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フクロウ令嬢と狼公爵  作者: おはよう


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82話


エドワードに案内されたのは、裁判所の裏手――人気のない石造りの通路だった。


その片隅に、腕を組んで立つウィルの姿がある。


アナイスに気付いた途端、その表情が険しく変わり、足早にこちらへ歩み寄ってきた。


「おい、アナを連れてくるなんて聞いてねぇぞ」


突っかかるような物言いに、エドワードは苦笑を漏らす。


「お前の暴走を止めるには、令嬢の存在が必要だと思ってな」


エドワードがウィルのいた方へ視線を向けると、そこには疲れた顔の憲兵が数名立っていた。


「それに、セリオン侯爵令嬢にも関係のあることだろう」


諭すような口調に、ウィルは露骨に顔をしかめる。


「ウィル、どういうことなの?」


アナイスが問いかけると、ウィルは視線を彷徨わせた。


「……」


口を閉ざしたままのその姿に、アナイスはどうしたものかと眉を下げる。

そのとき、セルディアンが口を開いた。


「大方、鼠を捕まえたんだろう」


「鼠……?」


首を傾げるアナイスを置いて、セルディアンは迷いのない足取りで歩き出す。


「あ、待ってください!」


慌てて追いかけようとしたそのとき、アナイスの手をウィルが掴んだ。


「ウィル?」


「……お前には、行ってほしくない」


ぼそりと落とされた声。

その言葉に、アナイスは戸惑いの色を浮かべる。


「親の過保護は、成長を妨げるぞ」


いつの間にか足を止めていたセルディアンが、挑むような視線をウィルへ向けた。


「それに――令嬢が弱くないことは……お前が一番よく知っているだろう?」


それだけ言い残し、再び歩き出す。


「……クソっ! 俺はお前より年上だぞ!」


ウィルが背中に向かって叫ぶと、セルディアンはわずかに振り返り、口元を引き上げた。


「そうだったな。……“義父上”」


その憎たらしい一言に、ウィルは舌打ちする。

そして、気持ちを落ち着けるようにひとつ息を吐き、アナイスを見た。


「……ドーラ家を捕らえた」


「え……!?」


アナイスは驚きに目を見開き、セルディアンの向かう先へと視線を向ける。


数人の憲兵が立つ、その先。

薄暗がりの奥に、確かに人影が見えた。


「わざわざ、嫌な思いをしに行く必要はない」


ウィルの眼差しには、色濃い心配が滲んでいる。

アナイスは、掴まれたままのその手を、そっと握り返した。


「心配してくれて、ありがとう」


アナイスに微笑みかけられると、ウィルは一つ息を吐き、観念したように手を離した。



アナイスが近付くにつれ、セルディアンと憲兵たちが何事か揉めている声が聞こえてきた。


「い、いけません! 公爵様!」


「何もしないと言っているだろう」


憲兵たちは行く手を阻むように立ちはだかっているが、明らかに押され、今にも突破されかねない状況だった。


そのとき、アナイスが声を掛ける。


「公爵様。彼らを困らせてはいけませんよ」


苦笑を含んだその一言に――

セルディアンの動きが、ぴたりと止まった。


その変化に、憲兵たちは目を見開く。

どれだけ制止しても聞かなかった相手が、たった一言で大人しくなったのだ。


さらに視線を巡らせれば――

先ほどまで暴れていた、憲兵隊長の弟である男までもが、その後ろに控えている。


(この令嬢は……一体、何者なんだ……?)


