73話
帝国裁判所の前は、異様な熱気に包まれていた。
皇室とも肩を並べる、帝国随一の名門――ルヴァルティエ公爵家。
その裁判の行方を見届けようと、多くの人々が押し寄せている。
ざわめきに満ちた広場に、突如、馬の蹄の音が響き渡った。
姿を現したのは、ルヴァルティエ公爵家の紋章が刻まれた漆黒の馬車。
脇を固める騎士たちは、皆一様に黒の正装に身を包み、ただ真っ直ぐ前だけを見据えている。
北の狼たちが放つ、冷厳な空気。
その圧に呑まれたかのように、ざわめきはぴたりと止んだ。
人々が見守る中、馬車の扉がゆっくりと開かれる。
悠然とした足取りで降り立つ、一人の男。
軍礼服を思わせる黒の正装。
夜のように深い黒髪と、血を思わせる紅い瞳。
その紅い視線には、見据えられただけで狩り取られてしまいそうな鋭さが宿っていた。
その男に手を取られ、姿を現す一人の令嬢。
白銀の髪が風に揺れ、伏せられた淡い紫の瞳は宝石のように静かに煌めく。
その姿は、まるで黒の魔王に囚われた乙女のようにも、あるいは――黒の魔王すら従える悪女のようにも見えた。
二人の姿を前に、人々は息をすることすら忘れ、ただ魅入られていた。
セルディアンは周囲の様子に満足げに口元を引き上げると、アナイスの腰に手を回し、そっと抱き寄せる。
その瞬間、静まり返っていた観衆の間にざわめきが戻った。
セルディアンはアナイスを抱き寄せたまま、群衆を一瞥する。
その紅い瞳に射抜かれ、人々は思わず道を開けたのだった。
アナイスとセルディアンが喧騒を背に、裁判所へ足を踏み入れると、ウィルが足早に近付いてきた。
その表情は険しく、硬い。
「どうしたの?」
ただならぬ様子に、アナイスは心配そうに眉を下げる。
ウィルは何も答えず、ひとつの封筒を差し出した。
「ドーラ家の調べを続けていたんだが……」
そこまで言うと、言葉を切り、封筒の中を見るよう視線で促す。
アナイスは慌てて封を切り、中を確かめた。
入っていたのは、一枚の紙。
そこに記された文字へ視線を走らせた瞬間――
アナイスは驚きに目を見開いた。
「ルヴァルティエ公爵様、中へ」
二人が言葉を発するより早く、大法廷の扉の前に控える係官が声を掛けてくる。
「ウィル、ありがとう」
アナイスはそれだけ告げると、無言のままのセルディアンと共に歩みを進めた。
セルディアンの握りしめられた手は――
怒りに震えている。
だがその表情は、冷たいほど静かだった。
重厚な扉がゆっくりと開く。
帝国裁判所、大法廷。
その中で、隠されていた真実が姿を現す。




