第7話
現代社会は、病める者で溢れてる。
人は常に何か負の思いを背負いながら、自身の存在理由と価値を知るため、又、向上心や達成感を求めて生きて行くものだ。
それが一般的な人の人生だと思うし、僕自身もあながちその通りの日々を過ごすんじゃないかと感じている。
そこにプラスαで、欲望や見栄、悪意とか、美徳心やボランティア精神を持って生きる人間もいるだろう。
何故そんな事を考えるのか……。
それは小学生の頃、祖父の家で読んだ心理学の書物の事が、フッと脳裏にかすったからだ。
祖父は若い頃に興した事業で成功し、現役を退いた今も夫婦2人で、のんびりと裕福な暮らしをしている。
僕が知るあの人は、穏やかで静かで聡明で、本が大好き。
そして同じく幼い頃から本ばかり読む活字中毒者の僕は、家まで電車で行ける距離な事もあって、週に1度は祖父の所に遊びに行った。
家の2階には大きな書斎があり、そこにはジャンルを問わず沢山の書物がビッシリと本棚で埋め尽くされていたのを鮮明に覚えている。
そこの本棚にあった一冊の書物が、例の心理学本である。
小学4年生の頃に読んだ記憶があるから、まだ読むには少し早かったかも知れないが、名に興味を惹かれてしまった。
題名は“平気で嘘をつく人たち”、作者はM・スコット・ペック──精神科医である。
彼は、人間の悪を初めて科学的に究明した。
あの頃はまだ、内容を半分も理解出来てなかっただろう。
だが、人の悪意を改めて実感し、論理的に探ろうと考え出したのは、この本がきっかけであった。
同時に、人間の性質・本質を自分なりに理解しようと努める様になる。
──映るは僕
春の日だまりの中
暖かな窓際で、ページをめくっていく。
幼い面影残すあの日
曇りない瞳は、心の中で呟いていた。
「“邪悪”って、何?」
──瞬間、口元を手で押さえる。
僕は、うっかり言葉を口に出してしまっていた。
アリアは、不思議そうな顔でこちらを向く。
「…どうしたの」
「やっ、何でも無い……」
それを手で制して、言及を抑える。
言いたくないから、って訳では無いが、簡単に説明出来る様な話でもないし。
「チートゲームの内容を説明致します」
集中して静かに耳を傾ける。
案内人はいないし、メモをとるものも無いから、しっかり説明を聞かなくてはいけない。
「皆様は、現在、直径4キロメートルの正方形な空間の中にいます。そして今、そばにおられる方がペアの相手。2人で協力して勝利を掴んで下さい」
そこだけ聴いて、フゥーと、安堵にも似たため息を吐く。
うん…、敵じゃ無くて良かった。
「今現在、29名の参加者がおられますので、基本2人1組・1組だけ3人のペアで、合計14組のペアが出来ます。各組は分散させているので、今は他のペアを確認する事は出来ないと思いますが、これから進んで行く内に遭遇することでしょう。その遭遇したペアが、今回の対戦相手となります。」
無機質だが耳によく馴染む、内に籠もらない声。
一呼吸の間を置き、さらに話し続ける。
「只、お互いにペア組を確認し合う前に、どちらか一方の組が発見した場合は、対戦を避けても構いません。しかし、両方のペア組がお互いに相手に気付いてしまった場合は、本人達の意思に関わらず強制的に対戦して頂きます」
僕は話を要約し、まとめなおす。
──つまり、僕とアリアが奥に進んで、もし桜雪がいるペアを発見してしまったとする。
それに桜雪達が気付いてなかったら、僕達は見なかった事にして対戦を避けてもOK。
しかし、もし桜雪達が同じく僕達に気付いてしまったら、お互いに嫌がっても絶対にゲームをしなければならないって事だな。
──出来るなら、その可能性は限りなく0にしたいけど。
これは…運を祈るしかない。
「尚、今回は制限時間もあります。タイムリミットは24時間。3時間毎に500メートルの幅を圧縮して、徐々に空間を狭くさせていくので捜しやすくなると思います。但し、時間内にゲームを終えれなかったペア組はそこで敗者確定しますので、あしからず……」
のろのろしてたら、死ぬって事か。
別にゆったり、ハイキングを楽しもう何て考えは無いから、構わないけど。
「次にゲームの内容ですが、その前にこちらを──…」
パチンと小気味良く指が鳴る音がしたかと思えば、目の前にある湖から2人の人間が現れた。
水の中から、である。
人は余りにショッキングな出来事に遭遇すると、言葉が出ない。
一言、質問するなら“君たち、いつからその中にいたの?”だろう。
だが他にも、奇妙だと思う個所が多くある。
2人は幼そうな男の子と女の子。
男の子はサラサラとした黒髪に、黒いスウェットみたいなズボンをはいており、女の子はウェーブが掛かった金髪に、真っ白なフワリとしたワンピースを着ている。
ここまでは、まぁ普通だ。
だけど、背中に見えるものは何?
男の子は真っ黒な、女の子は真っ白な翼を背中に生やしていた。
これが作り物なら、構わない。
前の世界なら、よく出来ていると笑えたものだろう。
でも、ここは違う。
時代や人種を超えた様々な人々が、有り得ないルールでゲームを行わされている。
正直、僕は現実主義だ。
だが、ここに来て、常識は通じないと柔軟に対応してきたつもりだ。
──だから、これも受け入れろって?
「天使と悪魔…」
先に口を開いたのは、アリアだった。
そう──この姿から連想されるのは、間違いなく天使と悪魔だ。
アリアはヨーロッパ風の顔立ちをしているな、と思ったけど、キリスト教を知っているのだろうか?
──違う!そんな事を考えてる場合では無い。
僕はゆっくりと顔を上げて、2人と視線を合わせる。
穏やかに微笑む、女の子と
冷えた瞳で無表情に口を噤む、男の子
心臓はバクバクと音を立て、僕は倒れ込みたい衝動でいっぱいだった。




