第3話
それは鮮烈なものであった
異質過ぎるそれに、頭が現実を受け止めようとしない。
「ヘヒャヒャ!ヒャフ……ァハハハ」
不気味、としか思えない。
これがお兄ちゃん?
私は意識的に目を逸らした。
子供ながらに見てはいけない光景を見てる気がしたから…
「ねぇ〜どうしたの?さぁゆぅぅ〜ちゃん!」
肩に手を回す男の子の酒臭い息が鼻につき
私は思わず目を瞑って、顔を背けた。
「ぇ、何こいつ。生意気ぃ〜?」
「ヒャハハハ…嘘、わりぃな」
ドスッ
鈍い痛みが全身から溢れ出し、その場に倒れ込んだ。
何…されたの?
訳も分からず見上げた先には、トロ〜ンとした瞳でこちらを射抜くお兄ちゃんがいた。
「ひゃ……っ」
瞬間、Tシャツの首もとを掴まれ、宙ぶらりんの格好にさせられる。
「ゲホッ…ゲホゲホ……苦しいよっ」
圧迫された喉が悲鳴を上げて、目元が滲む。
「へへッ…」
兄は私の声が聞こえていないのか、口だけ笑いかけてきた。
──瞬間、視界が歪む。
それが壁に投げつけられたからだと分かったのは、後頭部から血が流れていたからだ。
「教育、教育っ」
すぐそばにいた別の男の子が、私のお腹を踏みつける。
「うっ…─」
──小さくうめき声を上げるのが、精一杯だった。
それを皮切りに、一斉にみんなが蹴り上げる
「ウヒャヒ…ヒャヒャヒャハハハハ」
「しね!し〜ね!し〜ねっ!!」
攻撃する番じゃない人は、死ねコールを送り続ける
──いかに小学生と言えど、幼い自分の身体には目に余る程の強烈な痛みが襲うのは当然だった。
「…お〜い?動いてよぉ!!」
先ほどの鈍い音を感じてから、呼吸が困難になってる。
息をするたびに肺が痛んで、小さく飛び上がった。
「飽きたなぁぁ?」
兄は私をヒョイとつまみ上げ、家の物置きとなっている倉庫に放り投げた。
「…お兄ちゃん」
──何で?とは言えれなかった。
兄は穏やかそうな瞳でこちらを一瞥し
「じゃあね」
と言って扉を閉め、鍵を掛けた。
それから後の記憶は曖昧で
床に吐いた異物と頭から滴る血のすえた臭いだけが、暗闇の中で反射していた。
涙が溢れた。
「私、嫌われる事したのかなぁ…」
目覚めてもどこまでも真っ暗な空間
動こうとするたびに痛む肺
でも、心の方が痛い
──ある日遠くで聞き慣れた声を拾った
「桜雪ちゃん、いませんか?」
…けんちゃん?
「一緒にプール行く約束したんですが……」
けんちゃんだ!!
私は渾身の力を振り絞って扉を叩く。
ドンドンドン
お願い…気付いて!
「桜雪は旅行に出掛けてるよ」
「…っけんちゃん!けんちゃん!!」
「…そうですか。ありがとうございました」
バタンと閉まる音
「どうして…?」
あの時確かに
絶望の意味を知った
暗闇の中
『死』の一文字を浮かべる。
──それでもまだ
悪夢は終わらないのです。