メシ屋御一行、地獄へご招待②
緊張で手汗がびちょびちょな俺は、バイクを運転する羅門の衣服をがっちりと掴んでいた。「すぐに着く」と言っていたくせに、体感で30分以上は走っている。
「お、おい、羅門。まだトンネル抜けないのか? 真っ暗で怖いんだが」
「情けねえぞ、人間。もうすぐだって言ってるだろ。しっかりつかまっとけよ、ここで振り落とされたら現世にも地獄にも行けねえ。永遠に時空の狭間で彷徨うことになるぞ」
「ひえっ……! あ、なんか光が見えてきた」
希望とも思えるその光は次第に大きくなり、反動で思わず目を瞑ってしまう。ゆっくり薄目を開けてみると、想像だにしない光景が広がっていた。
「ここって……」
「ふっ、驚いたか? ここが俺たちの冥界、地獄だ」
「えっ、えええええええええーっ! 思ってたのと違う?!」
地獄といえば、おどろおどろしい雰囲気を想像していたが……そこは現世と見間違うほど近代的な街が広がっていた。整備された道路にはバイクや車が走り、高層ビルや商業施設、民家などが建ち並ぶ。その合間には緑の木々が植えられていて、遠くを見渡すと山々に囲まれた地だとわかる。
「以前まではこんな場所じゃなかったんだがな。現世を視察した閻魔様が、亡者のために地獄を作り直したんだ。更生した亡者が再び人間に転生できるよう、その修行の場として仕事を与えるって言いだしてな。まったく、お節介が過ぎるぜ」
「へえ、さすが閻魔様。考えることが違うなぁ。というかもう規模が違う」
「仕事を与えるのは小太郎のような模範亡者だけだ。あいつは獄卒になったが、獄卒になりたい奴なんて滅多にいねえ。まあ、昨今では亡者が増えすぎてるってのも理由のひとつだ。だからここでは、模範亡者と獄卒が共存してるってわけだ」
「すごいな……俺たちの世界にも妖怪はいるし、現世とたいして変わらないんだな。なんか安心した」
「しかしお前はまだ外側しか見ていない。本当の地獄をあとで案内してやるからよ、ちびるんじゃねえぞ」
「えっ……いや、別にそれはいいかな、なんて」
「遠慮するな。獄卒の奴らは客人が来るってんで張り切ってるぞ」
「……」
そんな会話をしていると、厳重な門を抜けた先にとんでもなくデカい建物にたどり着いた。建物には『閻魔庁』と刻まれている。その荘厳さに圧倒されてしまい、言葉が出ない。
「着いたぞ。まずは閻魔様に挨拶だ」
「お、おう……」
閻魔庁に出入りするのは角の生えた獄卒と、白装束を身にまとっている人間……いや、あの人たちは羅門が言っていた模範亡者だろうか。俺たちを物珍しそうに眺め、いつの間にか人だかりができていた。
「ありゃ生きている人間か?」
「なんでこんなところにいるんだ?」
なんと説明をしていいか分からず口ごもっていると、羅門は「お前ら、見世物じゃねえぞ。とっとと仕事に戻りやがれ」と一喝。その迫力に恐れおののいた亡者たちは、そそくさとその場を去っていった。
「本当に地獄なんだな、ここは」
「我が知っている頃の地獄とはまるで別世界だが……なんだかわくわくするぞ」
「ああ、現世に生きながらこんな体験ができるとはな。どんなメシが食えるのか楽しみだ」
「そうであった、メシ! 腹が減ってきた!」
虎之介と龍さんにいたっては、怖気づくどころかメシのことしか考えていないようだ。ここまで送ってくれた獄卒たちにお礼を言うと、龍さんはリュックから駄菓子を取り出し「世話になったな」と配り始めた。まさか大事な食糧をあげるとは驚きだったが、初めての駄菓子に喜んでいる彼らの反応は何とも微笑ましい。
羅門に案内されて閻魔庁の中へと足を踏み入れると、目の前にはとてつもなく長い廊下。赤い絨毯の上をひたすら歩いていくと、これまた大きな鉄製の扉が現れる。扉には「閻」の刻印と炎の模様が刻まれ、2メートル超えの門番がこちらを睨むが……。
