表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フクロウ令嬢と狼公爵  作者: おはよう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/124

85話


やがて、馬車が静かに動きを止めた。

いつの間にか、空は茜色に染まっている。


「……ここは……」


窓の外に広がる景色に、アナイスは息を呑むように呟いた。


そして次の瞬間、弾かれたように馬車を飛び出す。


辿り着いたのは――セリオン侯爵領。


けれど、その目の前に広がる光景は、アナイスが最後に見たものとは――同じではなかった。


アナイスは、見開いた瞳のまま辺りを見回した。


朽ち果て、今にも崩れ落ちそうだった建物は、所々補強が施されている。


雨風を凌ぐために設えられたテント。


広場では炊き出しが行われ、領民たちが列を作っていた。


そして――


領民たちの、笑顔。


かつて、絶望に沈み俯いていた彼らの姿は、もうどこにもなかった。



「あ! お姉ちゃん!」


呆然と立ち尽くすアナイスの背後から、弾む声が響く。

振り向けば、こちらへ駆け寄ってくる少女の姿。


「貴女は……」


目の前に立ったのは、かつて蝋燭を売っていた少女だった。


「みてみて! このお洋服、もらったの!」


少女は嬉しそうにくるりと一回転する。

小さなフリルの付いた、綺麗なワンピース。


「お姉ちゃんも、ワンちゃんにもらったんだね!」


アナイスの装いを見て、少女は満面の笑みを浮かべる。


「……ワンちゃん?」


首を傾げるアナイスに、少女は元気よく頷いた。


「うん! ワンちゃん!」


そう言って、ある一点を指さす。

その先にあったのは、馬車に刻まれたルヴァルティエ公爵家の家紋。


「狼を犬扱いとは……セリオンに住まう者は皆、肝が据わっているな」


いつの間にか隣に立っていたセルディアンが、くつくつと愉しそうに笑った。


「公爵様、これは……」


アナイスが戸惑いながら口を開きかけた、その時。


「お嬢様だわ!」

「アナイスお嬢様だぞ!」

「ルヴァルティエ公爵様とご一緒だ!」


次々と声が上がり、多くの領民たちがアナイスのもとへと集まってくる。


「お嬢様のおかげで、私たちは命を助けられました」


老齢の男がそう口にすると、周囲の者たちも一様に頷いた。


「お嬢様のご婚約者様であられるルヴァルティエ公爵様が、お医者様や騎士様を連れてきてくださったんです」


一人の女性が涙を浮かべながら語り、何度もセルディアンへ頭を下げる。


アナイスは、再びゆっくりと周囲へ視線を巡らせた。


よく見れば――

領民たちに混じり、建物の補強にあたる者たち。


炊き出しの手伝いをする者たち。


老婦人に腕を掴まれ、困ったように笑っている者や、周囲を警戒するように立つ者の姿もある。


彼らの胸元には、いずれもルヴァルティエ公爵家の騎士団の紋章があった。


セルディアンは、何も語らなかったが、セリオン領に物資と人員を送り続けていたのは、紛れもなく彼なのだ。


その事実が胸に落ちた瞬間――

その奥が、ぎゅっと締め付けられた。


「公爵様……なんとお礼を言ったら……」


震える声で呟くアナイスに、セルディアンは何でもないことのように肩をすくめる。


「私がやったのは、その場凌ぎに過ぎない。……本当の復興は、君たち兄妹の仕事だ」


セルディアンは、指先でそっとアナイスの頬に触れる。


「笑え。それが、彼らにとって何よりも必要なものだ。」


そう言うと、片手を挙げ、セルディアンは歩き出した。


その仕草には、言葉にしきれない優しさと、静かな励ましが込められていたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