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フクロウ令嬢と狼公爵  作者: おはよう


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86話


アナイスから離れたセルディアンは、一人で街の様子を見て回った。


やがて――セリオン侯爵邸へと辿り着く。


扉は開け放たれ、遠目にも屋敷の内部が見て取れる。


賭博や散財に明け暮れていたドーラ家は、家中の物を売り払ったようで、玄関ホールはがらんとしていた。


門扉をくぐり、前庭を横切る。


ドーラ家の者達に草花を愛でる趣味などなかったのか、それとも余裕すらなかったのか――

植えられた低木は、葉先を茶色く枯らしていた。


そのまま歩を進め、庭園へと出る。


無造作に生い茂る木々は、どこか世界から切り離されたような寂しさを帯びていた。


木々の合間に覗く屋根。

引き寄せられるように、セルディアンは足を向けた。


小さく開けたその場所に、風が吹けば崩れ落ちそうな木造の建物が、ひっそりと佇んでいる。


そっと扉に手をかけると、軋む音を立てて開いた。


壁も天井も、所々に穴が空いている。

それでも棚には、数多くの本が几帳面に並べられていた。


目についた一冊を手に取り、頁を開く。


何度も読み込まれたのだろう、製本糸は緩み、雑に扱えばすぐに紙束になってしまいそうだった。


紙面には、整った筆跡でびっしりと書き込みがされている。


それは――アナイスの知識の源。


(令嬢らしいな)


どれほど劣悪な環境にあっても、己に出来ることを積み重ね続ける。

その在り方が、ありありと浮かぶ。


(新しいものより……公爵家に運ばせるか)


顎に手を当て、思案するように本棚へ視線を巡らせたとき――


ふと、床の片隅が目についた。


薄い毛布が、無造作に置かれている。

人が休む場所とは到底思えない。

だが、アナイスはここで寝起きしていたのだろう。


その傍らに、小さな紙片が落ちているのに気付いた。


拾い上げると、そこには姿絵が描かれていた。


穏やかな笑みを浮かべるセリオン侯爵夫妻。

真っ直ぐこちらを見据える少年は、兄のリュシウス。


そして――


恥ずかしそうにはにかむ少女は、アナイス。


その姿にセルディアンは思わず口元が緩んだ。


この絵が描かれた時、この一家に起こる不幸を、誰が想像できただろうか。


セルディアンは苦い思いで小さく息を吐くと、胸元から取り出した手帳に、そっとその絵を挟んだ。



再び、毛布へと視線を落とす。


家族の面影を抱きしめ、寂しさに耐えながら眠りにつく、少女の姿が浮かぶ。


そして、その少女は、成長したアナイスへと姿を変えた。


その瞬間、セルディアンの胸の奥が、何かに掴まれるように痛みが走った。


その痛みに突き動かされるように、セルディアンは踵を返す。


動かす足は、一歩進むたびに速くなっていく。


その様子に騎士たちが目を見張るが、構うことなく走り抜けた。


辿り着いたのは、アナイスのもと。


彼女は領民の手を取り、真剣に話を聞いていた。


引きつけられる様に一歩、踏み出すと、その気配に気付いたアナイスが振り向いた。


セルディアンを見つけると、表情が和らぎ、穏やかな微笑みを浮かべる。


それは、衝動。


一直線に歩み寄り、迷いなく手を伸ばす。

そのまま――強く、抱き寄せた。


驚きの息遣いすら、腕の中に閉じ込めるように。


(――二度とひとりには、しない)


それは言葉ではなく、誓いだった。



「あ、あの……公爵様……」


抱きしめられたままのアナイスが、おずおずと声をかける。


その声に、セルディアンははっとしたように我に返り、腕を離した。


「……先に戻っている」


短くそれだけ告げると、セルディアンは足早にその場を離れていく。


まるで、逃げるように。


取り残されたアナイスは、呆然とその背を見送った。


腕に残る、確かな温もり。


何が起きたのか、理解が追いつかないまま――ただ、胸の奥だけが騒がしい。



一部始終を見守っていた領民たちは、最初こそ目を丸くしていたものの、やがて次々と頬を緩ませていく。


「……仲がよろしいんですね」


誰かがぽつりと呟いた、その瞬間。

アナイスの顔が、一気に朱に染まった。



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