「何者だ貴様ら。これより先は裁きの場であるゆえ、関係者以外は……」
「おい。俺様が見えねえのか?」
「ハッ! こ、これは羅門様! 大変失礼いたしました。その者たちが閻魔様の客人なのですか」
「おうよ。扉を開けろ」
「か、かしこまりました」
羅門よりもデカい獄卒門番は、急にへこへこし出す。もしかして、羅門はそこそこ偉いのだろうか。思わず「なかなかやるな」と呟くと、まさしく鬼の形相で睨まれた。俺にはまだ完全に心を開いていないようだ……。
ギギギッと音を立てながら開いた扉の先―――。
数段あるひな壇の上に鎮座してたのは、「王」と記された冠帽を被り、刺繍が施された金の衣を身にまとった閻魔様だった。
「やあ、よく来たね」
なんとも神々しいその姿に息を飲む。現世に来た時は優しいおじいちゃんという雰囲気だったのに、得も言われぬオーラに委縮してしまいそうになる。
「こ、この度は! お招きいただき、ありがとうございましゅ……!」
「大史よ、何を緊張しておるのだ。久しいな、閻魔。このように立派な場所だとは思いもしなかったぞ。ぬしの“ソレ”も冥界の王らしくよく似合っている」
「ははは、そうかい? お褒めに預かり光栄ですぞ、龍殿。大史くんや虎之介にも会えて嬉しいよ。ところで体調は大丈夫かね? 生者が冥界に来るのは初めてだからね、命に支障がないか心配していたんだ」
「それならば心配無用だ。こちらに来る前、こやつらには我の加護を与えた。命が削られることはなかろう」
「おお、さすが龍神界の長。私の杞憂だったね」
「えぇ?! おさ? 龍さんそんなに偉い神様だったの?!」
「今更なにを言う。我は高貴な神だと最初から言っているだろう」
単純にプライドが高いだけなのかと思ってた。
と、言うと拗ねてしまうので、心の中にしまっておこう。
「……ところでよぉ」
気だるげに口火を切ったのは虎之介だった。
「腹が減った。メシが食いてえんだが」
「お、我もそれを言おうと思ってたのだ!」
「それなら小太郎がいる社員食堂に案内してやるよ。今は昼時だから混んでるかもしれねえけどな。閻魔様、いいよな?」
「ああ、構わないよ」
俺の先祖である小太郎さんは、獄卒として社員食堂で働いている。転生できるチャンスよりも地獄で料理人の道を選ぶなんて、とても変わった人だと思う。だけど小太郎さんは料理への探求心が人一倍強く、その情熱には俺も心を揺さぶられた。家族がいない俺にとって、小太郎さんに会える時はいつも楽しみで仕方ない。
元気にしてるかなぁ。
しかし、地獄の社員食堂とはどんなところだろうか。うちの店みたいに素朴な雰囲気で、小太郎さんのことだから一品一品丹精込めて提供しているに違いない。1人ですべての作業をこなすのは大変な気もするが……。
閻魔庁から通じる通路を歩いていくと、『社員食堂』と看板が掲げられた場所にたどり着く。ワクワクしながら中を覗いてみると、想像もしなかった光景に驚愕。
「ここが社員食堂だ。やっぱり混んでやがるな」
「えっ……ここ、え?」
俺の店の数十倍もあるだだっ広い場所には、数百席の椅子とテーブルがあり、獄卒たちで満員状態。入口のすぐ横にはトレーと食器、何種類もの料理がずらっと並んでいた。
「これは……ビュッフェ?!」
その光景に圧倒されていると、厨房から威勢のいい声が響き渡る。
「冷めた料理はすぐ温めなおすように、出来上がった料理は直ちに提供! お客様を待たせてはいけないよ!」
「「ウィ、シェフ!」」
そちらのほうを見ると、30人はいるであろう厨房の中に白髪で丸メガネを掛けた初老の男性に目が行く。黒のコック服の背中には『獄』のマーク、コック帽には金色の2本線。彼らを束ねる初老の男性は、間違いなく小太郎さんだ。




