しがない小料理屋が今にも倒れそうな母娘に無料で料理を振る舞った結果
俺の名前は加藤隆一、下町でしがない小料理屋を営んでいる。
正直経営は厳しいけど、お客さんが「美味しかった。また来るよ」と言ってくれるのを励みに料理を振る舞っている。
この店は元々祖父が始めたものだったけど、数年前に亡くなってから俺が引き継いだ。
『お客さんの笑顔のために料理する』そんなじいちゃんの姿勢に昔から憧れていたからだ。
幸い、料理の味は昔から食べていて覚えていたし、いずれ自分の店を持ちたいと料理の勉強は欠かしていなかった。
「よし、今日も頑張りますか!」
気合いを入れたその時だった。どこからか男の大声が聞こえてきた。
何事かと外を見てみると、汚れた衣類を纏った母娘が近隣店舗の大将に何か言われているようだった。
「どうか少しでもいいんです。これで買えるだけ料理を……」
「生憎とそんだけしか金を持ってないのは客じゃない。帰んな!」
そう言って大将はバタンと店のドアを閉めてしまい、呆然としたまま母娘は座り込んでしまっていた。
そんな彼女たちを見て、いても立ってもいられなくなった俺は声を掛ける。
「あのー、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。それよりすみません、お店の近くで騒いでしまって……」
力なく笑うその姿に、ただ事じゃないと思い息を飲む。
痩せこけた頬、栄養が足りていないのか細い腕、力を入れれば簡単に折れてしまいそうだ。
「こんな事を頼むのは申し訳ないのですが、このお金で何か料理を頂けませんか? できればこの子の分だけでも……」
「とりあえず、うちの店来てください」
彼女たち母娘の姿を見て、俺が断る理由は何一つ無かった。
ーーー
厨房に入った俺は胃に優しそうな物を何品か作り、二人に提供した。
初めはおっかなびっくりといった様子で箸をつついていた二人も一口、また一口と料理を口にする度に笑顔が増えていった。
「ありがとうございます。こんなに美味しいものを」
「お兄さん、ありがとう。すっごく美味しかったよ!!」
「でもすみません、私今手持ちがこれだけで……」
差し出された小銭をそっと握り返して渡すと、お母さんは困惑しているようだ。
「いやー、実はこの料理ってウチのメニューにないんですよねー。なので値段も決まってないんですよー。代わりと言っちゃなんですが、少しだけ理由を聞かせてもらってもいいですか?」
「ええと、実は……」
彼女、智花さんから聞いた話はそれは酷かった。
彼女は旦那さんと元々は仲睦まじく暮らしていたそうだが、娘の花音ちゃんが生まれて数年、育児が少し落ち着いてきた頃から性格ががらっと変わったらしい。
些細な事で怒るようになり、花音ちゃんが見えない所では暴力も振るっていたようだ。
このままでは花音ちゃんにまで危害が及ぶかもしれないと危惧したそんなある日、旦那さんが見知らぬ女性と仲良さげに歩いていた。
浮気を疑った彼女は証拠を集めて問い詰めようとしたのだが、逆ギレされて家を追い出されてしまったらしい。
話を聞いた俺は、二人の衣食住を保証する代わりに店で働かないかと提案した。
「いいんですか? いずれご迷惑をかけるかも……」
「いいも何も、ウチは俺一人で回しててどうにも華がない。そんな時に現れてくれた救世主二人を手放すはずがないでしょう?」
「お兄さん、私頑張る!」
「ありがとう花音ちゃん、助かるよ」
こうして新しい従業員を二人手に入れた俺は、一層たくさんの人に美味しい料理を振る舞えるよう頑張るのだった。
ーーー
二人を雇ってから早数ヶ月、俺の店はなんか凄く繁盛していた。
美人母娘が料理を提供してくれるお店として常連さんはもちろん、新規のお客さんからも大絶賛。一躍この下町の人気店として生まれ変わったのだ。
