第8話
「これが全部、やっと思い出した事」
話していく内に彼女の顔は血の気を取り戻し、震えも収まっていた。
「けんちゃんは始めから知ってて…私が傷付かない様にって、ずっと黙っててくれてたんだね」
穏やかに笑う桜雪。
──でもきっと、内は悲しんでる。
「桜雪」
「私弱いねっ、1人だけ忘れて楽になってたんだもん!お母さんもお父さんもそんな話しなかったし…全然、気付かなかったなぁ〜」
「桜雪」
語尾を少し強める。
「だから、剣道してた時スッゴく恐かったんだよね。思い出しそうになるから……。ごめんね!私、けんちゃんの事も少し責めてたみたい。あ〜あ…本当に子どもだったなぁ〜」
「──桜雪!もういいからっ」
「……だって」
桜雪は目に涙を溜めて、こちらを見詰める。
「もう…自分を責めるなよ。桜雪のせいじゃ無いだろ?嫌な物を無理して受け止めなくたって良いだろ。無かった事にすれば良いんだから」
「え……?」
「──見なかった事にすれば良い。それで良くないか?自分を底に追い込んだって傷付くだけだろ。…桜雪のご両親もそう思ったから、何も言わずに黙ってきたんじゃないの?」
僕は努めて冷静に、もっともな意見を述べたつもりだった。
だが彼女の表情からだんだんと浮かんでくる否定の2文字を感じとり、僕は少し戸惑った。
「違うよ…嫌な事から逃げてたって、いつかは限界が来るに決まってる。目を逸らしちゃいけないんだよ……苦しいけど乗り越えなきゃ」
痛々しいその瞳が、真っ直ぐ僕を貫いて離さない。
「私もう逃げない、お兄ちゃんの事も忘れたりしない。……ありがと、けんちゃん。私ね、今までずっとけんちゃんに頼り過ぎてた。だから心配しちゃうんだよね。もう大丈夫だから、良いんだよ…」
それは自立
それは羽ばたき
桜雪はもう、逃げる事しか出来なかった7歳の子供では無いのだ。
「けんちゃん?」
桜雪は自分で作った重い壁を自身の力で崩し、光を浴びた。
記憶を取り戻したのだって、彼女がトラウマを乗り越えようとずっと葛藤してたからだろう。
──その結果、彼女は闇を抱えながらも前に進もうとしている。
「良かったね…でも無理しちゃ駄目だよ。桜雪らしく頑張れば良いんだから」
「うんっ」
たけど、僕は君のように前に進む事は出来ない。
僕の孤独は
僕だけの物
「皆様、中央のスクリーンをご覧下さい」
突然、例の無機質な女性の声が参加者を引き付けた。
スクリーンには、325/1000と言う文字が大きく映し出されている。
「これをもって、第2回戦を終了したいと思います。尚、今回のゲームは2人1組で争うゲームですが、他会場では参加者が奇数の場合もありましたので、その場合は余った方同士で組ませて頂きました。よって、2回戦の勝者は325名となります。では解散致しますので各部屋にお戻り下さい。夕食は6時半からですので、時間厳守で。では、失礼します」
女性の一礼を合図にゾロゾロと勝ち残った参加者は帰っていった。
「私も部屋に戻るねっ!またね」
「うん…」
ひらひらと手を揺らす満面の笑顔の彼女を、僕は暗澹とした思いで見ていた。
遠ざかる後ろ姿を見つめながら
心まですれ違っていくのを感じていたが、その心情は酷く穏やかで、ふちの無い水の様にどこまでも“動”が無かった。
──君となら、上手くやっていけると思ったんだ。
本当に大切な女の子
好きな気持ちに嘘何て1つも無かった。
──でも世界は崩れ始めたのだ
むしろ必然の様に。
君との、子どもの様に幼くて楽しかった歩みはここで終わりだ。
出来るならずっと一緒に心が通じ合えたらと思っていた。
「……さようなら、愛しい人」
誰もいない空間に、独り小さく呟いた。
この道は
誰とも歩めない。