第4話
目覚めるまでの空白を私は知らない。
──四方に色づく白い空間
薬品の臭い
隣で眠るお母さん
…ここは、どこ?
様子を見ようと上体を起こしたら
ズキッと胸が叫んだ。
「桜雪!」
缶コーヒーを片手に携えた父が、私を目で捉えたと同時に駆け寄って、ベッドの上から包み込む。
「お父さん…息が出来ないよ」
「ぁ…ごめんな。そっ、それより体は痛まないか?今、お医者さん呼んでくるからな。優里、優里起きなさい!」
「何…誠二さん。どうかしたの?」
「桜雪が起きたんだ!」
瞬間、バッと顔を上げるお母さん
「桜雪…良かった!もし目覚めなかったら……っ」
涙をこぼして私の髪を優しく撫でる。
「ごめんね…心配かけて。大丈夫、痛くないよ」
私はこれ以上、両親を心配させたくなくて嘘を吐いた。
肺がズキズキと痛み、首筋に冷たい汗を感じるが
必死に我慢して、笑いかける。
「……お兄ちゃんは?」
私は1番、知りたい事を訊ねた。
──私はお兄ちゃんが本当に大好きだった。
それは、7年経った今でも変わらない。
ごめんな桜雪、あの時はちょっとおかしかったんだ
あの時そう言われれば、きっと私は簡単に許してしまえただろう。
大切なお兄ちゃん
あの痛みも
きっと壊せれた。
だけど、父も母も問いに応えはしなかった。
「ねぇ…どうしたの?」
全身から汗が吹き出る
汗ばんだ寝間着が酷く重たく感じた
けれど、それは夏の暑さのせいだと必死に思い込ませる。
けして、肺の痛みのせいじゃ無い。
「あの…ね。桜雪はまだ知らない方が良いと思うの。今は体を治す事を考えて、ね?もう5日も眠ってたのよ……」
お母さんは言葉を選ぶ様に私を諭したが、そんなの理由にならないと思った。
──お母さんは私をごまかそうとしてる。
「お兄ちゃんは…悪くないっ何かあったんだよ!!お兄ちゃんを怒らないで!」
私は叫んでた。
ここで諦めたら、全てが私の知らない所でうやむやに終わらせられる予感がする。
──必死に庇うのは
父も母もお兄ちゃんが私を傷付けたと思ってるんだって事、頭の中で理解してたから。
「ふ…ゲホゲホッ」
骨が軋む。
痛みが止まらない
「どうされたんですか!」
白衣を着たお医者さんが、血相を変えてこちらに入って来た。
「桜雪ちゃんは肋骨が肺に突き刺さっていた状態で、命も危なかったんですよ。手術が終わっても安静にしてなきゃいけないんです!あまり興奮させないであげて下さい」
ピシャリと注意をし終えた後、手早く私の様子を観察する。
「大丈夫かい?あまり大声を出しちゃダメだよ」
先ほどの厳しい態度とは違った、フワリと風に乗る様に優しい声で話し掛けられる。
そのセリフに思わず、はい、と素直に頷いていた。
「窓が無いから分からないかもだけど、今は夜中何だ。他の患者に迷惑がかかるかもしれない、お話は明日にして、今日はゆっくり休みなさい」
「はい…」
さっ、お2人も仮眠室を開けますから、桜雪ちゃんも電気を消すよ、とスイッチに手を掛ける。
「お休み」
「お休みなさい」
パタン、と扉が閉まる。
私はゆっくりと瞼を閉じた。
神さま
この胸のざわつきは何なのですか?
──返事は無い。
お兄ちゃんは、どうしてあんな事したんですか?
やはり、沈黙だけが室内を占めた。
どうして どうして
浮かぶ疑問は絶え間なくて
自分で意味を知れる程、歳も経験もなくて
──この気持ちに名前を付ける事が出来ない。
私は一筋の涙を携えながら
優しい兄の姿を思い出していた。