81話
「ルヴァルティエ公爵様、セリオン侯爵令嬢」
後始末をカリスに任せて大法廷を出たセルディアンとアナイスは、背後からかけられた声に足を止めた。
そこにいたのは、先ほど憲兵隊を率いていた憲兵隊長だった。
「先ほどは、お騒がせいたしました」
穏やかな声音。
柔らかく細められたその目元に、アナイスはどこか既視感を覚え、思わず目を瞬かせる。
その反応に気づいた憲兵隊長は、さらに目元を和らげた。
「セリオン侯爵令嬢。……愚弟がお世話になっております」
「……?」
思いがけない言葉に、アナイスは小さく首を傾げる。
なぜ自分にそんな挨拶が向けられるのか、分からない。
憲兵隊長はくすりと笑うと、改めて丁寧に一礼した。
「私、帝国憲兵隊隊長を務めております、エドワード・カーターと申します」
「カーター……」
アナイスはその名を呟き、はっとしたように顔を上げた。
「ウィルのお兄様?!」
ウィリアム・カーター。
それが、ウィルの本名だった。
生家であるカーター伯爵家とは縁を切り、“ただのウィル”と名乗っていた彼。
事情を察してアナイスは、これまで深くは踏み込まずにいた。
だが――まさか、憲兵隊長の兄がいるとは思いもしなかった。
改めて、目の前の男を見つめる。
ウィルとは対照的な、鍛え上げられた体躯。
それでも、深緑色の髪と、穏やかに細められた目元には確かな共通点があった。
思いがけない繋がりに、アナイスが言葉を失っていると――
「憲兵隊を動かしたのは、アイツなんだろう?」
セルディアンが肩をすくめながら問いかける。
その言葉に、エドワードは微笑を浮かべて頷いた。
「はい。ウィルから連絡が来たのは、数年ぶりで……驚きました」
どこか嬉しさを滲ませた声音だった。
「ウィルは、どこに……?」
アナイスは思わず周囲を見渡す。
だが、その姿は見当たらない。
一瞬の間。
エドワードは、すっと表情を引き締めた。
「……お二人とも、ご一緒に来ていただけますか?」
その変化に、アナイスの胸がざわつく。
ウィルの身に、何かあったのではないか――
思わず眉を寄せるアナイスに、エドワードはすぐに言葉を添えた。
「ご安心ください。ウィルは元気にしていますから」
そこで、わずかに苦笑する。
「……元気すぎるくらいに」
その一言に、アナイスとセルディアンは顔を見合わせたのだった。




