76話
声のした方へ、皆の視線が一斉に集まる。
そこには、異議を唱えるように手を挙げた若い法官の姿があった。
「帝国法典第三章第十二条には、被告に弁論の機会を保障する旨が明記されております」
その言葉に、主判事の眉がぴくりと動く。
「従って――被告側の弁論を聞くべきです」
若い法官は、まっすぐ主判事を見据えた。
その瞳に宿るのは、混じり気のない“正義”だった。
「そうだ! そうだ!」
「裁判所は正しくあるべきだわ!」
若い法官の発言をきっかけに、傍聴席から不満の声が次々と上がる。
それは、長年蔓延ってきた権力への抗議の声でもあった。
「皇子は、こうなることを狙っていたのでしょうか?」
アナイスが囁くようにセルディアンへ声を掛ける。
「さあな……だが、望んではいただろう」
セルディアンは肩を竦め、大法廷を一瞥した。
公平を求める人々。
貴族も平民も、それぞれが声を上げている。
その中で、“不正”に助けられてきた者たちは、居心地悪そうに俯いていた。
帝国法典を握りしめ、まっすぐ前を見据える若い法官たち。
その中央には、苦い表情の主判事が座っている。
いつも通りに進まぬ事態に、胸中では焦りを覚えているのだろう。
広い額には、うっすらと汗が滲んでいた。
この主判事が取り仕切る裁判が、常に彼の思い通りに進んできたのは、経験を積んだ法官たちが、彼の意に沿えば地位が保証されることを知っているからだ。
不正を目にしていても、その欲の前に口を閉ざしてきた。
しかし、若い法官たちは違う。
法に仕える者としての矜持と理想を胸に、法学院を出たばかりの彼らにとって最も重要なのは、自身の欲ではなく、法が正しくあるべき姿だった。
誰よりも帝国の未来を案じるジュリアスは、腐敗する帝国の中でも、正しくあろうと声を上げる者がいることを信じていた。
そして若き世代が、この国を変える力を持っていることも。
だからこそ、腐敗の象徴でもある元老院議員と、若い法官たちを判事として充てがった。
今日の裁判は、きっかけに過ぎない。
けれど――
そう遠くない未来、この帝国は必ず変わる。
セルディアンは、そう確信していた。




