78話
中央に立つカリスは、レサルギアについて静かに語り始めた。
それを服した者に、どのような作用が現れるのか。
強い副作用と、抗い難いほどの依存性。
――そして、服用を続けた者が辿る末路まで。
カリスの淡々とした声音が、静まり返った法廷に重く落ちていく。
傍聴席のあちこちで、息を呑む音が聞こえた。
「そして、こちらが実際に薬の被害にあった者たちです」
カリスは手元の書面を、陪席判事へと差し出した。
――またしても、主判事の伸ばした手を無視して。
陪席判事は書面に目を落とし、その名を読み上げていく。
ミランダ・フォンテ男爵令嬢。
そして、それに続く――アナイスの知らぬ名の数々。
思わず息を呑み、アナイスはセルディアンを振り返る。
その視線に気づいた彼は、にやりと口元を歪めた。
「公爵様……これは……」
「マディラー老伯だ」
低く告げられた名に、アナイスは目を見開く。
マディラー伯爵――
かつてセルディアンと共に出席した舞踏会の主催者。
そして、ミランダ・フォンテへと辿り着く切っ掛けを与えてくれた人物。
「マディラー伯爵が、何故……?」
「金儲けに目がない爺だが――貴族の矜持は捨てていない男だからな」
セルディアンは、わずかに肩を竦める。
「……見過ごせなかったんだろう」
アナイスの脳裏に浮かぶのは、あの夜に出会ったマディラー伯爵の姿だった。
アナイスがつけた床の傷さえ商売にしようとしていた、商魂逞しい老伯爵。
だが同時に、彼女の掲げる貴族の在り方に共感し、一線を越えたカースヴェル家を警戒していた。
「まあ、実際に飛び回ったのは、親梟だがな」
「ウィルが……」
マディラー伯爵のもたらした情報をもとに、ウィルが被害者たちを探し回った。
その中で掴んだ真実が、今――白日の下に晒されている。
名を読み終えた陪席判事が、ゆっくりとアナイスへ視線を向けた。
「こちらにいらっしゃるセリオン侯爵令嬢も、この薬の被害に遭われるところだったのですね」
それは、アナイス自身も、ウィルに渡された書面を見るまで知らなかった事実。
アナイスは自分の手を握りしめた。
あの日。
セリオン家を出る直前に耳にした、ドーラ夫人の言葉が蘇る。
『この薬よ、レイチェル。あの娘の食事にほんの少し混ぜれば…』
もし、ドーラ家の企みに気が付かず、セリオン家に留まっていたのなら。
何も知らず薬を口にしたアナイスは、彼らに意のままに操られ、セリオン侯爵家の全てが彼らの手に渡っていただろう。
そして用済みとなった彼女は、副作用に心身を蝕まれ、薬を求めるだけの存在へと成り果てていたに違いない。
苦しみ暴れるミランダ・フォンテの姿が脳裏に浮かぶ。
その顔が自分のものへと重なり――
アナイスは、強く目を閉じた。
そのとき、そっと右手が温もりに包まれる。
「起きなかった未来ではなく、今起きていることに目を向けろ」
セルディアンの低い声に、アナイスは顔を上げた。
彼は、ただ真っ直ぐ前を見据えている。
「……はい」
小さく、しかし確かな声で応えるとアナイスは顔を上げ、セルディアンと同じように前だけを見つめた。
セルディアンはわずかに視線を動かし、その姿を一瞥する。
――凛とした佇まい。
それを認めるように、彼の口元がわずかに緩んだ。