思わず顔を見合わせ、憲兵たちは小さく目を瞬かせた。



アナイスは、ひとつ息を吸い――静かに一歩、前へ出た。


この令嬢も制止すべきか。


憲兵がエドワードへ視線を送る。

だが、エドワードはわずかに首を振り、そのまま進むことを許した。


一歩、また一歩と近付くたびに、薄暗がりの奥にあった人影の輪郭がはっきりとしていく。


――ドーラ男爵夫妻と、その令嬢レイチェル。


三人は縄で縛られ、地面に座り込んでいた。

ドーラ男爵の顔には、無数の傷が刻まれている。


アナイスは、わずかに視線を細めて背後を振り返った。


視線を受けたウィルは、肩をすくめる。

悪びれる様子は微塵もなく、どこか不満気だった。


「正当防衛だ」


そう言うウィルには、傷ひとつ見当たらない。

アナイスが声をかけようとした、そのとき――


「お、お前……!!」


人の気配に気付いたドーラ男爵が、目を見開き、アナイスを凝視する。


その声に、ドーラ夫人とレイチェルも弾かれたように顔を上げた。


そして――アナイスの姿を認めた瞬間。

夫人は、へらりと下卑た笑みを浮かべた。


「ああ、アナイス。助けに来てくれたのね!」


「お前からも言ってくれ! 我々は、お前を大切に育てていただろう?」


「ちょっと! 早くこの縄、解かせなさいよ!!」


三人が、好き勝手に喚き立てる。


その醜態を前に――


アナイスは、胸の奥が冷えていくのを感じた。


期待していたつもりはない。

けれど――


己の保身と身勝手な主張を繰り返す彼らの姿を前にしてなお、胸の奥に残る、微かな痛み。


ほんの僅かでも、悔い入る気持ちがあってほしいと、どこかで望んでいたのかもしれない。



「……彼らの罪状は、何ですか」


アナイスはドーラ家の面々から視線を逸らすことなく、エドワードに問いかけた。


「家督侵奪罪、財産横領罪、領民搾取罪、虐待罪、薬物による侯爵令嬢殺害未遂罪――」


エドワードが罪状を一つずつ告げていくたび、ドーラ家の面々の顔色はみるみる青ざめ、やがて俯いた。


「そして――血縁詐称罪です」


「……詐称?」


視線を鋭くしたアナイスがエドワードを仰ぎ見ると、彼は静かに頷いた。


「彼らはセリオン侯爵家の遠縁――つまり血縁関係にあると主張していましたが、そのような事実は確認されていません」


「……はっ」


アナイスの口から、乾いた笑いがこぼれた。


「あなた達と、縁などなかったことを――喜ぶべきかもしれませんね」


アナイスは、冷ややかな視線を向ける。


「……行きましょう」


もはや、この場に留まる理由はない。

そう言わんばかりに、アナイスは踵を返した。


そのとき――


「なんなのよ! 偉そうに!」


振り返れば、レイチェルが立ち上がり、アナイスを睨みつけていた。


「あんたなんか……見下される存在のくせに!!」


ヒステリックに叫ぶと、いつの間にか緩んでいた縄を乱暴に引き剥がし、アナイスへと飛びかかる。


その手が、届く――直前。


セルディアンの長い脚が、レイチェルの腹部へと叩き込まれる。


くぐもったうめき声を上げ、レイチェルの身体が後方へと吹き飛んだ。



「……俺ですら、女には手を上げなかったぞ」


その様子を見ていたウィルが、呆れたように呟く。


「“正当防衛”だろう?」


セルディアンは気にも留めず、肩をすくめた。

そして、事の成り行きを息を潜めて見守っていたドーラ夫妻へと、ゆっくりと視線を向ける。


「……首が繋がっているだけ、有り難いと思え」


低く、怒りを孕んだ声音。

その冷たさに、夫妻はごくりと息を呑んだ。


「君が望むなら、首の一つや二つ――斬り落としてやるが?」


薄く笑みを浮かべるセルディアン。


「……どうせ、奴らの行き着く先は決まっている」


高位貴族に対する度重なる罪が明るみに出た以上、ドーラ家の行き着く先は処刑台の上。


セルディアンの言葉に、アナイスは小さく苦笑し、首を横に振った。


「私は――正しく、法で裁かれることを望みます……彼らには、まだ聞くべきことがありますから」



そして今度こそ、アナイスは踵を返す。

振り返ることなく、そのまま歩き出した。



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