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フクロウ令嬢と狼公爵  作者: おはよう


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69話


森の中を走り続けるうち、風に混じって血の匂いが鼻を掠めた。


セルディアンは胸の奥が嫌な音を立てるのを感じ、手綱を握る手に力を込める。


主人の焦りを察したかのように、クラヴィスはさらに速度を上げた。



やがて、見慣れた者たちの姿が視界に入る。

セルディアンはクラヴィスから飛び降りると、足早に歩み寄った。


気配に気付いた一人――騎士団長のダンデが振り向き、すぐさま膝をつき頭を下げる。


「公爵様、申し訳ありません」


その一言に、セルディアンの視線が忙しなく周囲を走った。


ランスの後ろに守られるように立つアナイスの姿を認めた瞬間、短く息を吐く。


「……何があった」


低く問うと、ダンデは背後へ視線を送った。

そこには、黒装束に身を包んだ男たちが六人倒れていた。

遠目にも、すでに事切れていることが分かる。


「銃声の後、この者たちの襲撃がありました。……恐らく、他の貴族の従者に紛れていたのでしょう」


「銃を撃った者は?」


セルディアンが鋭く問うと、ダンデは眉を寄せた。


「狼に追わせましたが……」


「自害したか」


セルディアンは苦々しく表情を歪め、倒れた男たちへ再び視線を落とす。


男たちは皆、口元から血を流していた。

襲撃が騎士団によって阻まれたと悟り、雇い主を明かさぬため自ら命を絶ったのだろう。

あるいは、結果に関わらず最初からそのつもりで口の中に毒を仕込んでいたのか。


いずれにせよ、実行犯が死ねば雇い主を突き止めるには時間がかかる。

セルディアンは忌々しげに舌打ちした。


「狙いは?」


「恐らく、アナイス様かと」


ダンデは、当時の状況を説明し始めた。


「弾丸は我々騎士団に向けられていましたが……その後飛び出してきた者の一人は、明らかにアナイス様を狙っていました」


セルディアンは黙って話を聞いていた。

だがその身に纏う空気は、凍りついたように張り詰めていく。

背後から、抑えきれない怒気が静かに立ち上っていた。


「事前に防げなかったのは我々の落ち度です。……申し訳ありません」


ダンデはさらに深く頭を下げ、怒号が降りかかるのを覚悟するように目を閉じる。


しかし――


「……ゴミを片付けておけ」


セルディアンはそれだけ告げると、ゆっくりとその場を離れたのだった。



セルディアンがアナイスへ近付くと、ランスは静かに一礼し、その場を離れた。


そして他の騎士たちと共に、“後始末”の作業へ取り掛かる。

その背を、アナイスはぼんやりと目で追っていた。

しかし、その視線はどこか焦点が定まらず、空を見つめているようだった。


「令嬢」


セルディアンが声を掛けても、アナイスは呆然と視線を動かすだけだった。


「こちらを見ろ」


セルディアンはアナイスの肩に手を掛け、半ば強引に振り向かせる。

すると、ようやく彼女の視線が定まった。


「あ……公爵、様」


「戻るぞ」


セルディアンはそのままアナイスの肩を抱き、隣に立つ。

事切れた男たちを隠すように。



二人が馬車へ乗り込むと、すぐに馬車は走り出した。


「騎士の皆さんは……」


呟くように漏れたアナイスの言葉を聞き流し、セルディアンは隣に座る彼女の顎に手を掛ける。


「怪我はないか」


「……私は、大丈夫です」


そう答えながらも、合わせた視線は揺れていた。

その瞳に浮かぶのは、明らかな動揺。


「初めて人が死ぬのを見たんだろう。……無理するな」


セルディアンはそう言うと、そっとアナイスの目を覆うように手をかざした。


自然と目を閉じれば、蘇るのは先ほどの光景。


一発の銃声。

その直後、黒装束の男たちが現れた。

だが騎士団は瞬時に動き、一斉に彼らを取り押さえる。

身の危険を感じるよりも早く、すべては制圧されていた。


しかし――


取り押さえられた男たちは、何事か口を動かしたあと、皆一様に苦悶の表情を浮かべた。

口から血を吐き、次々と動かなくなる。


アナイスを守るランスが視界を遮るよりも早い出来事だった。


目の前で、命が尽きるのをはっきりと感じた。


「……私って、本当に世間知らず」


アナイスはぽつりと呟く。


命を懸ける重み。

命が失われる重み。

初めて、人の死を身近に感じた。


騎士の誇りや信念を語りながら、戦場に立ったことすらない、ただの令嬢。


また、自分の傲慢さを突きつけられた気がして、アナイスの胸に苦いものが広がった。



思考に沈むアナイスの姿を見つめながら、セルディアンは一瞬、迷うように手を彷徨わせ、そっとナイスを抱き寄せた。


「今は、何も考えるな」


静かに落ちたその一言に、アナイスはゆっくりと力を抜く。


そして、セルディアンへ身を預けた。



セルディアンは、胸に抱くアナイスへそっと視線を落とす。


『手放せるの?』


不意に、先ほどジュリアスに掛けられた言葉が耳の奥で蘇る。


腕の中に感じる、温かな重み。

どこか危うく、儚げなその姿。


(――手放す、か)


胸の内で、セルディアンは小さく呟くと、アナイスを抱く腕にわずかに力を込めた。


まるで、その先に行き着く答えから、目を逸らすかのように。



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