かべても、疲れはドッと押し寄せている。
冷静に、冷静に。
言い聞かせる様に、呟いてみる。
“独りで生きて行くには余りにも危ういのですから…”
あの案内人の声が、渦をまいてリピートする。
うるさい、黙れ。
「あ」
「………何」
無表情に立ち止まる彼の視線は斜め前。
釣られて僕も、そちらに目を向ける。
「?」
視力はあまり良い方では無いから、遠くでぼやけてる何かを目を凝らしながら、じーっと見つめる。
「───人?」
遠くにいるのは、確かに2人組の人間である。
1人は男性、もう1人は女性みたいだが、ここからだとあまり細かな特徴は判らない。
どうやら女性の発見で、向こうも僕達の存在に気付いたようである。
ターゲットを確認した瞬間、一気に気持ちが静まって心も安定した。
あの倦怠感も集中力に変わる。
「アリア、行こう」
小さく頷き、僕たちは距離を詰める。
「作戦は大丈夫だ。冷静かつ集中に、早く終わらせてさっさと出よう」
「うん」
気分は優秀な仕掛け人
2人が揃えばきっと上手くいくはずさ。
「おい…よくわかんねーけど、ルールならお前たちと闘うんだろ?」
それが、この男性の第一声であった。
野太くて間抜けそうで、少し単純そうな若者の声が耳にまとわりつく。
目の前にいるのは、何という偶然か……僕の育った街でも見かけれそうな現代人であった。
「おーい聞こえてまちゅかぁ〜?シカトしてんじゃねーよ!お前、オレと同類何だろ?その制服見た事あるし」
そう言いながら、手で軽く肩を押してきた。振動で痛みが走る。
「やめたらどうですか。よく分からないですが、あなたの行為は失礼ですよ」
手で制して、咎めるような視線で彼を睨むのは、隣にいた女性であった。
黒を基調に少しスパンコールを散りばめたシンプルな服装。十字架のネックレスを首に掛け、手には薄くて白い手袋をつけている。
青い宝石のような瞳を強気に光らせて、彼女は言う。
「神は不当な行為を許しません。どんな悪事もちゃんと見ていらっしゃるのですよ」
──そうか、彼女はクリスチャン。でも別に良いんですよ。
後ろにいるアリアに、彼らから見えない位置で合図を送る。
彼は了解の代わりに靴で地面を2回叩いた。
「おい!何とか言えよな。馬鹿にしてんのかよっ!?」
……ふん、いかにも単純そうでよく動いてくれるバカだ。
これなら、緻密なパターンを考える必要も無かったな…。
「…べちゃくちゃ、うるさいですよ」
「はっ…?」
シューベルトの魔王でも閻魔でも悪魔でも、もう何だって良い。
僕は、どこまでも自分の道を独走するだけだ。
「──さっさと、3回戦を始めませんか?」
──ここからがゲームの始まり。