第6話
夏の名残を見せた昨日と比べ、今日は曇りがちで雨が降りそうな天気だった。
お母さんに頼んで、けんちゃんとゆっくりお話したいから、って言って出て行って貰う。
私はどんな気持ちでけんちゃんを待っていたんだろ?
嬉しいとかドキドキもあったけど、どうしてもあの日の事を思い出すと手放しに喜べない複雑な心境だったはずだ。
そういえば、けんちゃんは何時に来るんだろ?
私は封筒から手紙を抜き出し確認するが、時間の事は書いてない。
そうなると、ずーっとこの気持ちで待ち続けるの苦しいなぁ……とベッドと仲良くなってしまう。
私は単純に眠りこけてしまった。
けんちゃんは大切な人です。
でも、それ以上にお兄ちゃんの事が好きだったと思う。
殴られても
お酒飲まされても
暗闇にずっと置いてきぼりにされても
それでも、大好き。
だってたった1人のお兄ちゃんだもん、代わり何て見つからない。
だから
だからあなたに
「────────…」
心地良い風がスッと肌に馴染みこむ。
冷たい温度も、布団にずっと潜り込んでいた分、気持ち良かった。
誰?
誰かいるの?
「おはよう」
「けんちゃ…?」
私の横でイスに座ってるのは、間違いなく彼──けんちゃんだった。
「ずっと、起きるの待ってたの?」
「うん。起こしたらね、勿体なさそうだったから」
勿体ない…?何が?
今だから分かる事だけど、けんちゃんは同年代の子供よりずーっと大人びてしっかり者だった。
しっかりしてる子だ、っていつも言われる私でさえ、けんちゃんといると酷く自分が子供っぽいと感じていたから。
字はしっかり書けてるし、挨拶も言葉使いもきれい。難しい言い方も知っていたし、全てをそつなくこなしていた気がする。
──でもけんちゃんは、それを普通だと言う。
幼い頃から習い続けてる卓球で県で優勝した時も
中学受験でトップ合格した時も
けんちゃんは本当に自分を平凡だ、って思ってるみたいだった。
中学に入学してからも、彼はあまり人付き合いをせず穏やかに淡々と中学生活を過ごしていたんじゃないかと思う。
正直、鹿島君よりけんちゃんの方が生徒会長に向いてると思うんだけどな。
そして幼い彼も──
「今、何時?」
「2時ちょっと」
「いつから来てたの?」
「……10時半」
微妙な顔をするけんちゃんは、気にしないでよ?ってオーラを出してたけど
中学生になった私の目線から見れば、少1の彼がどうして、約4時間も大人しく待てるかが分からない。
「ごめんねっ」
「大丈夫。本読んでたから」
そこでその話題は切れたけど、やはりけんちゃんは大人過ぎるのだ。いや大人だって4時間も普通に待ってられるだろうか。
──幼いって恐い
それにも気付けないのだから。
「ぇえと……あの」
ううん、何だろ。
私は久しぶりに会ったせいか、何て声を掛ければいいか分からなかった。
気まずい沈黙が続く。
──でもけんちゃんの方は、そうでも無かったのかもしれない。
無表情だけど穏やかな瞳が、焦らなくてもいいよ、って伝えてくれてるから。
「運動会ね」
不意にけんちゃんが言葉を発する。
「僕達の色、青組み優勝したんだよ。桜夢ちゃん特製のメダルもあるんだから、はいっ」
鞄からゴソゴソと取り出して私に手渡す。
それは金色の折り紙で作った大きなメダルと、クラス全員分のコメントが書かれてある色紙だった。
“学習発表会でさゆちゃんもみんなとがんばろうね!”
“学校にくるの待ってるよっ”
“早くさゆちゃんと鬼ごっこして遊びたい!!”
「ありがとう…」
「みんながさゆちゃん待ってるんだ。早く元気になってね」
うん、うんと頷いて笑う。
本当にありがとう、と言うつもりでけんちゃんの方に顔を向けたら
何故か、泣きそうな程悲しい顔で私を見つめていた。
「どうしたの?」
「……ごめんね」
「何が?どうしてごめんねするの??」
「ごめん…」
口をギュッと結び、俯き続ける彼の姿に、私はおろおろして訊ねるしか出来なかった。
さっきの笑顔は?
何で急に謝るの?
「僕…何にも出来なかった」
「ぇ?」
「あの時さゆちゃん家に居たのに…僕、帰っちゃった」
──そこでようやく、意味が分かる。彼はあの日の事で自分を責めてるんだ。
「…けんちゃんのせいじゃ無いよ。だって分かる訳無いもん!それに私の事見つけてくれたのけんちゃんだってお母さん言ってた。けんちゃんが助けてくれたんだよ!!」
一気に喋り終える。
けんちゃんは大人すぎる上に優しすぎるのだ。
全く彼のせいでは無いのに……私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「違う…お兄ちゃんの事も……僕のせいでっ」
瞬間、頭がクリアになる。
「お兄…ちゃん?」
そして、手紙に書かれてあった文章を思いだす。
“──そしたら話したい事があります。さゆちゃんのお兄さんの事です”
「お兄ちゃんの事…何か知ってるの?お兄ちゃんは何してるのっ??」
「お兄ちゃんは…」
ずっと張り詰めてあった琴線が揺れ動いてるのが分かる。
「ねっ、学校にいるの?お兄ちゃんと話した?私の事…何か言ってた?!」
ダメだよ
こんなに矢継ぎ早に質問したって、けんちゃんも困るよ。
何時もと全く違う私に、明らかに狼狽を見せる彼がいた。
でも止められない。
知りたい。
「……んだ」
「──え?」
ひびが入るのは
この時
痛みが広がって、壊れちゃう前に
どうか蓋を閉ざさして下さい。
「死んだんだ…」