「いらっしゃいませ……ってあなた!」
「久しぶりだな、探したぜ」
来訪は突然だった。智花さんの表情を見ればその人がどんな人物かは想像に固くない。旦那さんが店の評判等を頼りに彼女を探し出したのだろう。
「さっさと帰るぞ、花音もだ」
「いや、やめて!」
「そこまでにしてもらおうか」
強引に外へ連れ出そうとする旦那さんの腕を掴み、俺は厳しい表情で立ち塞がる。
「おいあんた、これは自分と智花たち夫婦の問題だ。口を挟むな!」
「いやいや、こちとら大事な従業員を営業中に無理矢理連れられようとしてんのよ。止めるに決まってるでしょ」
「そっちの事情なんか知るか……っ!、今日の所は帰る」
俺の腕を握る力が思ったより強かったのと、周囲からの視線から逃げた旦那さんは、その日大人しく帰っていった。
しかし、それから旦那さんの嫌がらせが始まった。ピークの時間帯に一番安いサイドメニューを一品だけ頼んで数時間粘ったり、それを常連さんに咎められてからはネットで店の悪評を投稿したりと、的確にこちらにダメージを与えてきた。
「大丈夫、皆りゅーちゃんの料理に日々力貰って生きてんだ。どんな嘘書かれたって通い続けるさね」
常連さん達の言葉もあって三人で必死に頑張っていると、次第に悪評も消え去り、店は元の活気を取り戻していった。
そんなある日の夜、戸締まりをした筈の店の扉がガタガタと震えていた。金属同士の擦れるような音が数回すると、静かに扉が開けられた。
細い灯りを手に持ち、店に侵入した何者かは店内を物色し始める。
レジを壊して現金を盗み出し、店の要である調理器具を持ってきていたバールのような物で粉砕しようとした瞬間、何者か以外誰もいないはずの店内の灯りが一斉に点いた。
慌てて外に逃げ出そうとするが、そこには既に何者かを捕らえるべく、数人が陣取っていた。
「け、警察!? どうして」
「どうしてだと思う?」
「お、お前はここの店主!」
「随分と好き勝手してくれたじゃないか。なぁ旦那さん?」
隠れていた物陰から姿を表した俺は、この事件の犯人……そう、智花さんの旦那さんに声を掛けた。
「どうして、どうして俺がここに来ると」
「それは、あたしらこの店に元気貰ってる皆が協力したからさね」
常連の一人であるおばちゃんが、男衆を掻き分けて出てきた。
「あんたよくもまあ、恥も外聞もなく色々やったねぇ……まあ杜撰な計画のお陰で直ぐにこうして捕まえられた訳だけどさ。この店には私服警官や弁護士、いろーんな肩書きの人間が飯食いに来てんだ。あんだけ色々してたら否が応でも警戒するさね」
ネタばらしをして、どこか満足げなおばちゃんを尻目に旦那さんは全身血の気が引いたような顔をしている。
「家宅侵入に器物破損、現行犯でこれだけ。しかも余罪がたんまりあると来たもんだ。きちんと追及させてもらうからね」
「私も隆一殿と智花さん達から相談されてる件……SNSで店の悪評を広めたり家庭内暴力を振るったり等々、しっかりと訴えさせていただくのでそのつもりで」
旦那さんはがっくりと項垂れて連行されていった。
結果として、旦那さんは慰謝料その他諸々でかなり痛い目を見ることになった。
なんでこんなことをしたのかと言えば、智花さんが浮気を問い詰めた後に浮気相手にこっぴどくフラれ、その腹いせを智花さん達にしようとしたのだとか。
それであれだけの事をしでかせる行動力があるのだから、マトモな事にその能力を使っていれば、幸せになれていただろうに。
そんなこんなで俺たちは相変わらず楽しくも忙しい毎日を送っている。
「あーあ、りゅういちさんが新しいパパになってくれたら花音、文句ないんだけどなー」
「ちょ、ちょっと花音なに言い出すの!?」
「あ、あの俺で良かったら結婚を前提に俺と……」
「よっ、熱いねー二人とも!」
いや、ちょっとだけ変わりそうかな。




