〜第3章〜第1話
現在から離れて、桜雪の昔の事を書きます。
──人は誰しも、心に何かを抱えて生きていく
それはトラウマや秘密、苦しみなど負の感情ばかりである
自分にとってプラスの感情を”抱える“何て言葉で括るのは変だからだ。
”抱える“は
”背負う“って事
只、重いか軽いかの違いだけなのだ
──彼女が戻ってきた時から、様子がおかしい事に気付ていた。
青ざめた顔も
小刻みに震える手も
腫らした目元も
ゲームが始まる前とは明らかに別人の彼女がそこにいた。
──こんな桜雪を見たの、何年振りかな………
僕はなるべく彼女を落ち着かせようと、努めて冷静に対応したが、多分、効果は期待出来ないだろう
周りにいる勝ち残ってホッとしている参加者達も、何事か?と、遠目でこちらを観察している。
そいつらを睨みながら小さく、こっち見てんじゃねぇよ、と悪態をついた
別にあの人達から見れば他人事である事に変わりはないのだから、当然、と言えば当然の反応ではあるが
生憎今は、仕方ないかな、と苦笑が出来る程、心中穏やかではない。
僕は桜雪の隣に座って、もう大丈夫だから、とひたすら囁き続けた。
彼女は酷く混乱していたが──やがて、いつもの落ち着きを取り戻し
ごめんね、と、瞼を凝らして僕を見つめる。
「ばか…謝るなよ。何にもしてないだろ?」
「……違うよ、私が謝りたいの。全てに対して謝ってる、知らないって甘える事と同義でしか無い」
それは話す、と言うよりは、自分に言い聞かせてる様に見えて
桜雪は次の言葉を発する事にわずかな躊躇いを見せたが、大きな深呼吸をし、ポツリと洩らした。
「私ね、…思い出したよ。あの日の事」
隣に並ぶ彼女の横顔が陰りを見せる
重々しく伏せた長いまつげが、時折、小さく上下して
瞳はどこか遠くの方を見つめていた。
「リンチ……された事」
残暑が眩しい、8月のこと
──あの日は昨夜の雨も上がり、瑞々しい空気が澄み渡る快晴であった。
「行って来ます。ごめんね、2人で旅行何てワガママ言って……お土産いっぱい買って来るから待っててね。紅葉桜雪の事よろしくね」
「前から夫婦で京都に行きたいって言ってたじゃん。俺、来年は中学生だよ?桜雪の事は大丈夫だから、楽しんできなよ」
中学受験を控えた、真面目でしっかり者のお兄ちゃん
「良い子で待ってような。お兄ちゃんがいるから、1週間何て寂しくないよ」
「うんっ」
元気よく返事をする私。
5つ歳が離れてる私たちだけど、お兄ちゃんはとっても優しくて、
『仲の良い兄妹だねぇ』って周りにしばしば、からかわれたりもしたけど
幼い私はそれを言われるのが何だか嬉しくて
そうだよ!って笑って言う私に、お兄ちゃんも恥ずかしそうに、まぁねって返す様になった。
「ありがとうございましたっ」
私は夏休みも毎日、幼稚園の頃から通ってる道場で汗を流していた。
普段はお母さんがする道場の送り迎えも、1週間はお兄ちゃんの仕事
この日も夏季講習を終わらした兄を、待っていたけど
「桜雪、帰ろっ」
──悪夢の出来事
抱えて生きるには、幼すぎたの
眩しい太陽の光
生い茂る緑
熱を持ったアスファルト
夏の匂いが重すぎる